Plongez dans le "IS" monde.   作:まーながるむ

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お待たせしました。
久しぶりに1万文字超えたので許して下さい(


7. No head knight

「クラス代表決定戦とは――」

 

 年に一度、ということもなくクラスごとで代表者の座を奪い合うということが起きた場合に開かれる準公式行事。実行の際は一人以上の教員の立ち合いが必須となる。

 そのため明確に日付設定はないが、開催時期として一番多いのは新学年が始まって最初の週末かその翌週の放課後。

 入学したての新入生こそ、クラス代表というポジションを得たいと考えるが、時間が進むにつれクラス代表がその名前とは裏腹に学級委員のような仕事だと気付きやりたがる生徒がいなくなるからだ。

 

「――だってさ。はーちゃんさん、校内新聞によるとクラス代表は人気ないみたいだよ?」

「学級委員ねぇ、リリティアにできるとは思えねーけど?」

 

 むむむ……!

 私ははーちゃんさんがクラス代表立候補を取り下げる手伝いをしてあげようと思って善意から助言をしてあげたのにその言い草!

 私は、学級委員くらいへっちゃらだよ!

 

「だって、ツバサちゃんが三十人いるようなクラスじゃないし!」

「うぐっ……!?」

「たしかに翼は近年まれにみる自活力皆無なお嬢様だけど、いろんな人間をまとめる方が面倒だって知ってるか?」

「むぐぅ……」

「大丈夫だよ! 皆、ツバサちゃんと違って頼んだことくらいはちゃんと出来そうな人たちだし!」

「いや、あの私だって言われたことくらい……」

「っは! それくらいが普通なんだよ。翼よりまともなはずの奴らでも人数が多いとそれだけ統制しにくくなるって言ってるんだ」

「うぅ……私、普通の人以下じゃないもん……!」

 

「あの……」

 

「何!?」「あん?」

 

 これは私とはーちゃんさんの問題なんだからリオちゃんはわざわざ言い争いに入ってこなくてもいいよ!

 

「って、あれ? ツバサちゃんどうしたの?」

 

 朝ご飯中なのに、まだ全然食べてない……ダイエット?

 でも、ツバサちゃん、結構細いんだからダイエットなんてしたら倒れちゃうと思うんだけどな。特に今日は体育の授業もあるし。

 

「ぐすっ」

「って、ええ!? なんで泣いてるの!?はーちゃんさんどうしよう何があったか分かる!?」

「いや、私に聞かれても困るって! お前こそ同室なんだから心当たりとかないのかよ!?」

 

 そんなのないよ!?

 だって、ツバサちゃんのことはいつもお世話してあげてるっていうか目が離せないし、でもツバサちゃんは過剰に遠慮してるって感じでも無くて、何かしてあげるとありがとうって言ってくれるし……

 もしかして、私に気を遣わせないようにしてたけど本当は何も関係ない私に世話されることが心苦しかったりするの!?

 あ、そうだ、幼馴染のリオちゃんなら心当たりあるかも!

 

「リオちゃん」「理桜!」

 

 偶然、はーちゃんさんと同じタイミングでリオちゃんに声をかける。

 やっぱりはーちゃんさんと私が仲良くなるのは運命だったんだね、っじゃなくて。

 

「……二人は仲良し?」

 

 こてん、とリオちゃんが首を傾げる。

 いや、仲良し? ってそんなの――

 

「え、そうだよ?」「いや、どこがだよ」

 

 はーちゃんさんひどい!

 セリフは別にそのままでもいいけどせめて表情に少しくらいは照れとか入れてくれてもいいんじゃないかな!?

 ってそんなことよりも!

 

「ツバサちゃんなんで泣いてるのか分かる?」

「……二人のせい」

 

 リオちゃんの意外な言葉に思わずはーちゃんさんと顔を見合わせる。

 えっと、私達が言った言葉を思い返してみるけど……

 

「別に本当のことしか行ってない、よな?」

「うん、ツバサちゃんの悪口は言ってないよね?」

「ふぇ……!」

 

 あぁ、またツバサちゃんが涙目に!?

 

「……真実は時に残酷」

 

 いや、リオちゃんもしょうもないこと言ってないでツバサちゃんをフォローして!

 えっと、えっと……そうだ!

