Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
「えっと、キャサリンさん……だよな?」
「……そうよ」
恐る恐るといった様子で話しかけてくる織斑君はまるで初対面の全く知らない人に話しかけるみたいな態度だった。
「ううん……」
実際、織斑君は私のことを知らない。そんなのはずっと前から知ってる。
代表候補生のうちの誰かと付き合うことだって予想できてた……私も彼のことは好きだったけど戦う前から勝負が決まってたっていうのはこのことね。
だから、最初から遠くから見るだけで満足だった。
そして五月、また新しい男子――本当は女だけど――が現れて……そんなのには興味なかった。
でも、私が近付きたかった織斑君の隣に座る不破アリサが何かとその転校生を気にしているのを知って無性に腹がたったのよね。
それで二人の間にある確執を知って……それを広めた。
織斑君と転校生の両方にいい顔をするなんて許せない……本当は普通のことなのに当時の私はその事に憤ってた気がする。
私も、恋してたのね。
「織斑君……王冠をちょうだい」
「ああ、分かった」
断られる可能性は高いけど覚悟を決めてお願いする。でも予想とは大きく違ってすんなりと話は通った。
どういうこと?
織斑君としては彼女に王冠を渡したいんじゃないの?
頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くされてる間に織斑君が王冠を少しいじってから座っている私に合わせて屈んだ。
私とこんなに身長差あったのね……
遠くから見ていたときには分からなかったことを知って少しドキドキしながら王冠に触れる。
「頼む……一思いにやってくれ!」
「へ?」
なんのことかと聞き返してみれば、なんでも王冠には特殊な仕掛けがしてあって王冠をとられると織斑君に電流が流れる仕組みになっていたのだとか。
「不破さんに解除方法は教えてもらったけど正しい手順だったのか分からないし…だからバッと! ババッととってくれ!」
「う、うん……」
とられると電流が流れるって……いったいどういう理由でそんな仕掛けを仕込んだのよ。
だいたいその解除方法を知ってるなら――
「え?」
「お……と、取れた……ふぅー、絶対何日か寿命縮んだ」
不破アリサに教えてもらった……?
織斑君と彼女はどうやってか連絡をとって……だから織斑君がここに来ることも知ってて、そして織斑君も大人しく王冠を私に取らせてくれたんだ……
「でも二人は仲がいいんだな。不破さん、学園の外に友達いないんじゃないかって思ってたけど……」
「私と……この子が? そんな風に見える?」
言外にそんなことないと匂わせながら変なことを言う織斑君を上目で睨み付ける。
私と不破アリサは不倶戴天の敵……今は私益のために利用し合うだけの関係よ。
「いや、膝枕してるし……」
「こ、これは……!」
本当に死んでもおかしくないくらい青い顔してたからで別に地面がゴツゴツしてて痛そうとかせっかく綺麗なピンク色の髪の毛が汚れたらもったいないとかそういうのは全然ないのよ?
ってこの髪、地毛じゃなくて染めてたのね……なんてことはどうでもよくて!
「……織斑君、私のことなんて聞いてるの?」
「え? どうしてもIS学園に入りたがってるから王冠渡してあげてってくらいだな。ああ、もちろん部屋は俺と別になるはずだから安心してくれ。多分不破さんと同じ部屋じゃないかな」
「そ、そう」
たしかに今さら織斑君と同じ部屋なんかにされても緊張して体調崩しそうだけど……というか私とこの子が同室になるのまで計画のうちみたいね。
実際、そうなれば私としても不破アリサの情報がほしい機業からは大事にされるだろうし、逆にこの子としても人目を気にしないで私から機業の話を聞ける……そういうことね。
「まぁ、とりあえず鈴と不破さんを保健室に運ぶか」
「えと、その……」
「ああ、大丈夫。二人とも俺が持つから」
二人一気に……?
