Plongez dans le "IS" monde.   作:まーながるむ

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「騎士物語」


29. Une histoire du chevalier

「お客様、本日のご用件をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「友人を訪ねてきたのだけれど……ミス・バックナイフをお願いできるかしら」

「分かりました。少々お待ちください…………あ、失礼ですがお名前は?」

「ナターシャ・ファイルスよ」

 

 ◇

 

「……まさか本当に入れるとはね。イーリが暴れたのにザルすぎないかしら」

『イーリス・コーリングが起こした騒ぎはアリサの存在を知られないために揉み消したんだろうし不思議に思うことはないわよ』

 

 コア・ネットワークを介した向こう側から金髪の少女――キャサリン・ジェファソンの声が響く。

 ISを持っていないのにプライベート・チャネルを使える理由は不明だけど……まぁ、機業の人間なら疑うだけ無駄かしらね。

 それに、ジェファソンってことは実家はきっとあの――

 

『……なによ、いきなり黙っちゃって」

「別に……ただ秘密裏に捕らえられる可能性だってあったと思うのだけど?」

『だから豚男、じゃなくてマックス・リストと関わりのない人が受付をやってる時間を選んだんじゃない。まったく……イーリス・コーリングが無茶してなければもっとスマートに行けたのに……』

 

 受付嬢がイーリの起こした騒ぎを知らなければマックス・リストに報告が行くこともない……ということね。

 私たち地図にない基地(イレイズド)の人間の情報が公開されていないから一般人には私とイーリの関係が分からないってのも計算に入れてたのかしら。

 ……数ヵ月前までただの女子高生だったなんて言ってたけど大したものね。

 この年でこれだけ頭が回るなら機業に身を落とす必要もなかったと思うのだけど……それこそ少し訓練すれば私たちの補佐役くらいには慣れたかもしれないのに……

 

「……貴女、ウチにこない?」

『はぁ? 冗談やめてよね。誰が好き好んで人殺しの手伝いなんてしたがるのよ』

「……貴女たちも似たようなものだと思うけど?」

 

 というか機業が暗躍して引き起こした戦争も考えると軍属の私たちより……

 

『私たちは殺人はしない……』

「あら、SWATの装甲車を襲ったのは――」

『あれは人じゃないわ! ……機業から出向してたスパイで、人間じゃないのよ……私もそろそろ潜入するわね」

 

 ……誤魔化し、かしらね。

 私にじゃなくて自分達に対する。

 まさかSWAT内部にまで機業の人間が入り込んでるとは思わなかったけど……それより機業が一枚岩じゃないって知れたことの方が情報としては上質かしら?

 それも彼女たちからは機業に対する嫌悪感まで感じる。

 それこそ機業の人間は人間じゃないなんていう誤魔化しを受け入れられるほどに。

 

『ウチの人間を勝手に勧誘しないでもらおうか』

「あら……不機嫌ね?」

 

 いきなりのエムと名乗っていた少女によるプライベート・チャネルへの割り込み……もういちいち驚かないわよ。

 というか内容まで知られてるんじゃプライベートなんていっても笑えるだけね。

 

『無駄口を叩いている暇があるならさっさとバックナイフに会え』

「今歩いてるわよ」

『……ふん』

 

 こっちは明らかな敵意を私に向けてくる。

 声といい顔といい高校生の頃の千冬をさらに一回り幼くした感じだけど……彼女に妹がいるなんて聞いたこともないわ。

 それに彼女自身、自分の家族は弟だけだって……でも二人は捨て子だから、捨てられたあとに産まれた妹なのかもしれないわね。

 まぁ、だからどうしたって話だけど……問題はエムって子はISを所持してるのよね。

 IS適正Sの千冬と世界で唯一ISを動かせる男子を血筋にもつのだとしたら脅威は未知数。

 イーリが怖いもの見たさで手を出さないか心配ね。あの頃の千冬を見れるなら……そう考えても不思議ではないのだし。

 

「で、バックナイフというのは誰なのかしら? 偽名なのよね?」

『それは……』

「油断させて背中からグサッ! って意味に決まってんだろうが」

「え?」

 

 頭ではなくて耳から聞こえる声。つまりコアによる通信じゃなくて肉声……それも、私の真後ろから。

 いったいいつの間に背後に?

