甘粕正彦は勇者部顧問である   作:三代目盲打ちテイク

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第■盧生は讃州中学見習い武術教師である

 武術の授業というものがある。それについて説明するまでもないだろうが、まず断っておくとそれは体育の延長線上ではない。

 戦真館學園と呼ばれた古い軍学校からの傍流の傍流ではあるものの少なからずその流れを持つ讃州中学には今でも、いいや今だからこそ武術の授業というものがある。

 

 これは体育の延長線上などではなく本当の武術を学ばせるための時間。いわば、殺しの術を学ばせる時間。語弊を生まないように言っておくとこれは別段暗殺者だとか殺人鬼を生み出す為のものではない。

 殺しの術とは語弊があるが、平たく言えば護身術でつまるところ授業の目的とはこうだ。

 

――我も人、彼も人、ゆえに対等。

 

 だからこそ、人と向き合う為の武術を学ぶ。それがこの武術の授業の理念だ。また、健全なる魂は健全なる精神と肉体に宿るとも言う。

 体育もそうだが、精神というのは体育で培うよりは武術の精神を学んだ方が早い。我も人、彼も人。これを学ぶならば武術が一番。

 

 つまりはそういうこと。そして、この手の授業を担当するのは通常体育教師である。つまりは甘粕正彦だ。一年から三年まで授業時間が被らないように理事長の辰宮百合香によって組み上げられたカリキュラムに従ってそれは行われる。

 だが、当然無理もある。甘粕とて人。当然だ。超人、馬鹿、魔王、勇者だとか色々と言われるこの馬鹿であるが、それでも人なのだ。

 

 だからこそ当然できないことはある。それは例えば、同じ時間に同時に別の場所に出現するだとかだ。物理的に無理なことはできない。

 まさか、気合いで分身するわけにもいかないし、我も人、彼も人。授業とて人と相対するのであれば、分身などで代用などもってのほかと甘粕は考えているのだ。

 

 だから、百合香は少し考えた。此れは少し、効率が悪いのではないのか? と。確かに今は問題なく回ってはいるが、彼にも無理はあるだろう。

 一応、この四国、それから大赦にまつわる諸々のことは知古であるところ壇狩摩から聞いている。それに甘粕が関わっていることは承知のことだ。

 

 だからこそ、これからもこのカリキュラムで行くのは無理がある。もちろん、彼は諦めんというだろうが、そう言う問題ではない。

 人類存亡をかけているのだから。もしこれであの男がなにかやらかしたのなら、この状況を辛うじて創りだしてくれた英雄である柊四四八に申し訳が立たない。

 

「悩ましいですね。こうもうまくいかないとは」

「だははは、何やら悩んどるようじゃのう。お嬢」

「狩摩殿、頼みますから理事長室に窓から侵入するのはやめてください」

「細かいことは気にすんなら。それで? 何をこまっとるんじゃお嬢。お嬢らしくないでよ。お嬢の話なら聞くんもやぶさかやないで」

 

 この男がそういうのは非常に珍しい。まあ、反射神経で生きている男だ。助言など期待できないし、話したところでこの男は頼りにならない。

 だが、まあ話すのも良いだろう。頼りの金将ももうここにはいないのだ。失って初めて大切さがわかる。本当、身に染みるとはこのこと。

 

「これのことです」

「ん? なんや、武術の授業のことかいな。こりゃぁ大将の受け持ちのはずやろ。今更何を悩んどるなら」

「バーテックスですよ」

「あんなは大将の敵やないで、勇者部にうちの子獅子もやりよる。別に気にするまでもないが、そういうことやないんやろなぁお嬢。つまりじゃ、少しでも生存確率あげよ思うとったらカリキュラムがやばいことになってると、そういうことじゃろお嬢」

「ええ、有体に言えば」

 

 その言葉に狩摩は腹を抱えて大笑いする。

 

「はっ!よいよ、お嬢も教育者らしくなってきたぁないかい! 幽雫の坊主がみたら涙流して腹斬るでこれは! かははははは! おうおうおう重力坊主がやったことも無駄じゃあなかったっちゅうこっちゃ!」

「あなたに言われたくありませんよ狩摩殿」

「それはすまんなァお嬢。それならいい手があるでよォ。まあ、これがどういう手になるんか俺もよォわからんし、なんであんながここにおるんかも不明じゃが」

「? 何を言っているのです」

「そら、特大の死神よ。ああ、お嬢は会ったこたぁなかったかのう。まあ、それも諸々含めていい機会っちゅうやつなんやろ。俺もまあ、そういう気分じゃし、武術教えるんならこれが適任よ」