どうやるのかと思ったら最初に凰を背負ってから更に不破アリサを背負い上げた。
間に挟まれるのはかなり苦しいんじゃないかと思うけど……まぁ、胸ちっちゃいから平気なのかも。
「じゃあ織斑君は私のために恋人を裏切ったんだ」
「え? いや、裏切ったとかそういうわけじゃ……いや、裏切ったのか?」
「冗談よ」
多分、凰と同じ部屋になれるっていう結末が同じだったから一人分の願がついでに叶う方を選んだだけ。だって彼には私のことを気にする理由がないから……こんなのは私のためなんていえない。
ただ断る理由がなかったから……もしかしたら不破アリサが必死だったから……その程度。
まあ私の事情を知ってるわけじゃないんだから当然ね。
それでも惚れてた相手に存在すら関知されてなかったっていうのは思った以上にショックなものね。
噂を流して退学にされたなんて知ってたら協力してくれなかっただろうけど、それでもあの時は織斑君がなんらかの感情を私に向けてくれるって思ってた。
「ほんと、バカね」
私の自嘲は織斑君の耳に届く前に風に吹かれて消えた。
◇
「ん……む……」
「鈴ちゃん!?」
「なによ……うるさいわねぇ……」
「あ……ごめんなさい……」
そう、ですよね……私は鈴ちゃんを裏切りました。
だから、私が鈴ちゃんを心配していても、鈴ちゃんが私のことを許してくれるかは別問題で……
「あと五分……」
「へ?」
「……すぅ」
鈴ちゃん、寝ぼけて……?
いえ、さっきのが寝ぼけていたからだとしても鈴ちゃんは怒っているはず……都合よく進むなんていうのは物語の中だけで、現実には何かを成し遂げるには相応以上のナニカを犠牲にしないといけないんです……
「織斑君、鈴ちゃんをお願いしますね。私はこれから楯無先輩に話をつけてきます」
「ああ、頑張ってな」
「はい……ありがとうございます」
……純粋に上手くいけばいいと思ってくれている織斑君。
それは本当の事情を知らないからで、下手したら私だけではなく学園生徒全員が危険に巻き込まれる可能性があると知ったら……
でも、誰にでも本当のことを教えられるわけじゃないんです。
「キャサリンさん……行きますよ」
「はいはい」
最後に鈴ちゃんの寝顔を一瞬だけ覗き見て足早に保健室から退出しました。
外の様子からすると織斑君の王冠がすでにキャサリンの手の中にあることは気付かれていないみたいですね。
織斑君は保健室に来るまで誰にも気付かれなかったのでしょう。私にとってはラッキーでしたね。
「織斑君、怒ってたわよ?」
「……私はどれくらい気絶していましたか?」
「もう動揺しないのね。つまらない子……気絶してたのは十分くらいよ。まったくどういう身体の構造してるのよ」
丈夫な身体は圓明流の特訓による産物でしょうね。多少の不調も我慢できますし。
「悲しいですけど動揺はしてません。覚悟を決めた結果ですから」
「ふぅん……アンタにあるかどうかも分からない危険を怖がらないで我慢するっていう覚悟があればこんなことをする必要もなかったのにね」
「シャルが傷つくのは怖いんです……」
もちろん、セシぃや鈴ちゃんにだって怪我してほしくないです。
でも、シャルに対する気持ちはそれ以上だから……仕方ないと思うしかありません。
「一生そうするつもりなの?」
「……」
「一生そうやって過保護に守るの? 目の前に石があったら問答無用で蹴飛ばして、工事現場には近寄らないようにして……ああそうね、外には殺人犯がいるかもしれないから家に軟禁しないとね?」
「バカに、してるんですか……?」
キャサリンさんの指摘に半論しようとした声はかすれていて、本当に辛うじて声になったと、そう言っても差し支えのない弱々しいものでした。
だって……図星だったんですから……
許されるならシャルは家から一歩も出ないでもらって窓にも鉄製の雨戸と鉄格子を、扉にはたくさんの鍵をつけてしまいたいくらいなんです。
私以外の誰もシャルの存在を知らなければシャルが危険な目に遭うことはないはずですから……
でも、そんなのは普通じゃないから……シャルが幸せじゃないから……
「それだったら、世界を変えるしかないじゃないですか」
「どうやって?」
「殺人犯が外にいるから引きこもるんじゃなくて、外に出ても平気なように私が殺人犯を殺せばいいんです……それならシャルが我慢する必要もないでしょう?」
病的だって言いますか?
恋じゃなくて狂気だと思いますか?
「でも、シャルには笑っていてほしいんです。シャルがこれ以上辛い目に遭う必要はないんです」
「……恋人を庇って怪我をして、恋人の代わりに他人を傷つけて、それでいいの?」
「大事なのは私の気持ちじゃなくてシャルの幸せですから」
シャルが笑っていられる未来を創るためには私のことなんて気にしていられないんです……!
