Plongez dans le "IS" monde. 作:まーながるむ
「シャル、まだですかねー」
まだですよね。まだ待ち合わせ時間の一時間前ですし。
早くシャルに会いたいですけど、でもこれでいいんです!
ごめん待った? 今来たところですってのがやりたいので!
だから寮で待ち合わせではなく、わざわざ外で待ち合わせしているのです!
携帯電話が普及した今では事前に待ち合わせ場所を決めてから出かけるというのも珍しいのでちゃんと会えるかちょっぴり不安ですが……十二時に
「ポチ、必ずシャルを連れてきてくださいね……?」
駅を油断なく睨み付ける柴犬像の頭を撫でつつシャルを待ちます。
あ、この子、忠犬じゃなくて中堅なんですよ?
なんでもこの辺りでは明治期に闘犬を剣道風なチーム戦でやるという流行りがあったらしく、その影響で駅から大体二十メートルごとに
ただ、若い人達が遊ぶのは駅を挟んだ向こう側なので、待ち合わせとして一番人気なのは先鋒ワンコです。
ポチは中堅なので三番目、ここで待ち合わせする人たちは自然と遊び盛りの若者よりゆっくりしたい方たちの割合が半分半分です。駅から五十メートルも離れると遊びに行くのには不便なんですけど先鋒ワンコ広場は混んでますからね。私が待ち合わせ場所に選んだのもそれが理由です。
ここなら人も少ないですし、待ち合わせに慣れていないシャルも迷うことはないはずです。
ポチばかり眺めていても仕方がないと備え付けのベンチに座ります。
休日なのに随分と若者が少ないですが……やっぱり夏休み終盤は宿題が大変なんでしょうね。計画的にやらないから慌てちゃうんですよ?
「あれ……シャル?」
ぼーっとしていたら視界にいきなり金髪が……もう来たんですか?
「はい?」
あまり見かけない綺麗な金髪だったので声をかけてしまったのですが……私の声に振り返った人は全然知らない人、それも日本人でした。
まぁ、誰にでも失敗はあると思います。えぇ、普段なら私が最愛のシャルを見間違えるわけがないのですが……デートが楽しみすぎて目が曇っているのかもしれませんね。
「あ、いえごめんなさい! 人違いでした!」
「いえ、気になさらないでください。では失礼します……あ、兄さん先に行かなくても――」
おそらく同い年の女性は一礼してから走り去りました。あの制服には激しく見覚えがありますからね……彼女が兄さんと呼んだ人が黒髪だということはあの金髪も染めていたのでしょう。
それにしても最近の染髪剤は性能よすぎです。日本人の黒髪でさえシャルみたいな綺麗な金髪にしちゃうなんて紛らわしいじゃないですか!
でもああいう引っかけ問題があると分かれば話は別です!
注意して観察すればシャルじゃないってすぐ分かります……分かるんです!
まず、あの後ろ姿は金髪ではありますが少しくすんでいるので違います。
あの人もプリンになっているので違う……一瞬、視界の隅に綺麗な金髪が映った気がしますがシャルは髪の毛を後ろで一つにしているので、
「だーれだ?」
「へぅ!?」
突然視界が暗闇に覆われました。今の声は……シャル!?
まだ約束の時間の一時間前なのに何してるんですか!?
というか全然気が付かなかったのですが……変装でもしてました?
「あの、シャル?」
「正解♪ 待たせちゃってごめんね? 僕の方が早いと思ってたんだけど……」
「いえいえ! 私が早く来すぎただけですし、それに今来たとこです!」
「そう?」
「はい、そう……です?」
「アリサ? どうしたの?」
いえ、どうしたのはこちらのセリフで……いえ、シャルにおかしなところは全然ないんですけど……
「似合わない……かな?」
「いえいえいえいえ! ちょっとイメージが変わりすぎてて驚いちゃいましたが可愛いです!」
「はは……ありがと」
今日のシャルのお洋服は真っ白いサマーワンピースに黒い手提げ鞄。それに革の編上げのサンダルです。
服装自体は驚くほど意外なものではないのですが……いえ、もちろん可愛いですけどね? それ以上にシャルの雰囲気を変えているのがいつもは三編みにしてしまっている髪の毛をおろしているからでしょう。別に初めて見るわけでもないのですが……お花の髪留めが可愛いです。
やっぱりさっきの金髪さんはシャルだったみたいです……まさか私が気付けないなんて……
「今日のシャルは月並みな表現ですけど天使みたいです……」
「ちょ、そんな……照れちゃうよぉ」
でもシャルは顔つきも優しいですし、普段三編みだからかおろしている髪の毛にも程よく癖が付いてゆるふわですし!
