Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
「ふーん? それで私を頼りに来たんだ」
「えぇ、あなたはわたくし達とは異なるスタンスでアリサさんと関わっているようですから……ねぇ? ロシア代表の更識楯無さん?」
「あ、知ってるんだ。それ一応機密だから言いふらさないでくれるとお姉さん嬉しいなぁ」
それにしてもアリサちゃんの異変ねぇ。二人はアリサちゃんと転校生の関係を調べてるみたいだけど、アリサちゃんがフランスにいる間、デュノア社の子供と付き合いなんて無かったはずなのよね。
不破家のことは注意させてたから断言できる。
そうなると転校生が実は男の子じゃないってことが関係してるのかしら。でも、それを教えるには私の国家代表っていう立場が邪魔なのよね。下手しなくても外交問題になっちゃうし。
うーん…………ヒントだけなら、あげてもいいのかな?
「とりあえず、一緒にお風呂入ってみればいいと思うなぁ」
「て、転校生とですか!? 男ですよ!?」
「裸になればきっと分かりあえるよ♪」
……これ以上は言えないかな。
私だってそのことがどう関係してるか分からないんだし。もし関係なかったときのことを考えると明言するわけにもいかないのよね。
アリサちゃんのことはもちろん心配だし助けてあげたいとは思うけど、本人が助けを求めてこないのに私から助けに行くのも違う気がする。
まぁ、初めてあったときは助けちゃったけど。
「まぁ、アリサちゃんのことよろしくね? 私はあんまり一生徒を贔屓するようなことできないからさ」
「生徒会長だから……ですわね」
私に贔屓されていると周囲からやっかみも受けるだろうし。
だから私は誰かれ構わず優しくしなきゃいけない。誰にも構わないのは退屈だしね。
「そろそろ行った方がいいわ」
「……失礼しました」
うーん、中国の……鈴音(リンイン)ちゃんだっけ? 怒ってるわねぇ。
セシリアちゃんの方は私のヒントに気付いてくれたみたいだけど……あの子も額面通りに受け取れない子だし、大丈夫かな? なにかすごい勘違いしそうな気がするわ。
隠れてサポートできればいいんだけどね。
◇
更識先輩はいつものような微笑で真意は分かりませんでしたが……なんとなく、大事なことを仰られていたような気がいたします。
ですが、お風呂というのが何を暗示しているのか全くわかりませんわ。
図書室で調べてみれば、日本でのお風呂は禊(みそぎ)を目的としたものだということは分かりました。その禊は身削ぎを意味しているとか。
「問題は何を身として何を削ぐのかということですわ」
アリサさんにとって必要のないものを……違いますわね。先輩はわたくしと鈴さん、そしてデュノアさんでお風呂に入れと言ったのですわ。つまり不要なものがあるのはわたくしたち。
思い当たる節は……無いこともありませんわね。
「わたくしたちはアリサさんに近すぎる……」
更識先輩はアリサさんから離れろと……諦めろと言いたかったのでしょう。
専用機持ちが三人集まっているのは校内でのパワーバランスを崩す可能性があります。たかだか学園内のことで何をバカな、と思うのでしょうが残念ながらここはIS学園。校内でのパワーバランスはそのまま国家間の関係にも関わってきます。
「セシぃ? 難しい顔してどうしたんですか?」
アリサさんはこうやって無邪気にわたくしを覗き込んでいるだけですが……その実、影響力は学年随一と言ってもいい子なのですわ。わたくしに鈴さんはもちろん日頃の行いで一夏さんにも信頼されていますし、その繋がりで篠ノ乃博士の妹である箒さんとも……まぁ馬は合わないようですが。
とにかくISに乗れる男子の一人である一夏さんと繋がりがある以上、周りの女子に対しての影響力も強いのですわ。下手にもう一人の男子であるデュノアさんのと諍いを起こされると……そういう意味で先輩は離れろと言ったのでしょう。
アリサさんがデュノアさんに対して一歩引いた態度でいる以上は生徒が二分されることもないでしょうから。
「セシぃ……なんとなく、セシぃの考えていることは間違いだと分かります」
苦笑しているアリサさん。
……鈴さんの話では結構な大泣きをした後のように見えたそうですが、今笑えているのならそれでいいのかもしれませんわね。
鈴さんにも、わたくしはアリサさんに対して甘すぎだと言われたのですし、少しは自重することを意識してみてもいいのかもしれません。
「ふぅ……結局午前中は全部休んでしまいました。そろそろお腹が空いてきましたね。お昼にしましょう」