私のことはシャルが幸せになれてから考えればいいんですから。
「未来で彼女が笑えるように……?」
「そうです。この話しはもう終わりです」
生徒会室に到着しましたからね。
「今、笑えてないのに……」
「なにか言いましたか?」
「なにも言ってないわ」
……私は間違っていませんよね?
今はまだ形になっていないから周りの方々が理解できていないだけで、全てが終わった頃には皆、よく頑張ったねって、そう言ってくれるはずです。
「……失礼します!」
「やぁアリちゃん……何か用?」
会長用の椅子に座り足を組みながら扇を扇いでいるのは当然IS学園の会長である楯無先輩。
その表情はいつものように悪戯そうな笑みで……私の動きに気づいているのかいないのか判断がつきません。
もちろん、どちらにせよ私がやることは変わらないのですけど。
「織斑君の王冠は奪われました」
「へっ?」
「……そして奪ったのは鈴ちゃん――鳳鈴音ではありません」
意外そうな顔の先輩……でも、やっぱり気付いていたんですよね。
先輩は素直じゃありませんから。まあ、これも勘としか言いようがないですけどね。
「奪ったのはここにいるキャサリン・ジェファソン。三ヶ月ほど前に学園から退学にされた元生徒です」
「ふぅん……それで?」
「王冠を奪った人は会長権限で織斑君と同室になれる……でしたよね?」
「その子を再編入させろってことかしら?」
開いた扇で鼻から下を隠す先輩。
目は笑っていますが……感情は読み取れません。
「……そうです」
「たかが生徒会長にそんなことできると思う?」
……たしかに生徒会長では難しいでしょう。
「でも、更識の楯無であるあなたなら……出来ないわけがありませんよね?」
現在、裏の中で最も表社会に対して強い発言力を持つ家が更識家。
常に時代の闇へと潜み半ば伝説化された不破とはまた違うスタンスの暗部なのです。
「更識に得はあるのかしら?」
「さぁ……不破は暗部間の繋がりから離れて久しいので得かどうかは分かりませんね」
「それ、暗部の中の一部にちょっかいかけるってこと? その子を学園に戻すことで?」
話が早くて助かります。
私があまりキャサリンさんの立場を先輩に話したくないのは更識家と亡国機業の関係が読みきれないからです。
もし両者が協力関係にあるなら下手に亡国機業を敵に回すことを言ってしまったら私の計画は頓挫してしまいますからね。
「更識の立場は対暗部の暗部。表に影響を与えすぎた裏の人間を消すための存在よ」
「……なら、更識にとっての目の上のたんこぶをどうにかできるでしょう」
「なら、生徒会長として聞くけど……学園生徒に危険はあるの?」
学園を守るものとしての質問……多分、先輩にとってはこっちの方が大事なことなのでしょう。先程よりも眼光鋭く私を観察しています。
嘘なんてすぐに分かるぞ。
まるでそう言われているようで……嘘なんてつきませんけどね。
「あります」
「どれくらい?」
怒るでも呆れるでもなく、ただ真剣な眼差し。
「さぁ……最低でも二人、最高で全員です」
無関係の生徒が巻き込まれる可能性はいくらでもありますからね。
計画が失敗しない限りは誰にも被害は出ないはずなんですけど……
「どれくらいは覚悟してるの?」
「……私が孤独になることは覚悟してます」
今はまだもしかしたらですけど機業の動きによっては私は――そちらの方が私にとっても都合がいいですしね。
大丈夫……生きている限り可能性は潰えません。シャルにだって一度は本気で憎まれていたのに今では好き合えてるんです。
シャルが、本当に私の運命の相手なら……最後は一緒にいられるはずです。
しばらく見つめあっていると先輩が扇をたたんで嘆息しました。
「分かったわ……その子の再編入に関しては黙認します。でも私だけの力じゃ無理よ?」
「ええ、ですから織斑先生に協力してもらって理事にも掛け合います」
「一筋縄じゃいかない相手よ?」
「ええ、分かってます」
初代ブリュンヒルデの織斑先生はもちろんのこと、理事だってかなりのやり手なのは知っています。
見た目は感じのいい人ですけど……世界中からISを操縦できる子供を招いて人質にできるようにしている一面もありますからね。日本が出している運営費とは別に諸外国から寄付を募っていても不思議ではありません。
もちろん代表候補生を送った国からはコンスタントに寄付金を送られているのですけどね。
誰だって自分の国の候補生を送る場所にはいい設備が揃っていてほしいものですから。
「それでは失礼しますね」