Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
九月二十日の朝。
もうすぐホームルームが始まる時間なのに教室には一つだけ空席がある……アリサが出国してからそろそろ二週間が経つけどまだ帰ってきてない。
それに事情が事情だから機密扱いなのかもしれないけど一度も連絡をもらってない。アリサのことだから事件に巻き込まれてもけろっとしてそうだし、その意味では心配してないけど……
「寂しいな……アリサ、早く会いたいよ……」
アリサがいないだけで景色が色褪せる気がする。
花を綺麗だなんて思えないし、ご飯だって美味しそうな匂いとか分からない。
皆が、どうして笑ってるのかも分からない。
アリサを見てるだけで幸せな気持ちになれてたけど、それは逆にアリサがいないと僕はなにも感じられないってことなんだって初めて気がついた。
……ここまでアリサにのめり込んじゃうなんて思わなかったな。
他人と自分の間にはいつだって見えない壁があって、その壁があることを望んでたのが僕だから壁はいつでもあって……その内側に入ってこれるのはアリサだけ……
鈴とかはアリサには僕がいないとって言うけど本当はその真逆で、僕にこそアリサが必要なんだ。そうじゃないと、僕は寂しさに潰されちゃう。
たった二週間でこれなのに……明日も明後日もアリサがいないかもしれないなんて考えたくもないよ……
「ひ、ふ、み、よ……よし、不破以外は全員揃っているな。まったくあいつがいないと仕事が増えて面倒だな。山田先生に任せるのは不安が残るし……私がやるしかないのか」
「あの、織斑先生? 私でも出席をとるくらいは……」
「一学期の三日目、山田先生が出欠確認だけでホームルームの時間を使いきった記憶があるのだがな」
「うぅ……ごめんなさい」
……そんなことがあったんだ。セシリアから、その頃のアリサには友達が本当にいなかったって聞いたことある。
「僕も、皆と同時に入学してればアリサを一人占めできたのかな……」
……そんなの、あり得ないのにね。
最近、自分がおかしくなってる気がする。アリサがちょっと人と話してるだけで嫉妬しちゃうし僕以外の人を見てるだけで不安になる。なにより、アリサを誰にも見せたくない。
恋をすればみんなそうなるって言うけど……
「キャサリン・ジェファソン……」
キャノンボールファストが終わった後で編入することが決まっている少女。
調べてみれば父親はアメリカの有名企業の社長で母親もハリウッド女優なんだとか。彼女を知ってる三組の子たちの話では成績はよくないのに不思議と逆らいにくい人物って声を揃える。
……今、そんな子がアリサに付き纏ってる。
本人の意思じゃなくて、状況から自然とそうなっちゃってるみたいだけど二人でアメリカに行ってるし……彼女が編入したらアリサと同室。
もともとアリサと同室だった鈴は一夏の部屋に引っ越しちゃったし、キャサリンの荷物も少しずつアリサの部屋に増え始めてる。
それは僕が入り込める隙間がどんどん減ってるみたいで……アリサが、盗られちゃったみたいで……無性に苦しくなる。
「あと一週間でキャノンボールファストがあることは分かっているな? 今年からその準備として五日後に丸一日を使って健康診断をすることとなった。身体面と精神面の両方においてな」
「せんせー、どうして今年からなんですかー?」
本音さんが手を――というよりだぼだぼの裾を持ち上げて質問する。
思い当たる理由と言えばいくつかある。五月のタッグマッチトーナメントとこの前の臨海学校、この前の学園祭もだし僕が来る前にあった無人機による学園襲撃もそう。
「なに、体調を崩している生徒がいた場合の危険がはかりしれないという指摘があってな。万全を期そうというわけだ」
――度重なる襲撃と暴走によってISと学園に対しての信用が下がっているから。
今回の場合は生徒が対象だし特に操縦者の適正に対しての不安かな……ラウラが発動させたVTシステムも操縦者の精神的な動きが鍵になってたみたいだしね。
そしてこれで危険性が――つまり敵性以外を傷付ける可能性があると認められた場合、IS産業は自粛するべきという風潮が高まるはず。
もともとIS産業は儲かるものではないから兵器開発関連の企業からの反発は大きかった。
ほとんどの兵器はコアからの得られる莫大なエネルギーに支えられているからIS無しには使えない。だから新兵器を開発しても開発に使った何十万、何百万というドルを回収することができない。
今回のこともきっとそういう反対派?による活動の一つだと思う。
