Plongez dans le "IS" monde.   作:まーながるむ

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「偽らざる偽り」


5. Ce n'est pas vrai mensonge.

「えっと……あなたたちはメイド喫茶って言われて分かるかな?」

 

 スーツ姿の真面目そうなお姉さんは実はそうでもなかったようです。

 私はメイド喫茶くらい知ってますけど……シャルはやっぱりよく知らないようですね。

 でもフリフリした服を来てお客さんを楽しませるなんて言ったらシャルは喜んでバイトするって言っちゃうでしょうし……

 

「僕はちょっと……アリサは?」

「えっと、コスプレをして特殊な趣味のお客さんを愉しませるいかがわしい場所です……」

「いかがわしいて……いや、間違ってもないけど誤解されそうだからちゃんと説明するわね……」

 

 いりません、と言いかけました。

 ちゃんとした説明をされてしまったらもう断れませんから……多分、デートもおしまいです。

 

「まぁ、うちの店には執事の男の子もいるから厳密にはメイド喫茶じゃないんだけど、簡単に言えば普通よりフリフリのメイド服をきてお客様にご奉仕するの」

「フリフリ……」

 

 あぁ!

 ……シャルの目が輝いてしまっています……これは、諦めた方が良さそうですね。

 私もシャルのメイドさんを見たくないと言えば嘘になっちゃいますし。

 

「で、今日は本部からの視察が入るんだけど二人駆け落ちしちゃって……急なことだから補充も効かなくてね……」

「それで、私たちに声をかけたということですか……」

「あなたたちなら衣装映えしそうだし、年齢もちょうどいいんだけど……頼めないかな? お願い!」

 

 私としては……シャルが悲しむとしてもノーと言いたいです。

 デートが中止になるのはまだ我慢できますけど、シャルが……メイドさんの格好で他の人に媚を売るのがすごく嫌です……たとえそれが演技だとしても。

 でも、シャルはきっと……いえ、見るからにやりたがっています。女の子らしい格好が好きですからね……

 でも、私を気にしてか、それとも恥ずかしいのか目を輝かせるだけで……仕方ないですね。

 我慢は好きじゃないですけど……得意ですから。

 

「……私はどちらでもいいですよ。シャルはどうですか?」

「や……やりたい、な」

「ありがとう! じゃあ早速お店に移動して着替えなきゃ!」

 

 ◇

 

 アリサと僕がお姉さんについていって辿り着いたのは『@クルーズ』という名前のお店。

 スタッフルームに入る前に少しだけ見えたメイドさんの衣装はすごく可愛くて……着るのが今から楽しみ。

 アリサの格好もすごく楽しみだなぁ。小柄なアリサのことだからきっとすごく可愛くなるよ。

 あ、でもアリサって他人はまだ苦手なんだ……それでもやるって言ってくれたのはやっぱり僕のためだよね。

 それなのに接客なんて……悪いことしたな。それに本当は今日はデートだったんだし……アリサは怒ってはないだろうけど、傷付いてるかも。

 僕が、アリサよりこっちを選んだって……

 

「じゃ、これとこれに着替えて。更衣室はそこだから。着方が分からなかったら声かけてね」

「はい」

「シャル、着せかえっこしましょうね!」

 

 あ、アリサってば……そんな大きな声で言ったらお店の方に聞こえちゃうよぉ。

 もちろん着せかえっこ自体には文句ないけどね。

 でも、お姉さんを待たせてるから早く着替えないと……

 

「着替え以外のことはダメだからね?」

「分かってますよ~」

 

 って言いながら更衣室の扉を閉めた途端に目を閉じて顎を上げるアリサ。

 待ちのポーズだよね……アリサがこうするのは珍しいんだけど……仕方ないなぁ。

 

「んっ」

「……ふふっ。じゃあ、着替えちゃいましょうか」

「そうだねってきゃ!?」

「はーい、ぬぎぬぎしましょうね~」

 

 ちょ、アリサ、中では着せかえっこだけって……あ、これも確かにその一部だね……ってそういう問題じゃなくて!

