甘粕正彦は勇者部顧問である   作:三代目盲打ちテイク

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三好夏凛は苦労人である

 山中を駆ける影が一つある。二刀を手にした少女。戦装束である黒衣装に身を包んだ黒の獅子が森を疾走している。

 長い裾を持つ戦装束を枝などの障害物の多い山中でいささかもひっかけることなく走る姿は、まさに熟練者と言わざるを得ないだろう。

 

 三好夏凛。獅子の面を与えられた二対一つの鬼面衆の一人。本来ならば讃州中学に通うことになってここには来ないと思っていたのだが、どうやら日課と言うのは恐ろしい。

 そうついこの場所に来てしまったのだ。それも戦装束で。まったく、早く新生活に慣れなければならないというのにこの体たらくだ。

 

 だが、三好夏凛は仕様がないと思う。自分はそう器用な方ではない。術法に関しても兄の方が上だし、武術にしても総合的に見れば兄の方が上だ。

 しかし局地的に見れば自分の方が優れているところがある。気功術であったりそれの短期的な瞬間出力であったりだ。

 

 いわば特化型なのだ。嵌れば強い。万能型には及ばないが、一芸だけは負けないという自負がある。何度も言うが、自分はそう器用でないと自覚している。

 器用であったならばこんなところには来ないだろうし、壇狩摩などという男の下で働いてもいない。だからこそ、自分は不器用なのだ。

 

 完璧な兄がいてまあ、思うことがないとは言わない。しかし、それでも自分は自分である。卑下することなくそう言える。

 なぜならば、この胸には確かに柊四四八の言葉があるからだ。だからこそ、自分は器用でないと認め、完璧になれないと認めてただ一つの極致を目指している。

 

 特化型はこうも取れる、万能型が届かない極致へ行ける人間だと。だからこそ、己は磨き続けるのだ。嫌な事は多い。

 特に今走っているこの場所にはあまり良い思い出はない。だがそれでも走ることは止めない。

 

「――っ!」

 

 放たれた拳を片手の一刀で受ける。しかし、安心はできない。反撃には転じずそのまま防御を選択。突如として飛来する剣雨に対して迎撃。

 片手の一刀は直ぐに後ろへと振るう。軽い手ごたえそれでも防いだという実感。跳躍して距離を取り仕切り直す。

 

 現れる三種面。曰く、怪士、夜叉、泥眼。夏凜の先達であり、鬼面衆の中においておそらくはもっとも高い実力の持ち主たち。

 しかし、狩摩に言わせれば腑抜けどもであり、名折れだとか。狩摩にくっついているとこのところ夏凜もそう思うようになってきた。ただし、そんな余計な思考は命取りだ。

 

 その意識の隙間を奴らは見逃さない。特に、泥眼は。ゆえに、意識の死角、視界の死角。この両点を突いてくる。そう馬鹿正直に。

 

「盲打ちの相手してると、正直な奴ほどやりやすい奴はいないのよ!」

 

 自らの死角は把握済み。意識の死角だとしても身体は勝手に動く。そうなるだけの訓練はして来ている。ゆえに、死角に向けて蹴りを放つ。

 前を向いたまま放った鋭い蹴りは不可視状態の泥眼を捉える。無論、一つにかかればもう二つが来る。正面から怪士。

 

 その武術の完成度は凄まじい。歴代怪士は常に武術において優れている。他に優れたものはないだけに、そこは夏凜に通ずるものがあった。

 だが、夏凜が純粋に己を伸ばそうとしているのに対し、そこにあるのは妄執だけだ。護国、護国、護国。曰く、怪士は完成された武術を振るえなかった者がなるという。

 

 だからこそ、そこに宿るのは正道にありながら邪道。ゆえに殺しの技と化すわけだが、

 

「いい加減わかってるのよ!」

 

 身体の門を開く。煉り込んだ気を全身に流す。訪れるのは身体強化という結果。その瞬間出力は、常態の怪士を遥かに上回る。

 ゆえに、一撃、この一撃においてのみ怪士の拳を破壊するほどの威力をたたき出す。二枚を抜いて、あとは一枚。

 

「で、そうくるでしょうねえ!!」

 

