Plongez dans le "IS" monde.   作:まーながるむ

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「少女の願い」(たくらみ)


14. Le souhait d'une fille est une ruse.

「ったく……あのバカどこにいったのよ」

 

 こっちの方で見かけたっていうのはきいたけど……一夏も私にわかるような場所にいなさいよね!

 それにプライベート・チャネルも繋がらないし……

 

「それに、さっきのシャルロットのなによ……?」

 

 アリサが私の邪魔をする、みたいな感じだったけど……まさかね。

 だってアリサは今までずっと応援してきてくれてたんだから今回もきっとそう。

 シャルロットを疑うわけじゃないけどアリサが私と一夏の邪魔をする理由もよく分からないし……

 

「きっと何かの間違いよね」

 

 親友……だもん。

 よりによって一夏のことでなにかするとも思えないし……信じさせてもらうわよ?

 

『鈴さん、一夏さんを発見いたしましたわ』

「場所は?」

『ええ、第四校舎の裏手、ちょうど――っあ』

「ちょ、セシリア!?」

 

 短い叫びとともにセシリアの声が聞こえなくなる……ダメね、切れてる。

 一応こっちからプライベート・チャネルを介してコールバックしてるけど……やっぱり出ない。

 プライベート・チャネルが途切れる原因は二つしかない。ジャミングをしかけるか使用者を直接気絶させるか……さっきの様子だとノイズも警告もなかったから後者の可能性が高いわ。

 ……でも、セシリアだって代表候補生の一人。一通りの訓練は受けてるし、まして候補生がプライベート・チャネルでの会話に夢中になって注意力散漫になるわけがない。

 それでも一瞬で気絶()とされたなら、私には相手が二人しか思い浮かばない。

 生徒会長と……アリサ。

 

「……本気で邪魔しようっての?」

 

 でも変ね。

 シャルロットとセシリアは全くの逆方向にいて、一夏の居場所をつかめてないアリサが開催場所である第四アリーナ(ここ)より先にセシリアのところに行くはずがないんだけど……

 

『鈴! 一夏は第二訓練室の近くに隠れている!』

「ラウラ!? それホントなの!?」

『ああ、間違いない!』

 

 どうしてよ!?

 セシリアの言ってた場所とは全然違うじゃない!

 もしかしてラウラもアリサ側に……?

 ううん、誰か一人の裏切りを考えるならセシリアだって怪しい。シャルロットがアリサを見たってのも疑わしいし……!

 

「もういいわ、私が動けばいい話よね」

 

 アリサ、なにがしたいのか分からないけど覚悟なさいよ?

 

 ◇

 

「ふぅ……亡国機業の名前は強いですねぇ」

「あなた、何したのよ?」

 

 フランス本部と連絡をとっていた私にキャサリンさんが疑いの表情を向けてきます。

 まあ、なんというか念には念を、というやつですね。

 さらりと亡国機業のことを話題にしていますが盗聴器についてはカゲロウを取り戻した瞬間にちょっとした小芝居をうって破壊しました。

 学園の至るところに盗聴機やカメラが仕掛けられていたのでそれを破壊するという目的で精密機械を狂わす程度の電磁波を放ったんですよ。

 幸い盗聴機などはそれなりに仕掛けられていましたしね。

 むこうからすればキャサリンさんの正体が気づかれたのではなく不運にも巻き込まれて壊されたと考えているはずです。

 

「フランスからイギリスとドイツにたいして協力要請を出しました」

「は?」

「亡国機業がいる可能性が高いので現場にいる候補生……つまりセシぃとラウラさんの指揮権を一時的に下さいという風に」

「なんでそんなことが……」

「こういうのは言ったもん勝ちですから」

 

 その代わり、被害が出た場合はフランスがかなりの責任を追うことになりますけどね。

 それに亡国機業が動き出してからだと遅いですし。

 まぁ、今はその指揮権を私用に使わせてもらってますけどね。

 