 

「よっ、私を呼んだのあんただろ? 地図にない基地(イレイズド)所属、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)のテストパイロットで携帯とIS内蔵OSのデスクトップに同僚のイーリス・コーリングとのツーショット写真を使っているナターシャ・ファイルスさん?」

「な、なんでそれを!?」

 

 振り返ってみればキャミソールにデニムのホットパンツ、そしてニーハイソックスまで黒一色で統一し、さらに医者が着るような白衣を黒く染めた黒衣を羽織る活動的な少女。

 年齢は高校生くらい、国籍は……見るからに日本人ね。黒一色の中でブリーチされたショートカットだけがよく目立つ。

 

「別に大したことじゃねぇよ。表の情報集積所のここと裏の情報集積所の機業の両方に属してるからな。本気出せば個人の赤血球の数まで分かるぜ」

「…………」

 

 確かに言われてみればそうではあるのだけど、携帯はまだしもISに内蔵されてる方のデスクトップなんて分かるわけないじゃない!

 と、というか友達との写真を使ってちゃダメな理由でもあるのかしら!?

 

「すまん、赤血球の数はちょっと盛りすぎたわ。精々顔の小じわの数までだな」

 

 思わず顔を手で覆う。

 わ、私だってまだ二十歳だから小じわなんてないはずだけど高校生の若さを失ってるって考えるとどうしても……って相手のペースに乗せられてるわ!?

 

「……貴女がバックナイフなのよね?」

「ああ、私が裏切りもんだ。刺されたくなかったら気安く背中を見せるんじゃねぇぞ?」

 

 ……裏切り者?

 それって誰に対しての裏切りなのかしら。

 状況的に考えれば機業への裏切りだろうけれど……本当に一枚岩じゃないのね。

 

「とりあえず、あの女を助け出すのが目的なら私の指示通りに……あ、可能な限り私を見んな。あとあんまり口も動かすなよ?」

「え?」

 

 急にピタリと止まった少女にぶつかりそうになりながらもなんとか止まる。

 さっきの指示といい、なんなのかしら?

 

「ああ、私はふらふら歩くけどあんたは普通にまっすぐ歩け」

「え、ええ。それで私は何をすれば?」

「……ま、それはおいおいな」

 

 立ち止まったかと思えばいきなり走り出したり、歩き始めたと思ったら数歩分後ろに下がったり、訳の分からない動きをする少女の後ろを普通に歩いて着いていく。

 これも必要なことなのかしらね。

 いつまでこの奇妙な散歩が続くのだろうかと嘆息したとき少女が右手側に位置する部屋の扉を開けて入ってしまった。

 

「よし、とーちゃく! あんたも早く入れよ」

「……いったいなんなの?」

「別に? 監視カメラの視界に入らないようにしてただけだよ。だから映像的にはあんたが一人で歩いてたことになってるんだぜ」

「カメラの死角だけを歩いていたってこと?」

「まあな。でもカメラの位置と動きを覚えちまえばいいんだから別に大したことじゃねえよ」

 

 大したことじゃないって……目に見えるように設置されていたのだけでも十数台あったはず……カモフラージュされているものも全て避けてたなら十分大したことよ。

 基本的にカメラの動きは監視の穴が生まれないようにプログラミングされているのだから。

 

「はっ。定点カメラを大量に設置するだけの金をケチるからこうなるんだよ。この程度なら一週間もあれば自分の姿を消して行動できる」

「貴女……何者なの?」

「別に? そろそろジュニアハイを卒業するただの清掃アルバイターだよ」

 

 ……ジュニアハイってことはまだ十五歳くらい?

