Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
紅茶に砂糖と血を混ぜたようなかおり
「おらぁ! 静かにしやがれ!」
ゴリっと私のこめかみにハンドガンの銃口が押し付けられます。
普通は怯えるところなのでしょうが……髪の毛を通して伝わる冷たい鉄が震えているのを知り、むしろ落ち着いてきました。
大丈夫、相手は人を殺したことのない人間。殺すことに躊躇を覚えている人間。
それならば私が何かの拍子に殺されるということもなさそうです。
「こいつの脳ミソぶち撒けられたくなかったら全員携帯電話を床に置け! あと車を用意しろ!」
金銭を要求しないということは単純に車、つまり移動手段が欲しいということですね……ということはすでに何らかの犯罪――強盗とか――を実行した後なのでしょう。
うーん……そういう時は一種の興奮状態に陥って普通ならできないような行為を平気で行う可能性もありますし……ちょっとヤバいかもですね。
ISの絶対防御は流石束さんと言うべきかかなり優秀で、この密着した状態から放たれた弾丸でも受け止めます。
もちろん衝撃で首の筋を痛める可能性はありますけど死にはしません。
問題は、今現在私はカゲロウの待機携帯であるアンクレットを身に付けていません……候補生以外は例え専用機を持っていたとしても学校外への持ち出しは認められていないのですが、それは形骸化しているので無視しています。
ですが……着替えるときにシャルに預けてしまっていて……
「兄貴、安全装置外さないと」
「バカヤロ……! わ、分かってるに決まってるだろ!」
サブマシンガンがリーダーに小声で伝えたのを耳にして間が抜けていると呆れたのも一瞬のこと。
耳元でカチャリという音が聞こえ、ゾクリと背筋が冷えます。
あとは引き金を引くだけで私の命は簡単に消えます。
「でも、この程度の命のやり取りならまだ……」
「あぁん!? なにブツブツ言ってやがる!? 女みたいな髪の毛しやがって!」
「うぁっ……!」
あまり怯えていないのが気に触ったのでしょうか。髪の毛を掴まれ上に引っ張られました。
これは……本当に刺激しない方がいいかもしれません。
ふと、無意識にシャルを探せばネックレスを握って青い顔をしています……私がカゲロウを身に付けていないことに思い当たったのでしょう。
やがて、私と目があったシャルが瞬きを独特のリズムで繰り返します。
『アリサ! 今助けるから!』
瞬きや手の動きによる意志疎通……私も訓練の一環で覚えさせられました。
ですが……
『ダメです。私は平気なのでシャルはさりげなく一般人を遠ざけてください』
『そんな……』
『……これは、ISを持っている私達への義務です。保身よりも先に一般人に類が及ばないようにしてください』
そうする代わりに、兵器の個人管理が認められているのですから……本当に人質が私でよかったです。
ですが、この状態をどうやって脱しましょう……もちろん私とシャルだけが無事でいいなら簡単です。隙を見計らえば私一人でこの人たちも倒せますから。
ですが、他の人たちに怪我をさせる可能性があります。それもハンドガンならまだしもサブマシンガンとショットガンは範囲が広いのでシャルがラファール・リヴァイヴ・カスタムを展開しても全員を守ることは難しいでしょう。
なにか、きっかけが必要です。
「あー、犯人一味に告ぐ――」
これは……ダメです。
かえって犯人グループから正常な判断能力を失わせる原因になりかねません。
ちらりと窓の外を見れば警官隊がライオットシールドを構えて包囲網を形成しているようです。
「ど、どうしましょう兄貴! このままじゃ、俺たち全員――」
「うろたえるんじゃねぇ! 焦ることはねえ。こっちには人質がいるんだ。強引な真似はできねえさ」
逃げ腰だった二人がリーダー格の一喝で自信を取り戻したようですね……パニックに陥られるよりはましかもしれませんけど――
「へ、へへ、そうですよね。俺たちには高い金払って手に入れたコイツがあるし」
背後でひびくジャキっといつショットガンのポンプアクションの音。
次の瞬間、その銃口が天井に向けられ散弾を吐き出しました。
「きゃああああ!」
ッパァン!
