Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
十個程度の質問に答えてカウンセリングは終わり。
ダフナ先生が耳元の毛をくるくる。手元で書類を束ねながらそーっと僕を覗き見てくる。
……うーん。
真面目なときは頼りがいがあるようにも思えるんだけど一度そのスイッチが切れちゃうと心配になっちゃうな。
鈴とか、オドオドしてるんじゃないわよ! って怒りだしそうだし……
「はい、これで終わり……だよね?」
「え、えと。多分……」
「あ、ご、ごめんなさい……聞かれても分かるわけない、よね?」
「はい……」
低姿勢っていうかなんというか……途中ではいつのまにか僕から自然に話をさせられてて少し警戒――じゃなくて感心したんだけど……途中で入れ替わってたりしないよね?
ああ、この人なら分かってくれる……カウンセリング中に感じたそんな安心感はどこに行っちゃったんだろう?
「よ、よし……ちょ、ちょっと練習させてね!」
「え……っと?」
「すぅー……はぁー」
え、あの、なんで深呼吸してるの?
練習ってなんのことだろう?
先生は話してたけど僕が考え事してたから聞きのがした……ってこともないと思うんだよね。
「よしっ!」
「わぁっ」
び、ビックリした……いきなり気合い入れて大声出すんだもん。驚くなって方が無茶だよ。
でもなにか真剣な目をしてるし少しくらい付き合っても――
「はいっ。これでカウンセリングは終わり。今日の検査もこれで最後だからあとはゆっくり休んでね」
あ、あれ?
なんか急に普通の人っぽく……ってもしかして練習ってこれのこと?
そういえば僕が最初だったみたいだし……代表候補生はこういうとき優先してもらえるんだよね。
「は、はい。ありがとうございました」
「それじゃあ、おちゅかれさまでひたっ」
………………噛んだよね?
「………………」
「あの……」
「う」
う?
「うわーーん! やっぱり私こういうの向いてないんだーー!」
「あ、あの、先生?」
「ぐすん……先生もね薄々は気付いてたのよ? あぁ、この子呆れてるなーとか、臨床心理士とか胡散臭いって思ってるんだろうなーとか……」
い、いや、そんなことは思ってないけど……
「でもね!」
「ひゃいっ!」
「心ってのは見えないからこそ軽視されて病気になっちゃうの! ……話を聞くだけで相手の気が楽になるならって思って……」
「先生?」
そっか……この人は本当に人を救いたくてこの仕事をしてるんだ……
そうだよね。本当は世界を回って人助けをしてるヒトなんだもんね。
うん。ちょっと誤解してたかも。
考えてみれば結果を出せるから国境なき医師団にいられたんだし、学園から声をかけられたんだもんね。
「で、でも先生が相手だとなんというか話しやすいというか安心できますよ?」
「そ、そう?」
「はい」
「ほ、本当に?」
「本当です」
「うーん」
いや、そんな見詰められると困っちゃうというかなんというかえっと……
ちらっ
「あー! 目を逸らされたー! やっぱり私なんて――」
もうどうしろっていうのさ……
◇
はー、ったく……ホントに疲れたわ。
まったくキャノンボールファストのためとはいえ丸一日検査に使うなんて馬鹿げてるわ。
まあ、その代わり明日は午前で終わりだから一夏のプレゼントとか買いに行けるけどさ。
とりあえず飲み物でも……あれ?
「ラウラ、なにしてんのよ?」
「ん、鈴か……いや、本国からEU各国の動きをな。今年ほどとは言えないもののやはり来年も候補生は増えそうだぞ」
ラウラが手に持ったフォルダを閉じながらすこし面倒そうな顔をしてため息を吐く。
……普段はあんまり弱みを見せたりしないんだけど余程のことなのかしらね?
「一夏を見に?」
「あとは箒の紅椿だろうな。アリサについては……すこし分からないがな」
あー、確かにアリサも注目の的と言えばそうなのよね。
操縦者としての実力もそうだけど、むしろ他国とのパイプとでも言えばいいのかしらね。それをいくつも持ってるみたいだから……
「あれが全部シャルロットのために培われたものなんだからね……自信なくすわ」
「自信?」
「私は一夏のためってだけでああも危うい橋は渡れないもん」
一歩間違えれば人知れず消される……いろんな国を股にかけて八方美人な人脈を築くというのはそういうこと。
EUとは仲が悪いはずのアメリカとの間にもそれなりの何かを持ってるみたいだし……それにロシアともでしょ?