 私に接触してきた二人とか学園の一年生とかもそうだけど、今の若い世代の将来が怖くなるわ。

 下手したら千冬や篠ノ之束以上の人材が見付かるんじゃないかしら。

 

「それよりここはなんなのかしら。何かの事務所?」

 

 八枚のディスプレイが設置されている小部屋を見渡して言う。

 画面にはいろいらなウィンドウが開いていて誰かが操作しているわけでもないのに閉じられたり開かれたりという動きが繰り返されている。

 

「ん? 私の秘密基地だよ。もともとはただの空洞だったんだけどな」

「は?」

「ちょうど監視カメラに映らない場所に扉をつけて部屋を作ったんだよ。ここは無駄に広いから部屋が増えたって誰も気にしないしな」

「そ、そう……じゃあその機械は?」

 

 自律的な行動を繰り返しているディスプレイを指差す。

 

「んー? ああ、廃棄になったインデペンデンスのマルチ・リンクス・システム(MLS)を流用してアメリカ全土から情報を集めて処理してるんだよ。だからアメリカ国内で私を騙すことができるやつなんて自然主義者以外にいねぇな」

「機械を使ってる限りは……ってことね」

「株の取引とかにちょっかいだして小遣い稼ぎできるしいいシステムだよ」

 

 そう言いながらニヤリと笑う少女。

 でもこの電子機器自体もMLSに補足されているはず……まさかそれに気付いてないってことはないと思うけど、中枢から逆探知されればインデペンデンスの実数よりMLS端末の方が多いことが分かるわけだしリスクが高すぎるような気もするわね。

 それにMLSを使用するためのコアはどうしてるのかしら?

 

「ってことで、とりあえずこれ渡しとくな?」

 

 考え事を中断させるようにぽいっと放り投げられたのは日本のペットボトル。

 一見するとただのコーラとオレンジジュースだけど……?

 

「なにかしら?」

「C-5――新型の可塑性爆薬だよ」

 

 可塑性爆薬……ってことはプラスチック爆弾?

 アメリカではC-4が主流だし、その発展型(C-5)が開発されてるなんて話は聞いたことないんだけど……

 それに可塑性どころか液体じゃない。

 

「C-4は極低温だとひび割れるからな。それを避けるためにうちの開発部のガキが作ったらしいぜ?」

「でも液体だと指向性が……」

「ああ、それ二つの液を混ぜて振ると回数に応じて固くなっていくってよ。寒いところでは緩めに、暑いところでは固めにすればいいらしい」

 

 ……なるほどね。

 ひび割れは温度変化による膨張と収縮が原因だからそもそも柔らかくしておけばってことなのね……もちろん実際にはそんな簡単な話ではないのでしょうけど。

 

「で、これが雷管な。遠隔式だからぶっさしてからゆっくりできるぞ」

「これまた紛らわしい……」

 

 少女が取り出したのは医薬品と同程度の大きさのカプセル。さっきの爆薬もそうだけど容器によっては正にそのものとしか思えないわ。

 でも私に爆薬を渡す理由は何?

 いくらなんでも騒ぎを起こせなんてことは言わないわよね?

 

「ん、この部屋の爆破をしてほしいんだ。場所はちょうどそのパネルの裏……ここももう引き払うからな」

「貴女はどうするの?」

 

 私に危ないことをさせておいて楽はさせないわよ?

 

「私はまた見つからないようにしながら爆薬を仕掛けて回ってくる。あんたと私は十分後にこの壁の向こう側の廊下で落ち合う。偶然にな」

「……でも監視カメラの映像から私が怪しい動きをしていたってことに気付かれると思うのだけど?」

「映像の管理サーバーにはもう罠を仕掛けてあるんだ。だから私たちに必要なのはリアルタイムで映像を見ている奴を誤魔化すだけ。理由は分かるな?」

 

 すぐに私たちが怪しいと証言されないため……よね。

 ちょっとの疑いくらいならそれを支持する過去の映像は爆発と同時に失われるでしょうし……ただ、これってテロよね?