「大人しくしてな! 俺たちの言うことを聞けば殺しはしねえよ。わかったな?」
悲鳴を上げた女性客をリーダーの男がハンドガンの一発で黙らせます。
その瞬間、私に向けられていた銃がなくなったのですが、動く前に脇腹にサブマシンガンが突き付けられ、結局動けませんでした。
……サブマシンガンの方はかなり冷静なようですね。
再び私の頭にハンドガンが向けられると、サブマシンガンもお客さんたちに向け直されました。
「おい、聞こえるか警官ども! 人質を安全に解放したかったら車を用意しろ! もちろん、追跡者や発振器なんかつけるんじゃねえぞ!」
今度はショットガンが窓から外に向けて放たれました……幸い怪我人はいないようですがかなりパニックになっています。
「へへ、やつら大騒ぎしてますよ」
「平和な国ほど犯罪はしやすいって話、本当っすね」
「まったくだ……それにこの店の立地も警官達の動きがよく見える。急場で仕入れた情報にしては上々だな」
……この人たちの言う通り、状況は彼らに味方しています。なにか、運よく風向きが変わらない限り――
かたん
「……!」
物音はお客さん達の方から。
床を見ながらの思考を中断して顔を上げると伏せている人々の中で唯一シャルが立ち上がっていました……一体何をする気ですか!?
「あ、の……僕を人質にしてください」
「な、なにを……!」
最初は、何か策があるのかと思いました。
でも、シャルの目は諦めているように見えて……私の身代わりになる気ですか?
「おい、勝手に動くんじゃ――!」
「まぁまぁ、兄貴、いいじゃないっすか。あの子、見た感じコイツと良い仲みたいだし、目の前で犯してやればいいんじゃないですか?」
犯し、て……?
シャルが、私を守るために……?
「何言ってるんだお前?」
「だって可愛いですよ! それに穴だって三つあるんですから同時にできるじゃないですか!」
「ふん、まあいい。喉も乾いたしな……そこの金髪の女! 水汲んできたら服を脱げ。いいな?」
「……はい」
穴……?
嫌です……そんなの……ダメですよ……
シャル、男性経験ないんですよ……?
それなのに一度に全部犯されたら、壊れちゃいますよ……私のシャルが、壊れちゃいます……そんなの、絶対にダメだから……
「待ってください……!」
「あん? 男なんてどうでも――」
「私も、女です……! 犯すなら私にして……!」
シャルに辛い思いをさせないでください!
私なら……私ならどうなってもいいですから……痛いのも、恥ずかしいのも我慢しますからシャルじゃなくて、私に……
「ほぉ、女なのか……」
「は、はい……」
「じゃあ脱いでみろ。下着も全部な」
「ぁ……ぅ……はい」
ジャケットを脱ぎ、リボンタイを解き、ワイシャツのボタンを半ばまで外して私のブラジャーが見え出した時になってようやく彼らは私が女だと言うことを信じたようです。
きっと、下も脱げと言われて確認されるのでしょうけれど、それでもシャルが救われるなら平気です。
……でも、また、シャルの愛情が信じられなくなるでしょうね。自分から他の男の人に体を預けた女なんて……きっと、私はそう考えます。
どうして、私とシャルの間にはこういうことばかり起きるのでしょうか……?
これでは、まるで私と付き合うことがシャルを不幸にしているみたいじゃないですか……!
「アリサ……!」
「おっと……向こうから飛び込んできましたけど……兄貴、犯ってもいいですよね?」
「好きにしろ」
飛び込んできたシャルがショットガンを握った男に抱き抱えられました。
シャル、どうしてこっちに来ちゃうんですか!
これじゃあ、私もシャルも一緒に犯されちゃうじゃないですか!
私、そんなの見たくないのに……
「親友を庇い合うってか? それなろお望み通り一緒に並べて気持ちよくさせてやるよ」
私だけ、私だけにしてくださいよ……!
