Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
国際IS委員会本部。
その建物の中にある一室で丸々と肥え、椅子にふんぞりかえって座りながらコーヒーを口にする男と睨み合う。
こいつは……
「対亜代表審査官のマックス・リストで間違いないな?」
マックス・リストは不破アリサが本部についたとき、まず最初に面会するだろう立場の人間だ。
審査官というのは諸国がアラスカ協定に違反していないか、非人道的な目的にISを使っていないかということに目を光らせる職種だ。
その中でもこの男はアジア圏全てをカバーする立場にいるらしい。
「……君は、イーリス・コーリングだったかな? 外が騒々しいと思っていたがまさかアメリカ代表が力尽くで乗り込んできたのか? ここが州法の縛りを受けない自治体だということが分かっていないわけではあるまいな?」
「それがどうした?」
こいつの言う通り確かに私は力尽くでここに乗り込んだ。
もちろん、ここには州法が適用されないことも知っているし大事になれば私の立場どころか命さえも危ないことも理解している。
でも通話回線だとアリサはいないって定型句で返してくるんだから直接乗り込むしかないだろ?
それにナタルだってワシントンまで来てるし……ってそういや置いてきちまったな。いや、だってマク○ナルド集合ってちゃんと伝えたのナタルの野郎すっぽかしたんだぜ?
どちらかと言えば私よりナタルに責任あるだろ?
「いくらアメリカの代表操縦者の一人である君でもここまでのことをされたら捕縛せざるを得ないな……」
「はっ! そんな豚みたいな体のやつに捕まるかよ!」
短足デブ野郎は這いつくばってブヒブヒ泣いてやがれ!
それともお姉さんがヒールでその顔面踏み潰してやろうか?
「ふん……ああ、私だ。部屋にいるから早く捕まえてくれ。殺されてしまう……さぁ、どうする?」
「なっ、てめ!」
内線で助けを呼びやがった!
豚野郎は内線の受話器を右手で玩びながらニヤニヤと吐き気のする顔で笑う。殴りたくて仕方ないけど……怪我をさせた時点で言い逃れできなくなるから私にはどうにもできねぇ……こりゃ
「ま、
「貴様っ!」
ナタルもいねぇし一旦引くしかねぇか。
私がISを部分展開しようとしていることに気がついたのか男がまた内線で喚いてる。
「遅ぇよ」
窓を突き破りながら無線機を取り出し電源を入れる。いざという時にISを持っていないナタルと連絡するための手段だ。
『……イーリ!?』
「ナタル、落ち合うぞ!」
『落ち合うってあなた今どこに……というかどこで!?」
「だからマ○ドナルドっつってんだろ!」
二度も三度も言わせるんじゃねぇ!
『ここら一帯に何軒のマクド○ルドがあると思ってるのよ!』
……あ。
そーいやそーだな。
「えっと、じゃあ……どっか!」
『いい加減にしなさい! ……もう一番近くのマク○ナルドでいいわよ……」
「へへっ、りょーかい」
じゃあ最近ダウンロードしたIS用のGo○gle MAPで……いや、あの会社すげぇぜ? IS用のアプリとか作りまくってるからなー。仮想ディスプレイでテトリスだって出来るんだぜ?
……正直に言えば大した商業効果はないと思うんだけど助かるっちゃ助かるよ。暇潰しできるしな。
目当ての店を探し出したら目立たないように気を付けながら付近の裏道まで飛んでいく。
禁止されてるわけではなくてもISの操縦者だってことは隠しておいて損はない。特に今みたいな状況の中では。
「さーて、実際小腹も空いたし飯にするかな……」
◇
ファストフード店の窓の外、ビルの隙間から僅かに覗く委員会本部の建物を睨みながらオレンジジュースで口を湿らすり
……ああ、どういうことだ?
何が起こってる?
「アメリカ軍が……それも期待通りにイーリス・コーリングとナターシャ・ファイルスが来ているというのに……!」
不破アリサが出てこないとはどういうことなんだ……いくら国際IS委員会が自治組織であるとはいっても内部のほとんどはアメリカに大なり小なりの繋がりを持っている人間たちだ。米軍に不破アリサの身柄を要求されたら喜んで差し出すだろう。
もちろんアメリカの独断でアラスカ協定や他の条約が歪められないために対立する立場に立つ人間もいるにはいる。それでも表立ってアメリカに敵対するとは思えない。
それにアメリカが不破アリサの身柄を求めていることを知らないということもないだろう。それならばアメリカ軍と不破アリサの接触をわざわざ邪魔しようなどとは考えないはずだからだ。
不破アリサと
しかし委員会内部のスパイからの報告は理解しがたいものだった。
「……不破アリサは非人道的な方法で監禁されている、か」
それも本部に不破アリサが現れたという記録は抹消され、職員に対しても情報統制が敷かれているらしい。
つまり、対外的には不破アリサなど来ていないと言えるような状況を作り上げている。
「あの子、本当に大丈夫なんでしょうね?」
キャサリンも心配しているみたいだ……諜報するために近付いたことで相手に情が沸いたのかもしれない。
……それにしてもどうして委員会は不破アリサを?
