Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
第二部も佳境
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
朝のドタバタや途中渋滞に巻き込まれてしまったせいで予定していた便に乗るのは絶望的だったはずの私たちを出迎えたのはそんな言葉でした。
かなり遅刻気味に空港についたのにグランドスタッフの女性は私たちを急がせたりせず、それどころか微笑みながら出迎えてくれます。
私たちを案内するのは女性一人と男性四人、合計五名のグランドスタッフ。女性がいろいろと指示しているところを見る限り、彼女はなかなか偉い人なのでしょう。
「これ、お願いしますね」
三つのスーツケースを男性の方に預けた私は姿勢正しく歩く女性に付いていきます。
しばらくぼうっとしていたキャサリンさんが慌てて追い付いてきました。その手には彼女のスーツケース……どうして自分で運んでいるのでしょう?
「荷物、預けないんですか?」
「……私はいいわよ」
なんだか苦虫を噛み潰したような顔です。
彼らも荷物を運ぶために呼ばれたのですから使えばいいと思うんですけどね。
「それより出迎えがあるってどういうことよ?」
「え?」
……そういえば、ドイツやフランスに行ったときはこんな扱いではなかったですよね。あまり飛行機を使ったことがないのでどちらが普通なのかもよく分かりません。
でも周りのお客さんたちからもかなり注目されてますし、きっと普通は出迎えとかないとでしょうね。
「それに私はまだしもあなたは国際指名手配犯一歩手前なのよ? 無理矢理連れていかれても不思議じゃないのに……」
国際指名手配犯……そっか、亡国機業のメンバーだと思われているんですからいずれはそうなるでしょうね。
実際には亡国機業が私になにかしらの罠を仕掛けるためにわざと私の名前が含まれていた通信をアメリカ経由で傍受させたらしいのですが……フランスと親しい関係にある諸国が慎重な姿勢でなければ既に国際指名手配されていたでしょう。
「……なんででしょうね……?」
「なにが?」
「私は、シャルを守りたいだけなのに……悪いことなんてしていないのに、どうしてこんなことになるんでしょう?」
確かに私は大勢の人の命を奪いました。でもそのことを知っているのはごく僅か…当たり前です。この世界の出来事ではないんですから。
仮にラウラさんたちが本国に報告したとしても頭のおかしい人の妄想以上だと信じられる証拠はありません。
それなのに、こんなことになってしまって……
「私、またシャルとの釣り合いがとれなくなっちゃいました……かたや社長令嬢で代表候補生。それなのに私は一般人どころか国際指名手配犯もどきです」
それに、私はやっぱり普通じゃありません。
この前、私とシャルを犯そうとした強盗犯だって……たまたま居合わせた看護師のユリさんによればもう話すことは出来ないそうです。私が突き挿したバラのトゲが声帯だけでなくその周辺にまで深い傷をつけていて人工声帯の移植すら困難なんだとか。
バラを喉の奥まで挿すなんてことを思い付く時点で十分異常なのに……私はユリさんからそれを聞いたとき、ショックを受けるどころ嬉しかったんです。
「こんな私は……シャルと一緒にいない方がいいですよね」
「さぁね。そんなこと言われても知らないわよ」
「そうですね。すいません」
私は社長さんにシャルを幸せにすると約束したのに……女同士というだけでも大変なのに、その挙げ句私の人格にも問題あるなら……
でも、シャルから離れたくないです。
もちろんシャルにも離れられたくない……
離さない……
◇
「では、こちらからお乗りください」
五分。
それは私たちが空港についてから飛行機に乗るまでにかかった時間。
「まだ関税もなにも通ってないんだけど?」
「轡木様からよろしくと言われておりますので必要ございません」
表向きにはただのIS学園の用務員なのに……どういうことよ。
あの人に関しては気を付けるようにってスコールに言われてるし、そもそも探ろうとも思わないけど……それに楽できるならそれで構わないしね。
乗り込む前にグランドスタッフの女にスーツケースを渡してから搭乗口に続く細長い廊下を渡る。
果たして私が迎えたものはおおよそ一般人には見ることができない光景だった。
「なにこれ……どうして誰も乗っていないのよ」
誰一人として乗っていない飛行機。
あるべきものがない……たったそれだけのことが私の目には異常に映り肌が粟立つ。
「轡木氏ですからねー。プライベート機って奴なのかもしれません」
「プライベートでジャンボジェットって無駄遣いきわまりないわね」
しばらく呆然としていた私に対してアリサは落ち着き払った様子で一番近い席に座った。
私たちのチケットに記してある席番号とは明らかに違うのにそれを気にした様子がないのは飛行機に私たちしか乗らないことを理解しているから……?
