Plongez dans le "IS" monde.   作:まーながるむ

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「傷痕」

ちょっぴりシリアス目にそして一気に長く


12. La cicatrice

 さて、鈴ちゃんはまだ戻ってきそうにないですし、何をして時間を潰しましょうか。

 夕食の準備にはまだ早すぎますし、課題を終わらすのも大して時間かかりませんし……あ、そうだ、社長さんに電話しましょう。

 

 ――――――、――――――♪

 

「はい、もしもし」

「あ、社長さんですか? 私です。不破アリサです」

「おー! アリサ君か。学園の方はどうだね? 連絡がないから心配していたのだよ」

 

 そういえば入学してからは社長さんと連絡を取っていませんでした。

 

「いろいろありましたが、今は普通に過ごせています。それで、娘さんとはどうですか?」

「ん……あぁ……進展はないな。まだ別邸の方に暮らしてもらっているよ」

「奥様はまだ認めてないんですね」

「あぁ、むしろ意地になっている節があってな。いや、そもそもは私の責任だからこういういい方は彼女に対して失礼か」

 

 本妻である彼女が認めてくれない限り、社長さんがシャルロットと暮らしたいと考えていても無理なんですよね。

 強引に本邸に招いても、いつかのように本妻さんが逆上してかえって溝が深まりそうですし……シャルロットが別邸にいるということは未だに嫌がらせも続いているかもしれませんね。

 

「あの……社長さんも娘さんから敵視されているんですか?」

「そう、だろうな。なにせ葬式に行かなかったどころか墓参りすらろくにできていないからな……」

「その様子だと、2人だけで話すこともできていないみたいですね」

「シャルロット自身が私のことを恨んでいるからな。まぁ、私の身から出た錆だ。甘んじて受け入れるしかあるまい」

 

 もとはといえば社長さんの不義理が原因なので、これに関して私は何も言えません。言えたとしてもまだ高校生の子供が言うべきことでもないのですし。

 

「奥様が受け入れられないのは、やはりシャルロットのお母様のことがあるからでしょうか……」

「それもだろうが、彼女が子供を産めない身体だからということもあるだろう」

 

 自分がこんな身体だから社長さんが他の女に走ってしまった、という悩みもあるということでしょうか? それとも社長さんともシャルロットとも完全に血縁関係がない自分は孤立してしまうのではないかという恐れかもしれないですね。

 

「社長さんが、奥様もシャルロットも愛していることを伝えられれば良いんですけどね」

「私は彼女たち両方を裏切ってしまっているから、簡単にはいかないだろう」

 

 奥様にとっては不倫、シャルロットにとっては捨てられたわけですからね。

 

「それでも、」

「やらないと何も変わらない、だろ? 分かっているさ。何度も君のその言葉に背中を押されたのだから」

 

 昔、何も考えずにいった言葉ですが、今になってみればその通りに行動することの難しさを痛感しますね。

 何もしないで何も変わらない方が、何かして大事な何かが変わってしまうよりマシ。そう思ってしまうんですよね。

 

「もし、私がシャルロットとの関係を改善出来なかったら……君に任せても良いかな?」

「ええ、もちろんです」

 

 これを借りにしていずれは、シャルロットをお嫁にもらう……なんてことは考えてないですよ?

 

「すまないな。君がシャルロットから距離を起きたがっているのは知っているが……やはり君のような同性の友人がいた方がいいと思う」

「気にしなくていいですよ」

 

 シリアスな雰囲気なので口には出せませんが、距離を起きたいのもキスしちゃったことが恥ずかしかったからですし……

 あの夜から2年。流石にシャルロットも私の顔なんて覚えていないでしょうから、これからはガンガン関わっていきますよ。

 今思えば、私が照れたりしないでシャルロットの友達になっていれば、事態はもっと簡単だったのかもしれません。

 その責任をとる意味でも、シャルロットと社長さん、それに奥様のこんがらがっている関係を清算するお手伝いはしないといけませんよね。

 

「それで娘さんはいつごろ転校してくるんですか?」

「早くて来月末だな……アリサ君、場合によっては男子として、という君の案を使うかもしれない」

「でもそれは……」

 

 シャルロットに男装をさせ、2人目の男性操縦者として世界の注目を集めさせる最終手段。表向きは後がなくなったデュノア社の広告塔として、真相は奥様がシャルロットに嫌がらせをできないようにするためです。

 仮に男装が発覚しても、世界を混乱させた張本人としてシャルロットは悪目立ちする。そうなれば、やはり簡単に手は出せないでしょう。

 ……ただ、その後のシャルロットの人生が辛いものになってしまうのは火を見るより明らかです。だからこその最終手段。

 

