Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
「うぅ、流石にへこみます……」
「ほら、アリサ……あんまり気にしないでいいから。せっかくのデートなんだし楽しも?」
「ですが……私から誘ったのに結局シャルにフォローしてもらっちゃってます……」
先程のお腹が鳴ってしまったときもそうです。
私のお腹がなったのに、なんというか、その、盛り上がっていたので私から正直に空腹を白状することもできず……最後にはシャルが助け船を出してくれました。
今もデートプランを立てることを失念していた私に代わって、シャルが手を引いてくれています。
最初は前もって計画していたかのように歩くシャルを見たことで、私って信用されてないんだなと思ってしまったのですが……どうもシャルは目的地を決めているのではなく歩きながらデートをどう歩くか決めていたみたいですね。
本来デートプランを立て忘れた私が言ってはいけないことなのですが、シャルが保険を用意していたわけではないと知って嬉しかったです。
「私の考えるデートを楽しみにしてくれていたってことですもんね……それなのに私と来たら……」
「だからもういいのに……」
「そ、それは……次から期待しないよっていう諦めを含んだ、」
「違うってばー……もう、アリサは不安に思いすぎ! ……僕は、アリサの恋人だよ?」
「ふぇ!?」
い、いきなりそういうことを言うのは良くないです!
ドキドキしすぎて高血圧になっちゃいますよ!
シャルの甘い囁きは糖尿病と高血圧の原因です!
生活習慣病を併発するなんて凶悪です!
もうシャルの可愛さが凶悪です!
「アリサ、分かった?」
「は、はい……」
シャルが見つめてくるので恥ずかしくなって目を逸らしちゃうのも仕方ないんです……でもシャルは満足してくれたみたいで、また手を引いてくれました。
えへへ……とっても幸せですねぇ。
私の腕を引く力は強すぎず弱すぎず……でも確かに存在してして安心できます。
たまに、幸せなのは全部夢で未だにシャルは私のことを恨んでいる……そんな夢を見るのですけどシャルはそんな私の不安も吹き飛ばしてくれます。
「じゃあバス乗るからね」
「え、あ、はい……行き先、決めてるんですか?」
「うん、ちょっとね」
私の質問には悪戯めいた笑みとウインクだけを残してシャルはバスに乗ってしまいました……これは、楽しみにしておいてねってことなのでしょうか?
はぐらかされてしまったのでしつこく聞き出す訳にもいきませんし、それに私も楽しみにすることにしたので大人しくシャルについてバスの一番後ろに座ります。
ただ、乗り込み口から一番後ろまで移動するほんの十数秒の間にかなり注目されてしまいました。
「ね、ね、あのふたり見て」
「ん? うわ、すっごいかわいー」
「ぱっとみ美少年って感じだけど女の子だねー」
女子高生、でしょうか?
あまり年の差を感じない、私たちの年代特有の身軽さを持った女の子三人のグループが視線だけは控えめに、ですが声を抑えずに私達に注目しています。
注目されることは苦手なのですけど……シャルを見て可愛いって言ってくれているので気分はいいです。
「わ、アリサ!? ……どうしたの?」
「なんでもないですよ?」
「うーん……まぁいっか」
でも万が一にもシャルを奪われてしまわないようにそのホソイ腕をしっかりと両腕を回して抱き留めておくことは忘れません。
一報、シャルは私が拘束していない方の手で髪の毛を梳くようにして優しく撫でてくれます……私の好きな撫で方、覚えてくれているんですね。
今度は独占欲からではなく嬉しさからシャルの腕に胸を押し付けてしまいます。
あ、もちろん分かるくらいにはあるんですからね! ……鈴ちゃんと違って。
「ちっちゃい子の方もお人形さんみたいで綺麗じゃない?」
「でも甘えちゃってて……もう本当に可愛くない?」
「なんか安心しきってる感じ。髪の毛は色違うけど妹かな?」
「ね、ね、こっち見て顔しかめてる」
「お姉ちゃんを取らないで! みたいな?」
「「「か~わ~い~い~!」」」
うぐぅ……ぐぬぬぬ。
う、嬉しいです。嬉しいんですけど……姉妹じゃなくて恋人ですって言いたいです!
まぁ、日本は私達みたいな関係を否定するどころか、そういう関係があるということすらあまり考えられることがないらしいですしね。
「アリサ照れてる」
「シャルだってほっぺた赤いです……」
「えへへ……恥ずかしいね?」
「……はい」
シャルに見劣りしないと言ってくれているので嫌な気分ではないですけど……それに可愛いとも言われましたけど最初、綺麗って言われちゃいました。
あれですよね?