ほんと、ヘタしたらフランス自体を潰されちゃうわよ?
「アリサにとって、シャルロット以上のものというのは存在しないみたいだからな。シャルロットを守るためだったらフランスも捨てるだろうさ」
「ラウラ的にはやっぱりそういうのは……」
「あまり好ましくないな……ただそうなったらいつでも引き抜けるようにとエリーが気炎を発してはいるが……」
「そ、そう……あの子もガッツあるわね……」
私としてはフられても好きなままでいるってのは想像以上に難しいと思うわけよ。
ラウラとか箒だって一夏にフラれたことを受け入れちゃってるくらいだしね。
本当に、恋し続けるなんて痛いだけなんじゃないかしら……って選ばれた私が言うのはおかしいけどね。
「で? 難しい顔してたみたいだけど?」
「ん、ああ……」
「あ、もしかして機密?」
まさかこんな人目につくような所でそんなもの見てるとは思わないけど……ましてやラウラは軍人だしね。
一夏とかは全然そういうの気にしないから心配だけど……
「まあ、機密ではあるが……特別知られて困るってことでもないからな。ほら」
「ん、見ていいの?」
「どうせ後でセシリアやシャルロットには見せるつもりだったからな」
「ふーん……」
なになに、来年度代表候補生と目されてる人物……十数人いるけど目されているって言うくらいだから確定じゃないのよね。
「一人だけ確定してる……三枚目だ」
「えっと……え、ノルウェーって本当に?」
「ああ、まぁ国が問題になるのは
ノルウェーは確かコアを他国に貸与する代わりに防衛を肩代わりさせていたわよね……そりゃコア全部を放出してるとは思わなかったけどここで代表候補生なんて出すメリットあるかしら?
もちろんデメリットがまったくないからって理由の可能性もあるけど……
それで機体は……うそ……
「マジで?」
「マジだ」
……あちゃー。ウチの国の、もう使い物にならないかもしれないわね……
なによりこれって箒の機体のと……
「エネルギーの即時補給システムとはな……どうやらイギリスのBT兵器のように適正が必要なようだが……」
「うーん、数値は出てないけど……たぶん、高いんでしょうね。それもかなり」
パイロットの名前はリリティア・スノーホワイト。写真に笑顔で写ってる辺りは普通に女の子だけど……
「最高IS適性C+なのに代表ってことはそのシステムとの相性が抜群なんでしょうね……」
「それにIS適性は後天的に上がるからな」
ノルウェーね……随分と意外なところからでしゃばってきたものだけどどういうつもりかしら?
もしISを軍備に編入させるからコアを返せと言われたら各国は返さないわけにはいかないし……自国の技術が他国に通用するかの試金石?
ただ、この子の所属が国じゃなくてプライベート・ミリタリー・カンパニーってのも気になるわ。
国をあげての応援はないのかしら?
「……早いところ二人に伝えた方がいいんじゃない? いきなりコアを返せ、なんて言われても困るでしょ?」
「そうだな……」
コアを初期化するのは簡単だけどコア内部に書き込まれた技術なんかを消し去るのには時間がかかるからね。
もしそうやって他国の技術を集めることまで計算に入れてたなら大した狸よね。
「ま、私の方も本国せっついてくるわ。他にも気になる子いたしね。あ、暇ならお茶でもする?」
「いや、私はここで二人を待つとする」
「そう? じゃあね」
ラウラに手を振って別れを告げる。
……それにしても次世代はやっぱり違うのね。私たちの代よりも技術レベルが高いわ。
イグニッションプランの三国とロシアとアメリカだけは開発当初からかなりの完成度を誇ってたけど、それ以外はどうしても試作機の色合いが強いわ。
甲龍も第三世代を完成させることを目標にして作ったから性能がパッとしないし、戦闘もオールラウンダー“型”になりがちだし。
「さすがにウチの政府も慌てざるをえないでしょうね」
今でさえ二・五世代機なんて邪揄されてるんだからさ……
「ま、ISってのは機体じゃなくて操縦者の腕なんだけどね」
なんたってその
アリサから勝ち星を奪えてる限りはまだ慌てるほどじゃないわ。
◇
ふぅ……やっと離してもらえたよ。
聞けばラウラとか他の候補生は違う先生だったらしいし……同じプリントを使うだけで良かったとはいえずるい。
いいなぁ、みんなもっと早く終わってたんだろうなぁ。
いや、ダフナ先生本人と話せたのはいいのかもしれないけど三回に一回は謝られるから無駄に時間が……
「あ、ちょっと君!」
「はい?」
「僕、さっき体細胞検査の時にアシスタントしてたんだけど判るかな?」
僕を呼び止めたのは三十歳くらいの男の人。七三分けにメガネ、それに白衣っていうまさに医者って感じの人。
……でも似たような人たくさんいたから分からないや。
「えと……ごめんなさい……」
「あ、ううん。別にいいよ。それで申し訳ないんだけど再検査の必要があってね」
「再検査?」
……どうして?