「しゃ、シャルなんかじゃなくて私に三本とも下さい……! ま、前だけじゃなくて、口も、お尻の穴も使っていいですから、わ、私だけを、気持ちよくしてください……!」
シャツを脱いで、スラックスも膝まで下ろしましたが羞恥なんて感じている暇はありません。リーダーの男の手を両手で掴み私の下腹部に……シャルにしか触らせたことのない場所に導きます。
あぁ……シャル以外に触られてしまうようです。
気持ち悪い……胃の中のものを全部吐き出しても治まりそうにない嘔吐感がお腹の中をグルグルとしています。
それでも、シャルが犯されるよりは――!
「って、エロいこと言ってるけど俺としてはそっちの方が好みだな。なんか頑張ってるけどまな板だし、なによりそんな傷見せられちゃ勃つものも勃たねえよ……で、どうする?」
ショットガンを手のひらで弄びながら男がシャルにしか無遠慮な視線を向けます。
……私のシャルをそんな目で見ないで下さい。
そう言うことも、実力行使で沈めることもできずに、ただ、私は目の奥のつんとした痛みに耐えるだけ……
「いいよ、僕を犯しなよ」
また、この傷跡なんですね……?
この傷跡のせいでシャルを守れないなんて……
「ほら並べ! 仲良く一緒に犯してやるよ」
私とシャル、それぞれが窓際のテーブルに向かって押されます。
外には警官隊の他にも野次馬などがいて……半裸の私に目を剥いています。屈辱的ですけど、シャルに向けられるはずだった下衆な視線の何割かを受け持てたと思えば悔しがることもありません。
男が背後から私のお尻に手を這わせつつ、もう片方の手でシャルの着ているメイド服のエプロンをずらします。
今なら、この男は丸腰……ここで形勢を逆転させることも――いえ、サブマシンガンがこちらに向けられていました。
いざとなったら私たちを犯そうとしている仲間ごと射殺するとでもいうように油断なく銃を構えています。
「待って。最後にキスくらいさせて」
「は?」
「僕達恋人だって……親友とか、変な勘違いしないでね」
あぁ、最後……最後ですって。
そうですよね……互いにレイプされてしまったら私たちの関係も終わるでしょう。
きっとシャルも、私と同じで他人に汚された身体なんてみられたくないでしょうから。
「まぁ、余興にやらせてみましょうよ兄貴」
「勝手にしろ」
興味ないようなことを言いながら目は私たちから離れません。
内心では興奮しているのがバレバレです。だから男なんて……
「アリサ……」
「シャル……今までありがとうございました」
「ううん、僕の方こそ……」
ゆっくりと、お互いの顔を近づけていきます。
もう、笑っちゃいますね。
今日って初デートだったんですよ?
それなのに失敗続きで、でも、まだいつか笑えるようなものだったのに最後の最後でこれです。
私なんて見せたくもない傷跡を晒して、守っているはずの男性客からも視姦されて……
そんな怒りにも似た感情はシャルの唇と舌に溶かされて……その熱さだけを互いに交換します。
「ん……ふむ、ふぁ――」
「ぁん、んぅ……ちゅ」
ぬるぬると私達の隙間を埋めていく唾液に、口の中を焦がそうとする熱い舌、そして硬質の……鎖?
