「いってきまーす!」
早朝、ジャージ姿でひとしきり柔軟を行った友奈は早朝ランニングへと出発した。朝、まだ日が登ったばかりの涼しい時分。
朝の空気は車の通りが少ないことでとても住んでいて気持ちがいい。海辺を行けば潮風と波の音を聞きながらのランニングとなる。
「はっ、はっ、はっ」
家から海岸までの長いコースを走る。10kmほどの距離を走る。最初はもっと短い距離であったがランニングを初めて既に五年が経っている。
武術を両親に習って体力をつける為に始めたことであるが、もう生活の一部となっている為長い距離を走っても苦にはならない。
健全なる魂は健全なる肉体と精神に宿るというから、身体は鍛えなければならない。そうすればいざと言うとき身体が動く。
勇者部としてバーテックスと戦うお役目もそう。大事な戦いだからこそこうやってコツコツと身体を鍛えるのが大事なのだ。
勇者。そう憧れてきたもの。今の友奈はそれだ。世界を救う勇者。だからこそ、半端なことはしたくない。だからこそ、お役目が始まってからもランニングは欠かさない。
それはこの変わらない日常が大事と再認識するためでもある。そうやって走っているその途上で樹と合流する。身体が弱いのでまずは健康の為にという理由で友奈が誘ったのだ。
「おはよう、樹ちゃん!」
「おはようございます友奈さん」
「うん、今日も元気に走ろう!」
今では二人で朝走るのが日課だ。近頃は東郷も誘うおうかと思っている友奈なのだが体調を崩しているらしく学校を休んでいる。
今日はそのままお見舞いに行くつもりだった。
「はあ、はあ、はあ、ふぅ」
いつものコースを走り終えて折り返し地点。樹と共に友奈は息を整える。インターバル。ここで友奈は武術の型を反復する。
甘粕先生に習ったことをもそうだし、何よりも反復は大事だ。この積み重ねが真の勇者になることに繋がると信じている。
いつか世界を救うのだ。この世界をバーテックスの脅威のない世界にする。それが彼女の
「はああ!」
一際強く拳を前に出す。海が割れる。上がる歓声の中で、
――ハッ。
「ん?」
友奈は誰かの哄笑を聞いたような気がした。その願いがさも笑えるからつい噴き出してしまったとでもいうような。
「樹ちゃん、今、誰かの笑い声が聞こえなかった?」
「そうですか? わたしには何も」
「んー?」
なんだったんだろう。しかし、考えてもわからないから続きをやろうとして構えたところで、携帯の樹海警報が鳴り響いた。
神樹の創界がなる。樹海が創界され、世界は停止する。さあ、勇者よ戦うが良い。そう言っているかのように。そして、化け物が現れる。
残り全てのバーテックス。都合三十の化け物が壁を越えて創界へと侵入してきた。
「最終決戦ってわけ?」
「そうみたいですね」
一先ず合流した勇者部一同。体調不良だった東郷もそこにはいる。
「大丈夫? 東郷さん」
「うん、大丈夫だよ友奈ちゃん」
「そっか。駄目そうなら言ってね」
「うん、ちゃんと言うよ」
気丈に笑顔をつくる東郷。それが友奈には無理をしているものだとわかるが何も言わない。ちゃんと言うと言ってくれたのだから。
言ってくれるのを待つ。まずは、目の前の敵を倒すこと。手始めに世界を救うのだ。
「樹も、大群だけど大丈夫? 危なそうなら下がってていいわよ」
「う、うん、大丈夫」
「まっ、危なそうなら素人は全員下がってなさいよ。あれくらい私一人で十分よ」
夏凜含めて勢ぞろいの勇者部一同。彼らがいると言うことは
「そろっているな」
お馴染みの大外套を翻して立つ甘粕。その横にいるのは軍装に身を包んだクリームヒルト。
「やけに多いな。いつもこうなのか? アマカス」
「今日は大盤振る舞いという奴らしい。今日も今日とて、勇者としての役目を果たさなければならん。敵の数は多い。だが諦めるな。あの程度の試練。我々ならば突破できないはずがないのだ。
この世界に存在する数多の守るのだ。それは、お前たちにしか出来んことだ。行くぞ諸君!」
『オー!』
全員が一斉に飛び出す。最終決戦。これが最後だと信じて。
まず飛び出したのはクリームヒルト。夢は使っていないが、鍛え上げられた肉体と意志の力は何よりも強く彼女という存在の強さを体現している。
ゆえに、誰よりも強く、誰よりも速く。彼女は敵へと駆けるのだ。
「では、一番槍を頂くとしよう。武人の誉だが、さて盛大に行く方がいいのかな」
一撃。剛腕が唸る。剣など使わん。これで十分。そういうように目の前に現れたバーテックスをなぐりつける。その衝撃にバーテックスの身体がへこみ反対側から飛び出すのは御霊であった。