もしかしてなにか問題が有ったのかな……?
「あ、不安に思う必要はないから! ちょっと、上手くデータが取れてないところがあってね。大したものじゃないから普段なら問題無しってしちゃうんだけど今回は慎重にって言われてるらしくて」
つまり、また検査しないといけないってこと……?
「はぁ……」
僕ってついてない……アリサもいないのに、これって絶対厄日だよね。
「分かりました……」
「それじゃあどこか使ってない部屋……あ、じゃあここで待ってて。必要な道具持ってくるから」
「はい……」
……ま、いっか。
◇
そろそろかしら?
バックナイフは十分後にこの壁の向こう側でって言ってたけど……なんとなくぴったり十分後に合わせてきそうな気がする。あと二分ね。
……それにしても結局彼女たちはなんのために動いているのかしら?
彼女たちの言動から不破アリサを捕らえているのは――つまりマックス・リストは機業の人間らしいってことは分かったけど、その二つのグループがどうして敵対してるのかが分からないわ。
機業だってそれなりに大きな組織だろうから方針の相違ってことはあるかもしれない……でも普通は機業という大きなひとつのグループに入っている以上、共通した目的ってものがあるはずよ。
だから、テロを起こしてまで敵対を続ける理由が分からない……機業って、いったいなんなのかしら?
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
「え?」
警報?
『テロリズムが発生しました。至急、避難経路にしたがって――』
ちょ、ちょっと待って!
まだ時間までは一分強あるのよ!?
もしかしてなにかトラブルが?
ドォンっ!
「って、ゆっくりしてる暇はなさそうね……!」
爆発音はまだ遠いけど確実に近付いてきてる。
……もしかして――
「私を殺すことが目的……?」
不破アリサはただの撒き餌?
でも私を殺してもなんの意味もない……戦力を削る目的だとしても既にあの子は動かないから意味はない。
「とにかく逃げないと……!」
扉を開けて廊下に飛び出ると既に火の手が上がっていた。
なんとか逃げ道は残ってるけど……
「来た道だけが丁寧に残されているというのも妙な話よね」
もちろん、私に選択権はない。
できることといえば腰に忍ばせていた拳銃の安全装置を解除しておくことだけ。
待ち合わせ場所手前の曲がり角、壁に背中をつけて一呼吸を起いて落ち着いたら飛び出すのと同時に拳銃を構える――!
「ジャスト十分だな。さすが私」
「え……?」
「とりあえず銃を下ろしてくれよ。正面向いてる内は裏切らないからよ」
最悪戦闘になるかという予想を裏切った少女は両手を挙げて敵意がないことを示しながら近寄ってくる。
……大丈夫、なのかしら?
「ほら、早く来いよ。そこじゃダメだ」
「え?」
「そこ、爆発するぜ?」
……そういえばここは私が仕掛けた爆弾の逆側――っ!
それに思い至って一目散に少女に向かって走る。
監視カメラの死角を理解してるくらいだから彼女のいる場所は安全域のはず――
「……地下四階に参ります」
「――え?」
最後の一歩。
それを踏み込む前に床が崩れた。
視界がさかさまになる。