 剣雨が振る。多くの暗器、暗器、暗器。もう面倒なほどに降り注ぐ暗器。だが、その全ては軽い。暗殺の技であるからこそ、軽い。

 手数において確かに夏凜を遥かに凌駕しているが、重要な部分以外は喰らえばいい。問題ない。手数が多いということはそれだけ軽いということなのだから。

 

 だからこそ、やせ我慢で突っ込む。我慢ならば慣れている。狩摩を相手にすれば忍耐力としていやでもついてくる。

 そうだとしてあいつに感謝するのは大いに間違っているので絶対に感謝などしない。せいぜい菓子折りでも投げつけるくらいだ。もちろん特大に不味い奴を。

 

 剣雨を抜ければ剣山が来るも気功術でごり押す。痛いところは我慢。とにかく我慢して、突っ込む。そして、二刀の一撃を叩き込んだ。

 

「ふぅ」

 

 深く息を吐く。終わった。まったく朝からこんなことになるとは、早くここに通う癖を直さないといけない。

 

「帰ろう」

 

 休みだからと言っていつまでも山の中で過ごすわけにはいかないだろう。狩摩がいる家に帰ると言うのは甚だ不本意だが帰らないわけにはいかない。とりあえず、運動用の私服に着替えて夏凜は山中を降りる。

 しかし、その足取りは重い。別段、傷がどうだとかそういうわけではない。傷は気功術でとっくの昔に直しているし、そこまで深刻なことになるほど酷いものではない。

 

 だが足取りは重い。狩摩がいる家。そうそれだけで世界が滅んでも良いくらい嫌なのだ。なにせ、狩摩は四六時中何を考えているかわからないし、隙あらばセクハラしてくる。

 理屈ではなく完全な反射神経で動いているので、考えが読めないのだ。だから行動も読めない。いい加減慣れたが、狭いマンションの一室でやられると被害度が修業場の屋敷とは比べものにならない。

 

 ここ数週間は我慢も出来たがそろそろ限界だ。だからこそ、本当に帰りたくない為に足が重い。

 

「あら、三好さんではありませんか」

「――理事長先生、こんにちは」

 

 黒塗りのリムジンが彼女の脇に止まる。そんなものに乗っている人物を一人しか夏凜は知らない。辰宮百合香しか。

 讃州中学の理事長であり、この四国でも有数の名家のお嬢様だ。それでいて大赦や狩摩本人の所属である神祇省とも交流のある人である。貴族の血が流れているのか放たれる気品は余人とは比べものにならない。

 

 容姿もまさに令嬢と言った風で、しかも夏凜からしたらスポンサーだとか株主だとかそう言ったものになる。だから必然的に頭が下がる。

 

「はい、こんにちは。ですが、そんなに畏まらず。今日は休日です。休日まで学校のように接してもらわなくて結構ですよ」

「そういうわけにもいきません」

「そうですか。ああ、そうでしたね。あなたは狩摩殿の部下ですものね」

「…………」

 

 そう言われると肯定したくない。しかし、肯定しないわけにもいかない。この人を前にしたら嘘などついてはいけないだろう。

 そんな微妙な間を百合香は感じとったのか納得したように言う。

 

「ふふ、やはり嫌われているようですね狩摩殿。あれでも一応いいところがあるのですよ」

 

 悪いところの方がはるかに多いですけれど、とも百合香は言う。その点に置いては激しく同意するが、流石に肯定するのはやめておく。

 上司をこき下ろす部下などあまり良いものではないから。ただ、内心では激しく同意している。そんな内心を見透かしたように、

 

「あなたも大変なようですね。振り回されてばかりでしょう」

「…………いえ、そんなことは」

「本心を言ってくださっても良いのに。ああ、そういうわけにもいきませんか。あなたの立場では。わかります。私にもそういう部下がおりましたから。わかったのは彼がいなくなってからでしたが。

 ――そうです、三好さん。お時間は御座いますか? ここでわたくしたちが会ったのも何かの縁。色々とお話もしたいですし朝食を共に致しませんか?」

 

 それは願ってもないことだった。あの狩摩と顔つき合わせて食事をしなくて済むのならばなんだっていい。しかし、立場が違いすぎる自分がいいのだろうか。

 

「よろしいのですか?」

 

 一応、確認しておく。返ってくる答えは半ば予想通りのものだった。

 