 

 つまりそれはどうにかできるということなのだろうか? いいや、この男を信用してはいけないだろう。ただ、気分でいえば、任せてみてもいいと思っているのだ。

 なにせ、盲打ちだ。何を考えているかはわからないが、盤面不敗を謳うこの男がまかり間違っても指し間違えるなどということはない。

 

 それは経験からわかっている。

 

「では、狩摩殿にお任せします」

「任しときィ! 泥船に乗ったつもりでなあはははははは!」

 

 そう言って窓から出ていく狩摩。

 

「まったく信用なりませんね」

 

 とそう言っていると狩摩が出ていくのと入れ違いに、

 

「すみません! ここにあの馬鹿来てませんか!」

 

 三好夏凛が入ってくる。

 

「ええ、先ほど出ていきましたよ。そこの窓から」

「ありがとうございます!」

 

 そう言って夏凜は百合香が指した窓から飛び出して行った。すると、

 

「おうおう、まったくこないな簡単なカラクリにも気づかんとはまったくあれじゃのう。あいつも」

「普通窓から出て言ったと言われれば下に行くと思いますものね。上には行かないでしょう」

「それじゃあ、行ってくるわお嬢。泥船言うたが、惚れた女の手前無様晒すんはないわ、信じてまっとれい極上の武術講師、連れてきちゃるけんなあわははは!」

 

 何を言っているのか。まあ、さっさと行ってください。と手で狩摩を促して狩摩は悠々と正面から出て行った。やれやれである。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「…………」

 

 この状況は何だ、と思う前にまずは自分とは何かから考え始める。突然の意識の断絶。それは認識している。ゆえに、まずは己と言う装置の機能を確認する。

 損なわれた機能はないか、記憶、身体全てに問題がないかをまずは確かめていく。それは未知の状況に対する逃避などでなく至極真っ当な、どのような状況だろうとも死ぬまで生きる為の確認だった。

 

「…………」

 

 さて、そこまで確認してここはどこだ。見覚えのある土地ではない。少なくとも邯鄲の夢の中で見た未来ではあるのだろうが、自分がここにいる理由はなんだ。

 最後の記憶もあいまい。まさか、自分がやられるとは思っていない。これは自惚れなどでなく客観的な事実だ。眷属がいて、あの柊四四八がいた。

 

 ならばこそ、自分が死ぬということはまずもってありえない。盧生とはそういうものだ。少なくとも、常人に害せる存在でもないだろう。

 だからこそ不可解なのだ。この現状が。

 

「で、それに答えるのはお前ということか? カルマ」

「おうおう、そういうこっちゃ。久しいのう。それとも初めましてなんかのう。まあ、どってでもええわ」

「さて、顔を合わせたのが初めてかどうかはわかりかねるな。この私がどの時間からここに来ているのかも不明なゆえ、そこらへんは勘弁してもらいたい」

「俺もそこは気にしちょらん。気にするだけ無駄っちゅう奴よ。なあに、神だろうが仏じゃろうが天魔じゃろうが、壇狩摩の裏は絶対取れんでの。問題はないじゃろ」

「ほう、聞きしに勝るとはこのことか」

 

 そう豪奢な金髪の女は笑う。絶世の美女、とはまあそれは主観の話だから言わないにしても一般的にみて女は美人の部類に入る。

 豪奢な金髪もそうだし、軍装の上からのスタイルはかなり良さげだとわかるだろう。だが、狩摩をしてこの女に抱くはずのものを抱かない。

 

 それは言ってしまえば情欲の類。そう簡単に言うと性欲。女ならば羨ましいなどと思う程度には素晴らしい容姿を見せつけられれば男として反応するのが普通。

 しかし、これにはそういう気分はいっさい浮かばない。これは機械だから。人間である前にそういう装置であるということ。

 

 まあ、柊四四八との出会いによって凄まじく人間になっているのだが、それでもこう思わずにはいられないわけだ。

 