「そうなる前に、一度、私がフランスに飛びますよ」

「ありがとう。その気持ちだけ受け取っておくことにするよ。男装させて、仮にその事実が露見したとして我々が誠意を込めて頭を下げればそれで済むのだからね。それに何よりうちの問題だ」

「でもそうすると、IS開発許可の剥奪も有り得ますが……そこは私とカゲロウの出番ですか。手始めにイグニッション・プランに配属される予定のティアーズ(モデル)、レーゲン型、テンペスタⅡ型を打ち負かしますよ」

 

 トライアルに参加している第3世代型IS全ての問題点を露見させることが出来れば……しかもその問題点を第2世代型ISのカゲロウで突くことが出来れば全ての機体の実用化予定は後退するでしょう。

 そうなれば、汎用性も拡張性も高く、既に高いシェアを誇っているラファール・リヴァイヴの需要が多少の期間ですが伸び、フランスもデュノア社を簡単には切れなくなるはずです。

 その期間の間に第3世代型を開発できればイグニッション・プランへの参入も可能かもしれません。

 

「無理はしなくていいと、」

「私は、私が守りたいもののためにISに乗っているんです。そこは譲れません」

 

 デュノア社を守ることはシャルロットを守ることに繋がるはずですから。

 それにデュノア社に倒れられたらパパが干からびちゃいますし、ヴァネッサさんにもお世話になりましたし。

 

「本当に、ありがとう」

「お礼は全てがうまくいってからにしてくれないとプレッシャーですよ?」

「そうだな……そろそろ仕事に戻るとするよ」

「また連絡します」

 

 ふぅ……

 しかしあんなこと言っちゃいましたが、第3世代型を相手取って、しかも操縦者ではなく機体の性能だけで勝つなんてことできるんでしょうか。はい、できませんね。

 セシぃとは何度か戦っているのでティアーズ型は大丈夫だと思いますが、他の2種は全くの未知ですし……他に良い手を考えないといけませんね。

 それにデュノア社が第3世代型を開発できなければ意味がありません。でも、これは研究所の皆さん任せにするしかありませんし……なかなかうまくいきませんねー。

 結局、シャルロットがシャルロットとして入学してくれるのが一番です。

 

「あ、そろそろ夕食の準備始めないと……どうせなので鈴ちゃんの分も作っちゃいましょう」

 

 慎ましいですが歓迎会代わりということでいいですよね。

 でも何作りましょう。

 カレーは作り置きできますが、そうすると部屋に臭いがついちゃいますし……フレンチは材料的に無理。中華はむしろ鈴ちゃんに作ってもらいたいので、安易ですがハンバーグにしましょう。

 タネだけ作っておいて鈴ちゃんが帰ってきたら焼きましょう。

 

「えーと、合い挽き、卵、タマネギ、人参、牛乳……よかった、足りそうですね」

 

 ずっと私だけだったので2人分用意できるか不安でしたが十分足りそうです。

 先にタマネギだけ火を通しといて……あ、鈴ちゃんってハンバーグのときはパン派ですかね? でも日本も長いって言ってましたし普通に白いご飯でいいんでしょうか?

 

「とりあえず両方準備しておきましょう」

 

 付け合わせの野菜は……無難に嫌いな人が少ないコーンとブロッコリー辺りにしておくのがいいですね。

 ソースは……ケチャップに醤油、おろしポン酢から梅しそまで好みが分かれるので、これも全部すぐに準備できるようにしておきますか。

 タマネギも飴色になってきたからいったん火から離して……材料混ぜちゃいましょう。余ることも考えて腐りやすくなるものはギリギリまで入れない方がいいですね。

 

 バタンッ!

 

「あ、鈴ちゃん、おかえりなさい」

 

 それならやっぱり材料も全部混ぜちゃって、と。あぁ、パンかご飯かも聞かないと。

 

「鈴ちゃん、ハンバーグのときはパンとご飯、」

「ごめん、出てく!」

「はぇ……?」

 

 なんで?