「よろしいですよ。先も言いましたが、休日まで立場を持ち出すこともないでしょう。休日とは休んでいい日なのですから立場など考えずに休みましょう」

 

 だから一緒にどうです? と百合香は夏凜を誘う。

 

「わかりました。ご相伴にあずからせていただきます」

「ええ、ではどうぞ乗ってください。狩摩殿にはこちらから連絡をしておきます。一応は、あなたの保護者ということになっていますからね」

 

 別に連絡しなくてもいいだろうに、と夏凜は思う。いつも夏凜は朝食は自分の分しか用意しない。狩摩(あれ)が他人の分の朝食を用意するなど想像できないし、何より朝食を用意している姿すら夏凜は見たことがない。

 だというのに朝食時にその見たくもない顔を晒して朝食を食べているのだ。だから問題はないだろう。だから言われるがままにリムジンに乗った。

 

 リムジンに乗るとふわりと香るのは百合香の香水だろか。強すぎるわけでもなく、かといって弱弱しいというわけでもない。

 どこかせつなげな華の匂い。男ならばくらりと来ること間違いない匂い。しかし、それは決して甘ったるくない。良い匂いだ。

 

 更に座席もふわふわだ。気を抜けば沈んでしまうのではないかとすら思う。本当に生きる世界が違う。そう思った。

 それを自覚するととたんに緊張してくる。タタリなどを相手にするほうがまだましなんじゃないだろうかと、すら思ってしまう。窓越しではなく直に対面してみて夏凜はそう思った。

 

「どうかなさいましたか?」

 

 しかし、当の百合香はそれに気が付かないようだ。

 

「い、いえ」

「そうですか? 何かあれば言ってください。大抵のものは揃っているらしいですから。あと敬語も外してもらって構いません」

「ですが……」

「良いのですよ。わたくしごときに敬語など使わなくても」

「…………」

 

 本来ならばそういうわけにもいかないだ、本人がいうのならば良いだろう。そもそも夏凜としては早々敬語で話すのはあまり得意な方ではない。

 どちらかと言えば目上だろうが素で行く方だ。何度もいうが、自分はそう器用な方ではない。だから人に合わせて対応を変えると言うのは不得意。

 

「では、御言葉に甘えて」

 

 だから、ここはその言葉に甘えさせてもらおう。

 

「はい、では、しばらくお待ちください」

 

 辰宮邸。そこはまさしく屋敷だった。大正浪漫を感じさせる邸宅。見る者を圧倒させかねない青い血(ブルーブラッド)の気品が流れ出しているかのよう。

 そんな屋敷の中に招かれる。執事だとかそういうのが迎えてくれるのだろうか。大方の余人と同じ予想を夏凜もしてみるが、予想に反して執事が出てくることはなかった。

 

 というかこの家は人の気配に乏しい。まるで百合香一人しか人が住んでいないかのようにも思えてしまう。事実、廊下を歩いていても誰ともすれ違わない。

 窓から中庭を見下ろしてみてもそこには人影はないのだ。

 

「こちらです」

 

 そして、案内されたのは食堂。まず夏凜は驚いた。広い、小説だとかに出てくる貴族の屋敷の食堂そのままだ。しかし、驚いたのはそれではない。

 

「な、なんで、あんたがここにいるのよ!」

「だはははは! なんじゃい! おまァも来たんか! お嬢も人が悪いのう。まったく驚いちょるやないかい。可哀想に」

 

 何やら食堂の席に座って大爆笑の狩摩がそこにいた。離れるために誘いに乗ったのに既に回り込んでいるとはどういうことだ。

 そして、可哀想とかどの口が言っている。

 

「狩摩殿ほど人が悪くないとは自負しておりますが、確かにこれは少しいじわるでしたね」

 

 どうやら百合香が関わっているらしい

 

「いやいやいやいやいや!」

 

 いじわるで済ませてもらってはこまる。もはや逃げることはできないし、ここで逃げるのは百合香の顔を潰すことになるのだろう。

 つまりだ、あそこで声をかけられた時点で自分は嵌められていたのだという事実に今初めて、思い至った。

 

「申し訳ありません三好さん。今日は定例会でしたので、狩摩殿を呼んでいたことをすっかり忘れておりました」

「そ、そう」

「なんじゃい、せっかくのお嬢のお誘いじゃぞ。もっと嬉しそうにしたらどうなら」

 