とりあえずギューしておきます!
だって道行く男性陣がシャルのことを可愛い可愛いって言いながら歩き去っていくんですよ?
だからしっかりとシャルは私の恋人だって見せつけないといけません!
「あんまり可愛いと心配になっちゃいます・・・」
「アリサだって注目集めてると思うよ?」
「それはそれ、これはこれです! 私よりシャルの方が可愛いですし!」
「うーん、僕としてはアリサの方が可愛いと思うんだけどなぁ」
そんなこと言っちゃやぁです!
照れちゃうじゃないですか!
とにかく、シャルは私の恋人なので他の男性からちょっかいかけられたくないんです!
前もナンパされたかと思ったらシャル目当てだったこともありましたしね!
「だから……手、繋ぎませんか……こ、恋人繋ぎで」
……うぅ、同じお布団で寝たことも一緒にお風呂に入ったこともあるのに手を繋ぐってだけで恥ずかしくなっちゃいます……
でも鈴ちゃんやセシぃとも寝たことはありますしお風呂も入ったことありますから、そういうので照れないのは当たり前なのかもしれませんね。もちろんシャルが相手の場合はお風呂も睡眠もついでなのですけど……あぅ、思い出しちゃいました。
私が恐々と腕を出すとシャルがすかさず手を握ってくれました。
うわ、うわぁ……指の間にシャルの指が……なんとなく、この繋ぎ方はえっちな気がします!
普通の繋ぎ方より接触する面積が広くて……意識するとふにゃーってなっちゃいそうなので気にしないことに……出来るわけがないですよね!?
「アリサ? 顔赤いよ?」
「へ、平気です……ちょっと照れ臭くて……」
「そうだねー。手を繋いだりはあんまりしなかったもんね」
初めてのキスがディープキスでデートも今日の今日までしなかったくらいですからね……世間一般のカップルとはかなり順序が違っているとは思います。
まぁ、女の子同士なので今さらなんですけどね。
でも、夜は基本的に私がリードしてるのにこういう時はシャルの方が積極的なんですよね……
まぁ、私としては急ぎすぎたらすぐに飽きられちゃうんじゃないかとか考えちゃってるんですけど……
「ん? どうしたの?」
「いえ、シャルは可愛いなぁと」
私がシャルに飽きるなんてことはあり得ないので、シャルから求めてくれる分には何も問題ないです。
ただ、何が問題かといえば……このあとのこと何も考えてないんですよね。
繁華街という場所柄、お買い物や映画、お茶にゲームセンターとやることは沢山あるのですが……その、私、友達と遊んだことがあまりないので遊び方が分からないんです。
IS学園に入学してからは鈴ちゃんを始めとする候補生の皆さんや、それ以外の同級生のお友だちもそれなりに増えたのですが……今まで友達が少なかったのでおしゃべりだけで楽しいんです。
そんなですから結果的にわざわざ寮外で人と遊ぶというのともせず……デートで何をすればいいのか分かんなくなっちゃったんです。
私としては隣にシャルがいればいいのですが……
「それで、アリサ、今日はどこいくの?」
「ふぇ!?」
「えと……そんなに驚くような質問したかな?」
「いえいえいえいえ! 当たり前の質問ですよね! 私が誘ったんですから私がデートプランを立ててないわけないじゃないですか!」
あぁぁぁ!
私はなにを強がっちゃってるんですか!?
たった今デートでなにすればいいのか分からないって考えていたばかりなのに!
「そっかー。じゃあ、楽しみにしてるね」
「は、はい! 任せちゃってください! か、かか完璧なデートで楽しませてあげます!」
「へぇ、アリサがそこまで言うってことはオススメのお店があるのかな?」
うにゃぁぁぁぁ!
どつぼにはまっちゃってますよぅ!
なんで素直にごめんなさいできないんです!?
こういうのは時間が経てば経つほどに言い出しにくくなっちゃうものなのは分かってるのに!