『アリサ、聞こえる?』
『しゃる……?』
軽い酩酊感を伴いながら直接脳に声を響かせるのはプライベート・チャネル独特のもの。
甘く切ないキスを介して私に渡されたのはシャルに預けた
『じゃあ……』
『反撃開始、ですね』
口と口とを繋いでいた銀色の架け橋がやがて途切れるのを見送ってから、唇に残ったシャルの唾液を舐め上げます。そして口の中にあるアンクレットの鎖を落としてそのまま足に……
敵は近い順にショットガン、リーダー、そしてサブマシンガンです。
ショットガンは手放され机の上に置かれていますがその他の銃器は未だに彼らの手の中にあります。
だったらまずは……口上を述べるべきでしたね。
「……ふぅ」
「準備はできたな? さぁ、早く下着を――」
「ようこそ@クルーズへ」
「は?」
振り返り様にカゲロウをドレスとして簡易的に展開。そしてスカートの裾を持ち上げ、可能な限り可憐に礼をします。
「私は当店臨時執事、兼、メイドの不破アリサと申します。お客様のお名前をお聞かせ願えますか?」
「え、お、俺は――」
「バカ野郎! 正直に名乗る強盗犯がどこにいる! おい女、調子に乗ってると本当に撃ち殺すぞ!」
リーダーがショットガンをどやしハンドガンを私に向けます。どうやらいきなり私の体を覆ったドレスについては気にしないことにしたようです。
そして彼に連動して動くサブマシンガン……これで全ての銃口が私に向いたと言うことになります。
「さて、ここでISを展開出来るととても楽なのですが……目立っちゃいけないんですよねぇ」
「おい、なにぶつぶつ言ってやがる?」
「まぁ、よほどのことがない限り相手も銃を使う気はないみたいですし……あ、シャル、フランスでの制圧訓練は受けましたよね?」
「え、え? うん。受けたけど……?」
よしよし……いい感じに戸惑っているみたいですね。
正直、カゲロウが戻ってきた時点で私達の安全は約束されています。もちろんお客さんたちの命も、です。
その上場の主導権も彼らから奪い取りましたし、あとはまな板の上の鯛を三枚におろすだけです。
「シャル! Sの四番!」
「
シャルの役目は人質の保護と武器の確保。つまり机の上のショットガンを手に入れることです。
残念ながら学園外においてのIS展開は認められていないのでこの場にあるものだけでどうにかするしかありません。
「は、な、なにやってる! 殺せ!」
「まぁ――」
この間、僅か〇・二秒。
「――ようは展開したことがバレなきゃいいんですけどね」
きっと相手は何かされたとしか思っていないでしょう。
ですが銃は未だに彼らの近くに落ちています。
数秒もあれば再びその銃は私たちに向けられるでしょう。ちらりとシャルを見ればショットガンを男と奪い合っています。
つまり私がこの二人を同時に相手取る必要があるようです。
「がぁっ!」
もちろん数秒もあれば一人を昏倒させることも容易いのですけどね。
先に落としたのはサブマシンガンの方。これで他の一般客への被害は押さえられるはずです。
そのままサブマシンガンを拾い上げ気絶した男の頭に付きつけます。
「銃を捨ててください」
「……断る」
リーダーの男は私からの優しい降伏勧告をニヤニヤと笑いながら却下しました。
ふむふむ……これは――
どががががっ!
「私には彼を撃てないと思ったら大間違いですよ?」
「……どうせそいつは知らない奴だ。殺せるなら殺してみればいい」
人質としての価値はない、ということですね。
サブマシンガンはリーダーに向けるべきでしたか……というかどうして私はわざわざ銃を使おうとしているんでしょう?
