甘粕正彦は勇者部顧問である   作:三代目盲打ちテイク

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それは勇者と罪人で――捧げろお前ら

「そん、な……」

 

 勇者は死んだ。誰がそれを言った? そんなことは関係なく、今、結城友奈の前に広がっていることが事実だ。全てが終わった。

 勇者は死んだ。誰が語る? そんなことに関係なく、勇者部は友奈を残して倒れた。顧問の先生もまた、それは同じく。信じられない事象? それを信じろ。

 

 目の前にあるのが事実だ。さあ、どうする敵は健在だ。バーテックスは未だ、そこにある。お前に力が足りなかったから。

 だからこそ、貸してやろう。お前は勇者だろう。そう何かが囁く。勇者にしてやろう。まだ、お前が諦めていないのなら。

 

「諦めないよ」

 

 諦めない。例え、先の見えない暗闇の中だろうと、前へ進む意志がわずかでもあるのなら、少しでも前に進んでいるのならば、勇者が敗北することなど断じてない。

 頼りになる先生はいない。だが、その背は確かに語ったのだ。次は自分たちの番。例え、自分一人でも全てを救って見せろと。

 

「だから、私は、勇者になる」

 

 顕現する勇者システム。誰かが嗤ている。滑稽かな、滑稽かな。だが、そんなものは知らない。勇者になるために勇者システムを使う。

 それが自分の意志と信じながら(・・・・・)

 

「行こう」

 

 戦う意思を胸に。スマートフォンに存在する、入れた覚えのない(・・・・・・・・)アプリを使用する。自らの身体が変わる。

 それは神樹に捧げられる勇者になると言う変質。変容する、変質する。桜の輝きが天を貫いて黒の戦装束は桜の勇者装束へと変わる。

 

「はあああああ!!」

 

 全ての力が上がる。かける、駆ける。バーテックスへと。

 

「勇者パアァァアンチ――!!」

 

 衝撃波が世界を砕く。だが、激震のバーテックスは未だ健在。殴る、殴る。痛い、ああ痛い。どうして、こんなにも痛いのか。

 

「けど! みんなのためなら頑張れる!」

 

 それが本当に己の意志と信じながら。揺蕩う何かが嗤う、嗤う。聳え立つ何かが嗤う、笑う。喝采せよ、喝采せよ。

 これが、勇者の誕生だ。咲き誇れよ勇者よ。お前の価値は、ただそれだけだ。

 

「――あ」

 

 何かが、弾ける。それは弾けては成らぬ一線で、満開への――。更なる力に友奈が手をかけようとした瞬間、

 

「はい、カーット!」

 

 世界の時が全て止まる。

 

「あーあー、まったくもぅ、これだから君は厄介なんだよ。なに、逡巡もなく勇者に成ろうとしてるかなぁ、君は。違和感に気が付いているんだろうまったく」

 

 友奈も何もかもが停止して、その中で一人が音を散らす。それはながら天からの声のようで。完全なる善性が天から降りてきたかのように。

 保険をかけておいて正解だったなあ、とそいつは笑う。シンノヒカリ。ある意味で、そして、シンノカゲリでもあった何かが。

 

 つまりは、神野明影と呼ばれた人物がそこにいた。

 

「僕の役割はこれでいいんですよねぇ主。でないと、あっちに有利になるし、あっちもあっちで面倒くさいし。まあ、それは盲打ちに任せるとして。僕はこっち。ハーイ、カットカットーシーン巻き戻してー」

 

 世界がまるでビデオの巻戻しのように戻って行く。

 

「何を驚いているんだい。これくらいは簡単さ。僕の主を舐めないでもらおうか。なんせ、僕を気合いと根性で召喚しちゃったんだからねえ。これでも、神祇省に第八等って呼ばれたこともあるし、何より気合いと根性をインストールされた僕なら、これくらいは可能だよ。

 どの道、二つの夢が重なり合って鬩ぎ合いしてる限り、盧生だろうとこの僕に勝てるわけないだけどねぇ! あはははは」

 

 夢の中で最も混沌に近い者が嗤う。嗤わせるなよ、混沌としての経歴は僕の方が長いんだから、先輩を立てろよ後輩。

 そう言うように彼は、夢を操って行く。作るのは道。これから先へ進むための。すっかりと歪になってしまった世界への。

 

 そして、その中心にいる少女をしっかりとその胸に抱きながら神野明影はみずからの身体を砕きながら、歩く。

 

「やれやれ、まったく僕がこうまでするなんて結構なことだよ。感謝してよね。本当なら、水希以外をお姫様だっこなんてしたくないんだよ」

 

 そう自分の胸で眠っている友奈(希望)に言いながら、神野は零れていく自らをそのままにただ前へと光の中へと彼女を届けるために進むのであった――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 かちゃり、がちゃり。これは何の音だ。自分が動くたびに鳴る、金属音。東郷は思い出す。それは自らを縛る鎖であると。