「ほう、あれが弱点か」
ゆえに再びもう一度拳を振るう。風切音と共に拳圧が大地を抉り御霊を粉々に粉砕せしめる。それだけに飽き足らず周りのバーテックスもまとめて吹き飛ばしてしまう。
「ああ、お前はまったく素晴らしい女だ。俺も無様は見せられん。行くぞ」
軍刀を振るう。斬撃が走る。ただの一撃のうちに十度の斬撃を重ねて放つ。刹那のうちに細切れになるバーテックス。御霊ごと全てを斬り裂いて再生すらさせない。
「さあ、行け乙女たちよ。俺はお前たちの輝きを愛している。だからこそ、ここはお前たちの舞台だ」
さあ、行けよ勇者たち。お前たちの輝きを見せてくれ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「はい――!」
そんな甘粕の要望に応えるのはやはりこの少女だった。甘粕から貰った戦装束のインバネスを翻し、疾走する勇者一人。
「必殺――勇者・パァアアアンチ!!」
握りしめた拳を更に強く握る。己の信念のままに勇者として、その一撃を放つ。重く、何より強く。己の一撃は勇者の一撃である。
轟音と共に響く破裂音。ただの一撃でバーテックスが倒されたことを物語る。その一撃は大地を割り、海を裂いてバーテックスを薙ぎ払う。
見晒せ、これが勇者部の結城友奈の輝きだ。
「友奈後ろ!」
「へ?」
風の叫びに振り返る友奈。そこに現れるバーテックス。攻撃態勢。次の瞬間には攻撃が放たれる。防御は間に合わない。
だが、彼女に攻撃が届くことはない。バーテックスが地面へとめり込む。
「もう、やっぱり友奈ちゃんは危なっかしいな」
「東郷さん!」
放たれた弾丸がバーテックスにめり込んでいた。真実に押しつぶされそうになった。だけど、今は戦おう。そして、無事に終わったら友奈に話を聞いてもらおう。
だから、今は――、
「二人で行こう友奈ちゃん」
「うん、行こう東郷さん!」
手をつないで向かってくる相手に蹴りを放つ。消し飛ぶバーテックス。
「おおおおお!!」
「やああああ!!」
二人で敵に立ち向かう。怖い、恐ろしい。意志の力によって人の限界を超えても感じることがある。それは恐怖。
敵に立ち向かうのは怖い。自分たちが負けてしまえば全てが終わるのだから、そう思うのは当然で、何より敵を倒すという行為自体に恐怖が伴う。
でも、そんな恐怖に負けはしない。立ち向かうのだ。勇気を持って。選ばれたからじゃない。自分で決めた。勇者になりたいと思ったからここにいる。
頑張れる。皆の為に。誰かのために。怖いけど、怖くない。大丈夫。勇者だから。
「頑張ろうじゃない、頑張る。無理じゃないやる。夢は諦めなければ絶対に叶う。私は、結城友奈。讃州中学勇者部所属の勇者だああ!」
啖呵と共に放たれる拳はバーテックスを破壊する。その姿はまさに勇者。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「はあああ!!」
大剣を振るう。身の丈以上もある大剣を風は自分の手足のように振るっている。振り回されることなく無駄なく。
その斬撃は精巧だ。無駄がなくただの一撃で御霊を斬り裂く。まさに暴風。流麗な太刀筋ながら荒れ狂う暴風が如くその大剣は敵を刈り取る。
時に強く、時に敵の力を利用して変幻自在に振るわれる大剣はまさに死神の鎌だ。振れれば最後、命もろとも刈り取られる。
それでいて、妹の心配すら彼女にはできてしまう。
「樹、大丈夫?!」
「う、うん、大丈夫だよお姉ちゃん!」
傍らで戦う樹。彼女が扱うのは鋼糸。束ねられた鋼の糸。さながらそれは蜘蛛の巣のように張り巡らされ一種の結界を創りだしている。
触れれば最後切り裂かれる死の結界。いつもならば友奈や東郷、風の影に隠れていた彼女が今は前に出ていた。そして、その技を振るっている。
風はそんな妹の姿に変化を感じ取っていた。何かあったのだろう。自信がついたようだ。自分から前に出て自分からことを成している。
それは紛れもない成長。だからこそ姉としては嬉しいと思う反面、どこか寂しくもある。ああ、あの子は大人になったんだなと思ってしまう。
「あとで、理由聞かないと。よし、家族会議ね!」
とりあえずは前向きにそう言いながら向かってくるバーテックスを斬り伏せていく。そうしながら全体を俯瞰する。
やばいところに援護をいれつつ、更に別の場所へとバーテックスを攪乱して全体へと散らしていく。全員で生き残る。