別に殺しちゃいますよーって脅しをかけるだけなら床で気絶している彼の喉元に足をのせていつでも首の骨を折れるってアピールすればいいだけ。
圓明流の使い手としてもそっちの方が正しい気がします……どうやらISに乗ることで近代兵器に頼ってしまうようになってしまったようですね。自戒するようにしましょう。
「動くな」
「む……」
改めてサブマシンガンの銃口をリーダーに向けようとしたら先手を取られてしまいました。
いえ、もちろんISを展開しているので撃たれても平気なのですが、私がISの操縦者だってのはバレない方がいいんですよね。桃色の髪の毛のIS操縦者なんて私しかいないでしょうし。
まぁ、なにより私が動く必要もないみたいですしね。
だってシャルが――
「あぁもう! 焦ったいなぁ!」
「はぅっ!?」
揉み合いになっていた相手の男からショットガンを奪い取りましたからね。
……でもシャル、金的蹴りは女の子のすることではありませんよ。いくら命がかかっていたとはいえ。
やがてショットガンもリーダーの男に向けられます。
「さて、大人しくお縄につきましょうか?」
「くそっ、どいつもこいつも使えない……」
男は悪態をついていますが……状況は依然として悪いままです。男は懐から新たに取り出した二丁目の拳銃も手にして私とシャルに向けています。一方私たちが持っているのはショットガンとサブマシンガン。
相手を殺せない以上、サブマシンガンもショットガンも無用の長物です。どちらも男の手にしているハンドガンだけを撃ち抜くことはできませんからね。
何かきっかけがあれば――
「うぅ……このクソアマ……!」
「シャル!」
先程までシャルと争っていた男が立ち上がりシャルに飛び掛かりました。
その男があげた声にリーダーも軽く視線を向けて――
「ぐぅっ!」
その隙に彼の鳩尾に一発、蹴りを入れました。
「おじさん、私から目を離しちゃダメじゃないですか」
瞬きのあいだに距離を詰めることなんて簡単なんですから。
まぁ、鳩尾を蹴られて詰まった呼吸を整えようと必死なようなので聞こえてはいないでしょうけれど。
呼吸ができないことで戦意も無くなったとは思いたいですが念を入れてつま先が顎の先をかすめるように蹴って気絶させる。
そこでまた別の男の気配。
「お、おおお前ら動くな!」
「……まるでイタチごっこですね」
リーダーの手元から溢れた拳銃はいつの間にかシャルに飛び掛かった男の手に握られていました。
銃口は私に向けられていて――
「動くなっつてんだろうが!」
私がサブマシンガンを離し、右手を前に突き出したときに銃弾が吐き出されました。
銃弾の初速は確かたかが秒速三百メートルほど。
カゲロウのハイパーセンサーはシャルのIS、ラファール・リヴァイヴ・カスタムに装備されたアサルトライフル・ガルムから放たれる弾丸ですら見切ります。
しかも私はその弾丸を掴み取ったことがあるくらいなので――
「なっ!」
避けることなんてお茶の子さいさいってやつです。
避けたついでに花瓶に飾られたバラを一輪抜き取って……ん、このバラ、棘が落とされていませんね。ぎゅっと握ったのでチクリとしましたよ。いくらメイド喫茶だからといっても子供が触る可能性はゼロではないんですからこういうところをしっかりとしないとダメですよね。
「まぁ、お仕置きするにはちょうどいいですけどね」
「ひっ――ぐぁ」
もう一度私に向けて銃を撃とうとした男の腕を掴んで一本背負いの要領で投げます。途中で腕を折って戦意を失わせてもよかったのですが……それでは私の気が収まりません。
投げ落とした男の胸の上に横座りしその顔を見下ろすと若干息苦しそうにしています。私が肋骨を圧迫して肺が膨らまないようにしているから当然ですね。決して私が重いからじゃありません。
シャルを犯すだとか私の傷跡が気持ち悪いだとか言ったのは確かこの口でしたよねー?