 

「ほら、ツバサちゃんは自活力皆無でもリオちゃんがいるじゃん!」

 

 だからツバサちゃんが何かできる必要なんてないよね!

 

「フォローになってねーぞ」

 

 え……

 

「一生、翼の面倒を見てお婆ちゃんになる私……不幸」

 

 いや、あの……

 

「ぐすん……今日、私学校休む……」

 

 ごめん、許してぇぇぇぇぇ!

 

 ◇

 

「おっはよー!」

「はよーっす」

「……おはよ」

 

 あの後、なんとかツバサちゃんを宥めて四組まで連れて行ったあと、三人そろって三組の教室に入る。

 はーちゃんさんとクラス代表を取り合うって決まった翌日こそ、クラスの皆は私とはーちゃんさんが一緒に登校してきたことにギョッとしてたけど、その日のうちに私たちの関係を理解してくれたみたい。

 

「二人とも、全然険悪にならないよねー」

「親友同士でも、譲れないものはある……! んだけど、それはそれ、これはこれー、んぎゃっ」

 

 お隣の子に返事をしつつ鼻歌まじりに机にカバンを置いたら後頭部に衝撃。

 

「いつから親友になったよ」

「いた~い! はーちゃんさん、そんなに暴力的だと私以外の人と仲良くなれないよ!?」

「安心しろ。お前にしか暴力は振るわないから」

「それは私が運命の相手だかルプギャ!?」

 

 ISの整備についてまとめた分厚い教科書ではーちゃんさんに二回殴られた。

 私は教科書重いから殆ど持って帰ってないんだけど、はーちゃんさんはこう見えて結構まじめさん。

 リオちゃんの話では寮の部屋に付いて制服を吊るしたらまずは勉強らしいよ。すごいよねー。偉いよねー宿題なんて提出日の授業の直前にやるものだよねー。

 

 ズガッ

 

「痛い!? はーちゃんさんなんでまた叩いたの!?」

「なんかムカつくこと考えてただろ?」

「誉めてただけなのに!?」

 

 うぅ、酷い……理不尽だ……!

 っは!

 待て待て待て待って!

 私、天啓を得ちゃったよ!

 いつもは優しいはーちゃんさんがこうやって何度も殴るのは、今日の放課後に控えた代表決定戦での勝利を確実にするためなんだ!

 そっか、内心で涙を飲んでるんだね……そんな覚悟があるなら私はもう邪魔しないよ。

 できれば、戦わずに仲良く決着をつけたかった……悲しいけど、これって――

 

 スパァン

 

「いたいっ!?」

 

 はーちゃんさんは目の前にいるのに!?

 

「授業始めるぞ。スノーホワイト、席につけ」

 

 あ、織斑先生……まったくもう、人がシリアスに決めてる時にどうにかしてるよ。

 

 ◇

 

「さぁて、準備もできたし、行こっかな」

 

 更衣室でISスーツに着替えて、右耳につけてる蒼水晶のピアス――私の専用機、クイーン・オブ・スノウの待機形態――を左耳につけ直す。

 ……左右はどっちでもいいんだけど、わざわざつけ直すっていう行為自体が私にとって落ち着くためのおまじない。こうすると緊張しにくい……気がする。

 はーちゃんさんの専用機がどんなものかは知らないけど、私とこの子ならきっと平気。

 

「リリー、頑張ってね」

「ツバサちゃん……リオちゃんは?」

 

 更衣室から出て、いざアリーナのピットに向かうとツバサちゃんがいた。

 他にもクラスで仲良くなった人とかもまばらだけど何人かいる。まぁ、クラス代表が誰になるか興味ない人は早く寮に帰りたいもんね。

 

「理桜は向こうに応援に行ってるみたい」

 

 あぁ、リオちゃんははーちゃんさんの応援に行ったんだ。

 ルームメイトだもんね。

 でも私が気になるのはそんなことより……

 

「……大丈夫? 私もリオちゃんもいなくて平気?」

 

 ツバサちゃんを一人にしても大丈夫なのかな?

 私達が戦い始めたら、観客席に行く、とかそんな流れでここを離れる時に迷子になったりしないかな?