 

 ◇

 

「戻って、きませんねぇ……」

 

 鈴ちゃんが飛び出してから2時間強。もう9時も回って夕食には少し遅いくらいです。

 かといって自分の分だけ作って食べている間に鈴ちゃんが戻ってきても申し訳ないですし……鈴ちゃんが自分で作るならハンバーグじゃないもの食べたいかもしれませんし。

 帰ってくるのを待ってはいますが、ボストンバッグと共に大部分の服と毎日必要な類の日用雑貨が無くなっているので鈴ちゃんとしては帰ってくる気はないのでしょう。

 誰の部屋に移ったのか分かったら部屋に残ってる鈴ちゃんの私物も届けてあげないといけませんね……

 でもどうして出ていっちゃったんでしょうか。

 

「なにか、気に障ることしちゃいましたかね……」

 

 思い当たる節は、あります。

 私から鈴ちゃんへの異常なまでに過剰な干渉。

 ベタベタと行きすぎたそれは人によっては……いえ、大多数の人にとって不気味に映るでしょう。セシぃや一松さん達のように受け入れてくれる人の方が稀なのは分かっています。

 相手が勝手に疑心暗鬼に陥っていると言ってしまえれば楽なのですが、私のお節介が度を越しているというのは分かっていますから。

 だから、人によっては私に大きな見返りを要求されるのではと考えるんでしょうね。特に、鈴ちゃんみたいに代表候補生なんて言う立場を持っている人は。

 私のこれは、誰かと仲良くなり始めるたびに起こる一種の興奮状態みたいなもので、今回も時間が経てば普通に接することが出来るようになるんでしょうけど……それまでの間に私から距離を置く人が多いんですよね。

 セシぃに言わせると私の行動の根っこには人に見捨てられてしまうのではないかという不安があるのだそうです。

 私は人付き合いが苦手なのに人との関わり合いを求めているのですからその通りなのかもしれませんね……だから視線が怖いのに目立つことを本気で避けようとはせず、クラス代表なんてものにまでなっているのでしょうし。

 その矛盾が余計に私のことを理解してもらう時の障害になっているのでしょうか?

 人間は理解できないものを気味悪がり忌避する、というのは聞いたことがあります。

 そう……キモチワルい。

 鈴ちゃんも私のことをそう思ったのでしょうか。あの人たちみたいに……

 

 ――アンタ干渉してきすぎ。ホントにキモチワルいなぁ――

 ――ソレ、ウツるから近付かないでよ――

 ――■ねばいいのに――

 

「違い、ます……違う! 考えちゃダメ!」

 

 今までで一番辛かった時の記憶(トラウマ)。普段は意識して忘れている本能的な嫌悪に涙が出る。

 考えてはいけない、と思うほど記憶の坩堝(るつぼ)にはまって抜け出せず、頭の中がソレ一色になってしまう。

 普通の人とは違う醜い身体。見ただけで分かる異常。

 自分は、周りで笑っている人と一緒になって笑う資格はない。私が周りから嗤われ、蔑まれる立場だから。

 

「違うって、セシぃは言ってくれました……」

 

 セシぃはそんな子じゃないんです/それだってただの同情かもしれない。

 ずっと私を支えてくれました/陰では私を軽蔑してたかも。

 本当は私と関わることも嫌だった/いつも私に笑いかけてくれてました。

 微笑みじゃなくて嘲笑だ/そんなこと……ないはずです

 (おまえ)は孤独だ/(わたし)は、孤独?

 違う。違う違う違う違う!

 

「カット! ……はぁはぁはぁ。今のは、危険でしたね」

 

 分割思考は、自分がネガティブになっている時はヤバいですね。

 思考の逃げ道を作るために悪い方悪い方へと考えちゃいます。

 

「そうです、セシぃが私を軽蔑なんてするはずが……」

 

 果たして、無いと言い切れるんでしょうか。

 そもそも今までずっと迷惑をかけて、私から何かをしてあげられたこともなくて……そんな私がセシぃの友達でいていいんでしょうか。

 それにセシぃだって、私のことなんてただの知人の1人で特別なことなんて何もないのかもしれません。私がセシぃを大切に思っていても、同じ感情を返してくれるとは限らないのですから。

 

「それに……セシぃは赤の他人でも困っていたら手を差し伸べずにいられない性格ですもんね」

 

 たまたま私が手のかかる人間で、だからセシぃに助けられることもたまたま多くて……それを私が勘違いしてしまっているということはないでしょうか?

 ……いえ、むしろその方が自然ですよね。

 だって私は醜い身体をしていて理解不能なキモチワルい性格をしているんですから、セシぃみたいないい子が仲良くなろうと思ってくれるわけがないんです。

 鈴ちゃんが出て行ってしまったのも当然のことで、仕方のないことなんです。

 

 だから、私なんて……

 

「ただいま。もう、一夏ったら……ってなんだ、アリサ起きてるじゃない。なんで電気つけてないのよ」

「鈴、ちゃん?」

「ちゃん付けされるとくすぐったいから呼び捨てで……って、もしかして夕食食べずに待ってたの!?」

 

 夕食……あぁ、そういえば鈴ちゃんと食べようと思ってハンバーグ用意してましたね。そういうのもキモチワルいって言われたことの一因だって分かってるのに。

 ……私はなにを浮かれてたんでしょうね。

 あ、でもまだ鈴ちゃんの分もあるとは言ってないので挽回出来るかもしれません。

 