「な、なにを……」
「普段から思っているんですが男性には華がありませんよね。特にあなたは小太りですしもう少し外見に気を遣ってもいいと思いますよ?」
織斑君なら……まぁ、鈴ちゃんに気を遣って及第点をあげてもいいですけどこの人は赤点ですね。小太りですし、脂性みたいですし、なにより下品ですし。
花がついたままのバラを手で回しながら彼に向けてにこりと笑顔を向けてあげます。ええ、これから彼はかなり辛い目にあいますからね。このくらいはサービスですよ。
それにしてもこのバラ、随分下の方まで葉っぱが付いてますね……邪魔なので下の方は取っちゃいましょう。
「まぁ、なのであなたに華やかさをプラスすると同時に、許せないことを言ったその口にお仕置きしちゃおうかと思いまして」
「まさか、やめっ――ぁがぁ!?」
「うん、結構お似合いですよ?」
棘がついたままのバラを口から生やす男に向けて小さく拍手を送ります。
手をバタつかせてバラを抜こうとしていますがそうはさせません。だってお仕置きなんですから。
ですが手で抑えるのも結構大変ですし……肘から下の関節を全部抜いちゃいましょう。
「――――っ!」
「声も出ませんか。まぁ、結構深くまで茎を挿したので当たり前でしょうね」
声帯の間に物が挟まったら声は出せませんしね……もちろん、バラの棘で声帯が裂けていても同じことです。
咳き込んでいる彼の口からは赤い飛沫が飛んでいますし、どこかしらは棘で引き裂かれたんでしょうね。
「抜いてほしいですか?」
優しく聞けば声にならない叫びをあげて必死に頷きます。なんというか嗜虐心が満たされて身体がゾクゾクします。
体格は私よりも恵まれている男性が足下に這いつくばっている様を見ると笑わずにはいられません。特にこの人なんて一時は私たちより優位にいて、さらには犯そうと息巻いていたんですから滑稽さはひとしおです。
「じゃあ、抜いてあげますね?」
私がバラの花を掴むと男の顔がぱっと喜びに染まります。
もちろん、まだ許してあげません。というか本当なら警察に引き渡してあげたりもしたくないんですよね。
どうせなら私の手で反省させたいですから。
「あっ――ごめんなさい、途中で茎が折れちゃったみたいです」
ちょうど口の奥の辺りで折ったバラをぽいと捨て、今度は喉の奥まで手を突っ込みます。ぐぇ、みたいな音がしましたけどやめてあげません。
「これでしょうか……あ、これですね。茎の端っこ見つけ――あぁ! 顔を動かしちゃダメじゃないですか!」
もう、せっかく見つけた茎を離しちゃいましたよ。
まぁ、動こうとしているのは顔だけではなくて体全体なのでしょうけど……ふふっ、逃がしませんよ?
「つい動いちゃうこともあるでしょうから私が抑えておきますね?」
逃げようとしている体を膝で押さえつけて、左手では食道を窄めるように喉を絞めます。そして右手で茎の端を掴み――
「それじゃ、抜きますよー?」
「――――っ! ――――っ!」
涙と鼻水を垂れ流して……どうやら私に許してくれ、とか言っているみたいですね。でも許すわけないじゃないですか。
シャルを辱しめようとしたんですから……その罪は死んでも償えませんよ?
「はい、せーのっ――」
がしっ
「あ、アリサ、やりすぎ! それはダメ……!」
いよいよ抜いてあげるだけ、というところで後ろからシャルに抱き締められました。その身体は少しだけ震えています。
……あとは抜くだけだったんですけどね……そうすれば食道も声帯も間違いなくズタズタになって、ふざけたことを言えないようになるんですけど。
「僕、アリサは大好きだけど、恐いアリサは嫌い……アリサは笑ってないと、ね?」
「はぁ、どうして止めるんです? この人は、シャルを犯そうとしたんですよ?」
「それも、もういいから……」
よくありませんよ……やらしい目でシャルを見ることすら許せないのに行動に移そうとするなんて。
どう考えてもお仕置きは必要です。
だからシャルが止められないような理由で、正当性を――
「それに、この人は私の傷を気持ち悪いって言いました。そんなこと二度と言えないように――」
「そっか、分かった」
「――え?」
あ、いえ、分かってくれたならいいんです。ただシャルがあっさり納得してくれるとは思っていなかったので驚いただけです。
シャルから許可も貰えましたし気を取り直して――
「それなら僕がやるよ」
「へ?」
いえ、怒ってるのは私なんですから私がやらないと忌みがないですよ?
というかショットガンを構えて……なにする気なんですか!?
「……怒ってるのがアリサだけだと思ったら大間違いなんだから」
「シャル……?」
「アリサは、本当は傷のことはあんまり怒ってないでしょ? 自分のことは二の次だもんね。それと同じ理由で僕を犯そうとしたことにはあんまり怒ってないんだよね」
……確かにあまり怒ってないですけど、シャルが何を言いたいかが分かりません。
「つまりね、アリサの傷を気持ち悪いって言ったことに対しては僕がすごく怒ってるの。わかってくれるよね?」
ガチャリというショットガンのポンプアクションの音。あとは引き金を引くだけで男の頭は跡形もなく消し飛びます。
シャルが、本気で怒ってます?