「ほら、ベンチでのんびりしてるのも悪くないけど暑くなってきちゃったから早く行こ?」
「は、はい……」
夏じゃなければ公園デートにできたのに……太陽さん恨みます!
ですがシャルのおかげで少し冷静になれました。比較的涼しい日だとはいえ夏なんです。あんまり長いこと外にいたらシャルが病気になっちゃいますし、日焼けもしちゃうかもしれません!
だからとりあえず……ど、どうせ目的地は駅向こうなんです!
「じゃあ、駅向こうに行きましょうか?」
「うん、そうだね」
うぅ、嘘をついているという後ろめたさからシャルの満面の笑みが直視できません……いえ、可愛いのでしっかり見ますけどね!
えーと、まずはお昼ですし……えと、オシャレなレストランでお昼ご飯ですかね……?
このあたりのレストランと言うと……一軒しか知りません。
「で、でもオシャレ度は合格ですし……お値段は張りますけどお金はありますから……」
代表候補生は国家機密の塊であるISに乗っているので口止め料的なお給金が支払われるのですよ。
私の場合はパパが私以上に機密を握っている研究者のリーダー格で、しかも私も代表候補生を辞退した身なので皆さんほどの口止め料は発生していませんがそれでも遊ぶのに困らない額ではあります。
だからお昼ご飯は問題ないはずです。
そのあとは映画を見ながらプランを考えて……
「あの、アリサ……」
「はい?」
「その、ここ?」
「ええ、そうですけど……えぇ!?」
見るからに人が沢山……は、入れますかね?
「あ、あの……」
「いらっしゃいませ! 少々お待ちくださいー!」
お店に入ると感じのいいお姉さんが元気よく挨拶してくれました。たしか……水戸さんでしたっけ。何度かお店に来ているので顔見知りではあります。
中に入ってみると意外と空いている……なんてこともなく、とりあえず目に見える位置のテーブルは埋まってしまっているみたいです。
「お待たせしました……えと、不破さん……ですよね?」
「は、はい……」
名前を覚えていてくれたのは嬉しいですけど水戸さんの顔は申し訳なさそうです……これは、やっぱり……
「すみません。夏休み終盤だからかお客様が多くて……ご予約もされていませんし今日は……」
「あ、あの、今から予約したら何時ごろになりますか……?」
「えっと……夕方になってしまいそうですね。予約もいっぱいで……すみません」
「いえ……そうですか……」
いつもは少し待つだけで入れたのに……なんで今日に限ってこうなんでしょう……
「シャル……ごめんなさい。普段気軽によっていたので予約が必要だとは思わなくて……」
「ううん。こればっかりは仕方ないよ。それに僕もまだそれほどお腹空いてないし……」
「そ、そですか? それなら……えと、映画でも……」
「うん。そうしよ。早くしないと時間がもったいないよっ」
「は、はい!」
シャルは笑顔ですけど……ちょっとだけ残念そうです。
で、ですが次は!
恋愛映画は外さないってテレビかなにかで見たことありますしきっと平気です!
「映画はなに見るの?」
「え、えと……今話題のラブストーリーがあるみたいで……!」
「へぇ、恋愛ものかぁ……なんだかデートって感じだね」
「え、えへへ……」
よかった……これなら大丈夫みたいです。
◇
大丈夫だと思ったのに……
『ベス……やっと、一緒になれたね』
『えぇ、ジョージ……これからは堂々と会えるわね』
そんなことを言い合って海の向こうの俳優がキスをして映画は終わりました。
「あ、あの、シャル……?」
「……おもしろかったね。アリサ、もう出ようか?」
「あ、はい……」
にこりともせずに、シャルは席を立って歩き始めました。
どうしよう……シャル、きっと怒ってて、それに悲しんでます……
確かに、映画はヒットになるのも頷けるストーリーでした。
間にあるのは金銭だけという愛のない夫婦。その妻がある日財産を全てもって子供と出ていき、残された夫が運命の女性と出会うという話。
主人公の妻は本当にお金目的で結婚したような悪女だったので、不倫とはいえ夫に感情移入がしやすくなっていました。不倫関係なのにそれを含めて面白いと評価される、確かに素晴らしい作品なのでしょう……事実、ほとんどの観客たちは満足そうな顔でした。
……でも、シャルは不義の子です。
もう社長さんとも奥様とも仲直りしたとはいえ、シャルが社長さんと不倫相手の間に生まれた子だという事実は変わりません……
「アリサは……おもしろかった?」
「あの、その……」
「まぁ、おもしろかったに決まってるか……じゃないと見ないもんね」
だから、ハッピーエンドとはいえ不倫が題材な時点でシャルにとっては許せない作品で……それを選んだ私にシャルが怒るのも当然です。
シャルの中で私はデートプランを練っていたことになっているので……きっと、怒っている以上に傷ついているはずです……
でも……なんて言えば……
「ほら、アリサ……次はどこいこっか?」
「は、はい……行きましょう」
もう……なにも考えられません。どうすればシャルを喜ばせられるんでしょう……?