「あの、鈴ちゃん」

「だからちゃん付けやめてって言ってるのに……それで、なに?」

 

 よし、言え私。

 そのハンバーグは全部私の物ですから食べちゃだめですよって、いつもみたいな態度で。

 そうすれば、今より鈴ちゃんに嫌われることもなくて……もしかしたら、意地汚いって笑ってくれるかもしれなくて。

 だから、言った方が賢い選択なんです。

 

「その、ハンバーグ……」

「うん?」

「一緒に、食べてくれませんか?」

 

 それなのに……言えませんでした。

 なんで、鈴ちゃんが笑っているというだけで希望があると思ってしまうんでしょう。

 いえ、理由なんて分かっています……

 だって、まだ、嫌いとは言われていませんから……今まで、そうやってきたんですから。今度こそは美味くいくって信じたいんですもん。

 今までは散々でしたが、それでもやっぱり人の優しさを期待しちゃうんです。

 

「何言ってんのよ」

 

 ホント、何言ってるんでしょうね。

 私が触っただけでありもしない病気が伝染るとまで言われたこともあるのに……そんな私が作った料理なんて食べられるわけ、

 

「わざわざ作ってくれたんでしょ? 食べるに決まってるじゃない……ってアリサ? どうしたの?」

「ぇ……?」

「えって……アンタ泣きそうな顔よ?」

 

 そんなわけ……あれ? そんなわけ無いんですけど……

 だって、食べてくれるって言っただけで何も解決してないんですし。

 でも、鈴ちゃんが帰って来てくれたってことは出ていった原因は私じゃないってことかもしれませんし……確認、しましょうか。

 そうしないと、私は鈴ちゃんと一緒にいられない。

 

「あの、鈴ちゃん。ご飯の後で話したいことがあります」

「ん? 真面目な顔しちゃてどうしたのよ」

 

 今は笑っていてくれている鈴ちゃんですけど、私のことを話した後も同じように笑ってくれるのでしょうか。

 

 ◇

 

「それで、話したいことあったんでしょ」

「はい。でもセシぃ……セシリアを呼んだので少し待ってて下さいね」

「セシリア……あぁ、イギリスの代表候補生だっけ?」

 

 これから話すことはセシぃにも隠していたことなので一緒に話してしまいましょう。

 もう落ち着いてきたので流石にセシぃが私のことを見下していたなんて思っていませんが、やっぱり話しておくべきだと思うんですよね。それでセシぃがどういう判断をするかは分かりませんが……私がセシぃを信じるために必要です。

 ……セシぃの性格ですから私の事情を気にするより、私がセシぃを信頼できていなかったことに怒るかもしれませんが。

 

「アリサさん、入りますよ? 大事なお話と言っていましたが……あら、本当に大事なことですのね」

 

 部屋に入ってきたセシぃは私の顔色を見てすぐに察してくれます。鈴ちゃんはそんな私達を見て首を捻りますがやっぱり茶化したりしないで真面目な顔をしてくれていました。

 

「まずは、これを見てください」

 

 パジャマ代わりにしているTシャツを脱いで背中を見せる。

 そこにあるのは山田先生に見せた刀傷とは違う傷。

 右肩から背中の上側に広がる火で炙られた痕。

 キモチワルいそれを見た2人が息をのんだ気配がしました。

 

「これを知っているのはクラスの一松さんたち3人と更識生徒会長だけです」

 

 楯無先輩に知られたのは事故でしたが、一松さん達にはこの傷痕を刀傷に見えるようにしてもらうために見せました。

 仲良くなりたいから、なんて言いましたが、本当は彼女たちになら嫌われても大丈夫と考えたからです。それに、言いふらすような人ではないと思いましたから。受け入れてくれたのは嬉しい誤算です。

 

「これ、キモチワルいですよね?」

 

 山田先生に見せるとき、わざわざ刀傷にしたのも、本当の傷痕を見せてキモチワルがられたくなかったからです。刀傷ならキモチワルがられても私の傷ではないので。

 

「その傷は、いつからありましたの?」

「9歳のときに学校で起きた火事で……セシぃにはずっと隠していました」

「そんな、なんで……」

「この傷を見せて、セシぃに嫌われたくなかったからです……!」

「アリサさんはそんな傷痕だけで、わたくしとの友情がなくなると、そう思っていたのですか?」

「だって、周りの人たちは皆……避けたから」

 

 だからこんなキモチワルい傷痕、見せられるわけがないじゃないですか。この傷のせいで辛い目にあったのに……

 