私には笑いかけてくれてますけど、すごく冷たい目で犯人グループを見下ろしています。
私のために、シャルが怒ってくれてる……?
「わ、分かりました! 分かりましたから銃を下ろしてください! シャルには人を殺してほしくないです!」
「でも、アリサは僕の気持ちを信じられないんだよね?」
「え?」
「自分がそうだから、愛される資格がないから、傷跡もあるから……だから、愛されていないんじゃないかって不安になるんだよね?」
「た、確かに……不安なときはそう考えちゃいます。でも、シャルが私のことを好きなのは知っているから……!」
「そんなの僕が苦しいよ! 知ってるんじゃなくて、感じてほしいよ……好きだって、心の底から好きだって信じてほしいの」
私だって、信じたいです。
不安になることが、シャルを傷付けているって分かりますから。
「でも、それが今の状況となんの関係が――」
「アリサなら……分かるんじゃない?」
「わ、分かりませんよ! 口で言ってくれないと何も伝わりません!」
シャルが、何を考えているかなんて……優しいシャルがどうして人殺しの可能性を私に提示するなんて……私に分かるわけが――分からないわけがありません……
でも、そんなこと、私は望んでいません。
シャルまで赤く染まるなんて耐えられませんよ……
「ドイツでね。エリーちゃんから聞いたよ。自分はただの道具だから、人間に愛される資格なんてない……そう言ったんだってね」
「それ、は――」
「僕も、エリーちゃんと同じことをするよ。僕とアリサが違うからアリサが不安になるなら、僕はアリサと同じになる。身体に火傷の傷跡を残したっていい。アリサが不安に思うこと全部をそうやって同じにすればアリサも信じてくれるよね?」
「そんなの、分からないじゃないですか……自分のことは棚にあげて嫌いになるかもしれませんよ?」
私が心の汚い人間ならそうなります。
それなのにシャルは笑っていて……
「ありえないよ。だって僕が今のアリサのこと大好きだもん。だからアリサも僕のことを嫌えないよ」
「そ、そんなのデタラメです……」
「でも、アリサが怒ってるときは僕も怒ってるし、泣いてるときは僕も悲しいよ? もちろんアリサが笑ってれば僕も嬉しいしね? だったら僕がアリサを好きなら、きっとアリサも僕を好きだよ?」
「なんでそんなに自信満々なんですか……」
確かに、なにがあってもシャルのことは大好きです。嫌いになるなんてありえません。
でも、だからって人を殺してまでそれを証明してほしくないです。
シャルの方法なら、私の不安要素も一つずつ潰されていくでしょう……でも、その数だけシャルが傷付くんです。
「そんなこと、私がさせるわけないじゃないですか」
「うん。わかってる。だから僕もアリサを止めたんだよ?」
「あ……」
それはさっきのどうして止めるのか、という私の問いへの答え。そして、間違っても私がまた不安にならないように、という気遣い。
シャルは私と同じことを感じてくれている……それを示してくれました。
「シャルも、不安になるんですか?」
「なるよ……ごめんね?」
「お互いに不安になるなら……悪いことじゃないのかもしれません。謝らないでください」
「僕はアリサの気持ちを信じてるから」
私の目を見詰めて、シャルはそう言ってくれました。
何度も同じことを言われて、そのつど信じられないって泣きそうになっていたのに……どうして今は信じられるのでしょう?
私も、シャルの気持ちを信じられるようになれそうかもしれません。
「いちゃついてんじゃねえ!」
突如、男の人の叫び声が上がりました。
「どうせ捕まるなら全員まとめて木っ端微塵にしてやる!」
叫び声をあげた男性が革ジャンを脱ぐと内側からはかなりの質量のプラスチック爆弾が出てきました。
…………あー!