「今回、鈴ちゃんに王冠を取られては不味いんですよ」

「どうしてよ? 私を二重スパイにするって言えば学園も受け入れるんじゃないの?」

「それだといろんな人にそれを教えないといけませんからね……スパイの情報を知る人が少なければ少ないほどバレる危険は少ないんですよ。何よりあなたに求めているのは私と機業の二重スパイ。学園には関わってきてほしくないです」

 

 仮に教えるとしても織斑先生に学園理事長、そして楯無先輩ですね。いずれも各界に影響力を持っている人たちですから。

 IS学園ではこの三人を味方につけていればどうとでもなるでしょうしね。

 

「それなら余計に王冠はいらないじゃないの。生徒会長に私の正体を話すのは問題ないんでしょ?」

「ええ、ですがそれだと私が困ります」

「なんでよ?」

 

 ……仮に楯無先輩の予定通りに鈴ちゃんが織斑君から王冠を奪った場合、鈴ちゃんが織斑君の部屋に移り、空いた私の部屋にシャルが来ることになるでしょう。

 それはそれでとても魅力的なのですが……遅かれ早かれ亡国機業に対して私個人が明確に敵対することになるのでシャルが同室なのは非常に危険です。

 そしてもう一つ、キャサリンさんが織斑君と同室の権利を得たあとで鈴ちゃんと部屋を変えれば私とキャサリンさんが同室になります。

 キャサリンさんが二重スパイであることは誰にも気付かれてはいけないのでこれほど都合のいいこともないでしょう。

 

「でもそんなにうまくいくかしら?」

「いかせますよ」

 

 自信がなかったら、こんな皆さんに嫌われても仕方のないことできません。

 絶対の自信があるから、昔の私みたいになってしまう恐ろしい未来にも正当性を見出だせるんです。

 結局、私にとってシャルとの未来は二の次で、一番大事なのはシャルの未来なんですよね。

 私が泥をすすって生きることになってもシャルが幸せならそれで構いませんから。

 

「でもバカよね。知らないふりしてても平気なのに」

「シャルが巻き込まれる可能性があるだけで私には怖いんです」

「うわ、真性ね」

 

 体を引きつつ蔑むような目でキャサリンさんが私を見ます。

 お姫様抱っこをしている相手にドン引きされるってなかなかレアな体験だと思いますよ。

 というかキャサリンさんはそんな日本語をどこで覚えてきたのでしょう?

 

「だからキャサリンさんにも命をかけてもらいますよ?」

「……分かってるわよ」

「それでいいです。あなたを亡国機業とIS委員会から保護する代わりなんですから」

 

 亡国機業は無法集団ですから捕まったスパイなんて口封じに殺してしまうでしょうし、IS委員会も亡国機業の構成員には法と正義の名の下に拷問することを躊躇いません。

 私からしてみればどっちもどっちなんですよね。

 

「でも私の立場を織斑先生に言うんでしょ? それに生徒会長にも」

「ですね。きっとスパイを確保したと言って国単位の相手に協力を求めることもあるかもしれません」

「じゃあ結局バレちゃうじゃない」

「いえ、信用できる相手にしかキャサリンさんに繋がる情報は言いません。実際、私は誰にもキャサリンさんがスパイだとは言っていないのに候補生達を動かしているでしょう?」

 

 なによりそんな沢山の人にキャサリンさんが二重スパイだって言い触らしたら亡国機業に伝わるのも時間の問題です。

 そうなるとキャサリンさんはまず間違いなく殺されてしまうでしょうから……嫌いな人でも死んでいいというわけではありませんしね。

 

「極力、キャサリンさんが危険な目にあわないように気を付けます」

「なによいきなり気持ち悪いわね……二重スパイなんて最も危険なことだって教科書にも載ってるわよ?」

 