 どうしよう、アリーナに入っちゃう前にリオちゃんのところまでツバサちゃんを連れていくべきかも……

 

「なんか、すごく失礼なことを考えられてる気がするんだけど……?」

「え、心配してるんだよ?」

「その心配もいらないの! ……理桜が迎えに来てくれるから」

 

 ぼそっと紅い顔で言葉を付け足したツバサちゃん。

 うん、それなら安心だね。

 ツバサちゃんが迷子になっちゃうかもって心配で本気で戦えなかったなんて言い訳は出来ないしね。

 

「それじゃあ行ってくるね」

「うん、言いにくいけど、えっと、頑張って」

 

 ……あぁ、そっか、クラス代表になるってことははーちゃんさんと戦うってだけじゃなくて、いずれはツバサちゃんとも闘うことになるんだ。

 運命の相手と立て続けに戦わないといけない私……あぁ、悲劇の主人公(ヒロイン)みたいっ!

 

「なーんてね」

「?」

 

 ――なるべく、本気は出さない。

 はーちゃんさんがどれほどの相手か分からないから油断はしないけどツバサちゃんが見てる以上、私の戦力を把握されちゃいけない。

 この子の秘密はバレちゃいけない……らしいし?

 

「よっし、がんばるぞー」

 

 気合い一息、アリーナへ続くゲートをくぐる。

 

「わぁ……凄い人」

 

 多く見積もっても五席に一人ってくらいまばらだけど、そもそもの客数が多いから人数自体はすごく多く感じる。

 これが来月にあるタッグトーナメントとか二学期のキャノンボールファストみたいな公式行事になると満席どことか立見場所ですら奪い合いになるんだって。

 しかも、複数のアリーナで同時進行の時もあるから……いったいどこにそんな沢山の人が住んでるんだろう。

 

「じゃー、行きますよ……クイーン・オブ・スノウ(じょおうさま)

 

 パールホワイトの装甲が顔と肩、お腹と太腿以外を隠していく。

 最初はお腹壊しそうな露出だと思ったけどISのエネルギーシールドのお陰か風邪を弾いたりしたことはない。寒いは寒いんだけどね……他のISは耐寒、耐熱にも優れてるのに私のISは設計上の仕様で耐寒レベルはギリギリまで下げてあるんだって。

 まぁ、結構ギリギリ感あるからちょっと恥ずかしいけど……これで設計したのが男の人だったら絶対に乗らなかったなぁ。完全にセクハラだもん。

 

「って、あれ? はーちゃんさん、ISは?」

「ぁん?」

 

 先にアリーナの中央で立ってたはーちゃんさんはなぜか生身で、しかも超不機嫌顔。

 ……もしかして専用機忘れちゃったとか?

 いや、それよりももしかして生身でアリーナ入ってから展開ってのが正しい作法だったりしたのかな!?

 どうしよう……私、そんな都会の作法なんて知らなかったから……

 というかはーちゃんさん右肩に刺青なんて入れてたんだ……蓮の葉と花、かな?

 

「私は、これでいいんだよ」

「え?」

 

 狼みたいにニヤリと笑うはーちゃんさん。

 ISスーツって言っていいのか分からないけど、服装は普段着にも見える……

 

「というかそれ普段着だよね!?」

 

 タンクトップにアジダスのロゴ付いてるじゃん!?

 そのスカートも『ちょっと不良風なお洒落が好きなあなたにお勧めする一冊“シャムスタイル”二月号』で紹介されてたやつだよね!? オーバースカートのどこが不良風だって突っ込んだの覚えてるもん!

 私、日本のファッション雑誌は手当たり次第ノルウェーまで取り寄せてたんだから知ってるよ!?

 

「う、うるせぇな……というか人が読んでるファッション誌暴露するな! あといちゃもんも付けるな!」

「照れるはーちゃんさん、かー↑わー↑いー↓いー↓!」

「死ね!」

 

 タンクトップにスカート、それにニーハイソックスに指抜きグローブっていう全部を黒で統一したはーちゃんさんの格好に、なんだか会場がざわざわしてるみたい?

 いや、もちろん、そんなラフな格好で登場したってのは十分びっくりする出来事なんだけど……

 

「なんか、そういうのじゃない」

 

 なんだろ、皆、怯えてる?