 眼を開けば暗闇だった。何もない。何もない。座牢。本来ならば即身仏の修行用の場所だろう。つまりは、ここは神樹への供物を創る場だった。

 

 罪人のように繋がれて、東郷はここに在る。ここが居場所。本当にいるべき場所。自らの犯した罪は、それほどまでに大きいはずなのだ。

 だが、そう知の犬士に自らを称する少女は気が付いていた。というより、混沌を一度見て……いいや、二度見て、更に神樹に一度自らを捧げている勇者であるからこそ、彼女は気が付いた。

 

「ああ、これは、夢なのね」

 

 全ては泡沫の夢。お前らの望みを叶えてやろう。満たされたら眠れ。今も頭に響く声がある。望みをかなえてやるぞ、だから満たされた眠れ。

 そう言っている。あるいは、供物を捧げろ。そうしたら救ってやろう。力を貸してやろう。もう一つの声が響いている。

 

「…………」

 

 全ての状況が、東郷の中で組み合わさって行く。そして、一つの結論へと至った時、そいつは現れた。

 

「よォやっと気が付きおったか」

「狩摩、先生……」

「そうよ、俺よ。まあ、こんなもお前がつくっちょるもんに合わせとるだけじゃがのう」

「…………」

 

 わかっている。どういうことになっているのかも全て。

 

「その調子やと全部気がついちょるみたいやし、説明せんでもいいか。あまり時間がないでの」

「ええ、わかっています」

 

 全ての始まりは、自分だと言う事。何をやったのか、あの時に全て思い出している。二度目に混沌を狩摩に見せられた時から。

 事の始まりは変わらない。勇者として東郷がある二人の友人と活動していた頃にさかのぼるが元凶、原因は変わらない。

 

 あの時は違う名であったし、甘粕も狩摩も、そんな存在はどこにもいなかった。いるのは柊聖十郎の役割を与えられた大赦の人間。そして、東郷美森。

 それが元凶のキャストであり、罪人だ。

 

「しかし、ここまでやっておいて、おかしいと気がつかんかったんかのう。犬吠埼風以外に歴史の授業を受けた覚えは、誰もないじゃろ」

「…………」

 

 ない。そして、それに違和感すら抱かなかった。いいや、抱かないようにしていただけ。風にだけ歴史の授業があったのは、彼女は影響されやすいから、むしろ知っている方が夢が回るから。

 ただし他のメンバーは違う。気が付くとか気が付かないとかの問題じゃない。知らないでほしいと思ったのかもしれない。特に友奈には。

 

「知られちゃ困るっちゅうことよ。知られたら甘粕、俺、お嬢、じゅすへるの違和感に気が付かれてしまうからの。何より自分の醜さが分かるっちゅうもんじゃけェのう」

 

 気が付かれれば夢が綻ぶ。過去の人間が現代によみがえる? 讃州中学で教師をして大赦に関わり、自分たちに関わり世界の命運の為に戦う?

 そんな都合のいい話があってたまるかい。そう狩摩は言う。まったく第四の時となんら変わらん。たいぎぃのう。狩摩はそうぼやく。

 

「まあ、大将が出て来んのも当然じゃわ。大将もスパルタじゃが、殴りつけるのは甘粕の方じゃ。じゃけェ、甘粕が出てきたっちゅうことよ。ただし、奴は盧生よ。如何に盧生じゃろうが、望み通りの存在を出すんは無理っちゅうこっちゃ。だから、お前は忘れたことにして、全てをやり直しとったんじゃからの」

 

 そう全て忘れたことにして、神樹にすらその記憶を捧げてやり直していた。そのせいで、友人は勇者システムに存在する満開という力を用いてバーテックスの大群を戦う羽目になり、21度もの満開を経て、その結果散った。

 華は咲けば散る。当然の理屈として、神樹に供物をささげたのだ。自らの肉体と感覚、都合21種のそれを。もはや、人の形はしているが、生きているのが不思議なくらいの憐れな姿となっている。

 

 それでも死ねない。神樹へも供物だから。神樹様が生かすのだ。そして、それは、自らの罪。

 

「全ての原因はまあ、アレじゃ、俺の役割におった奴よ。無駄な正義のある奴での。この現状をどうにかしたいと動いた。

 その結果、お前は壁をぶち壊した。まったく傑作じゃのゥ。こがァなことになっちょるんじゃから」

 

 結果、神樹は半分が飲み込まれ、夢と現実が混ざり合った。神樹が悪い、そう思ったからこその蛮行。その結果が、今の現状。

 それが一年前。だから、甘粕の赴任時期もその頃だ。

 

「時系列がおかしい? そらおかしいじゃろうて、なにせ全てが夢なんじゃからァ。まあ、現実でもあったよ。なにせ、呼ばれたのが甘粕じゃ。その時点で、全てが現実になってしもうた。

 その上、供物捧げて神樹にまでやり直しを望むもんやからややこしゅうなってしもうたんよ」

 

 夢の中で、やり直したい。そう願ったのだ。まあ、甘粕のおかげで全部現実になってしまっていた、そういうわけだ。

 友人たちと過ごした時間は決して嘘ではない。

 

「……それじゃあ、ヘル先生は?」

 

 では、そこに関係ないあとから登場したヘルはどうなのだ?