 

「は、恥ずかしぃよ……!」

 

 アリサの邪魔になるのは分かってるけどワンピースの肩紐をずらされて後ろのファスナーをゆっくりと下ろされ始めたときに、つい、顔を手で隠しちゃう。

 もう……恥ずかしくて、絶対に顔が赤くなってるよ……顔、熱いもん。

 

「うぐ……そんな反応されたら、下着も脱がせたくなっちゃうじゃないですか……」

「や、やぁだ……じ、自分で脱ぐから、アリサは服を出してっ」

 

 ぎゅっと腋を締めてこれ以上脱がされないようにしながらスーツカバーをアリサに手渡して、すぐに背中を向ける。

 べ、別に下着を見られたりするのはいつもだしいいんだけど……その、今日のは気合いが入ってるからそういう雰囲気じゃないときに改めて見られるのは流石に恥ずかしいよ……

 やっぱり大人っぽいのじゃなくて可愛い下着にしておけば――

 

「シャル、やっぱり脱がなくていいです。というか今すぐ着てください」

「えっ……?」

 

 戸惑いながら一応言われた通りにワンピースを着直す。

 本当はアリサにファスナーをあげてもらう方が楽なんだけど頼みにくい……だって、アリサがすごく怒ってるから……

 僕がいる横でアリサが本気で怒ることなんてなかなかない。二回か三回くらいしか見たことない。

 何に怒ってるのか分からないけど……怒ってるアリサがお店の手伝いをするとも思えないし、そもそも買えるっていってるくらいだからその気もなさそう。

 メイド服、着てみたかったなぁ。

 

「シャル、着れましたね? 行きますよ?」

「え、あ、ちょっとアリサ!?」

 

 アリサが僕の手首をつかんでぐいぐいと引っ張る。

 よく分からないけど、言う通りにしておいた方がいいかな……

 

「痛っ」

 

 躓きかけて足が止まったタイミングでアリサに腕を引かれたから肌が突っ張って少しだけ痛んだ。

 でもアリサがすぐに離してくれたからそれだけ……でも、一瞬、すごく怯えたような顔をしてるように見えたけど……?

 それに、帰るにしてもお姉さんに一言――

 

「あれ、まだ着替えてなかったの? もしかしてサイズが――」

「帰ります」

「あ、アリサ!?」

 

 それだけ!?

 もっと、理由の説明とか、というか僕だってここで聞けるかと思ってたのに!

 

「え、と……なにか気に入らないことあった?」

「よくも、抜け抜けと……シャル、行きますよ」

 

 アリサ、どうしたの……?

 こんなんじゃ僕も納得できないよ……どうしてそんなに怒ってるの?

 今のアリサの目、昔、僕がアリサに向けていたのよりももっと怖いよ……?

 お姉さんも困ってるし……僕が聞かないと。多分これも恋人の役目だから……

 

「アリサ、待って。帰るなら帰るで説明しないと……僕だって納得してないし」

「……だって、シャルの服、メイドさんじゃなくて執事だったんですよ? シャルは、メイドさんの服が着られるって楽しみにしていたのに」

「あ、それは今日執事の子が一人もいなくて、シャルちゃんなら似合うかなと思ったから……視察が来るときにメイドだけってのも問題だったし」

「シャルだけはだめなんです」

「じゃ、じゃあ……僕のため?」

 

 ……うん。アリサは優しいもんね。

 きっと、なにも言わなかったのも今のを知った僕が気にするって考えたんじゃないかな……

 

「いえ、私のためです」

 

 あ、あれ?

 

「私が、シャルに男装させていたことを思い出してしまうから……シャルが、私を、嫌っていた、ことを、恨んでいたことを、思い、だしちゃうから……ひっ……」

 

 一息に、全部吐き出したアリサが前かがみになる。

 一瞬泣きだしたのかと思ったけど――

 

「あ、アリサ!?」

「ちょっと、過呼吸起こしかけてるじゃない! えっと袋、袋……あった!」

 

 お姉さんが応急処置としてアリサの口にレジ袋をあてるけど、アリサはそれをどかしてしまう。

 まるで、まだ話さないといけないことがあるみたいに。

 

「ちょ、ちょっと!?」

「私……もし、今の幸せがシャルの嘘なら、捨てられたとき、壊れちゃうなって……不安になると、いつも、シャルが私に復讐するために……幸せからどん底まで叩き落とそうと……してるんじゃないかって……!」

 

 アリサの唇はチアノーゼを起こして紫色になってる。

 僕がアリサを騙す……最初は意味が分からなかったけど、多分僕が男装してたときと同じように今もアリサのことを憎んでるんじゃないかって思ってるんだ。

 

「また、手を振り払われたら…私、死んじゃぅ……!」

 