 

「なに、不当にフランスの人間を拘留してる上、意味もなく拷問部屋に監禁してる方が非人道的だから気にすんなよ。誰も死なないようにするしさ」

「……機業のくせにヒーローみたいなことを言うのね」

「それを言うならダークヒーローだろ。ま、そう言われると嫌な気はしねぇけどっと、じゃあ行くぜ?」

 

 じゃあ十分後に、そう言い残して少女は部屋から出た。やっぱり足音が不規則なのは監視カメラを避けてるからでしょうね。

 まさか国を守るべき軍人である私がテロ行為に荷担するとはね……まぁ、委員会は自治組織だからアメリカじゃないってことにしましょう。

 とりあえず二つの液を混ぜて……

 

「……なんで黒とオレンジを混ぜて緑色になるのかしら?」

 

 ……まあ、いいわ。

 それにしてもイーリは今何してるのかしら?

 

 ◇

 

 くっそ!

 あいつら散々っぱら利用しやがった挙句にこれかよ!

 地図にない基地(イレイズド)に置いてある銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が狙われてるってどういうことだ!?

 あれを奪われちまったらアリサを助ける意味が無くなっちまうじゃねえか!

 作戦実行まで一時間つってたけど……あぁ!

 

「とにかく急がねぇと!」

 

 エムってやつ、なに考えてるんだよ!

 あの、ふてぶてしい態度、昔の千冬そっくりだ。

 絶対あいつら姉妹だよ!

 

 ◇

 

「くちゅんっ!」

「アンタにしては可愛らしいくしゃみね」

 

 キャサリン……うるさい。

 

「ねぇ、エム」

「コードネームを呼ぶんじゃない。怪しまれる」

 

 まぁ、受付を無視して正面から侵入している時点で十分怪しまれているだろうがな。

 ただ堂々としているせいか強引に止めようとしてくるものはいない。

 内部の人間かどうかの判断がつかないというところか……?

 

「……じゃあ、マドカ?」

「あ……」

 

 マドカって呼ばれちゃいけないのに……

 名前で呼ばれるのは嫌じゃないけど……姉さんに復讐して懺悔させてからじゃないとマドカって名前を受け入れられない。

 (いちか)(ちふゆ)を繋げる(まどか)になれないから……

 

「ねぇ、どうしてイーリス・コーリングに襲撃のことを教えたの?」

「……私の仕事じゃなくなったから」

 

 そう、不破アリサさんを助け出すのが難航しそうだからってスコールが銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の強奪は他に回すって言ってきた。

 ……私、代わりに行くことになったあの(ヒト)嫌いなんだよね。

 立場上は私たちの仲間だけど平気で開発部とか兵器部(向こう)の指示にも従うし……彼女が機業に入った理由からしてみれば仕方ないんだろうけど、いくらスコールたちと並ぶ最古参だとしても信用できない。

 それだったら……手伝いのお礼の前渡しとして情報を渡すくらいはしてもいいはず。

 

「スコールに怒られるわよ?」

「……キャサリンも、バカだと思う?」

「バカね」

 

 うぅ……遠慮ないね。

 そうだからキャサリンの前では素になれるんだけど……機業で唯一の信頼できる相手。

 私たちは互いに利用しあうだけだから信用するなってキャサリンは言うけど……

 

「でも嫌いなバカじゃないわ」

「……なら、よかった」

 

 キャサリンなら私は裏切られてもきっと後悔しない。

 もともと私の獲物を横取りされるのも気にくわなかったしね。

 

「じゃ、アリサを助けにいくわよ」

「……うん」

 

 生きてればいいけど……

 

 ◇

 

「ぴんく……」

 

 かみのけ。

 

「おれんじ……」

 

 ゆびわ。

 

「むらさき」

 

 あざ。

 

「あかいろ」

 

 ……ち。

 

「しろくないもの……もっと」

 

 きんいろがたりないよ?


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