「あ、一夏さんから屋上で集まって食べないかと誘われたのですが……もちろん鈴さんも」
「そうなんですか? 織斑君から誘ってくるなんて珍しいですね」
確かに言われてみれば、普段は鈴さんが引き摺ってきますわね。アリサさんも一夏さんに対して悪感情は持っていないようですし、わたくしも彼には興味がありますので拒絶していませんし。
「ですけど……デュノアさんも来られると思いますわ。平気ですの?」
「あぁ、そうですね……いえ、行きます。お弁当取りに戻るのでセシぃは先に行っていて下さい」
「分かりましたわ」
一瞬、アリサさんの笑顔に影が落ちましたが気付かなかった振りをしました。
獅子は我が子を千尋の谷に落とす、と言うそうですが私の心境もそれに似たようなものですわね。アリサさんならきっと乗り越えられると信じておりますわ。
◇
シャルロットとお昼ごはん……ふふふ。
絶対に、自分が望むような展開にはならないと理解していてもわくわくしますね。
織斑君もいることですし、猫を被る……なんて言いたくないですけど、二人きりの時よりは態度は柔らかいものになるでしょうし。運が良ければ同じことに笑いながらご飯を食べられるかもしれませんね。
心配するとしたら、私がいることでシャルロットが気分を悪くしなければいいんですけど……何を、言っているのでしょう、私は。
あれだけ正面から拒絶したシャルロットが私と同じ場所でご飯を食べてて嫌な気持ちにならない訳ないじゃないですか。
でも……楽しみですね。
今日の卵焼きには結構自信があるんですよ。卵焼きは肉じゃがと並ぶおふくろの味だと思ってますから気合を入れて練習してきたんです。篠ノ乃さんに料理教えながらだったのでちょっと量も余裕ありますし、いざとなれば人に分けることも出来そうな量があったはずです。
あわよくば胃袋から掴むこともできるかもしれませんねー。私なしでは生きられないような胃袋(からだ)にしてやんよ、なんて。
「あんまり待たせてもいけませんし、皆集まってからだと顔を出しにくいので急いじゃいましょう」
期待に胸も弾むというものです。
……少し揺れるくらいの胸はあるんですよ?
「なんて、そんな風に考えてないとやっていられませんよね」
ガチャン
「ん?」
教室の中から硬質の物が落ちたような音
何の音でしょう? 黒板消しとかでしょうかね。
まぁ、床が粉まみれになっていようが私には関係ないことですし早いところお弁当だけ持っていっちゃいましょう。
そう思って扉をあける。
「……あ、れ?」
床は予想通り汚れていました。
ただし散乱しているのはチョークの粉などではなく、ぱっとみて分かるだけでもソーセージやブロッコリー、プチトマト。
そして、卵焼き。
「あ、不破さんごめんね。手が滑っちゃって、不破さんのお弁当落としちゃった」
嘘です。
私のお弁当はいつも安定するようにカバンの底に入れてあるんですからどう手が滑ってもこんなことになるわけがありません。
周りを見る限りにおいても、お弁当が落ちてしまったなんて言う生易しい様子じゃなく、中身をわざとぶちまけでもしないかぎりこんな惨状にはならないでしょう。
でも、どうして?
犯人と思われる生徒は確か三組の女の子です。見た目的におそらくアメリカ人でしょうか?
私が顔を覚えていないので当然その程度の間柄なのでしょう。仲良くなるほど付き合いはないですし、当然恨まれる覚えもありません。
この一面だけを見れば確かに故意ではなく手が滑ったという事故の方が納得できそうですが……
「じゃあ私、先生に呼ばれてるから。本当にごめんね!」
「……ニヤニヤ笑いながら謝られても」
「え、なに?」
「いえ……私が自分で片付けておくので早く行った方がいいと思いますよ?」
わざわざ言ったところで意味はありません。
恨まれている理由は分かりませんが行動を起こしている以上、彼女にとって私はとても許しがたい存在なのでしょう。それだけの感情を抱いているのなら私が何を言ったところで改めてくれるとは思えません。
腹は立ちますが――今後、学校に来たくなくなるくらい、私の顔を見るだけで腰が抜けるくらいの目に遭わせたくなるほど――怒っても無駄でしょう。
それなら私が我慢して、お互いにこれ以上嫌な思いをしないようにする方が賢明です。そうすれば彼女が私のことをもっと嫌いになるなんてことも無いでしょうし、私のエネルギーも無駄に消費しなくて済みますし。
「あぁ、そうだ」
おかずを拾い集めている私の背中に声がかけられます。
どうでもいいことですが、先生に呼ばれていたはずなのに急がなくていいのでしょうか?