 僕が転入してきたあの日……僕の手を引くアリサを振り払った。

 ……アリサはあの時からずっと怖がってたんだ。きっとトラウマになってしまうくらいに。

 だから、さっきも僕に手を払われるんじゃないかって怯えたような顔をした。特に今日はアリサにとって失敗ばかりだったから、余計に僕に嫌われる可能性を考えたのかもしれない。

 

「ごめんなさい……シャルのこと、信じたいのに、信じれない……! 好きなのに、怖いんです……」

 

 アリサのスキンシップが激しいのは不安の現れ……すぐに僕に嫌われてるかもって考えるのもそのせいなんだね……

 僕もアリサに辛く当たったことをすごく後悔しているけど、それじゃまだ足りなかった。アリサは本当に、僕の行動一つ一つから僕の気持ちを確かめないといけないくらいに不安だったんだ……

 

「ごめんなさい……こんな女、重いですよね……? でも、嫌いって、言わないで……! まだ、私を恨んでても、いいですから……それだけは、言わないで……」

 

 言わないよ、そんなこと……それすら言えない。言ったらきっと、アリサの不安はもっと大きくなる。きっと言葉にしないだけで本当は自分を恨んでいる……そう考え始めちゃう。

 でも、それならどうやって僕の気持ちを伝えればいいの?

 一緒に笑いあった。

 手だっていつも繋いでる。

 いろんなキスもした。

 もう何度も体を重ねた。

 言葉だけじゃなくて、こんなにいっぱい好きを示したのにアリサは僕の気持ちを信じられない。

 少女漫画では一度別れて関係を見直したりするけど……きっと、そうしたら恋人らしい行動で不安を誤魔化してる今のアリサは本当に壊れちゃう。

 でも、それなら僕の気持ちはどうなるの?

 一生、宙ぶらりんのまま……?

 

「シャル、ごめんなさい……ごめんなさい、頭では、理解るのに……心から信じられなくて……」

 

 アリサの言葉が、その答えをくれた。

 心が僕からの愛を受け付けられないってことは、もうずっと言葉でも行動でも気持ちを伝えられないんだね……

 アリサだけが悪いわけじゃない……ううん、アリサは悪くない。

 僕の気持ちよりも、アリサの怯えの方が大きいんだから……アリサにしてみれば三年間想い続けて、陰から助けて、それでようやく真正面から知り合えた想い人が自分を嫌っていたんだ……その上、初日から手酷く絶縁状を叩きつけられれば心に傷が残ってもおかしくない。

 あとから知ったことだけど……アリサは元から嫌われることに対しては凄く臆病だから、愛していると言えるほどの相手に辛くされればこうなったのも当然なのかもしれない。

 ……全部、僕のせいだ。

 アリサのことを知ろうともしないで、ただの思い込みから拒絶したから……僕の浅はかな行動でアリサは今も怯えなきゃいけない。

 その過ちを取り返そうと恋人らしく愛し合えば愛し合うほど……アリサの中の不安は大きくなっていってたんだ。

 そして僕がアリサを喜ばせると、アリサは僕に裏切られる可能性を思って心の傷を拡げる。

 ……アリサがこんなことになってるなんて気付かなかった。

 知っていたら、アリサに近付かなかったのに……きっと、アリサにとっては初恋が破れたとしても僕がいない方が幸せだった。

 僕のことを諦めて、他の人と恋に落ちたらちゃんと幸せになれたはずなのに……

 

「ね、ねぇ、本当に危ないからもう喋らせちゃだめよ! 事情がありそうだけど今は――」

「いいんです……好きな人からの好きを信じられない私なんて、そんな辛い人生なんて……いっそ、死んでしまえば、シャルを縛ることもないのに……」

「だ、だから……思春期にしたって深すぎよ……どんな人生送ったらこんなことに……」

 

 本当に、それしかないのかもね……アリサが死ぬか、僕が死ぬかすれば、アリサは解き放たれる。

 それならアリサには生きててほしいなぁ……僕だって死にたくないけど、アリサのこと好きだもん。死んでほしくないよ。

 きっとアリサはすごく泣いてくれるだろうけど、皆がいれば早まったこともしないだろうし、いつかアリサに愛を信じさせられる人ができるはずだしね……

 

「お姉さんはお店の方に戻っていてください。僕が何とかしますから……」

「え、ええ……でも本当にダメそうだったら店の迷惑になるとか思わないで救急車呼ぶのよ?」

「ありがとうございます」

 

 だから、今、アリサが死んじゃうのはダメだよ。

 