「……ねぇアリサ、もしアンタと同じ傷痕を持ってて、それを気にしてる子がいたとして、その子をキモチワルいって思う?」

「鈴ちゃん……そんなの当たり前じゃないですか。だって、この傷痕もキモチワルいものなんですから」

「アリサはキモチワルがられたくないのに? 自分が嫌なら他の人もそう考えるって分かるのに?」

 

 本人が言われたくないと思っているのですから言うことはしません。でも、キモチワルい傷痕をキモチワルいって思うのはしょうがないじゃないですか。

 

「だって……これはキモチワルいんですよ? 醜いんですよ? それは……その事実は変わらないじゃないですか!」

「じゃあなんで私たちにそれを見せたのよ!」

「受け入れて欲しかったからです! キモチワルくたって、優しくしてほしいから……」

 

 それなら、私は皆さんの傍にいていいんだって……そう思えるじゃないですか。

 

「アリサ、アンタ最低。傷痕とか、そんなの関係ない。考え方が腐ってる……!」

「あ、鈴さん!?」

 

 鈴ちゃんは、怒っちゃいましたね。

 もう私のことなんて見たくもないとでも言うように出て行ってしまいました。

 腐ってる、なんて言われたのは初めてかもしれません。自分が滑稽で、自分を嗤いたくなってきます。

 

「……アリサさん。どうして彼女が怒ったか分かりますか? わたくしも今回ばかりは頭に来ていますが、わたくしまで出ていってしまってはアリサさんを正すことができないので、今だけは我慢してあげますわ」

 

 鈴ちゃんとセシぃが怒ってる理由、ですか? 私が傷痕を隠していたから……違いますね。それならもっと早いタイミングで怒るはずで……

 怒って出ていってしまった時に話していたことは、どうして私が傷痕を見せたか……あぁ、

 

「自分ですら見たくもない不愉快なものを我欲のために2人に見せたから、ですね。そうですよね。あんなもの見せられて喜ぶ人なんていませんよね。すいませんでした」

「アリサさん、あなたという人は……怒りを通り越して呆れてしまいますわ」

「でも、それ以外に怒る理由なんて、」

「見くびらないでくださいませ! 確かにわたくしはアリサさんの傷痕を見て息をのみました! 酷い傷痕だとも思いました!」

 

 あぁ、とうとうセシぃまで本気で怒らせてしまいました……

 私の目の前が絶望で暗くなっていくのが分かります。もう、セシぃとも話すことができなくなるかもしれませんね。

 でも、全部、私のせいですから甘んじて受け入れるしかありませんよね。

 

「ですが、あなたの傷痕をキモチワルいとは、一瞬たりとも思いませんでした! わたくしをアリサさんの思いこみで最低な愚物にしないでくださいませ!」

「え……? でも、それはおかしいですよ。だって、この傷痕はキモチワルいんですよ? あの人たちは、ずっと、そう言ってたんですよ?」

 

 だから、私はずっとそう思っていたんです。

 私の傷痕はキモチワルいものだと理解した上で生きていかなきゃいけないって……この傷痕があるから、私はもう普通じゃない見下される人間だって……!

 

「誰なんですの……その、あの人たちというのは」

「それは……」

「無理強いはしませんわ。アリサさんにとって良い思い出ではないのは分かりますから。でも、もう私に隠し事はしないで欲しいですわ」

 

 確かに思い出したくありません。

 でも、真摯な態度でいるセシぃ、彼女に話せば何かが変わるかもしれません。今までもずっとそうやって私を支えてきてくれましたし。

 

「私が中学校に入ってすぐのとき……」

 

 何が変わるかはわかりませんが、やっぱり、人の優しさに賭けてみたいと思います。

 少しずつ、でも全てを話しましょう。

 

 

「そんなことが……」

 

 私の話の悲惨さにでしょうか、セシぃは閉口してしまっています。

 でも、あの出来事があったからセシぃに会えたとも言えますし、そういう意味ではラッキーだったのかもしれませんね……

 

「私はセシぃに会えてよかったと思います」

「それは、わたくしもですわ。ですが……ごめんなさい。なんと声を掛ければいいのか分かりません」

 

 バタン!

