先日、新しい武術の先生が讃州中学にやって来た。突然の全校集会と言う、辰宮理事長の気まぐれがが起きて何事かと言えば新しい武術の先生の紹介。
そこに現れた女は、見る者全てを圧倒したと言っていい。豪奢な金髪に磨き上げられた鋼の肉体。しかし、犬吠埼風を含めて女子生徒はこの女に感じるべきものを感じなかったのだ。
武術の新しい先生クリームヒルト・ヘルヘイム・レーヴェンシュタインは美人である。客観的に見てかなり整った顔立ちをしているし、スタイルも鍛えているのだから相当良い。
女としてはだいぶ羨ましいと思うだろう容姿をしているのだ。だが、この女に対して、羨ましいなどとは誰一人として思わなかった。
それは明らかにおかしい。容姿の優れた者。例えば理事長である辰宮百合香を見れば女ならば誰もが羨ましいと思う。クリームヒルトの容姿もそれに近い。
だが、どう見ても女子生徒は羨ましいとは思えなかった。その理由を犬吠埼風は看過していた。それは勘のようなものであったし、ある意味で似た者同士だからこそ看過できたこと。
クリームヒルトは機械だ。一つの機能を有した機械。機能美という面において美しさを感じることができるだろうが、甚だ不出来な機械ゆえに誰も彼女を羨ましいとは思わない。
そんな彼女の初の授業が今から行われる。動きやすい恰好で。授業としては甘粕先生の方が良いという声もあるが、とりあえずはお手並み拝見というのがおおよその意見。
風もまたそれは同じで、様子見だ。
「揃っているな。授業を始める」
無駄なく、クリームヒルトはそう言って授業を始めた。といってもまずは当然のこと。全校生徒の前で自己紹介はしたものの改めて自己紹介をする。
「クリームヒルト・ヘルヘイム・レーヴェンシュタイン。長いので気軽にヘルと呼んでくれ。親しい者からはそう呼ばれていた。
さて、まずは私について色々と思う事もあるだろうから、質問と言いたいがこれはそういう授業ではないだろう」
確かに色々と気になることはある。壁の向こうの世界は滅んでいるのだから、外国人なんているはずがないだとか。
まあ、気合いで生き残っていたのだと言われればそれで納得できるのだが。
それは置いておこう。確かに、今はそういう授業ではない。改めて聞きたいことがあれば職員室に行けばいいのだ。
今重要なのは、
「私の実力だろう。お前たちを教えるに足る実力を持っているのか。その一点に尽きる。アマカスの方がいいと言う声もあるだろうが、なにそういう奴らを私色に染め上げるのは慣れている。
だから、そうだな。まずは誰かと戦って実力を見せよう。それが一番早い」
なるほど至言だ。風はそう思う。なにせ、この三年は一年間甘粕の授業を受けてきた猛者共なのだ。今更新しい先生が来たとしてそれがなんなのだという奴もいる。
だからこそ、認めるだけの力を示すというのは良い判断だ。まあ、多少脳筋じみていることは三年生たちも自覚しているが、重要な事でもある。
自分たちが習うならば至高を目指せる先生が良い。互いに高めあえる先生というのは貴重だ。特に武術では。だからこそ、クリームヒルトがそうであるのか知る必要があるのだ。
「我ながら脳筋じみてるわー」
そんなことを考えながら自嘲気味につぶやく。そんな間にクリームヒルトが対戦相手を決めたようだった。
「では、お前と戦おうフウ」
「え」
まさか、ここで自分の名が呼ばれるとは思ってもいなかった。自分よりも成績はいいやつはいるのだ。それなのになぜ自分を選んだのか。
しかし、その思考はそこで遮られる。投げられた木刀を咄嗟に受け取って、目の前に放たれた斬撃に合わせるという反射のおかげで。
戦いは既に始まっている。クリームヒルトは言外にそう言っているのだ。戦おうと言ったその瞬間に始まっていた。