 確かに、最初から危険なことですね。

 いつ自分が裏切り者だとバレるかも分からないのに、それでも相手と会わないといけないんですから。

 それでも、可能な限り危険は減らしたいからキャサリンさんは私と同室の方がいいんです。

 それに心情的な理由だけでなく、論理的に考えてもキャサリンさんに死なれるわけにはいきませんし。

 

「今度、いいもの用意しておきます」

「本当にいいものなんでしょうね?」

「それはもう」

 

 でも、この話はここまでです。

 第四アリーナの裏手に降り立った私たちの目の前には赤黒い機体。

 中国の第三世代機・甲龍――模擬戦ではほとんど負けたことのない相手。

 

「あぁ、鈴ちゃん……なんで、当たりの道に来れちゃうんですか……私が敵に回っているのは分かっているんですよね?」

 

 ……会いたくなかったんですよ?

 会わない方がお互いに幸せだったんですよ?

 

「恋人の矜持に懸けて、誰よりも早く一夏を見つけ出す役目は譲らないわよ」

「……ラウラさんとセシぃに嘘までついてもらったのに」

 

 結局、皆を裏切っているように思われてしまったでしょうね。

 それでもいいんです。

 上手くいけば皆も認めてくれるでしょうから。今はまだなにも言えませんがいつかきっと……

 

「だから、ごめんなさい」

「……そう。なら、私が立たなくなるまで戦うしかないわよ?」

「ええ、最初からこうなるんじゃないかとは思っていました……」

 

 キャサリンさんに降りてもらってからカゲロウを展開します。

 エネルギー量、センサー感度、兵装状態……オールグリーン。

 いつだって、最後にものをいうのは力です。目的が正しかろうが間違っていようが力の無い者にはなにもできません。

 

「鈴ちゃん、本気で来てください。私も全力を出しますから」

「言われなくてもっ!」

 

 空間圧作用兵器『龍砲』――その見えない弾丸が空気を押し退けながら私に迫ってきます。

 でも、カゲロウのセンサーからもたらされる情報の全てを二つの思考で処理している私には見えているも同然です。

 たった半歩。

 それだけで、避けるには十分です。

 

「まだまだ!」

 

 二発、三発と連続して龍砲が放たれますけど結果はなにも変わらず、背後の木々や地面が抉られるだけです。

 甲龍を第三世代たらしめているのは中距離戦術兵器の龍砲ですが機体スペックはむしろ近接戦闘型です。

 それを知っている鈴ちゃんがそれでも近付いてこないのは近接戦闘では私に分があるから……だから龍砲が当たらない時点で鈴ちゃんに勝ち目はありません。

 模擬戦でも鈴ちゃんに負けることはありますが、それは鈴ちゃんがあらかじめ考えた作戦がはまるかどうかで決まります。

 こんな突発戦では鈴ちゃんは私には勝てません。そんなことは、ほかでもなく鈴ちゃんが一番知ってるはずなのに。

 それでも攻撃してくる鈴ちゃんの顔には諦めなんて全然なくて……

 

「なんでっ! かかって! こないのよっ!」

「鈴ちゃん……無駄、なんですよ?」

「そんなのやってみなきゃ分かんないじゃない!」

 

 やらなくたって……

 

「私だって、アリサがなにしようとしてるか分からないから! だから、せめて覚悟だけでも確認したいのに!」

「……っ!」

 

 覚悟。

 私の覚悟は……決まってたんじゃないんですか?

 シャルに嫌われても、皆を怒らせても、それでもシャルの周りが安全であることを優先するって決めたんじゃなかったんですか?