 

「あぁもう! アンタ達は頭ばっかで考えてるから暗くなるの!」

「鈴、ちゃん?」

 

 ◇

 

「考え方が腐ってるわ……!」

 

 言ってしまった。

 しかもアリサの反応を見たくなくて逃げ出した。

 あんな、背中の上半分をほとんど覆う程の火傷跡(きずあと)があったら考え方が歪むのも仕方ないのに。

 親がいないどころの話じゃない……あんなの、特に女の子にとっては酷過ぎる。

 人付き合いが苦手で距離感を巧くつかむことが出来ない子なんだとは思ってたけど、きっとあの傷痕のせいで色々あったんだと思う。

 

「最低なのはむしろ私ね」

 

 言った瞬間に後悔して、部屋の扉を閉めてから一歩も動こうと思えない。しゃがみ込んで扉に背中を預ける。

 多分、人と仲良くなりたくて仕方のない子なのに……だって、そうじゃなければ自分の傷痕がキモチワルいものだと勘違いして(わかって)いるのに、それが見られるリスクが伴う人付き合いなんてするはずがない。

 距離感というものを考えないで知り合ってすぐに近付いてくるのも……相手を思いやり過ぎるのも相手に見捨てられたくないから。

 自分(アリサ)と一緒にいるメリットの方がデメリットより大きいと思ってほしいから。

 人と仲良くなるのにメリットなんて必要ないなんて、簡単なことも分かっていないに違いない。

 

「私も、なんですぐに怒っちゃうかなぁ……セシリアって子は抑えてたのに」

 

 背後の扉から2人が言い争っている……というよりセシリアが説教をしている声が聞こえる。

 人の感情を決めつけるな、と彼女は私が思っていた通りのことを言うけど、多分興奮してる状態で言っても説得力がない。

 アリサは怒られる=嫌われていると思ってる。それは私が怒鳴った時の反応で伝わってきた……普通、人間は怒鳴られた程度であんな絶望したような眼はしないんだから。

 多分、今まで彼女に辛く当ってきた人が傷痕のことをなじったから。ようするにイジメ。

 あの人たち、アリサが言っていたのがそのイジメの犯人のことだと思う。

 イジメの理由なんてせいぜい3つしかない。

 イジメられる人間に何かしらの問題がある場合、つまり嫌われていた場合。

 ただ、遊び半分で適当に選ばれてイジメられる場合

 そして、

 

「嫉妬……よね」

 

 ドアの向こうで語られているアリサの話によれば、彼女は中学に入ってからイジメられるようになった。

 火傷自体は9歳の頃のものだって言ってたから、小学校ではうまくやれていたんだと思う。学校での火事だからアリサのほかにも同じような傷があった子がいたのかもしれない。

 でも中学校では学校が違ったのか、クラスが分かれたのかアリサの事情を知っていて、アリサを守ってくれる人はいなかった。

 しかもアリサは可愛らしい見た目をしている。何かの拍子で12歳ごろからほとんど見た目が変わっていないなんて言ってたから当時は今よりも随分目立ったと思う。

 しかもイジメられた事で性格が歪んだのだとしたら、逆に中学校に入ったばかりの頃は中身は普通で見た目は美少女。モテないわけがないし、他の女生徒から嫉妬の目を向けられないわけがない。

 そんな、ある意味完璧な女の子の背中に見るも無惨な傷跡があったら?

 アリサのことを快く思わない女子たちにしてみれば彼女を引きずり落とすいいネタにしかならないだろう。

 男子だって、いくら美少女だからって多数の女子に立ち向かおうなんて思うやつはいない。

 

「一夏が……アイツがいてあげれば違ったかもしれないけどね」

 

 でも、あんな男は滅多にいない。

 中学生にもなれば女尊男卑という常識を知ってしまっているだろうし、そうでなくても男は外聞を気にして女子以上に周囲との関係を気にする生き物だから。

 それに、変に背伸びしようとする中学生くらいの年代なんて皆、周囲がイジメてるという理由でイジメに合流する方が、1人の女の子をかばうよりも賢い生き方だって勘違いしている。

 多分、断片的に聞こえてくるアリサの話を総合するとそういうことだ。

 そういえば、2組の同級生に私とアリサが同室だということを言ったら、不破さんは人に見られることを嫌がる性格みたいだから気を付けてね、と言われた。

 その時は人見知りなんだろうと思ったけど、事情を知ってみればそうじゃない。

 アリサは自分が見られることじゃなくて、自分の傷痕が見られてるんじゃないかって怖がってるんだ。

 もし気付かれてしまったら嫌われてしまうから、裏切られてしまうから。

 

「アリサにしてみれば傷痕が見られたから嫌われてイジメられたんだと思ってるのね」

 

 最初から周囲の女子が自分のことを疎ましく思っていたなんてことは思いもしなかったんだろう。

 心から人を疑うことが出来ない不器用な性格の結果。

 どうして嫌われたのか理解出来なかった心は、理解できるようにアリサから世界の捉え方をゆがめた。

 自分の傷痕はキモチワルいもので、だから自分はキモチワルい人間で、キモチワルいから嫌われる。

 アリサにとって嫌われるのは自分に原因があるからで、だから自分が人にとって有益だと判断してもらえれば嫌われないと思っているのかもしれない。

 だけどそれは他人から見れば異常な執着心で不気味に映る。

 実際、私もそう思った。

 そうやって人との乖離(かいり)はどんどん広がり、それを防ごうとして歪みも大きくなっていく。

 