「そういえば強盗事件の真っ最中でしたね!」
「あ……というか今のお客さんたちに見られちゃったんだ……はずかし」
恥ずかしがることないですよ! このくらいフランスでは当たり前だったじゃないですか。というか日本は男女交際…いえ、私たちは女同士ですけど、そういうのに口を出しすぎです!
若い内はちょっとくらい大胆でもいいじゃないですか!
「で? 爆発させるんですか?」
なんか割ともうどうでもいいですね。往生際悪すぎでやる気もなくなってきましたし……手早く解決して逃げましょう。
さっきまでの私は多分過剰防衛に引っ掛かりますからね。
カゲロウの量子化領域に格納してある拳銃を四丁取り出し二つをシャルに、残りを私が握ります。
シャルの持っていたショットガンは使えませんからね。
「ねぇおじさん。爆弾の腹巻きを爆破するとどうなるか知ってますか?」
「そ、即死に決まってるだろ! 無駄口を――」
「いえ、上半身と下半身は衝撃で引きちぎられた上、爆風で飛ばされますけど、かえって死ねないことがあるんですよ? もちろん全身火傷は免れませんし、この状況だと他のお客さんは死ぬでしょうから助けを求めることもできず苦しみながら緩慢に死ぬだけですよ?」
もちろん嘘ですよ?
ただ、相手を動揺させている信管やコードを撃ち抜いちゃおうと思いまして。
腕を撃ち抜いてもいいんですけどね。
「そ、そんなのデタラメだ!」
まぁ……うまくいきませんよね。あるいみかれにとってはちゃんすだったのですが……
これならますます腕を撃ち抜く必要が……あぁ、そういえばドイツでの騒ぎのなかで頂戴した暴徒制圧用のゴム弾ライフルがカゲロウの量子化領域に格納してありましたね。
あれならかなり痛い上に殺しはしませんから……両手を背中に隠して拳銃をしまい、あらためてライフルを展開します。
時間短縮のためカゲロウのハイパーセンサーを利用して先に照準を終え、それにそってライフルを持ち上げ引き金を引く。
はたから見ればかなり適当に撃ったようにしか見えないそれは、男の手に当たり、握られていた起爆装置を落としました。
それでもスイッチは彼の足元なので拾わせないように――
「はぁい、おやすみなさい♪」
「は? ……ぅ」
え?
えと、いきなり女性が飛び出してきて……彼女は先程まで相手をしていたユリさん? とにかく彼女が男に近付き注射器をぷすりと突き刺して眠らせました。
そんなものがあるとは知りませんでしたがきっと即効性の睡眠薬なのでしょう。
でもどうして彼女がそんなものを……
「うーん……不思議そうな顔をしてるけどまだ気付かないかぁ。まぁ、背中の傷跡はもう気にしてないみたいだから安心したかな?」
もう一度ぱちりとウィンクされて一気に思い出しました。
95のFとかどことないエロティックな感じとか間違いありません!
「ユリさんって名前だったんですね。でもどうして……?」
「ここの店長が同級生なのよ。可愛い臨時バイトって写メ送ってきたと思ったらアリサちゃんだったから見に来たのよ。ちょうど近くに遊びに来てたしね」
なるほど……世間って広いようで狭いですよね。
「ま、積もる話は今度にして、早く逃げた方がいいんじゃない? 逮捕されちゃうゾ?」
「や、やっぱりバラはやり過ぎでしたか……」
「下手したら一生喋れないかも……人工声帯付ければ多少はましだろうけど。反省してる?」
「あー……後悔はしてません」
きっと、また同じようなことをするでしょうし、シャルに手を出すなら容赦できませんからね。
「いやぁ……IS操縦者ともなると違うわね。じゃ、これ私の名刺ね。最近作ったんだ。かわいいでしょ?」
「看護師さんが名刺って……それに顔写真まで付いてて、なんというか……」
どちらかというとホステスさんみたいに思えますよ……狙ってるのかもしれませんが。
さて、そもそもIS操縦者としても目立つわけにはいきませんし、私に至っては下手すれば犯罪者ですし……
「シャル、逃げますよ!」
「……うん!」