そのために一人に敵が集中しないように攪乱し弾き飛ばし、盤面整理していく。本来ならば東郷がこの手の作業を得意であるが風もできないことはない。
そうやって盤面を整理して勝利への道筋を創るのだ。
「みんなでまたうどん食べるんだ。だから、みんな死なないでよ!」
わかってる。皆の声が聞こえた気がした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
小獅子が駆ける。勇者部最後の駒が今、樹海を駆ける。二刀を手に、黒の戦装束を翻してそして柏手一つ手印を結ぶ。
「
唱えられる咒。
「
災い、邪を退かせる咒が唱えられる。それと共に二刀に宿る輝き。災厄払いの咒によって破魔を成す。ゆえに、この一刀お前らには致死だぞ。
タタリ殺しの獅子が行く。ただそれだけに特化した獅子が二刀を振るう。特化型は万能型には叶わない。だが、特化型は万能型が届かない極致へと行ける。
嵌れば勝てる。だからこそ、嵌った今、彼女は誰よりも強い。何より、タタリを殺すことに関して彼女は万能にして完璧な兄を超える。
慣れない咒まで紡いで出した結果は、当然のように完全だ。
「これくらいできないで、何が勇者よ!」
振るわれた一刀がするりと入る。柄まで通れば燃焼するかのようにバーテックスが燃え尽きた。
「大赦狩摩組鬼面衆小獅子三好夏凛! 推して参る!!」
見晒せ、これが私の実力だ。
斬撃が飛ぶ。二刀が高速で振るわれる。両の手であるいは足までも用いて自在に振るわれる。たったの一瞬で細切れにされたバーテックスを突っ切りながらただ前へと夏凜は駆けていく。
負けない。誰にも。
「次いいい!!」
二刀の斬撃が斬り裂く。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
粗方の敵を片付けると敵にも変化が起きた。それは一つへと集まって行く。原始への回帰のような光景。残りのバーテックス十体が瞬く間の間に解けて混ざり合っていく。
それを東郷の目は見ぬいている。混沌。ああ、だからこそ一つになるのだろう。
「合体するみたいです!」
「合体!? ずるい私も合体したい!」
「いや、友奈、そういう場合じゃないから」
「ほんと、馬鹿ね」
「あはは……」
合体したバーテックスが現れる。それは巨大な竜。九つの頭を持つ竜。激震が勇者部を襲う。その激震を喰らえば勇者部とてただでは済まないだろう。
「みんな私の後ろに!」
だからこそ前にでるのは風だった。この状況で、大剣という得物。盾にも出来るほどに巨大な大剣だ。咒が刻まれているおかげで大きさも変えられる。
最大の大きさにすれば防げるかもしれない。いいや、防いで見せる。何としてでも。だからこそ、皆が何を言おうとも前に出る。
「私はどうなっても良いから、必ず皆を守――」
ゆえに、ああ、そんなことを言うなよ。
ふわりとその頭に優しく手を置いて。
安心するが良い。絶望などありはしない。鬱など無理に決まっているだろう。なぜならばここに
「安心すると良い風。愛おしい勇者部の皆の輝きを俺は守りたいと切に願っている。だからこそ、ああ、激震だろうが俺がなんとかしてみせよう」
お前のその意志だけ賞賛しよう。なぜならば、俺はお前たちを愛しているのだ。ああ、きっとお前たちは俺がいなくとも危機を乗り越えるだろう。
そう信じている。だからこそ、見ていると良い。これがお前たちに教える最後の授業だ。
固く握りしめた拳をそのままに甘粕は激震へと歩を進める。人として、夢など使わんし、もとより使う気もない。
あるのは邯鄲を制覇したという誇りだけ在ればいい。それが真。だからこそ、己もまたお前に倣うのだ。
「柊四四八、お前の背とはまた違うかもしれんが、俺は俺の背で皆を導いてみよう。それが、お前に捧げる俺の愛であり、出来の悪い生徒である俺が
握りしめた拳を振りぬく。激震とぶつかる。そして、全てが白に染まった。
回れ回れ万仙陣。
友奈回かと思ったら最終決戦になってた。何を言ってるかわからなねえが、そういうこともあるでしょう。
ここは万仙陣ですから(阿片スパー
はい、というわけでバーテックス三十体投入の最終決戦仕様ですがまだまだ続きますよ。ここからが本番かもしれませんし。
なんか、最後に激震はなった九頭竜がいたような気がしますが気のせいでしょう。
最終決戦はアラヤを流しながらお読みください。
感想欄が何やら阿片窟になりつつありますが、まあみなさん幸福っぽいので良しとしましょう。
私も幸福です(阿片スパー)。
次回は未定。とりあえず海回の予定でございます。
では、また次回。