 誰のせいでこんな顔になっていると思っているんだ。しかも狩摩だけではない。

 

「三好夏凛か。勇者部に入部したのであったな。顧問としてはまだ挨拶していなかったからな。今しておこう。甘粕正彦。知ってのとおり、勇者部の顧問である」

「…………」

 

 甘粕正彦までがいつもの恰好で座っている。

 

「では、私か。全校集会であいさつしたがじかに合うのはこれが初めてだな。クリームヒルト・ヘルヘイム・レーヴェンシュタインだ。気軽にヘルと呼んでくれ」

「…………」

 

 更にはクリームヒルトまでいるのだ。

 

「あははは、こぉれはまた、かわいこちゃんだねぇ。盲打ちもまったく良い御身分だねえ。あー、うらやましー」

「なんじゃい、じゅすへる。うらやましいんか? 残念じゃが、こいつはやれんでよ。俺の遊び道具じゃ」

「誰が遊び道具よ!」

「べ、別にうらやましくなんかないんだからねー! あははは」

 

 神野明影は相変わらず楽しそうに嗤うばかり。確実に思ってもないことを言っている。

 

「…………」

 

 がりがりと胃が削られていくのを感じる夏凜。

 

「おい、貴様らふざけた茶番を見せに来たというのなら俺は帰るぞ」

 

 更に人の神経を逆なでしてくる柊聖十郎までここにはいた。

 

「あーん、まってよセェェジィィ。君がいなくなったら僕はどぉやって夏凜ちゃんとお話すればいいんだい。ほら、僕ってさぁ、人見知りだしぃ?」

「お前が人見知りだと。ハッ、ふざけたことを抜かすなよ。貴様ほど無遠慮な奴は他に知らん。毎日人の家に上がり込んで勝手に飯を食っていく奴などな」

「えーん、夏凜ちゃーん、セージがいじめるよーあはは」

「――ってこっちくんな、抱き着いてくんな! 胸を揉むなこの変態!」

「あらあら、三好さんもすぐに馴染んで何よりです」

「これを馴染んでいるというのか。なるほどヨシヤの言っていた意味を少し理解したかもしれん」

 

 それを見ているのはクリームヒルトだ。せめて助けろ。お前、たぶんここだと一番まともだから。しかし、夏凜のそんな願いは届かない。

 

「仲が睦まじいことは良いことだ。友情万歳!」

 

 お前はお前で喝采してるんじゃない!

 

「あはははは! こりゃァ、傑作じゃ。お嬢もよォやるのォ。俺にはまねできんでよ。そして、じゅすへる、そいつのちっぱい揉んで大きくしたれや」

 

 そして、そこで大笑いしている盲打ち。神野は元気にハーイと返事。いい加減にしろ殴るぞ。

 

「だぁ、かぁ、らぁ! 私の話を聞けえええ!」

 

 結局、全員が止まったのは朝食が運ばれてきた時だった。

 




回れ回れ、万仙陣。

いやあ、後半のギャグを書いているのはとても楽しかった。とてもとても楽しかった。相対的にごめんね夏凜ちゃんと謝らなければならないけれど、楽しかったよ。

万仙陣やって一番の変化がお嬢の株が爆上がりしたことです。万仙やってからお嬢が可愛く見えてしかたがない。しかもかなり動かしやすい。
八命陣では面倒くさい女でしかなかったので、あの一面が見れたのは私にとって大きなプラスでした。

神野は…………うん、まあ、一途神野さんは一途だから、これ浮気じゃないからね。もしかしたら綺麗な方かもしれないし。
ああ、でもたぶん容姿的には綺麗な方なんだよなぁ……。うわぁ。

次回も夏凜ちゃんかなぁ、ここで終わらせるのはアレだと思うし、何のための定例会かくらいはやっておいた方がいいだろうし。
少しばかりこの四国に対する説明とかバーテックスに対しての説明しておいた方がいいかもしれないし。
その裏で、なんとか十字さんを動かして樹ちゃんと絡ませようかな。

ただし、予定は未定。では、そういうわけでまた次回。
リアルも忙しいですし、そろそろ万仙ブーストきれそうなので遅くなるかも、ただし予定は未定です。

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