Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
ずずん、とあえて振動を起こすように乱暴な着地をしたISが二機。
イギリスから奪われたサイレント・ゼフィルスとアメリカから奪われたアラクネ。
「来ましたね……」
時刻は三時ちょうど。キャサリンさんの言った通りでしたね。
幸い亡国機業のISは人の多い表門から校庭、校舎までの範囲を避けるように飛んできたので騒ぎは起きていません。
キャサリンさんが学園祭には使われていない場所を“待ち合わせ場所”として指定してくれたらですね。生徒や一般客の方々はできれば巻き込みたくないので助かりました。
あと十数秒もすれば彼らはキャサリンさんを回収し飛び発つでしょう。その十数秒の間に学園の教師全員が彼らを包囲することは不可能ですから自然とその仕事は専用機を持っている一部の教師――今日ならこの辺りの巡回役になっている山田先生のはずです。
まあ専用機といってもいかなる状況でも瞬時に展開できるように調整された汎用機ですけどね。
山田先生の機体も調整されているとはいえ第二世代のラファール・リヴァイヴですし、織斑先生も警備用の打鉄を先程回収してきたところです。織斑先生は専用機を手離しちゃったんですね。
その織斑先生は私と一緒に中央タワー頂上にいるので最初に彼らに接触するのは山田先生。
「どっちでしょうね」
「十中八九アラクネだろう。サイレント・ゼフィルスの方が逃げ足が早いからな」
これはどちらが山田先生を足止めするか、という話です。
二百メートル下、北東の方向に亡国機業とキャサリンさんが見えます。そしてさらに一機、四翼を備えたネイビーカラーのIS――山田先生が接近しています。
亡国機業のISが敷地内に入ってくることなんて知らないはずなのに僅か二分での登場。緊急の連絡を受けてからだと考えるとかなりの迅速さですね。普段の先生からは全然想像つきません。
山田先生の登場によりキャサリンさんはサイレント・ゼフィルスの腕に抱えられ離脱。山田先生の相手をするのはアラクネの方ですね。
グレネードとライフルが主装備の山田先生と遠近自在の八本の走行脚を持つアラクネの組み合わせは甘く見積もっても互角――アラクネの乗り手が山田先生と同じレベルと考えた場合相性は悪いと言えます。
「……織斑先生」
「そろそろか」
「ええ」
もう、織斑先生があの場に登場しても不自然ではありません。
もともと雪片一本で闘っていた織斑先生にとって近接装備が主な打鉄は乗りやすいでしょうし、山田先生とタッグを組めば前衛と後衛に分かれられるのでバランスもいいです。
事実、新手の接近に気付いたアラクネの挙動が若干乱れています。
これでアラクネの方は問題ありませんね。
「……では、私もサイレント・ゼフィルスを追いますか」
織斑先生が戦闘に加わったのを確認しながら身に纏っているカゲロウから半透明の武装一体型の小型スラスター群・ヴェン
山田先生への助力がすぐに動けた私ではなく織斑先生だったのにはもう一つ理由があります。
――ただ単純に私じゃないと追えないからです。
「ただ、音速超えには十分気を付けないとですね……また気絶したくはないですから」
サイレント・ゼフィルスの速度と距離から算出した必要爆薬量ちょうどを爆発させ、その爆風を片翼三十枚からなるヴェン
追い付くのは約三秒後。
「まあ、ちょっとの間は見逃がしてあげますけどね」
見当外れの方向に飛びながらほんの少し笑います。
◇
「エム……どうしてあなたがいるのかしら?」
「別に理由はない」
「そう。てっきり
「……落とされたくなければその口を閉じろ」
「あら怖いわ」
まだ死にたくないし黙ってるにこしたことはないわね。この子は本当にやると言ったらやる子だし。
でも本当にどうしてこの子が?