それでもIS一機の価値が十数年前の国軍まるごとと同じ価値があるからIS関連じゃない兵器関連企業はどんどんと貧窮して、その結果が相次ぐ吸収合併。
今、私企業でも国から援助を受けていない軍事企業なんてほとんどない。
ISを持ってる企業となればなおさらだけど、そっちは普通の軍事企業とは違ってなかなか国から見放されないから……ってデュノアの社長令嬢の僕が言うのも変だけどね。今も首の皮一枚でなんとか見放されてないってところだし。
……そういう意味ではいち早くIS本来の使い道である宇宙進出を唱えたデュノアは勝ち組になれるかもね。アリサが篠ノ之博士も巻き込もうとしてるし、そうなれば技術面での問題はなくなるから……あとは他国との折衝だけどそれもなんとかなるよね。
ううん、なんとかなってくれないと困る。
そうじゃないと――
「ん? どうかしたか?」
「あ、ううん。なんでもない」
不意にラウラと目があって、慌てて誤魔化す。
――もし、宇宙資源の問題で他国との間に摩擦が起きたらその皺寄せはきっと僕たちに来る。
……相手国を敵と見なして代表候補生である僕たちに戦うことを強いる。
できれば、皆とは友達以外の関係を持ちたくない。敵対関係なんてなおさらだよ。
「ところで教官――いえ、織斑先生。学園には精神科系の医師免許を持っている教師がいるのですか? 外からの者となると信用できるかどうか……」
「学園にはいない。ただし、これを期に十年前から国境なき医師団に所属しボランティア活動を続けている臨床心理士を学園に迎え入れることになった」
「なるほど……了解しました」
「相手は生の戦争を知っている人物だ。お前たちにとっても学べることは多いだろう」
国境なき医師団……時に前線まで派遣されて医療に従事する非営利団体としては最大規模の医療団体。
創始者というか始めはフランス人医師の団体からだから実は中にはあったことがある人もいる。デュノアからも寄付金を出してるしね。
寄付金については兵器を作る企業がなにをって言われることもあるけど……これも一種の償いなのかな。それにISは確かに兵器だけど抑止力でもある。ISが出るだけで逃げ出す人もいるから結果的に被害は減ってると思うんだよね。
「では授業を始める。不破がいないから号令はなしだ。教科書の263ページを開け」
「「「「「「はーい!」」」」」」
皆、元気だなぁ……アリサ、どうしてるだろう……?
◇
「…………うぅ、今、何日なのでしょう」
固い床の感触に目が覚めます。
今回は何時間眠れたのでしょうね。
……ご飯は、まだみたいです。
「酷い扱いです……こんなの、耐えられませんよ……」
大体五メートル四方の部屋に私は閉じ込められています。
天井も壁も床も真白く全体的に淡く発光して影を消してしまうためどこからが壁でどこまでが床なのかも分かりません。
上下感覚を失うほど白で統一された部屋で何時間も過ごしていると気が狂ってしまいそうで、その恐怖から逃れるために親指の腹を噛んで溢れた血を壁と床、もしくは壁と壁の継ぎ目に塗りたくったのですが……特殊な材質でできているのか数分で元の白色に戻ってしまいました。
部屋に存在しているのは私と空になった食器類、そして便器代わりのバケツだけです。そのいずれもが白くて白くて……見ているだけで涙が溢れます。
……便器代わりのバケツについてはもう諦めました。どこに監視カメラが付いているのか分からないので使うときは出来る限り隠しますけど下半身を露出させているときは、私なにやってるんだろうって情けなくなって……しかも中身がいつの間にか回収されているのを見ると恥ずかしくて悲しくて涙が出ます。
でも、どんなに泣き叫んでも、暴れても、部屋の外からはなんのアクションもなくて……そして、このまま死んでしまうのではないかという不安に囚われてまた泣いてしまいます。
起きていて泣いていない時なんてほとんどありません。
悲しさをこらえられている間になんとか以前の私を取り戻そうとするのですけど……やっぱり無理みたいです
「泣き叫ぶところも、たまに支給される服に着替えるところも、トイレまで見られて……それでも強くいられるような人間じゃないんです……」
最初のうちは屈辱から目の前が真っ赤になり、拳の皮が破けるほど壁を殴り、声が枯れるほど叫び……でもそれがなんの効果もないと分かると、もう、私はただの女の子でしかないんだって理解させられて……
私は
本当は私が頑張る必要なんてなかったんじゃないかって思ってしまいます。
だって、きっと今もシャルは日常を過ごしてて、私がなにをしなくてもその日常はきっと続きます。
「……そんなこと、前から気付いてました……っ!」
でも、そんなの私には耐えられないんす……!