ゆえに、考えるな動け。風の思考は即座に切り替わる。日常モードからこのところ出来上がりつつあった戦闘モードへ。
それはつまり、他への遊びを失くすという行為だ。手を抜く癖もなく、本気を出すということに他ならない。大赦にて学んだ、甘粕によって更に洗練させられた技を出すということ。
だからこそ、防御した時より反撃は流れるように行われる。重く、何よりも鋭い殺しの斬撃。天稟の心眼がクリームヒルトを見抜いていく。
なんだこのメスゴリラ。例えるならばそれだ。技術を持ったメスゴリラ。力なんて本当に女かと思うほど。それだけ道着の下に隠した筋肉の密度は凄まじく、どれほどの時をかけて修練したのかその技は一直線の死へと向かう死神の技だ。
学生に向けるようなものではない。そう断じて。だからこそ、己を選んだのだろうか。それは考えるべきことではなかったが的を射ている。
クリームヒルトとしては勇者部の実力を見てみたかったというものもあるが、どこか自分とあの少女に似ているこの少女に対して少しばかり興味があった。
ただ、それだけだ。何かあれば甘粕が止めるだろう。最初の授業ということもあって甘粕も見に来ている。ならば、自らは進軍あるのみ。
「くっ――」
当然のように弾き返される。というか、身体が宙に浮かされるという感覚は初体験だ。規格外の力。本当に人間かと思うもののこれくらいはやるのだろう。
なにせ、あの甘粕と同類だ、これは。思想、思考、それらは違うのだろうがどうしようもなく同類の匂い。放たれる斬撃、放つ斬撃で迎え撃ち、感じるのはそういうこと。
「いいぞ。心を入れ替えたアマカスの教育というのもなかなか馬鹿にはできんらしいな」
ならば、もう少し本気を出すか。言外にそう聞こえた。
「――っ!」
こっちはいっぱいいっぱいだっての。そう言いたかったが、そうは言いたくない。勇者部部長として、あるいは甘粕に教えを受けた身として。
やられっぱなしは趣味ではない。だからこそ、
「ほう」
クリームヒルトの感心の一声。弾ける剣閃。補強された木刀同士が奏でる木音の調べ。もし真剣での打ち合いならば火花でも散っているだろう光景。
それに生徒たちは固唾をのんで見守っている。そうしなければならない。邪魔は許されない。これは2人舞台。クリームヒルトと風の。
ならばこそ己らはこれを目に焼き付けろ。学ぶが良い。これはそういうものだ。武術の授業。武術とは常に見て、模倣して学ぶこと。
だからこそ、どのようなものでも見て学べばいい。私にできるのはこれくらいだ。そう不器用な女がそう言っているようだった。
そんな戦いは綺麗だ。綺羅綺羅しい。そう表現できるだろう。見えない火花が見えるようだし、まるで真剣でも打ち合っているかのようにも見える。
しかし、当事者にとってそんなことは一切思えるほど余裕はない。
「見事だ、フウ。試合とはいえ私とここまでやれるのはおまえで二人目だ」
「そりゃ、どうもっ!」
片や楽しそうに笑い、片や苦しそうな表情。力量差が圧倒的な中で切り結んだ回数は数百を既に超えている。人間の範疇で言えばそろそろ腕なりなんなりがしびれてくる頃だ。
なにせ、相手は既知外の暴威を振るっているのだ。ゴリラと斬り合いをしているようなもの。ゆえに、人間である風はその暴威を一身に受ければただでは済まない。
ならばなぜ今なお打ち合えているのか。それは単純に風の技量が凄まじいというわけではない。技量で言えば彼女よりも上はいくらでもこの讃州中学にはいるだろう。
しかし、それでもなお打ち合えているのは彼女が今も学習しているからだ。圧倒的な圧の中で目をそらさずにその暴威を見て、学んで己の血肉として昇華させ受け流す。
単純に言えばそういうことだ。だからこそ、今も加速度的に試合の苛烈さは増していく。無拍子で放たれた刺突。それを首だけの回避で躱し放つは下から上への逆袈裟斬り。