というかそもそも自家用機がジャンボジェットってどういうことよ。
「IS学園の修学旅行とかで使うんじゃないですか?」
ああ、なるほど。
学園の修学旅行は行き先が沖縄だったり北海道だったり国外に出ることはほとんどないけど飛行機は必要よね。
ただプライベートジェットの理由が分かったところで不可解なのは変わらないわよ。一回アメリカまで飛ぶのにかかるガソリン代とか滑走路の利用料とかを考えたら多分ファーストクラスを買い占める方が安いんじゃないかしら?
もしかたらって仮定もあるけど……
「私たち以外に乗客がいたら困るのかもしれませんよ?」
「本気? ハイジャックとか撃ち落とされるとか思ってるわけ?」
「あるいはアメリカに到着したらすぐに拘束できるように、とか……」
そんなバカな、なんて笑い飛ばせない。
いくらIS学園がどこの国の法にも縛られない自治組織だとしても運営関係者は総じて日本人。しかも全員日本の政治家や大企業に関わりを持つ人間ばかり。国際情勢的には日本はアメリカ側に属するんだし運営者たちが利己的に行動するならこの子をアメリカに引き渡すのが最良でもある。
不破アリサという少女は世界、特にアメリカ側にとってはかなり邪魔な存在よ。
個人の力でフランスとドイツを結び、ISにはイギリスの技術も使われている。しかも裏の顔は暗殺者として更識家――つまりロシア代表とも繋がりを持っている。
「個人であなたほど影響力を持っているのも珍しいわよね」
「本当は影響力なんてないんですけどね。偶然が重なってこうなっているだけなんですから」
「それでもあなたがきっかけで世界は多少なりとも動いたわ」
私の言葉に対する返答はただ肩を竦めるだけ。
世界に少なくない影響を与えた彼女の行動――シャルロット・デュノアの男装や独仏防共協定締結などは一見フランスのために見えるけど、実は自分の恋人を守るためだけのワガママ。言い方を変えればシャルロットを守るためという理由があれば世界を滅ぼすことすらしかねないと思われている。
それも踏まえた上で唯一日本人ではないのに篠ノ之束に気に入られている少女だというのだから危険度はかなり高い。不破アリサが篠ノ之束にお願いするだけで一国を潰すことすら可能だから……
宇宙に行くための道具が現行最強の兵器になるなら篠ノ之束が本腰を入れて兵器開発に着手したらどうなるのかしらね。
「……あなたはやり過ぎなのよ」
「後悔してません。だって、私には他の選択肢なんて存在しなかったんですから」
「そう」
いくらでもあったと思うけどね……
シャルロットを守らない。
危険には目を瞑ってやりすごす。
近くにいることだけを優先する。
この子は少しでも自分の恋人が傷付く可能性があったらそれを排除せずにはいられないって言ってたけど……絶対的な安全なんてどこにもないのよ?
ありとあらゆる生物を根絶やしにして二人で生きれば傷付けられる可能性はなくなるけど非現実的でしょ?
どこかで折り合いを付けないといつか精神を病んでしまうわ。
「ま、私には関係無いけどね」
「ええ。キャサリンさんには関係無いことです……」
何気ない口調でそう言って、アリサは窓の外を眺める。
私たち以外乗らないことが分かっているからか飛行機は五分ほどで離陸態勢に入った。
本当に攻撃されたりしなければいいけど……でも大丈夫よね。
でもスコールの話では今回のことを主導しているのは機業の他部署だって言うから……まさか殺そうとしてくるとは思えないけど。
肩書きを持たない個人としては最大級の発言権を持つアリサは機業にとっても喉から手が出るほど取り込みたい人材だろうし。
だからと言って信用できるかどうかは別の話。私たちも一枚岩ってわけじゃないのよね。
だから今回のことは先が読めない。スコールが向こうの思惑を探ろうとしてくれてるけど細かいことは分からないみたいだし……早まられるとこっちとしても面倒なことになるんだけどね。
「キャサリンさん。機業は何を考えて私をアメリカに……?」
「情報は貰えてない。前にも言ったけど私は機業のIS部門所属なんだけど今回のことは兵器部――まあ、言ってみればIS以外の兵器を売買してるところの独断行動だから」
「私を狙っているのはそこなんですか? 前回のドイツの時も兵器部が? そもそもどうして私なんです?」
「いっぺんに聞かないでよ……ちょっと纏めるから待って」
……まず、アリサを狙ってるのは兵器部だけじゃない。開発部はアリサを人質にして父親である博士に非人道的兵器を開発させようとしてるし、
兵器部の目的はアリサを中心に繋がったドイツ-フランスの友好関係を潰して更にアメリカとEUを敵対させようとしてる。ISが開発されてから兵器部は思うように兵器を売りつけられなくなってるから必死なのよ。
ただアメリカに呼び寄せてどうするのかが分からないから……何をするつもりなのかさえ分かればこっちにはISがあるから何も怖くないんだけど……
「結局アメリカについてからのお楽しみ、というわけですか……」
「問題は私よ。
「口封じに……?」
「それならマシな方よ」
兵器部は機業の中でも特に汚い部分だから……そこらへんから若い女を浚って散々慰み物にした挙句、いい関係を続けたい顧客に売り払ったり……そういうことを平気でするから。
私も巻き込まれただけの一般人だと思われたら同じ末路を辿るでしょうね。
「そうなる前にスコールと連絡を取れればいいけど……」
「なにかあったら逃げてくださいね。時間くらいは稼ぎますから」
「……そうね。頼むわ」
「ええ、守ってあげます」
……恋人だけじゃなくて私も、ねぇ?