「バカじゃないの……全部、1人で背負っちゃって」

 

 周囲の環境のせいなのに、そんなことにも気付かない。

 むしろ気付きたくなくて目を逸らしているというほうが正しいのかも。気付いてしまったら今までの行為が全部無駄なものだったと分かってしまうから。

 だからアリサからしてみれば絶対にそんなことに気付いちゃいけないって、心のどこかで思ってる。

 でも、気付こうとしないから今までと同じことをして、同じことを経験して、アリサの歪みはさらに大きくなっていってしまう。

 

「だから、気付かせてあげないと……」

 

 そうじゃないと、アリサは進めない。

 ……なんて、なんでほとんど初対面の子にここまで感情移入してんだろ。

 

「自分も不幸だから、他人(アリサ)の不幸も分かるって? なにかっこつけてんのよ鳳鈴音」

 

 私は親がいなくなっても一夏との思い出があったから我慢できた。

 多分、あの子にとっての一夏はまだいない。そして、それはセシリアでもなければ当然私でもない。

 でも、私にだって立ち直れなくなりそうなくらい辛かった記憶はある。親の離婚とアリサの傷痕のどちらがより辛いかなんて比較に意味はないけど、辛いのは自分だけじゃないと分かってもらうことくらいはできるはず。

 傷の舐め合い? 上等よ。それに昔から言うじゃない。怪我なんてものは唾でも付けときゃそのうち治るのよ。

 

 若干、能天気なことを考えながら扉を開ける。

 まずは考え過ぎて頑固になってるこいつらに思い知らせないとね。

 こういう時、言葉なんて後回しでいいのよ。

 

 ◇

 

「鈴、ちゃん?」

 

 出て行ったはずの鈴ちゃんが、なんで私の目の前に立っているんでしょう……?

 

「そうよ。話してると舌噛むわよ」

「ゎ……!」

 

 ただでさえ近かった鈴ちゃんが更に近づいて来て……あ、叩くんですね。私が騙してたようなものですから。それに怒らせてしまいましたし。

 叩かれるのを見ていたら、つい反撃してしまうかもしれないので目を瞑りましょう。

 これ以上、鈴ちゃんに嫌な想いはしてほしくないです。

 視界が遮られたことで気配に鋭敏になり、さらに一歩近づいてきた鈴ちゃんに身を固くする。

 憎悪から叩かれるのは怖い……でもこれ以上嫌われる方がもっと怖いんです。

 そうして、いつ叩かれても大丈夫なように目蓋に力を入れた私を鈴ちゃんは、

 

 ギュッ

 

 と、あれ? 私、抱きしめられてます……?

 

「そんなに怯えなくても、私はアリサを叩いたりはしないわよ。だって、アリサの傷はキモチワルくなんてないんだから」

「そんなわけ……」

「なに? 疑ってる? なんならその傷舐めてあげてもいいんだからね」

「鈴ちゃん……それは、あの、やっぱりアブノーマルさんなんです……?」

「そんなわけないでしょ……」

 

 じゃあ、本当に私の傷痕はキモチワルくないんですか? 鈴ちゃんのことを信じてもいいんでしょうか……?

 本当にセシぃが言っていた通り、私が決めつけてしまっていただけなんですか?

 だから、2人は怒ったんですか?

 私が嫌いだからじゃなくて、私が自分を卑下して、それを人に押し付けていたから?

 

「本当に……?」

「だから……大丈夫よ。私はアリサに何かしたりしないわ」

「っ……!」

 

 鈴ちゃんもずるい人です……そんなこと言われたら、信じるしかないじゃないですか。

 昔、セシぃが私に言ってくれた大事な言葉を、この傷痕を見た上で言われたら……嬉しくて泣きたくなっちゃうじゃないですか。

 

「泣いていいわよ。それで落ち着いたら……せっかくだし3人で大浴場でも満喫するのもいいかもね」

「もう、ぐすっ……大浴場は解放されてないですよ? うぅ……」

「そこはほら……セシぃがどうにかしてくれるわよ」

「私に丸投げなんですの!?」

「私はアリサを宥めないとだし……」

「セシぃ、ありがと」

「本人もこう言ってるし」

「う゛…………」

 