本来なら各国のISの強奪が任務のはず……まさか本当に
でも本当に兄弟なのかしら。
エム――マドカは自分のことを織斑マドカと自称しているし織斑先生のことをねえさんと呼んでいるのだけど……顔も瓜二つだから可能性は高いけど……
「クローン技術は既にかなり確立されているしね……」
「黙れと言うのが聞こえなかったか?」
「独り言にも反応するなんてさみしがり屋なのね?」
私を抱きとめる腕が少し弛められたけれど気にせずに言い返す。機業が私と不破アリサの間で決められた二重スパイのことを気付いていなければ見事にあの子と同室になることになった私を殺せないはず。
ま、気付かれていてもエムには殺されないわね。
さみしがり屋なんて図星をつかれただけで黙っちゃうような不器用な子だし……なんだかんだで仲間には甘いしね。
「ねえさんは元気だったか?」
「ええ……」
「ならいい」
でも、この邪気たっぷりな笑顔は本心からだから友人にはなれないわね……私も同じような笑い方する自覚はあるから同族嫌悪かしら。
そういえば不破アリサもそんな感じね。
「一体誰が一番性格悪いのか……」
「独り言を言うのもさみしがり屋の証拠じゃないのか?」
「あら、あなたが反応してくれてるから独り言じゃないわよ」
「…………」
可愛らしい仕返しを試みたエムがとうとう黙る。少なくともこの子が一番ということはないわね。
エムが黙ってしまってから数十秒。どこかのヘリポートに到着した。
飛んでたのは一分位だから学園からは遠くても十キロ程度ね。
「着いたぞ。降りろ」
「なんて言いながら降りやすくしてくれるんだからあなたも優しいわよね」
「ふざけろ」
エムったら本当に可愛いわー。からかえばからかうほど楽しませてくれるなんて。
そういう面を見ると確かに織斑君の縁者って感じもするけどね。
……なぜか織斑君に対しては血縁すら否定している節があるけど。
「エム、お疲れ様……あの二人には接触してないわね?」
「ああ」
エムが短く言い残してヘリポートから降りていく。
残されたのは私とスコール――亡国機業の幹部であり
スコールは私やエム……それどころか不破アリサにも劣らないほど性格が悪い。そんな気がするわ。
「……あ、私的に不破アリサか一番性格悪いのね」
「?」
「なんでもないわ……それで報告はすぐ聞くのかしら?」
エムが先に降りていった階段を使って私達も階下に向かう。
ここは今日のためだけに準備した機業のアジト。最低限の目的が達成された今はもう引き払う準備が進められている。
「ここが見つかるのも時間の問題みたいだしピアスには早く学園に戻ってもらわないといけないものね」
「……そのピアスってのやめてくれないかしら? キャサリンでいいわよ」
「そう? 我ながらいいコードネームだと思うのだけど……」
どこがよ……
ピアスって名付けられたときにされた説明はなんだったかしら……学園の警戒を
「正直言ってミドルスクールの男子並みのネーミングセンスよ」
「なら新しいの考えないといけないわね……スパイだからスパイスとかどうかしら?」
「スコールのネーミングセンスも落ちるところまで落ちたわね……」
もはやただの駄洒落じゃない。
まあ自分にスコールとか着けちゃってる時点で気付くべきだったのかもしれないわね。
マドカの頭文字でエムってのが今までで一番優秀だったんじゃないかしら?
「そんな……キャサリンは生意気よ……一番の新入りのクセに調子にのってるわ……」
「拗ねないでちょうだい。だいたい年功序列とか気にせずにアットホームな感じでって言ったのはあなたよ。アットホームな秘密結社とかアホよね」
スコールは能天気って言うのが一番近いのかしら……実際には誰よりも深謀遠慮な人だけど普段はただのダメ女。
そのくせに誰よりも非道で残虐。
……私が一番信用できない相手。深く関わるのは危険だって私の勘が告げてる。
「それじゃあ、学園祭について聞こうかしら。いつ追手が来るかわからないから手短にね?」
「その前に私に手錠でもかけた方がいいわよ? そうじゃないと私が疑われるわ」
「そうね……プレイ用の手錠ならそこにあるから自分でやってちょうだい」
「あなたは一度死ねばいいと思うわ」
プレイ用ってなによ!?
オータムと!?
オータムとなのね!?
というかどっちがSでどっちがMなのかしら……いや、普通に考えてオータムがMよね。普段は強気で乱暴だけどベッドの上では正直者ってところかしら。
「普通のどこにやったかしら……?」
「……仕方ないからこれでいいわよ」
ピンク色のファーで飾られた手錠を後ろ手に回した手に嵌めて床を使って輪を狭める。
……これが世界最大の死の商人であり犯罪組織である亡国機業の一部門って言うんだから情けないわよね。
「じゃあ報告するわよ。不破アリサを含む生徒たちは私に対して過度の疑いは持っていないみたいよ。それどころか不破アリサ本人に至っては私を退学にさせたことに責任を感じたのか私を再編入させたがってる。その場合、私と彼女は同室になる可能性が高そうね」
「ふぅん……都合がよすぎるわね……」
「私もそう思うわ。まさか私の正体がバレてるんじゃないでしょうね? このまま監禁されて拷問されるとか嫌よ?」
私のことを疑われるより先に相手を疑う。こうしておけば私のことを疑われてもお互いの立場はフェアなまま。
必要以上に探られないように気を付けないといけないわね。
「まぁ、それはひとまず置いておくにしても……盗聴機は無理そうかしら?」
「不破アリサによるとオンブレ・ループ――通称カゲロウは展開と同時に周囲の環境をスキャンして自動で盗聴機類を破壊するらしいわよ」
「そう……それなら電話でそれとなくやり取りするのが無難ね。学園は寮生活になるからこうして顔を合わせるのも大変だから……」
残虐非道だけど仲間想いなのはエムだけじゃない。スコールもオータムもどこかで仲間を大切にしてる。
それが世界のすべてを敵に回してるからなのかそれとも元からの性格なのかは分からないし知る必要もない。
もう私はこの人たちを裏切っているから。
「キャサリン……あなたの目的もそろそろ達成されるわね」
「そうね」
「そのあともここに籍を置くかどうかはあなた次第よ」
「うん」
「どっちの選択をしても私たちは受け入れるわ……」
本当に……裏切るの?
正直に言えば機業は、学園よりも居心地がいい。
今ここで不破アリサの計画を全部話してしまえば自分の居場所をここに定めることができる。
学園でゼロから始めるよりもよっぽど楽だし、なにより学園の生徒たちが私のことをどう思ってるか分からないのに……でも、それは言えない。
彼らに告げた私の目的は学園に復学することと両親たちの束縛から抜け出すことだから……
でも――
「スコール――」
私がなにを言おうとしたかは分からない。
スコールに視線で口を閉じさせられた瞬間に真っ黒なISが屋上に続く階段から飛び出してきたから。
「お迎えが来たようね?」