話せば話すほど異様さが表に出てくる子ね。
恋人のためなら他人はどうでもいいなんていいながら、恋人と関係無いところでは他人を守るなんて……案外、ただ誰かを守りたいだけなんじゃないかしら。そうやって自分より弱い人を守ってあげることで優越感を感じようとしてるとか……
「はぁ……シャルに会いたいです……」
ってわけでもなさそうね。
◇
『当機はまもなく着陸体勢に――』
やっと、到着ですか……
「「ふぅーーーーーーー」」
待ちに待った機内アナウンスに私とキャサリンさんは安堵の息を漏らさずにはいられませんでした。
「だ、だから言ったじゃないですか。大丈夫だって!」
「う、撃ち落とされても平気なようにってISを展開し始めたのはあなたじゃない!」
「そ、それはキャサリンさんが不安そうだったので安心させるために!」
「そんなこと言いつつ――はぁ、不毛だわ……無事に着いたってことにすればいいじゃない」
「そですね」
私たちをこんな風に混乱させたものは未だに悠々と窓の外を飛んでいます。
アメリカ空軍の最新鋭機、F-35 ライトニングII。もちろんISの敵ではありませんが旅客機を落とすには十分すぎる性能を持つ機体が編隊を組んで私たちを囲むように飛行していたのですから怖いに決まってます。
……若干、懐かしさを感じないこともないですが。
「どちらかというと護衛の意味合いが強かったのかもしれませんね」
「ん? どういうこと?」
「ほら、もし私が本当に亡国機業なら機業側が口封じのために旅客機を攻撃するかもしれないじゃないですか」
もしくは偽装対策とか。
私はISを纏っているため無傷で済みますから墜落を待ってから私に似た爆死体を残して姿を眩ませば逃げられちゃいますしね。
「だからそうさせないための護衛だったのかも、と思ったのですが……また分からなくなりました」
「どうしたのよ?」
「キャサリンさんからはまだ見えないでしょうが地上に人が集まっています……やたらと重装備ですしFBIの特殊部隊とかかもしれません」
着陸中なのでもう少し近付けば確証を得られそうなのですけど……防弾盾や対物ライフルなど人を出迎えるような装いではないのは確かです。
対物ライフルは結構痛いので困りますね……実弾兵器だとISの装備と同じ程度の火力はありますし。
「ライフルの型番さえ分かれば良いのですけど……ビニルシートで覆われてます」
「対物ライフルなんてあなたはまだしもISを装備してない私はミンチになっちゃうわ」
うーん……ですが私は国際IS委員会本部に向かうことを伝えているのにこんな風に待ち構えるものでしょうか?
とは言っても米軍以外がアメリカの空港で銃器を展開できるとも思えませんし……
「従う方が吉、でしょうか?」
「いざとなったら盾になってもらうわね」
「ええー」
対物ライフルってISの装甲越しでもなかなか痛いので遠慮させて頂きたいのですけど……
「私なんて痛いじゃ済まないわよ」
「むしろ痛さなんて感じないかもですよ?」
撃ち抜かれるというより撃ち砕かれる感じですし。
「あのねぇ……とにかく降りるわよ?」
「マジですか?」
引き金に指かけてますよ?
というか明らかに不自然ですよね!?
さっきまで空軍が護衛していたと思えば降りた瞬間に射殺準備に入るとか!
「亡国機業の方々じゃないんですか……? その、先程の兵器部の方々とか……」
「だとしても変わらないわよ。機業なら本物のFBIに潜り込んでるだろうから体面的には本物よ。逃げたら不破アリサは亡国機業の一員だって確定されるでしょうね」
「八方塞がりですね……」
「いっそのこと機業に入ったら?」
キャサリンさんがあっけらかんと言い放ちますけど……その冗談は笑えませんよ。
機業との関係を否定しにアメリカまできたのにそれじゃ本末転倒じゃないですか。
仕方ありません。もしかしたら機業の襲撃を警戒しての重装備かもしれませんしここは気楽にいきましょう。
「危なくなさそうだったらキャサリンさんも降りてきてください。ほら、パレードの空砲かもしれませんし」
「いや、あり得ないでしょ」
希望的観測過ぎるのはわかってます!
一種の現実逃避ですから!
「ミス・フワだな? 着いてこい」
降りた途端に十数の銃口が私に向けられました。
……はぁ。
「お手柔らかにお願いします……」