 

 ◇

 

「クラス代表決定戦で、遠目からはノースリーブドレスにも見える格好。しかもISを展開しないでの登場……あの新入生、知っていますわね……」

 

 とは言いましても、それを知っているのは同級の専用機持ちではわたくしと一夏さん、それと箒さんだけでしたわね……お忙しい箒さんはともかく、少なくとも一夏さんは見に来ているでしょうが……

 あまり、彼を過敏にさせるような真似は控えてほしいですわ。

 

「浦霧はもの……名前の通り、鋭い気配だね」

「本当ね。でもISを展開させないで出てくるなんて……よっぽどの目立ちたがり屋か馬鹿よ」

 

 既にお二人からは反感を買っておられますし……はものさんの姿は見る者に否応なく彼女を――アリサさんを想起させてしまいますわ。

 しかも、それは私たちのように深く彼女と付き合っていた人間たちだけでなく――

 

「やだ、あの子の格好って――」

「――私、去年も見に来てたけど――」

「キャノンボールファストの時の――」

 

 この学園に所属する全てのものに対して恐怖の対象になりますわ。

 ()()()、迅速に、かつ自然に布かれた緘口令は今なお、予想された以上の効果で機能しているにもかかわらず、彼女を見る大半の生徒がアリサさんを思い出しています。

 一体、何のためにこんなことを……本当に、何から何まで分からない子ですわね。

 確か本国からの新入生の調査報告では搭乗ISや所属企業どころか、去年までアメリカのとあるミドルスクールに所属していたこと以外の全ての情報が不明扱い。

 ただ、確実に分かるのはIS学園に提出された適性試験の結果――織斑先生と同じ測定不能(S+)。世界で二人目である、いわばIS操縦のために生まれてきたような天才。

 しかも……もし篠ノ之博士が織斑先生に合わせてISを開発したのだとしたら、それこそ――

 

「いえ、これ以上はただの嫉妬になってしまいますわね」

 

 それに、万に一つあるかどうかという可能性ですが虚偽の報告という可能性も残っているのですわ。

 ……それに、考えなければならないことはそれだけではありませんわね。

 ノルウェーの純国産第三世代IS――クイーン・オブ・スノウ。

 第二世代どころか第一世代すら開発したことのないノルウェーが突然送りだした正体不明のIS。

 その事実に、かの国からコアを借りうける代わりに国防を肩代わりしていた各国はコアを介して情報が盗まれたのでは、と考え徹底的に調査したものの、ノルウェーによるデモンストレーションの際には公開技術以外の既存技術は使われていないと、認めざるを得なかった……もちろんスペックシートにはノルウェーオリジナルであろう技術については公開されておりませんが……そこは疑うまでもないということは皆分かっているのですわ。

 そこに既存の技術を取り入れては自ら弱点を晒すようなものなのですから。

 いえ、その時点でのスペックシートをコアナンバー付きの署名とともに見せられてしまっては引きさがりざるを得なかった、という方が正しいでしょうか。

 コアナンバーが周知されているものは一夏さんの白式(No.1)、箒さんの紅椿(No.2)、そして友好国にのみ知らされたアリサさんのカゲロウ(No.4)のみ。

 コアナンバーについては、知られることで、もしくは知ることでなにが起きるかは分かっておりませんが、それでもコアハッキングの可能性などが残るため“知られないにこした物”であることは確かなのですから、それを証明に信用しろと言われてしまえば、そうするしかないのですわ。

 

「このカードになったのは幸運だというべきですわね」

 

 この会場にいる人数こそ、去年の一夏さんの時と比べて少ないでしょうが、きっとIS関連企業の関係者の数で言えば今回の方が多いでしょう。

 男性がISに乗れる、というのも確かに驚愕の事実ではありましたが身元不明の適性S+の操縦者といきなり現れたISというのはそれ以上に目を引くものがあるのですから。

 

「しっかり、見せてもらいますわね」

 

 あぁ、案外、アリサさんの威を借りることで冷静な目で自らのスペックを見ることをさせないようにしたのかもしれませんわね。

 無論、私はそんなことで濁るような眼はしておりませんが。

 

 ◇

 

「えっと、はーちゃんさん、展開、しないの……?」

「必要ねぇ」

 

 いや、そんな……展開してくれないと戦えないんだけどなぁ。

 手加減するにしても、もし事故でぷちっと潰しちゃったりしたら一生社会復帰できないようなトラウマになるよ?