それなら私を手伝って、とでも言えばいいんでしょうかね?
「織斑君とかデュノア君にあからさまな態度でアタックするのやめてくれないかな? じゃ、ばいばい」
あぁ……そういうことですか。
私が彼女に対して何かをしたわけではないんですね。
多分、元から織斑君とそれなりに仲良くしている私に対して何かしらの悪感情を抱いていて、さらに朝に私がシャルロットの手を引いて歩いているのを見たんですかね。
所謂(いわゆる)、調子乗っている奴。そんな感じに見えたのでしょう。
それが気に入らなくて私に何かしてやろうと思い鞄を漁ったら私のお弁当を見つけた……と。
普段ならそこまで気にすることでもないんですが……今日に限っていえば確かに私に有効なダメージを与えられる手段です。
集めたおかずの残骸をお弁当の中に詰めてしまおうと思い箱を持ち上げると、重心の位置にわずかな違和感。気になって手元のお弁当箱を覗けば、
「あ、卵焼き一個残ってますね……食べちゃお」
あぁ……やっぱり、上手く出来てました。
◇
「え? あら、そうなのですか? アリサさんにしては珍しいですわね。何でしたらわたくしも……あぁ一松さんたちと。分かりましたわ。伝えておきます」
セシリア……プライベートチャネルが禁止されてるからって堂々と携帯電話使うのもどうかと思うわ。一応、それも禁止されてるんだし。
内容的に電話の相手はアリサね。
なに話してたのかしら。どうせ屋上に来ることになってたんだから電話なんて使わなくても。
というか、プライベートチャネル使うのと電話使うのだったらどっちが罰則きついのかしら。
「セシリア、今の不破さんか?」
「ええ、なんでもお弁当を作り忘れてしまったので食堂に行くとか」
「ふーん……なら俺達が食堂で食べてもいいな」
「わたくしもそう言いましたが、一松さん達と食べるそうなので気にしなくていいと言われましたわ」
「そうか。残念だな」
確かに残念だけど……一夏はなにを期待してたんだろ。
アリサとはそこまで仲がいいようにも見えないし……もしかして一夏の本命ってアリサなの!? クラスでは席が隣同士だし、近接格闘の訓練とかISの基礎知識とか、何かと面倒見てもらってるみたいだけど……
「不破さんの弁当うまいからなぁ」
「食いしん坊かっ」
ビシィッ
……つい、ツッコミいれちゃったじゃない。
いや、確かにアリサの料理は美味しいし人にも食べさせられるように多めに作ってるわよ? それでも、それ目当てにするってのはどうなのかしら。
というか、今まで私が誘った時にホイホイついてきたのはアリサの弁当があったからなの!?
てっきり、この前のキ、キキ、キス……で私のこと意識してくれてるんだと思ってたのに。
仕方ないわね、こうなったら私のお弁当の美味しさを教えてあげようじゃない。中華ならアリサにだって負けないんだから。元中華飯店の娘、甘く見ないでちょうだい。
「一夏!」
「お? 鈴、よんだか?」
「あ、あーん」
うっわー……なにこれ超恥ずかしい。一夏の顔見れないし……あ、でも変な所に押し付けないようにしっかり見ておかないと。
そう思って一夏の顔を見ると……あれ、困り顔?
「鈴、俺達も子供じゃないんだしこういうのはそろそろだな……」
子供じゃないから恥ずかしがってるのが分かんないのこの大バカは!?
でも……朴念仁(ふだん)の一夏なら迷わず食べるところでこんな反応されると困るわ。今までこういうことで恥ずかしがったりしないのが一夏の良いところで悪いところでもあったのに……
あれ、一夏が恥ずかしがってる?
もしかして私の気持ちに気付いたとか? まぁ、キスすれば誰だって分かると思うのが普通だけど相手が一夏なら常に最悪の状況を考えないといけないし。
「ま、とと、とりあえず食べてよ。これアンタ用の箸なんだから」
「俺用? まぁ……食うぞ?」
早くしてってば!
パクッ
「ん、美味い」
「あ、当たり前でしょ。分かりきってること言わなくてもいいわよ」
「そ、そうか」
た、食べてくれた……!