可愛いより綺麗の方がなんとなく大人の魅力があるように聞こえませんか?
「アリサアリサ」
「はい?」
ちゅ……
「ひぁっ!? しゃ、しゃる!?」
で、デコチューとは言えこんな場所でいきなりそんな……!
「うわぁ……やっぱり外人さんだねぇ」
「妹の方は真っ赤だねぇ」
「やっばり海外だとキスは挨拶なのかね? 信愛の情的な?」
ほ、ほら、さっきの女の子たちのグループにも見られちゃってますし……!
さ、幸い今のキスは姉妹の間のものとして受け取られたようですけど……幸い?
いえ、私としては恋人と思われた方が嬉しいんですけど女の子同士という珍しいもの扱いも煩わしいですし、なにより今さら恋人だと思われるのも恥ずかしいですし……
「ほら、アリサ降りるよ?」
「あ、はい!」
……考え事をしている間にシャルの目的地が近付いてきていたようです。
次にバスが停まるのは……私達が集合した駅の隣駅――いつか水着を買いに来たレゾナンスを一つ通り越したバス停です。
今思えばデートコースもレゾナンスにしていれば間違いなかったですね……
「あ、そうだ」
「へみゅ……と、ごめんなさい」
「ん、気にしないで。急に立ち止まった僕が悪いから」
バスの半ばでシャルが立ち止まったので、その背中に顔を押し付けてしまいました。
ぶつけてしまった鼻の頭をシャルがちょこちょことくすぐります。
ちょうど真横に位置する先ほどの女子高生グループが微笑ましいものを見るようにクスクスと笑っています。
ですが、その笑い声はシャルが発した言葉によって固まりました。
「あ、そうだ君たち」
いきなりシャルに話しかけられたからか女子高生たちは目を丸くしてこちらに視線を固定。
「僕達、姉妹じゃなくて恋人なんだ」
「「「「……へ?」」」」
って、私まで驚いちゃうから急にそういうこと言うのやめて下さいよ!
「あ、着いたね。アリサ、降りるよ」
「は、はい……えと、そういうことですので……よろしくお願いします?」
いや、彼女たちに何をよろしくされていんでしょう、私は。
少し照れちゃいますが覚悟を決めてシャルの腕にぶら下がるように抱きついてバスの降車口を一段ずつ降ります。
そんな私達の様子に確信したのか、バスの扉が閉じる寸前に背後から黄色い声が聞こえました。
「シャル、ありがとうございます」
「僕がしたかったことだもん。気にしないで?」
「えへへ……」
……やっぱり恋人として見てもらえた方が嬉しいです。
ゆっくりと動き始めたバスの窓に顔を押し当ててこちらを見ている彼女たちを後目にそんなことを思いました。
◇
「はい、到着!」
「へぇ……こんなおしゃれなお店があったんですねぇ」
「前から一回アリサと来たかったんだぁ」
シャルが連れてきてくれたのはオープンテラスのカフェ……カフェというと軽食しか用意されていないイメージなのですが、それをシャルに言ったら女の子なのにって笑われちゃいました。
今はランチもあるのが当たり前みたいです。
お昼も大分過ぎているので席はまばらですが、この時間でも空席が目立つほどではないということは割と流行のお店なのかもしれません。
程なくして私達の座るテーブルにやって来た定員さんに注文を告げ、しばしの休息です。
意識はしてなかったのですがいろいろ歩き回ったせいでふくらはぎにちょっとしたダルさがあります。
テンパって適当に歩いちゃいましたからねぇ……この分だとシャルの方が疲れてしまっているのではないでしょうか?
「シャル、足、疲れてませんか?」
「ううん、そんなこと……あるかも」
てへ、と舌をペロリと出してシャルが笑います。
それなら私がやることは決まってますよね。
ブーツを脱いで……と。
「よいしょ」
「ひゃっ!? あ、アリサ?」
「シャル、あんまり動かないでくださいね~」
シャルのふくらはぎを両足で挟むようにしてマッサージしてあげます。
今日の私はホットパンツにオーバーニーなので足を広げることにそこまで抵抗はありません。
「あ……きもち……」
「よいしょ……うんしょ……」
ただ、シャルはサマーワンピースなので勢い余ってまくり上げないように気を付けないとです。
シャルの素肌は私以外に見せたくもありませんからね。本当なら家に閉じ込めてしまいたいほど……あ、でもいちゃいちゃしてるところは見せつけたいです。
……まぁ、実はどういう行動がいちゃいちゃすることなのかまだよく分からないんですけどね。
「アリサ、ありがと。大分楽になったよ」
「そうですか? 気に入ったならもう少し続けますけど?」
「ううん、これ以上は悪いし……ちょうどご飯も来たみたいだから」
言われてシャルの視線を追えば確かに男性店員さんがお盆も使わず、器用にドリンク二つと私のパスタ、シャルのラザニアを持ってきてくれていました。
ああいうアクロバティックな運び方を見ていつも思うのが彼らの手に吸盤があるのではないかということです。どうして片手でお皿を二枚持てるのか分かりません。
「今日の日替わりパスタはホワイトソースのスープパスタだったみたいですね」
バターとミルク、それに胡椒の香りが食欲を刺激します。
しかもシャルが頼んだラザニアがまた香ばしくて……あ、またお腹鳴っちゃいそうです……!