 

「あのなぁ……」

 

 どうしようもなくて、棒立ちしてる私に向かってはーちゃんさんがやれやれと首を振る。

 

「相手が戦う姿勢を取ってないと戦えないってか? そんな正道はとっとと捨てちまえ」

「いや、そんなこといっても――」

「これは、小さな戦争なんだぜ?」

「そ――――んなっ!?」

 

 はーちゃんさんが、一瞬で砂煙になった。

 移動した、と気付く前に殆ど反射で横合いに飛ぶ。

 

「っち」

 

 そして、私が今まで立っていたところにお世辞にも美しいとは言い難い、まるで鉄の塊をそのまま叩いて造ったような無骨で切れ味の悪そうな巨剣が振り下ろされていた。

 ISを展開する瞬間すら見えなかった……

 

「せめてお互いのために一発で終わらせてやろうかと思ったけど避けちまったか」

 

 そして、衝撃で生まれた土煙から出てきたはーちゃんさんはまたISの展開を解除してる。

 

「おら、ぼーっとしてんじゃねーぞ?」

「っ!?」

 

 今度の声は、真下から。

 気付けば顎に銃を突き付けられてた。

 これも避けたけど、はーちゃんさんはわざと撃たなかった。

 多分、一瞬で勝負を終わらせることから私で愉しむ方向にシフトしたんだ。

 

 でも、このままじゃ勝負にすらならない……!

 

「QoS、-2℃!」

「ん?」

 

 今度はこっちから仕掛ける!

 はーちゃんさんが目にもとまらぬスピードで装甲を展開できるって言うなら、もう怪我させちゃうことに怯える必要はない!

 まずは一発やり返す!

 小型スラスターを束ねた三対の翼にエネルギーを満たして解放――それだけで私は音を超える。

 まずは、真正面から――っ

 

「その程度――」

「避けられるのは承知!」

「なっ!?」

 

 小柄なはーちゃんさんを押しつぶすような拳の降り下ろしは予想通り外れて、地面に突き刺さった。

 はーちゃんさんは一歩飛びのいて避けただけ、しかもまだ空中にあるし、ISを展開してないならPICも不完全だから長くは対空していられないはず!

 地面に付いた手をそのままに、スラスターで体勢を操ってそのままハンドスプリングの要領で跳ね、はーちゃんさんを飛び越え半回転。

 そのまま更に体を捻って回転の勢いを乗せた膝をはーちゃんさんの背中に叩きこむ。

 

「くっ――そ、がぁぁぁ!」

 

 はーちゃんさんも、避けられはしないものの私の動きに反応して左腕で防御。

 その周りにISの装甲が展開――しない!?

 

「うそ……」

 

 生身……?

 私に蹴られたはーちゃんさんが水切りみたいに地面を跳ねて壁にぶつかって止まる。

 膝には肉とか骨を潰したみたいな感触。

 今まではそんな経験なかったけど、多分、この感覚はそういうもので間違いない。

 だって、ギリギリで力を抑えたとしてもISの力で人間を蹴っ飛ばしたらどうなるかなんて……!

 

「うそ、私、そんなつもり――」

 

 

 

 

 

 

「痛ぇな、おい……普通、生身っぽい相手にここまで出力出すかよ……バカ野郎」

 

 ヒタリと、背中に冷たい感触。

 はーちゃんさんが吹き飛んだ先、煙ってよく見えない壁をハイパーセンサーで見ようとして、やめる。

 そこに、はーちゃんさんはいない。

 間違いなく、私の後ろにいるのがはーちゃんさんだから。

 生きててよかったとか、そんな感情が全く浮かばない。

 ただただ、理解が追い付かなくて怖い。

 

茨の庭(ソーン・ガーデン)!」

 

 とにかく、冷静になるためにもはーちゃんさんから距離をとりたい。

 貯め込んだエネルギーを電気の茨として周りに発散させる。

 電気を直接空気中に発生させるんじゃなくて電気抵抗がほぼ無いYBCOって物質で作られた極小繊維の網を通すから威力はかなり高い。

 ISのセンサーには電流量を感知するものもあるからまず間違いなく――

 

「ちょーっとぴりっっとする程度だな」

「えっ――!?」

 

 猫みたいに、首をつかまれて投げ飛ばされた。その手には初めて見るはーちゃんさんの装甲。

 うそ、対応が早すぎるよ……!