あの流れじゃ無理かなーと思ってたけど……ふふふふ。
篠ノ之さんが包みふたつ持ってるし、片方は一夏用なんだろうけど気にしないわ。
「じゃ、一夏、これアンタの分ね。ご飯も一緒に温めておいたから感謝してよね」
最初は一夏に分けてくれよって言わせるために酢豚を温めないで、ご飯もつけないことも考えたんだけど。
まぁ小細工ばっかり使っても仕方ないしね。なにより一夏にはあからさまな形で好意を示さないと何億年経っても伝わらないし。
「そういえばセシリアは自分で料理とかしないのか?」
私の酢豚と篠ノ之さんの和風弁当をつつきながら一夏がセシリアに水を向けた。
セシリアのルームメイトがまとめてお弁当を用意してるのは有名な話だけど……
一夏はなんでわざわざ聞くのかしらね。料理は苦手なんですって女の子に言わせる気?
「わ、わたくしは料理が壊滅的ですから……実家でも一流シェフの方々が用意してくれておりましたし」
セシリア……今度、アリサに頼んで教えてもらおうね。あの子、人見知りのくせに意外と人に教えるのも上手だから。そうじゃないとセシリアが不憫すぎる。
一夏のあんまりな態度に篠ノ之さんどころかデュノアまで半目だし……
あれ、でも男子的にデュノアの反応ってすごくない? 私の周りは一夏みたいに女心分からない奴しかいなかったけど流石はヨーロッパってことかしら。紳士侮るべからず、ね。
「ふーん、そうなのか。でもそういう料理も一度は食べてみたいよなぁ」
「そうでしょうか。わたくしはそういったものよりも気持ちが込められたお弁当の方が美味しいと思いますわ」
そこで私の方を見ないでよ!
まぁ、でも自分だけのために作られた料理ってのは美味しく感じるわよね。アリサのがまさにそれだし。料理を作るときはいっつも食べてくれる人のことを考えて作っているんですよっていつも言ってるけど……なかなか真似できることじゃないわ。私なんて途中で手を抜いちゃうから。
そんなんだからアリサが当番のときの夕飯はいつも食べ過ぎちゃうし……その影響で一時期体重が増えて焦ったこともあったわね。今は食べ過ぎることが分かってるから余分に運動してるわ。
でも食べるために運動するって……あれ、もしかして私餌付けされてる?
「おお、うまい! これって結構仕込みに時間かかってないか? ええと――」
ショウガと醤油とおろしニンニク、それにコショウと大根おろしを少し。昨日、私とアリサ、それと篠ノ之さんでお弁当の準備をしてるときにアリサが篠ノ乃さんに教えた唐揚げのレシピ。
篠ノ之さんの方に唐揚げがないってことは失敗も多かったってことなんだろうけど……本当に失敗だったかは分からないわね。アリサのを先に食べるとなんでか自分のが美味しくないように思えるし。
それにしてもこの二人、気は合わないくせに結構関わりがあんのよね。
まぁ、篠ノ之さんも一夏がいないところでは引っ込み思案な所があるし、アリサだって遠慮がちだから、そんな関係に落ち着いたのかもね。
昨日、一緒にいた時はアリサも楽しそうに篠ノ之さんに料理を教えてあげてたわけだし。
……あれ?
「セシリア、アリサはお弁当を作り忘れたって言ったのよね?」
「ええ、そうですわ」
「そう……」
……持ってき忘れた、ならまだ納得できる。あの子、割とそそっかしいし。
でも作り忘れたなんてことは有り得ない。だって私達と用意してたし、上手にできてた卵焼きを自慢げに私達に食べさせてきたし。まぁ、美味しかったのは認めるけど。
篠ノ之さんも私の方を見てるってことは同じことに気付いたのね……心配。
アリサはあれでいて慎重だからバレる嘘なんてつかない。
今回のことは何かがあって余程心が乱れていたとしか思えない。
何か――時期的に考えるならデュノア繋がり……でも、今日はほとんど一夏と一緒にいたみたいだから関係ない可能性の方が高いわね。
……まぁ、いいわ。
「デュノア、ちょっと時間貸してくれない?」
「え?」
「すぐ済むから」
「それなら、はい、分かりました」
ちょっと、焦りが顔に出たかな……一夏が変な顔で私を見てる。変なところで鋭いんだから。
大丈夫、今回はこの男が関わってるとまでは思ってないわよ、そんなことを思って一夏には笑いかけたら、顔を背けられた。
その反応は少しイラっときたわ。
「鳳(ファン)、私も行くぞ。一宿一飯の恩義があるからな」
「使い方は間違ってるけど分かったわ」
「細かいことは気にしない主義なんだ」
泊めてないしご馳走してないし。
いや、中国人の私が言えることでもないんだけどさぁ。一応アンタはれっきとした日本人でしょ?