アメリカを敵に回し、更に下手に刺激すれば篠ノ之束が出てこないとも限らないというリスクを犯してでも、というような理由は残念ながら思い浮かばない。
さすがに不破アリサが本当に亡国機業のメンバーだと考えて情報を吐かせようと拷問しているわけではないだろう。委員会がそこまで無能なら私たちとしても助かるが。
「……どちらかと言えば親米である委員会が
「想像程度でいいなら二つ心当たりがあるわ」
「ほう……」
「一つは欧州派、更に言えば仏独英の参加国とは対立関係にあるイタリアをトップとした派閥ね。スペインとかチェコとか」
……確かにイグニッション・プランが対米・対露という目的のもと計画されたわけだから奴らにとってアメリカの軍事力が増すのは避けたいだろう。
それに不破アリサを消すことで最近になって盛り返してきているフランスを叩くこともできるか。今やフランスはIS事情の中心地だからな。
「もう一つは?」
「アメリカ国内の
「そいつらのメリットは?」
「さぁ。ロシアからの献金とかそういうのはいくらでも考えられるんだからなんでもいいんじゃないかしら? 今は可能性の話だし」
……確かに無理に突き詰めていくこともないか。
ただ、キャサリンの提示した二つの可能性はいまいち確実性に欠ける。思い付きだからとしてしまえばそれまでだが……
いくらEUがイギリスとイタリアの二派に分裂しているとはいえ、ここまであからさまな火種を落とすだろうか?
戦争の原因となることはないだろうがこれではEUという組織自体が正式に二分されてもおかしくない。
そうなればイタリアはIS関連の技術力が高いイギリスやドイツを敵に回すことになる上、フランスのラファール・リヴァイヴを使っている国も確実に敵となる。あまりにリスクの高い賭けだ。
「かといって
「不思議ではなくてもピンと来ないわよね……それに、アリサをどうやって捕まえたのかも気になるわ。見落としてたけどあの子の警戒心というか慎重さはかなりのものだし捕らえるだけでも一苦労なはずよ」
「……暗殺の大家に不意打ちを成功させる手段か……」
私なら不破アリサがシャワーを浴びている間に超長距離からの狙撃を選ぶが……殺さずにとなると食事に眠り薬を、というくらいしか思い付かない。
しかもそれを成功させるにはかなりの信用を勝ち取らねばならない。
スコールの裏をかいたらしいあの女がそう簡単に裏をかかれるとも思えない。
残る可能性としては……
「自主的に籠っている……?」
「ありえないわ。スパイからアリサが拷問を受けているって聞いたでしょ? アリサが自主的に身を隠しているなら拷問を受ける理由はないし、本当は拷問されていないならスパイが嘘をついているってことになるけど必要性が分からないわ」
「……それもそうか。もう不破アリサが姿を消してから五日だ。ことは一刻を争うぞ」
「そんなの分かってるわよ!」
焦燥を滲ませたキャサリンが立ち上がってテーブルを叩く。ガチャンというけたたましい音を聞いた他の客が何事かとこちらを見るが余計な注目を浴びないために無反応を通す。
「怒鳴るな。目立つ」
「あ……ごめん」
「それに焦っているのは私も同じだ」
そう……拷問に耐えかねた不破アリサが精神をやってしまえば篠ノ之束とコンタクトを取らせることができなくなる。それが意味することは
あの機体の復活を狙っているのはなにもアメリカ軍だけではない。
「……状況を纏めましょ。まず私たちはアリサに伝えることがある。そのアリサはIS委員会に捕らえられている。委員会はその事を隠していて、それはアメリカ軍相手にも変わらない」
「さらに委員会内部でも事実を知るものと知らないものに別れている……か」
「情報統制がかなり早い段階で行われたのね……」
あー、くそ!
だいたい私はやれと言われたことをやるのが仕事なんだ!
考えるのはスコールの仕事だろうが!
「……ほんとよね。私たちは早くアリサに亡国機業のことを伝えないといけないのに!」
ガシャン!
キャサリンが割と大きめの声で苛立たしげに言葉を吐いたのと同時に真横のテーブルにトレイが置かれた。
「嬢ちゃん、相席してもいいか?」
確かに店内は混んでいるし、そんな中で私とキャサリンは四人席を堂々と使っているのだから相手が一人客で人々の合間に空き席がちらほらと覗けるとはいえ相席を求められるのはそれほど珍しい光景ではない。
「……好きにしろ」
「ええ、いいわよ」
だから私とキャサリンは不自然にならない程度に彼女を迎え入れる。
底意地の悪い笑みを虎柄の太いブレスレットをした女に向けながら。
◇
「私は……不破、アリサ」
フランス人と日本人のハーフ……そして、ISの操縦者。
朦朧とし始めた意識と記憶を繋ぎ止めるために今までのことを口にだして再確認する。
「私はシャル――シャルロット・デュノアの恋人で……学園の友達はセシぃ、鈴ちゃん、ラウラさん、篠ノ之さん、一松さん、二木さん、三好さん、リカさん、織斑君――」
一人一人、
……もう、どれだけこの部屋に閉じ込められているのでしょう。
一日? 一週間? 一ヶ月?
流石に髪の伸び方から一年と言うことはないと思いますけど……でも元々の髪の長さも曖昧ですし……
「ルームメイトはキャサリンさんで……キャサリンさんは亡国機業と私との間で二重スパイをやっています。仲は悪いですけど実は嫌いじゃなかったりして……」
忘れてしまいそうになるのが怖くて眠気を我慢しながら必死に記憶を確認していく。
眠ったら、全て忘れてしまいそうで……
「事実、この部屋に私がいる理由なんて忘れてしまいましたからね……」
でも、ここから出なければいけない、出るときまで記憶を繋がないといけないというのは覚えています。
確か……急いで帰らないといけない理由もあった筈なんですけど……
「早く、シャルに会いたいです……会わないといけません……だって――」
――それが、私ですから。