 確かに電気なんて、よほど予想外のタイミングで当てられない限りはある程度の対応はできる。

 例えば装甲の温度を上げて電気抵抗を上げるとか方法はいろいろあるけど、こっちだってそれくらいの対策を取られることを前提にした上で開発してる。

 それなのにこんな数秒で破るなんて……

 

「……もう分かっただろ? リリティア、お前じゃ私に勝てねーって。降参しろよ」

「そうだね……」

 

 私は、勝てないかもしれない。

 このまま、この子の性能をフルに引き出して、守るべき秘密も明かして、それでも勝てないかもしれない。

 そうしたら、色んな人が損をするだけの結果になる。

 

「でもね、負けちゃいけないんだ……私は、絶対にクラス代表にならないといけないから!」

 

 どうにかして二年生の先輩たちと関われるようにならないといけない。

 クラス代表じゃなくても方法は色々あるとは思うけど、これが一番の最短距離だと思うから、絶対に負けない。

 恩人の死因が知りたいから、他人に話したら、ゆっくり知ればいいなんて言うかもしれない――でも、そんなのは恩人が死んだことないからだよ。

 私にとって不破アリサ先輩ってのはそういう人。きっと私を助けたことなんて覚えてないどころか、その瞬間すら意識してなかっただろうけど、あの瞬間、私は軍属とかじゃなくてただ強盗に襲われた女の子だった。

 きっと、あの場に先輩がいなかったら私が同じことを出来なきゃいけなかったのに、当時の私には絶対出来なかった。あれから、真面目になって訓練をした今だって、自信はない。

 先輩は、私の命だけじゃなくて私の名誉まで守ってくれたから、その分、私は今一生懸命にならないといけないの!

 

「へぇ……ま、知らねぇけど――負けられない理由くらい私にもある」

 

 はーちゃんさんが超低姿勢で地面を駆ける。

 獣のように、四肢を使って二足歩行では安定しない高速機動の大きな慣性を無理矢理抑えつけて――あれ、見えてる?

 今まで急に相手が低い姿勢になったせいで見逃していたわけじゃない、私がはーちゃんさんの速さに慣れたわけでもない。

 

 ――じゃあ、はーちゃんさんが遅くなってる?

 

 今までの攻撃は無意味ではなかった?

 ううん、それよりはーちゃんさん、まだISを展開してない……これってもしかして――

 

 ◇

 

「人体内蔵型IS……ですの?」

 

 外殻として装甲を纏うのではなく、内骨格をISに置き換えるという発想によって一時期もっとも研究“されていた”コンセプトタイプのIS。

 今の主流である緻密な計算によって生み出されるデザインドタイプと違って発想を現実にしようとする開発方法はISに無限の可能性が信じられていた時代の主流。

 時がたつにつれてコンセプトタイプはいくらISでも無理なものは無理と諦められはじめ、人体内蔵型ISもそうして諦められたものの一つ。

 人体内蔵型ISが諦められた理由は内骨格、および筋肉、内臓などを置き換える過程で生じる激痛に搭乗者が耐えられず、ブラックアウトしてしまうだろうという事前計算での結果から――いくつか強行した研究からもその計算結果は裏付けされていますわ。

 そして、開発はどこの研究陣でも断念、造ることはできたとしても動かすことは不可能という最大の欠陥から研究を続ける価値もないと研究データはすべて開示された上で破棄されたのですわ。

 しかも、あまりにも難題が大き過ぎたために開発不可能というレッテルを貼られた結果、アラスカ協定においてすら開発禁止とされず、開発者たちの間での暗黙の了解――もしくは常識として今まで開発されなかった代物。

 第二世代や第三世代が開発成功し始めた時期に時折、マスコミから人体内蔵型ISは開発しないのか、という質問があったらしいですが、その答えは

 

「太陽が西から昇るところを見たことがありますか?」

 

 というように、開発はありえないことを肯定していましたわ。

 

「それが、あの新入生の機体だっていうの? それなら完全不可視の装甲を持ったISって方がまだ説得力あるわよ?」

 

 そう、ですわね。確かに鈴さんの言う通りですわ。

 ISのレーダーにすら捉えられない完全なステルス、ではなく相手の目算を誤魔化すための反射率ゼロ、屈折率ゼロという透明な素材なら今ある技術でも可能ですわ。

 ですが、皆さんはあの浦霧はものという少女の右肩にあった刺青が消えているということに気付いていませんの?