「絶対に助けるからね」

「……シャル、こんなタイミングで馬鹿みたいですけど……大好きです」

「僕も、愛してるよ」

 

 上っ面だけじゃない、本当に真剣な気持ちを伝えあってるのに、世界で一番虚しいやりとり……互いに寂しく笑ってから唇を重ねた。

 過呼吸は血中の酸素濃度が高まりすぎるから起きる。だから普通は酸素濃度の低い呼気を繰り返し吸い込ませるんだけど……それなら僕とのキスで空気を交換しあっても同じこと。

 好きなのに気持ちは伝わらなくて、キスなのに目的は治療で……でも、人工呼吸だなんて言いたくない。そんなアベコベな僕たちのアベコベなキス……

 

 ◇

 

 苦しい……すごく苦しいです。

 それは、シャルの唇が私の口を塞いでいるからではなくて……どうして、こんなことになってしまったんでしょう。

 今日は大好きなシャルとの初めてのデートなのに、どうして、あんなことを言ってしまったんでしょう。

 ずっと、私の胸の中に隠していようと思ったのに……言わなければ、シャルがこんなに悲しそうな顔をせずにすんだのに……

 大好きな、大好きなシャル……ごめんなさい、こんな女で。身動きとれないくらい縛り付けてしまってごめんなさい……

 シャルの気持ちは理解ってるんです……心も、その時は嬉しさに熱くなるんです。

 でも、時間が経つとまた心が冷えて震えだすんです。さっきのは嘘なんじゃないかって……有り得ないのも頭では分かっているのに……

 だいたい、私を不幸のどん底に落とすために私と付き合って幸せにするなんて……そんなのおかしいじゃないですか。

 シャルが私の気持ちを知ったのは私と仲良くなった時よりずっと後で、だから私を不幸にするにしてもこんな私の気持ちを利用するなんて方法を思い付くわけないんです。

 ……シャルを信じるために、感情じゃなくて論理を引き出すなんて最低です。本当なら論理的じゃなくても感情だけで信じられるのが信頼のはずなのに。

 私の存在はシャルに負担をかけるだけです。

 でも、もう離せない。

 もし離ればなれになってしまったら……私は死んでしまいます。

 それでもシャルとは可能な限り一緒にいたいから、死ぬならシャルに先に死んでほしいです。そうしたら、私はすぐに後を追いますから……

 好きな人に先に死んでほしいなんて……普通は死ぬことすら考えたくないはずですよね。

 本当に、私はシャルを不幸にするだけの存在です。

 社長さんからシャルを幸せにしろって言われてるのに、全然実践できてません。

 私自身、三年前からシャルを幸せにするために努力していたはずなのに、シャルの幸せの最大の壁が私になってしまってます。

 シャルを幸せにしたいのに、私がいる限りはそれも無理で、私がシャルから離れるってことは私がどうにかなってしまうということで、やっぱりシャルを不幸にしてしまって……こういうのを二律背反というんでしょうね。

 こんなことなら、シャルとの恋を諦めていればよかったです。

 シャルに好かれていたどころか本当はずっと恨まれていたと知ったとき。

 シャルにデュノアやシャルのために私の力は必要ないと言われてしまったとき。

 シャルに私が本当は人殺しだと知られてしまったとき。

 シャルに私の気持ちを利用するなと心にもないことを言って喧嘩をしてしまったとき。

 この恋を捨てるタイミングは何度もあったのに……辛いのを我慢して思い続ければ願いは叶うなんてことを信じて……結局、最悪な形でその願いが叶ってしまいました。

 たとえ私の過呼吸を押さえるためのキスでも本当に、本当に幸せで……シャルのことも心から愛しているのに……シャルからの気持ちだけはすぐに信じられなくなるんです。

 でも、こうしている間だけはシャルの気持ちを感じられるので――

 

「シャル……もう大丈夫です。ですが、お姉さんには迷惑かけたので手伝わないわけには……あ、でも執事は私がやりますからね?」

 

 ――いまのうちに、精一杯かわいい笑顔をシャルに見てもらうんです。

 シャルの気持ちが伝わったということを伝えるために……

 

「ほら、着替えましょう! 違うサイズの服の場所も分かっているので」

「……うん」

 

 もう、シャルに知られてしまった以上、今までのようには誤魔化せないでしょうけれど、それでも私の気持ちは伝わるはずなので本気の好きを伝えるんです。

 少しでも、シャルが幸せでいられるように……


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