加減なく放たれたそれだが、クリームヒルトは笑みのままその斬撃を素手で受け止める。それを理解した瞬間、風は木刀を手離していた。
そうしなければここで終わっていた。数瞬前まで頭の会った位置をクリームヒルトの剛腕が通り過ぎていく。その圧力が凄まじい。
「良く躱した。普通ならば、武器に固執する。なにせ、人は弱いからな」
「そうしたらやられるでしょうに」
「そうだ。まあ、試合だからできることだな」
いや、あんたは多分実戦でもこれくらいできるだろう。そんな感じがする。
「しかし、武器がないぞどうするフウ?」
「素手でもやれますよ」
まあ、幾分かは厳しいがある意味で武器を使うよりは出来る。なにせ、武器で叩いたところでダメージは通らないだろう。
だからこそ、通すには少しばかり特殊な技を使う必要がある。例えば、
「こんなのとかね!」
地面を蹴った。その速度は尋常ではなく、周りが一瞬見失うほど。縮地と呼ばれる歩行技術。踏み込みと共に懐へと入る。
そして、放つのは鎧通し、発剄とも呼ばれる類の衝撃貫通打法。軽く握った拳をインパクトの瞬間握り込み、衝撃を抉り込む。
内臓破壊の技。内臓は鍛えられない。如何に筋肉を鍛えようとも内臓だけは鍛えようがない。ゆえに、これは有効な攻撃。
しかし、
「ふむ、だいたいわかった」
風の拳を腹筋にめり込ませながらクリームヒルトは何事もなかったかのように話を続けていた。手ごたえはあった。会心のそれだ。
だが、まったく効いていないのだろう。此処まで来るとその規格外さに呆れを通り越して、ああ、やっぱり甘粕先生の同類なのだと納得する。
ここまでくれば、彼女を認めることに異論はない。もとより認める認めないの話ではなかったが、それはそれ。
「参りました」
「うむ、こちらもなかなかどうして楽しかったぞ。今日はここまで終わりだ」
無駄なくそう言ってクリームヒルトの初授業はそうやって終わった。
「…………」
風は己の拳を見ている。負けたのだ。さて、そこに付随する感覚としては悔しいとかそういうものであるが、同時に理解したことがある。
あれは死神。そして、自分もまた死神。死を呼ぶ存在だと。両親をバーテックスに殺された時、あの時自分もそこにいた。
自分が原因だったのか、あるいは別の何かか。まあ、それはいい。今は、勇者部。大赦のお役目だったとはいえど、彼らを巻き込んでしまった。
甘粕先生のおかげで問題は全くないがそれでも負い目はある。自分が集めなければ、彼女らは死の危険を冒してまで戦う必要はなかったのだから。
「悩むこともあるだろう。だが、答えは決まっている」
不意にクリームヒルトがそんなことを言った。まるで見透かしているかのように。
「…………」
そう決まっている。何があろうとも自分は守るのだ。妹を、そしてみんなを。
「ヘル先生、ありがとうございました」
そのために死ねと言われたならば喜んで死のう。皆の為に。それくらいしか自分に価値はないのだから。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「どうだったかね、教職というものは」
授業が終わったところで、甘粕がクリームヒルトへと話しかける。
「ああ、なんというべきかな」
「中々どうして堂に入っていたではないか」
「まあ、これでも盧生だ。邯鄲では一通りのことは経験している。理屈はわかっているつもりだよ」
そこに至るエネルギーは相変わらず感じることはできないが。
「しかし、アマカス、色々と聞きたいがなぜ我々は夢が使えない」
狩摩との邂逅の時より夢が使えない。いいや、正確に言えば阿頼耶に接続すらできない。いいや、正確には何かに妨害されている感覚がある。
「それは俺も同じだ。だが、夢など必要あるまい」
いいや、甘粕の場合はもうお前暴走すんなよ、いいか、絶対だからなやめろよ。フリじゃないぞ! という阿頼耶の拒否である。