 それに――

 

「鈴、激痛っていう障害の代わりに人体内蔵ISに許された特権って知ってる?」

「なにそれ?」

 

 ……シャルロットさんも、疑念を覚えたようですわね。

 

「ISに取り替えられた本来の肉体はどこに行くと思う?」

「そりゃ、量子化領域に……それが?」

 

 これは、想像できるかどうか、という問題なのですわね。

 わたくしも、最初は理解ができなかったですもの

 

「僕たちの装備さ、バラバラに壊れても量子化して格納しておけば数時間経てばある程度は元に戻るよね?」

「うん……ってまさか!?」

「あれが、完成された人体内蔵型ISなら脳以外の身体の全部が壊れても量子化してしばらくすれば治るはず……もちろん心臓だってね」

 

 まぁ、あれが人体内蔵型ISならだし、しかもそれさえも机上の空論だけどね、とシャルロットさんは締めくくりました。

 ですが……先程のリリティア・スノーホワイトの膝蹴りの際に浦霧はものが犠牲(クッション)にした左腕は、おそらく生身。一瞬だけ一部分を生身に戻して、再びISに取り替えたはずですわ。

 内蔵型ISは脆いのですから膝蹴りを耐えて、さらに高圧電流を無視して相手の首根っこを掴むなんてこと出来るはずありませんもの。

 

「それにしても、そんな判断を一瞬のうちに下すなんて……ほんと、誰かさんを思い起こさせますわね」

「……アリサの話はやめてよ」

「失礼いたしましたわ」

 

 シャルロットさんがうつむいてしまわれました。これは二重の意味で彼女にとって禁句ですものね――そろそろ表面的にだけでも立ち直るべきだと思いますわよ。

 特に貴女はフランスの代表候補生なのですから。

 

 ◇

 

「はーちゃんさん……それ、痛くないの?」

 

 付いて離れて、それを何度か繰り返してから、ようやく聞くことができた。

 もし、本当に人体内蔵型ISならずっと痛みに苛まれてるはず……うちの会社には一般的に理解されてるものよりさらに一歩踏み込んだ資料があったから分かる。

 人体内蔵型ISは例えば同じ左腕のパーツでも数種類か存在して、搭乗者の臨んだ動きに最適なものをその都度、自動的に選択して入れ替えていく。しかもそれは、左腕、みたいな大きなものじゃなくて、一つ一つの筋肉とか神経とか、そういう最小単位で置き換えてくから――

 きっとはーちゃんさんは無間地獄の中にいる。それなのに――

 

「さっきの電気か? ちょっとピリッとする程度だって言ったろ?」

 

 はーちゃんさんは強い。

 きっと、今年、入学した誰よりも、もしかしたら今までのIS操縦者の誰よりも。

 なんで普通のISじゃなくて、いわゆるゲテモノに乗ってるのかは分からないけど、それがはーちゃんさんを更に強くしてるんだと思う。

 

「――妙な心配してるみてーだけど、あいにく私は天才だからな」

「そっか……でもね、やっぱり負けたくないんだ」

 

 だから、私、もう少し頑張るよ。

 

「QoS、-5℃」

 

 これが、今の私には限界。

 でも、多分皆、私の見た目と周りの環境の変化ははっきりと分かったと思う。

 私の髪の毛は、アイスグレイっていう蒼灰色……じゃなくて、本当は周囲の熱で褪色していく蒼い髪。

 今は、きっといつもより少し鮮やかな青になってるはず。

 ……この子が、周りの熱を吸収してるからね。

 周囲の熱量を奪い取って、それをそのまま自身の熱量に変えるシステム。お世辞にもIS適性が高いと言えない私に専用機が与えられたのも偏にこのシステムに対する親和性が高かったから。

 

「やめてくれよ、私、寒いのは苦手なんだ」

「そっか、じゃあ、暖めてあげるよ?」

 

 おもむろに、地面に手をつく。

 私のIS――クイーン・オブ・スノウの中でも特に異色を放つ一つの装備。

 でも、それはこの子のシステムの裏返し。

 

「メルティキッス」

 

 どろり、と地面が熱に溶ける。

 土に可燃性の物質が含まれてたのかパチパチと火を上げ始めた。

 