シャルに、恋人としてじゃない私を必要としてほしかったから……!
ただ好きだからって理由だけでそばにいさせてもらうには、人の命を奪ってしまった私は不釣り合いで……不安だから!
「だから……実際に私がいることのメリットをシャルに感じて欲しかったんです……」
でも、結果はこれ。
自分の力を過信するあまり罠にかかって眠らされ、カゲロウを奪われて監禁されてしまいました。
どうしてこんなことになったかなんて……もう、どうでもいいです。
そうですよ。
不破アリサ、あなたはシャルから離れようとしてたじゃないですか。
それが例え私を狙っての攻撃をシャルの身に飛び火させないためだったとしても、離れようとしていたことには変わりないんです。
だから、よかったじゃないですか。
これなら不可抗力ですよ?
お互いに愛し合ったまま離れられるじゃないですか。
ドイツでの別離の痛みがあなたとシャルを襲うことはないんですから。
「でも、私はシャルが好きで……本当は、近くにいたかったんです!」
ただ、ずっとシャルのとなりで笑っていられればよかった……でも、そんなの許されないから、許される理由が必要だったんです。
そして、私がシャルを一番長く守るには……亡国機業を相手に回すしかなかったんです。
バカですよね……
「シャルを守るため、が、いつの間にか私のことにシャルを巻き込まないためということに変わっているんですもん」
結局、私なんかが幸せになれると錯覚してしまったのが……ううん、そもそも幸せを知ってしまったのが間違いだったんです。
ずっと部屋の隅でうずくまって、背中の傷を隠しながら寂しく独りで生きていればよかったのに……我慢が得意なんだから、その孤独に耐えていればよかった……!
「そうすれば、こんな苦しみ知らなくてよかったのに……!」
この胸の内側、心臓が限界を越えて萎んでしまうような痛み、無理して耐える必要もなかったはずです……
孤独が辛くて、人に必要とされたくて……それなのに、今はこんなに苦しくなってるなんて……これなら孤独だった頃の方がまだマシでした。
……でも――
「――それでも、私は今もシャルに会いたいです」
孤独なあの頃になんて戻りたくありません……!
「だからシャルは安心して待っててくださいね? こんな白くて無音な悪趣味の粋を集めたような拷問部屋なんてすぐに抜け出しますから!」
◆
「あぁん!? んなわけねぇだろうが! 全市街のカメラ映像がアリサは
イーリが
……会話の内容から察する限りでは委員会側は不破アリサの来訪を認めていないようね。
まったくもう。あれから
下手をすれば委員会側がインデペンデンスのマルチ・リンクス・システムを使って国内全ての情報から不破アリサの存在を証明するものを消し去りかねないわ。
……その理由がよく分からないけど気にする必要もない。
とにかく暴走気味のイーリを止めないと。
「だぁーかぁーらぁー……お前ら、私を怒らせ――ってあれ、切れてる? ってナタル?」
私が回線を切断したことに気付いたイーリが目を丸くして驚くと同時に口を尖らせて不満を露にする。あら可愛い……じゃなくて。
「イーリ、もう口で何を言っても無駄よ。あとは力尽くしかないわ」
「は? いや、お前なにを……」
「――ちょっとワシントンまでお茶しにいかな?」
押してもダメなら……押し潰してしまいましょう?