「おうおう、知ってもろうとるんなら男冥利に尽きるでの」

「ああ、アユミからはこっちくんな変態、その他の面々からはこっちくんな馬鹿と聞いている。会ったらとりあえず殴れとな」

「かはは、こらァ一本取られたのォ。なんじゃい、あのちんまいのはまァだ、胸揉んだことおこっちょるんか。器が小さいのう。おお、だから胸もちんまいんか、そりゃしゃーぁないわ」

 

 一人で何やら大爆笑している狩摩。それでも内容は女に聞こえている。

 

「ふむ、確かにこれは女の敵という奴だな。しかし、困った、私はもう人は殺さんと決めているのでな、お前に対して私が出来るのはこれくらいだ」

 

 そう言って女は拳を握る。そして、振りぬいた。

 此れだけ見てその武術が完成されたことはわかる。さて、普通ならば笑って受けるところではある。だが、この一撃に関しては別。

 

 解法などの夢を使わずともあの存在感が勝手にそのヤバさを伝える。凄まじいまでの戟法性能による拳。当たれば木端微塵だろう。

 だからこそ、狩摩は死ぬ気で避けていた。死ぬ気といっても、適当なのことにかわりはなく、また相手にも当てる気自体はなかったので何とか躱すことができた。

 

「む、外したか。良し、動くなカルマ。次は当てる」

「おうおう、人は殺さん言ってなかったかいな」

「ああ、人は殺さん。つまりこれはアマカス的な殴ってわからせる教育という奴だ」

「それに戟法使うんわ卑怯じゃて。俺はもう夢もなんも使えんのじゃからなあ。神樹の創界でもなけりゃ、俺は夢が使えんのよ」

 

 それを聞いてとりあえずは女は夢を引っ込めた。

 

「神樹、なんだそれは。この現状と関係があるのか」

「あるとしたらそれよ。俺も詳しいことは知らんし、まったく腑抜けた神祇の大赦は役に立たん老害で苦労ばかりじゃが、樹海ゆう創界の中なら俺らは夢を使える。まあ、あれはだいぶ卑怯な抜け技じゃがのう」

 

 本来ならば夢は使えない。柊四四八の眷属として彼が夢を捨てた時から夢は使えない。だからこそ、この前のアレこそが例外。

 

「なるほど、ならば私はお前たちを助けるべきなのだろうな。人は少なくともこの状況ならばそうするのが理屈に乗っ取っているというものだろう」

「相変わらず理屈から入る奴じゃが、まあそういうことよ」

「……では、カルマ私は何をすれば良い。見ての通り私に出来ることなど少ないが」

「なァに、単純よ。うまくいきゃァお前さんの願いも叶うじゃろうて」

「ほう」

 

 ならば是非もない。噂に聞く盲打ちの一手。乗るな乗るななと散々言われてきたが、乗ってみるのも一興というものだろう。

 

「良いだろう。この私、第三盧生クリームヒルト・ヘルヘイム・レーヴェンシュタインが手をかそう。それで? 具体的には何をすれば良い」

「やる気満々で良いことじゃ。まあ、まずは形からよ。これに着替えりィ。安心せい、サイズはあっとる」

「む、そうか。では着替えるとしよう」

 

 それで着替えたのは道着と呼ばれるような代物だった。

 

「ふむ、ドーギという奴だな。武術の修練に使う衣服であったか。邯鄲でこれに似たものは見たことがあるが、それで? これを着せてどうしようと言うのか? まさか、今更武術の修練をしろというわけはあるまい」

「おうよ。お前さんに必要とは思えんしのう。この状況に関係しとってなァ。まあ、俺らが表だって動けんのよ。だから、お前さんには教師になってもらうっちゅうわけよ」

「ふむ、委細承知した。つまり、私は学童に武術を教えろというわけだな」

 

 そうして、この日讃州中学に新しい武術の教師が着任した。

 




さあ、回れ回れ、万仙陣。

というわけで、ちょっとクリアブースト掛けました。今回は風の掘り下げの為の準備回。
予定では次回辺りに風の掘り下げでもやろうかなと。
まあ、風がどれだけやれるかとか、そういった実力的な意味合いですけど。
というわけで、次回は久しぶりの戦闘描写でもやってみようかと。
まあ、いつになるかはわからないのですが。明日か明後日かもしれないし、更に先かもしれません。

甘粕が主人公なのに出番が少ない? 主人公の出番が少ない作品ってあるよね……すみません、私が単にヘルに浮気中なだけです。
もうちょいしたら出ると思います。

では、そういうことで。皆さまも万仙陣を回しましょう。


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