「ルール違反は嫌だから威力は絞ってあるけど――結構これ、痛いと思うよ?」

「いい度胸だ!」

 

 また、はーちゃんさんの姿が消える。こうなったら私には捉えることができない。

 きっと、これが最後のチャンスだって分かってるから本気なんだ。

 もちろん、私も本気だから……今更怯えてなんていられない。

 

茨蜘蛛(ソーンスパイダー)

 

 茨の庭が電撃による攻撃用だとしたらこれは察知用。

 クモの巣みたいにYBCOの網を地面に張ってその上に電気を流す。

 (センサー)に頼れない戦闘の時のために付けられたものだけどまさか、こんなに早く実用することになるとは思わなかったよ。

 

「でも、やっぱり最後は勘なんだよねぇ」

 

 予想はしてたけどやっぱりはーちゃんさんが速すぎて電流の断絶がヒント程度にしかならない。

 私には、このヒントから論理的に相手の場所を予想することはできないから、結果からなんとなく探るしかない。

 でも、なんか、なんとかなる気がするんだよね。

 

「多分、こっち」

 

 自分の勘を信じて右手を振るう。

 その動きに沿って爆発が三連続する。

 ISにとっては目くらまし程度だけど電気と熱を利用すればこんなこともできるんだよね。

 

「っ」

「みーつけた」

 

 はーちゃんさんのほんの一瞬の隙。

 私の右手を避けたと思ったから、その直後の爆発に驚いた。

 その、突っ込むか一度引くかという逡巡で固まったはーちゃんさんに左腕以外のISを解除して思い切りギュッと抱きつく。

 

「おまっ、何を!?」

 

 あ、慌てた。

 なんか戦闘中じゃないみたいだね。

 

「はーちゃんさん、痛いだけじゃ降参しなさそうだし、そのISの特徴を考えたら私にははーちゃんさんを行動不能にすることも難しそうだからね」

「こうしてれば負けを認めるってか?」

 

 うん、できれば降参してほしいかな。

 

「できればはーちゃんさんの頭に直接高圧電流をぶちこみたくはないなぁって思うんだ」

 

 人体内蔵型ISの弱点は脳は取り替えられないこと。

 なんかはーちゃんさんのは特殊なのか外殻としての装甲も必要に応じて展開できるみたいだけど抱きしめてるからそれも許さない。

 外殻が無い状態で電流を浴びたら一発で絶対防御が発動してエネルギー切れだよね?

 

「あとは左手ではーちゃんさんの頭に触るだけなんだけど……降参しとく?」

「怖い女……」

 

 はーちゃんさんは拗ねたみたいに笑うけど……降参って言葉聞くまで離さないよ?

 ここで離したら多分私負けちゃうし。

 

「わかったわかった、こーさんこーさん!」

「ほんとに!? 嘘じゃない!?」

 

 はーちゃんさんだから微妙に信じられない。

 ここでやったーって万歳したところで背中からバッサリ、なんて光景が目に浮かぶんだもん。

 

「嘘じゃねぇって! いいから耳元でバチバチ落とさせんじゃねぇよ。ったく」

「やった、これでクラス代表だ!」

 

『浦霧はものの降参により勝者リリティア・スノーホワイト!』

 

 いやー、勝てちゃった。

 まぁ、ほとんどこの子の力だけど。うん、嬉しいね。

 先輩達のうち誰か一人でも見ててくれたかな?

 すぐに思い通りにならないかもしれないけど、きっと話しかけるくらいはできるようになったはず。

 

「そういえば、はーちゃんさんはなんでクラス代表になりたかったの?」

 

 率先してやりたがるようなキャラじゃないし、自分が一番じゃないと気が済まないって性格でもなさそうだよね?

 それに負けられない理由って言ってたし……

 

「んなもん敗者に聞くんじゃねーよ」

「……」

「ま、いいか」

 

 私が口を尖らせて遺憾の意を示したのが面白かったのか、ピットに戻ろうとしてたはーちゃんさんが少し笑って振り向いた。

 

「馬鹿女の尻ぬぐいと復讐だよ」

「あ……へー」

「いや、おまえ自分が聞いておいてその反応はないだろ」

 

 いやいや、だって、そんなことすごい朗らかな笑顔で言われても反応に困るもんだよ……?


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