「じゃ、食べよっか?」
「頂きます!」
これでもマナーは叩き込まれているのでがっつくような真似はせず……しかし確実に普段より早く咀嚼し、飲み込みます。
こう、口に運ぶ過程だったり咀嚼だったりという一部の動きを早くするから意地汚く見えるのです。なので逆説的に全体の動きのスピードを早めれば周囲にはわずかな違和感しか与えません。
「アリサ……早いね」
ただ、ゆっくり食べてるシャルとの差が圧倒的すぎて意味がなかったみたいですけどね!
「お、お腹空いてるんです……!」
うぅ……恥ずかしい。シャルもクスクス笑わないでくださいよ!
食いしん坊とかじゃないんですからね!
ただ、デートを楽しみにしすぎて朝御飯を食べ忘れてしまっただけで……
「はい、アリサ。こっちも美味しいよ?」
「あぅ……ごめんなさい」
シャルが苦笑しながらラザニアのお皿をこちらに近付けます。いくらなんでもペースが早かったかもしれません。
とにかく、早く取らないとシャルも食事を再開できないので先ほどまでパスタを巻いていたフォークでラザニアを、
すかっ
「……シャル?」
どうしてお皿を引くんですか?
も、もしかして、いぢわるですか……?
「アリサ、そんな顔しないで……」
「べ、別にそんなこと言われるような顔をしているつもりは……」
「裏切られた~って顔だったよ?」
しゃ、シャルが私のこと裏切るだなんて考えたこともないですよ!
ただ、えっと、さっきの表情は……そう、食いしん坊キャラ扱いされていたことに気付いちゃっただけです!
「じゃ、アリサ、あ~ん」
「ふぇ?」
恥じ入る私が目を逸らしている隙にシャルがラザニアを一口分フォークに刺して私の方に向けてました。
あ~んはドイツのパーティで無意識にやっていたらしいですが……それを除くとはじめてかもしれません!
「あ、あーん……ぱく」
「どう? 美味しい?」
「うん……美味しいですね。でもシャルの料理の方が美味しいです!」
「あ、ちょ、お店でそういうこと言ったらダメだよ~」
あぅ……失敗しちゃいました。
どうにかしてシャルを喜ばせてあげたいんですけど……いつもならもっと自然にできるのに、今日はどうもうまくいきません。
「「はぁ……」」
朝から踏んだり蹴ったりでどうにもうまくいきません……あれ?
今、ため息二人分でしたよね?
「まったく、どうすればいいのよ……」
シンクロニシティなため息をついたのは二十代後半くらいのスーツの女性でした……どうしたんでしょうか?
「あの人、どうしたんだろうね?」
「さぁ……本社からの視察が来るという日に限って二人の従業員が駆け落ちしててんてこ舞い、みたいな顔ですけど……」
「そんな顔してないと思うよ……」
「とにかくそういうことにして、理由は分かったのでこれ以上関わらないようにしましょう……よ?」
「う~~……だめ?」
……もう!
シャルったらお節介さんです!
せっかくのデートなんですよ?
二人っきりを楽しみたいとか……ないんですか?
「話を聞くだけですよ?」
「それは話を聞いてからね?」
「……しゃるのばか」
……まあ、シャルがそんなに優しいから私は好きになったんですけどね……
「あの、どうかされましたか?」
「え? ――!?」
シャルが声をかけた瞬間、女の人は立ち上がりシャルの手を――
「私の前で握ろうとするとは良い度胸ですね、お姉さん……ってなんで私の手を握るんですかぁ!?」
バッと素早くお姉さんの手を払ったらいつの間にか私の手が握られていました。
「この際どっちでもいいのよ! あなたたち!」
「は、はい?」
「バイトしない!?」
……お、お姉さん、日本語は正しく使いましょうね?
その剣幕で言うなら、もうバイトしろって言ってるようなもんですよ?
「はぁ……」