 それなのに、鈴ちゃんを自分の目的のために叩き潰していいのか迷うなんて……できれば戦いたくないなんて、鈴ちゃんの気持ちになれば叶うわけ無いことだって分かってたのに……

 

「私の覚悟は――」

「……来なさいよ」

「――誰にも折らせません!」

 

 塩の都の大火(ウリエル・ジャッジメント)の炎弾と榴弾を地面に数発撃ち込んで煙幕を作り出します。

 無秩序にばら撒かれる火炎と金属塵はISのハイパーセンサーの感度を著しく下げるための特別製。無意識にハイパーセンサーを頼っている操縦者にとってはいきなり暗闇に放り込まれたようなもの……だから、この場は私の独擅場になるんです。

 

「いい反応です」

 

 鈴ちゃんはセシぃの次くらいに私の戦い方を知っています。

 だから、すぐに近接戦闘に対応できるよう二刃を連結した双天牙月を構えました。

 

「でも、ごめんなさい……」

 

 本気で勝ちにいく気ですから……鈴ちゃんが気絶(おち)るくらいの攻撃をさせてもらいます。

 背中に展開したスラスター一体型の爆撃兵器――ヴェンギルガルム(翼狼狩り)ハントを展開してその翼を構成する半透明の菱形のスラスター一体型ビット(羽根)を広げました。

 

「いきますよ……?」

 

 背中から突き出た八面体は爆弾の格納庫。

 そこから数十個の小型爆弾を地面に落とし、その爆風を受けながら瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使って鈴ちゃんに接近します。

 その速度は瞬間的に秒速千メートルを超します。

 音の三倍というスピードは二十メートルもない距離を詰めるには十分すぎて、鈴ちゃんが反応するより早く甲龍を掴み、地面に叩きつけることができます。

 きっと、カゲロウのハイパーセンサーと私の並列処理(マルチ・サーキット)がなければ私自身、このスピードをもてあましているでしょう。

 

「かぁっ……!」

「まだ、です」

 

 さらに、ビット郡を散開、その対爆装甲面を内側にして甲龍だけを包み込み、その内部に忍ばせた爆弾を起爆……抑え込まれた爆風は幾重にも甲龍を叩き、押し潰します。

 塩の都の大火(ウリエル・ジャッジメント)と爆風によって立ち込める煙が晴れる頃には地面に倒れる鈴ちゃんと、その前で跪く私がいるだけでした。

 せめて日射病にはならないようにと鈴ちゃんを抱えて日陰へと向かう私の背中にキャサリンさんが声をかけました。

 

「……親友にも容赦しないのね」

「親友だから……本気で受け止めてもらったんですよ」

 

 きっと鈴ちゃんはこうなることも分かってて、それでも私のプランに乗ってくれたんでしょう。

 もし覚悟を問われずに、ただ私を責められていたら私は今も鈴ちゃんを前に悩んでいたでしょうから。

 

「じゃ、次はどこに行けばいいのよ?」

「ここに、いてください……織斑君が、来るはずですから……王冠を受け取ってください……」

「は? 受け取ってって……それより顔真っ青じゃない! 平気なの!?」

「嫌いな相手を、心配できるのは……素敵ですね」

 

 私には……きっと――

 

「あのねぇ……辛そうな相手にさらに苦痛を与えられるならそれは嫌いじゃなくて憎いって言うのよ……で、大丈夫なの?」

 

 私に仕返ししようと亡国機業にまで入ったくせに……

 

「……さすがに、急加速でマッハ三というのは駄目っぽいです……ISでも軽減するのがやっとみたい……」

 

 空気の壁にぶつかるのは外部からの衝撃なのでシールドエネルギーで受け止められましたが慣性の法則による体内への圧力は殺しきれないんですね。

 うぅ、吐きそう……

 

「とにかく……キャサリンさんは王冠を受け取って下さい……でも、そのあとも私から離れないで……」

「分かったわよ。でも織斑君にあんたを保健室に連れていってもらうのは構わないわよね?」

「お願いできるなら……」

「はぁ……だから、そこまで人非人じゃないわよ……」

 

 キャサリンさんは大した人非人だと思いますけどね……

 

「それに、話してみれば――」

 

 あ、も、だめです。

 脳への過剰な負荷で意識が……キャサリンさんが嬉しいことを言ってくれている気がしますが幻覚かもしれません……

 起きたときも平和なら良いですね……

 少し、休みます。


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