本当は謝りたいのに……なんて謝ればいいのかも分からないです。
「アリサ」
ほんの数時間前まで、シャルは笑ってたのに……私が、その笑顔を消しちゃいました……
こんなことになるなら、デートなんてしなければ……きっと、シャルも私に呆れてます。いえ、もしかしたら嫌いになってしまったかもしれません。
「アリサ?」
女の子雑誌にも初デートだけは絶対に失敗しちゃいけないって書いてあったのに、プランを立ててなくて、昼食も失敗しちゃって、挙げ句の果てに映画ではシャルを傷つけて……
「ねぇ、アリサってば! どこに行く気なの!?」
「ふぇ……?」
シャルの声にはっとして周りを見ると駅周辺のいわゆる遊び場からそれて住宅街に入ってきてしまいました。
見るからに遊ぶ場所なんてないのにこんなところに連れてこられたらそりゃ声もかけますね……
「ふぇじゃないよ、もう……さっきの映画はのことは気にしてないから、次のとこでは楽しませてね?」
気にしてないなんてそんなわけないじゃないですか……私だったらすごく傷ついてますよ……
それに、楽しませてだなんて……もう、無理です。
映画館ではシャルが心配で何も考えられなくて行き先すら決まってないのに……
「アリサ……? どうしたの?」
ただ、黙り込んでる私を心配してるだけのシャルの声が、私を責めているように感じます。
シャルは優しいので言葉にはしませんけど……それでもやっぱり、私はシャルをがっかりさせているに違いありません。
「……ぐすっ」
「ねぇ、どうしたの?」
シャルに楽しみにさせて、自分も楽しみにしていたデートがこんななんて……涙が出てきちゃいます。
泣きたいのは恋人にあんな酷い映画を見させられたシャルの方なのに……悪いのは、全部私なのに……
「ねぇ、どうして泣いてるの?」
「…………なさい」
「アリサ……?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめん……なさい。こんな恋人で……シャルを傷付けるだけとの最低な恋人でごめんなさい……こんなことになるなら……デートなんてしない方が……」
運が悪かった……私の頭の冷静な部分はそう思ってます。レストランが満席だったのも、映画の内容も、運が悪かっただけと。
結局は何も準備していなかった私が悪いのに……今、まさに傷付いているシャルを放って自分だけ慰めている私自身が情けなくて……最低すぎて……
「そ、そんなことないよ! 確かにレストランは残念だし、映画もちょっと、その、よくなかったけど……アリサが初デートで僕を喜ばせるために考えてくれたことだから、」
「違うんです!」
涙声で、絶叫します。
シャルに、そんな優しいのでことを言ってもらえる資格無いんです……
「私は……それすらしていないんです……!」
「え……?」
「私は……ただ、未だにデートをしていないのが、変に思えて……それだけの理由でシャルを誘って……もう、それ以上のこともしたから初デートが特別とも思わないで……」
嗚咽まじりに、弁解ばかりして……私だけが泣いてて……本当に私、最低すぎます。
これじゃ、シャルの方が悪者みたいじゃないですか……シャルは、ただ、私とのデートを楽しみにしてくれていただけなのに……
「私は、誘っただけで満足していて……きっと、なんでも楽しめるなんて、シャルの気持ちにあぐらをかいて……何も、準備してなかったんです……」
「アリサ……」
「はは……こんな私に、シャルの恋人の資格ありませんよね……」
シャルは、きっとの初デートに期待してたのに……私はただ最初の一回目としか意識してなくて……その上、デート始めて二時間ちょっとで既に散々で。
きっと、シャルももう帰りたいはずです。こんなデートなら新学期の準備をしてた方がましだと思っているでしょう……
「シャル……ごめんなさい……」