 セシぃには悪いですが、ちょっとズルさせてもらいました……泣きながらでも分割思考は働きますから。

 なにより、この3人で入るお風呂は楽しそうです。

 今まではママか楯無先輩としか入ったことはないですが大丈夫な気がします。

 そうだ……

 

「セシぃ……先生に頼むなら、ぐすっ、山田先生に。でも、ひっく、その前に、生徒会長を連れて行って下さい」

「わたくし生徒会長と話したことなんてありませんわ!?」

「だいじょぶ、さっきのこと軽く説明すれば、ぐすっ、分かってくれます……多分」

「多分!?」

「だって、だってぇ……」

 

 たまたま2人がそうなだけで、他の皆はやっぱり私のことキモチワルいと思っているかもしれないじゃないですかぁ! でも、楯無先輩が力になってくれれば多分使わせてもらえる気がするし……!

 

「あーセシリア、この子刺激しないでよ。アリサ? きっと大丈夫だから、分かってくれるから落ち着いて?」

「ぐすっ、はい……みっともないところを見せました」

「みっともないといえば今朝の寝相の方がすごかったわ……ほら、セシリアも早く」

「わ、わかりましたわ」

 

 ふぅ……セシぃも出て行きましたか。

 やんわりと、私を抱きしめている鈴ちゃんの手を外して起き上がる……鈴ちゃんが形容しがたい目で私を見てますね。写真に残しておきましょう。はい、チーズ。

 

「って、嘘泣き!? いつから!? 最初からじゃないわよね!?」

「最初は本気で泣いてましたよ? ただ、鈴ちゃんがセシぃにお風呂のこと投げた辺りで可笑しくなっちゃって」

「2度目の泣きは演技だったと……アリサ、将来女優になったら?」

 

 私としては俳優よりもケーキ屋さんとかになりたいんですけどね。

 というか、横であんなコントされたら誰だって泣きやんじゃいますよ! 笑い出して空気をぶち壊さないように頑張ったんですから褒めてほしいくらいです!

 ということで頭撫でを要求します!

 

「はいはい……アリサってさぁ」

「はい?」

 

 髪を梳くように撫でてもらいながら鈴ちゃんの方を向くと微笑ましそうな顔をしています。

 

「クールな感じで実は甘えん坊なのね」

「残念ながらセシぃに言われ慣れてるので照れたりしませんよー?」

「紅くなってるのに?」

「……見間違いです」

 

 なんですか? ……あ、甘えん坊で悪いですか!? 誰か困るんですか!?

 こ、困るなら我慢しようとは思いますけど……鈴ちゃんだって笑顔じゃないですか……

 

「なんで拗ねてんのよ」

「はぁーい♪ ってあら? アリサちゃんもう元気になっちゃってるのか。お姉さんちょっと残念だなー」

「楯無先輩……まぁ、いいです」

「あら?」

 

 私に何かしらのリアクションを期待したのでしょうが、今は頭を撫でてもらっているところなので動きたくないんです。んー極楽。

 

「せ、先輩。速すぎですわ……ってあら、アリサさんもう立ち直ったのですわね」

「うん、主にセシぃのおかげで」

「?」

 

 事情を知らないセシぃと先輩が首を捻りますが、私と鈴ちゃんは分かっているのでただニヤニヤするだけです。

 というか本当のことを言ったら怒りそうなので墓まで持っていく秘密にしましょう。

 あれだけシリアスな流れの中で張本人が笑うの我慢してたとか、セシぃに知られたらお仕置き確定ですし。

 

「あれ? というかアリサちゃんってこんな感じだったかしら……」

「友人といるときはこんな感じです」

 

 ニヤリと先輩に笑みを向ける。

 ポカンとしてる先輩の表情はレアですね。これも写メっときましょう。はい、キムチー。

 

「って、アリサちゃん!? 今すぐそれ消して」

「お断りします」

「あ、というかさっきの私のも消してね?」

「お断り……します」

 

 あれー? 和ませようと思ったのに、先輩も鈴ちゃんも怖いですよ? 顔は笑ってるのに眼だけ笑っていないというか……

 せ、セシぃ、助けてください! ってまださっきのこと考えてるんですか!? 私のピンチに気付いて下さい―!

 

「けしま、」

「「けしま……?」」

 

 2人がかりでプレッシャーかけてくるなんて、初対面のはずなのに息ぴったり過ぎませんか? とりあえず、こうなったら……

 

「せん! 絶対に!」

「「待ちなさい!」」

 

 三十六計逃げるにしかず!

 大浴場まで逃げ切ります!

 

 ……そういえば、大浴場まで逃げても行き止まりですね。




ネガティブになると思考が支離滅裂、ポジティブになると行動が支離滅裂になるオリ主(
ほんと、シリアスって難しい。。。

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