つまりついやりすぎちゃうから阿頼耶からストップがかかったのだ。一人の個人が阿頼耶凌駕して人類滅ぼすなど阿頼耶としては認められないのである。
その上、まあた何かやらかしそうで戦々恐々としているのだ。
「まあ、それについては同意するよ」
夢など必要ない。邯鄲を制覇した誇りだけがあればいい。柊四四八の言葉だ。
「おそらく夢が使えんのは神樹のせいだろうよ。あれの侵食を抑えるのには、夢という概念自体封じねばならんからな」
「それは外への防御でもあるし、我々への対策でもある、か。まったく首をしめたいのか、人を守りたいのか判断がつかんな」
神樹。あれはいったいなんだ。それは盧生ですらわからない。あの神祇省の狩摩ですらわかっていない。あれの発生によって、この四国は守られている。
関わっているのは柊四四八か。なぜならば、ここにいない盧生は彼くらいだから。第四がいても役に立たない上にあれは二度と出ては来れない。
しかし、彼の思想からあれは遠い。そして、それは甘粕ともクリームヒルトの思想からも遠い。
人を犠牲にして守る未来などあってたまるものか。その点に関して二人の意見は一致していると言っていい。
それが我々ならばいいのだ。覚悟を持った大人ならばいいのだ。だが、無垢な少女たちであってはならない。
ましてや供物などと呼ばれるものが勇者であって良いはずがないだろう。
「大赦と言ったか。あれはどうなのだ」
まともな組織とは思えないが。
「大赦に所属してみたりはしたが、あれは駄目だ」
もとより甘粕好みの集団ではないが、組織として終わっている。子供を戦わせるなどもってのほかだろう。
しかし、それ以外にないのだからと人を供物にするシステムなど言語道断。だからこそ、甘粕は彼ら、彼女らを少しでも生き残らせるために教師となった。
「なあに、心配はいらん。この俺がなんとかしてやろう。それが、柊四四八へ向ける俺の愛だ」
「…………お前は、あの後のお前か」
柊四四八に敗北した。ゆえに、己は彼に従おう。敗者が勝者に従うのは昔からの決まりだ。人を信じるのには勇気がいる。
だが、だからこそ甘粕は勇気を示した。柊四四八がやったように。愛と勇気の人間賛歌。お前たちの輝きを俺は見守ろう。
その背で語って託せるように。
それがこの世界を救う事だと信じているのだ。
「俺らは所詮は過去の人間だ。この時代の事はこの時代の人間に任せる」
そのための手助けは先人としてしよう。だからこそ、夢など必要ないのだよ。
そう甘粕は言った。日が傾きかけた時分。今日もまた創界は成り、バーテックスは現れる。それでも世界には希望がある。
勇者がここにはいるのだから――。
「行くぞ勇者部諸君!」
『はい』
今日もまた甘粕は行く勇者部と共に――。
回れよ回れ、万仙陣。
長瀬メダルコンプリートしたので更新。
とりあえずルート的には静乃と晶を終了させました。まだまだ先は長いですが頑張ります。
とりあえず風の中に新たにエイコー成分が発見されました。水希プラス栄光とかアレだ面倒くさい以外の何ものでもないです。
クリームちゃんこれで良いかな? まあ、メスゴリラにかわりはないのですが、書いているうちにあれだ中の人の別キャラに思えてきてやばかったw。どちらも脳筋系列ですし。
まあ、それはさておき、甘粕たちが夢を使えない理由らしきものを出しました。
夢使えなくても問題はないのだけれど、完全に神樹敵対してますよねえ、これ。
セージからも成果奪ってますし。
まあ、頑張れ神樹。第五盧生共々やられないことを祈ってるよ。
次回は、夏凜ちゃんかな。また甘粕の出番が削られていくが真打は遅れて登場といいますし、もう少し待って。
というわけで、苦労人になってしまった夏凜ちゃんとお嬢の絡みかなあ。
まあ未定です。