 

「あれは、お前を俺が外に連れて行ってしもうたから生じた解れから出て来たっちゅうこっちゃ。俺もそのあたりすっかり忘れちょったがのうがははは、いやあ、まさか本当に出てくるとは思っちょらんけぇのう! 流石は俺じゃ」

 

 うははははは、と笑う狩摩。

 

「まあ、こんな夢に巻き込まれちょるんは甘粕のせいじゃけえのう」

「え?」

 

 あの時、激震をふせぐためにちょーっとテンション上がって力を入れ過ぎてしまったのだ。そして、その結果、壁がぶっ壊れた。

 

「つまり、やらかしてしもうたんよ。あの阿呆は」

 

 東郷は絶句した。

 

「まあ、おかげでどうにかなりそうじゃし、あとはお前次第じゃ」

 

 このままで終わらすのか。向き合うのか。

 

「しっかり考えて決めェや」

 

 時間はまだあるのだから。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 全て、ああ何が起きたのだろうか。樹は何もわからなかった。ただ気が付いたら浜辺にいた。どうしてここにいるかなんて考えることはなかった。

 そういうものなのだろう。あの男の子と会うときは大抵こんな感じだったから、おそらくは今日もいるはずだった。

 

 人を見下して嗤う男の子。ただそこにいるだけで全てを不安にさせる男の子は、

 

「時が来た、樹、俺の役に立てよ」

「うん、良いよ」

 

 初めて自分を必要としてくれた勇者部以外の人。きっと、自分はただの道具なのだろう。それで、彼は放ってはおけないのだ。

 自分とどこか似たような芯を持つから。

 

 きっと彼は死にかけだ。死にそうで、死にそうで、それでも生きている。強い意志だけで、全てを凌駕して生きているのだ。

 生きることに嘘も真もない。誰の言葉か。それでも、彼は生きる。そのためならば何もかもを利用するし、お前ら利用されろ。

 

 傲岸不遜に彼はそういうのだ。そんなヤツに関わるとどうやっても不幸になるだろう。風に知られれば必ず止めらえるのは目に見えている。

 それでも、

 

「わたし、あなたのことが好きだから」

 

 過ごした時間は短い。それでも、そう思えるから。そして、それを口にした瞬間、彼は嗤った。

 

「俺を愛したな、俺を尊いと思ったな。ああ、そうだろうよ。お前らはそうなのだろうよ」

 

 曰く、盧生とかいう精神破綻者どもはそのふざけた口で彼を――逆十字を愛していると言うし、尊敬しているし、救いたいと思っている。

 そこに悪感情はなく玻璃爛宮は通じない。嵌らないのだ。盧生になりたと言いながら嵌らない。重大な欠陥だろう。

 

 それを克服した三代目。お前は、勝者になった。ああ、実に尊い勝利だ。だが、負けてるんだよ。お前ら逆十字をなんだと思っているのだ。

 奪えよ、それが俺たちだろうが。

 

 ゆえに、救いなどいらぬ。お前ら全員、供物になれよ。神樹に捧げられる――。

 

「勇者システム――墜滅の逆さ磔」

 

 尊ぶ者、愛する者、お前ら全員俺を愛しているのだろう? ならば捧げられろよ。これはそういう夢。本来ならば使えないはずのそれが、誰かが砂をぶっかけてくれたおかげで使える。

 

「―――――」

 

 そして、樹は消え失せた。

 

「ははっはっはあ? ――――」

 

 だからこそ、その異常さに男は気が付いた。むしろ、今までなぜ気が付かなかったとでもいうように。自分はなんだ(・・・)?。

 

「…………」

 

 なぜこんなところにいるのだろう。早く帰らなければ。そう単純な思考でそう思って、逆十字の冠を被っていた誰かは、そこから去っていった。

 そして、笑う、笑う、笑う、神の樹――。

 

 良いぞ、供物を寄越せ、その代わりに救ってやるよ。そう言う風に。

 




うぼああ、やったぜ、やってやったぜ。というわけで、出来たよ。眠い。

これがとりあえず最終前です。
夢と裏話と真相。
やっぱり今回も夢だったよ。

そして、神樹様進撃の供物奪取。「樹」という属性の近い樹ちゃんが供物として取り込まれました。
そういうわけで。逆十字なんていないんだよ! やっと言えたー! やべえ深夜のテンションでおかしくなってる落ち着こう(阿片スパー)。

三代目のおかげで救われちゃったんだよ。
というわけで東郷さんがあれでした。

そして、やっぱり甘粕はやらかしてたよ。
これより最終局面。次回をゆっくりお待ち下さい。

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