魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
「きゃはっ、あははは……っ! なによコレ、杖を持っているだけで身体中に魔気力がみなぎってくるわ」
不気味な笑みと共に、目の下のクマが色濃く浮かび上がってくる。
霊鳴を手にしたからか、完全に調子を取り戻しやがったようで。
そいつは錫杖に似たデカい杖を下ろすと、それを俺に向けて、
「あんたに感謝しないとねぇ。まさか本当に壱式があるとは思わなかったわよ」
ニヤリと口角を上げるシャオメイ。
「はぁはぁ……。だ、だから、手紙は俺が書いたんじゃねェっての……」
そう俺が胸を押さえながら言ったその時。
いきなり壱式の杖先――輪形部分に通してある六つの輪がシャンシャンと音を響かせ始めた。
「えっ……なによ、一体どうしたっていうの? ねぇ、バカてふ。この現象って何かしら?」
って、俺に言われましても。
持ち主のお前が分からないものを俺が分かるハズねェっての。
そもそも弐式と全然形状が違うしよォ。
「あっ、あの人の後ろから光の糸が出てるんです」
と。コロ美がシャオの黒い尻尾を指差す。
確かに言われてみれば薄っすらと糸っつうか線が出ているような気も……。
「……あれを辿って行けって言いたいのかしら」
その呟きに一度だけフラッシュして答える壱式。
この反応――弐式のそれと同じだな。
おそらくはイエスって意味だと思うのだけれども。
「ふうん。いいわ、今のあたしはとっても気分が良いのよね。……っつーこって、行ってやろーじゃん!」
「ま、待ちやがれっ!」
慌てて立ち上がろうとしたが、未だ全身が痺れているため思うように足が動かせない。
「うわわっ」
よろけて盛大にずっこけてしまった俺に、
「なーにやってんだか。ま、あんたはココで大人しく待ってなさい。もしかしたら高ランクの模魔石があるかもしんないケドさ。そんときは、ちゃーんとあたしが有り難く頂いておくから心配しなくていいわよ。ふふーん、この霊鳴石壱式みたいにねっ」
この世で一番ムカつくウィンクを飛ばして森の奥へと消えていくシャオメイ。
ちきしょう……やっぱりあんなヤツなんざ助けなきゃ良かったぜ。
そう溜め息をついたとき、
「あっ、しゃっちゃん見っけ!」
杖に跨ったゆりなが空からやってきたではないか。
そいつは俺を見つけると、
「ふええーん、しゃっちゃん無事で良かったよぅ」
すぐさま杖から飛び降りて抱きついてきた。
まあ抱きつかれるのはもう慣れっこだからいいのだけれどもよォ……。
問題はこいつが変身した姿だってことだ。
つまるところの超怪力状態っつうワケで――
「ぐえええ、苦しい、苦しいって! こ、降参でぇい」
腰に回された腕に、俺は必死でタップを繰り出す。
「わわ、パパさんにトドメをさすつもりですかっ! やめるです~っ」
コロ美も慌ててゆりなのスカートをグイっと引っ張り、
「ふわっ。あ、いっけない。ボク変身してたんだった」
ようやく解放された俺はその場にへなへなと倒れこんだ。
そんな俺の頭をよしよしと撫でながら、
「む~。旧魔法少女さんヒドイんですっ」
チビチビ助が抗議の声をあげた。
「ご、ごめんなさぁい……ホッとして、ついつい抱きついちゃった」
しょんぼりと肩を落としたところで、
「あっ! コロちゃん、ボクの呼び方戻ってない……?」
「肯定。さっきのでコロナの旧魔法少女さんに対する好感度がマイナス一万ポイントになったんです」
「一万ポイントもっ!? そ、そんにゃあ……」
ますます肩を落とすゆりな。
このままでは地面にまで肩が埋まっちまいそうな勢いなので、俺はコロ美との会話を止めるべくゆりなのケツに軽い頭突きをかました。
「ひゃん!」
飛び跳ねて両手でケツを押さえるチビ助。
「もーっ、頭突きダメだもん。お尻が二つに割れちゃったよぅ……」
「ケツはもともと割れて――いや、面倒クセェからいいや。すまねェが、ちょいとこちとら切羽詰まってるんでぇい。いささかに恐縮だけれども肩を貸してくれるとありがたいぜ」
「ほい、了解うけたまわりっ!」
チビ助の肩を借りたところで、俺はふと疑問に思った。
そういや、こいつどうしてココへ飛んで来たんだ?
模魔……じゃなかった、大霊獣シロツキの魔気とやらに気付いたのか? いや、でもそんな能力なんて無いハズだしなァ……。
待てよ。まさかクロエのヤツが――
「あっ、もう変身は解いたほーがいいかな」
そんなことを考えていると、ゆりなが目を閉じて両手を自身の胸の前に差し出した。
チビ助の全身を包んでいる藍色の煌きが見る見るうちに失われていく。次いで、ふわりと浮き上がる黄色いネクタイ。
「変身解除……ディスコネクト!」
と。解除呪文を唱えた直後、ネクタイの裏に隠されていた藍色の宝石から黒猫が飛び出してきたではないか。
そいつは差し出されたゆりなの両手の平へと綺麗に着地すると、
「よっと。ひゃー、やっぱしシャバの空気は美味いぜぇ!」
大きな伸びと共に、これまた大きなあくびをかましやがった。
そんなクロエの大口に俺はすかさず人差し指を入れる。
「おいおい、待ちねェ。お前さんよォ、俺様との約束覚えてるよなァ……?」
「…………」
大口を開けたまま俺を睨み付けるクロエ。
そんな反抗的な目に、俺はなけなしの魔力――冷気を指先に込めて、
「シャオに呼び出されたことはチビ助に言うなって……そう約束したハズだぜ」
すると、黒猫はスルっとゆりなの頭の上へと移動し、
「にゃっはっは。すまねーな、まさかシロの野郎が出てくるとは思わなくってさ。さすがにシラガ娘一人じゃあヤバいかもって、慌ててポニ子を呼びに行っちまったぜ」
「そーだよ、しゃっちゃん一人じゃ危険だもんっ! どーして、ボクに言ってくれなかったの?」
むーっ、と頬を膨らませるゆりなに俺は頭をボリボリかいた。
どうしてもこうしても。今日一日はゆっくり休んでいて欲しかった……なんて、言えるワケねーだろうよ。
なので、
「いやはや、俺一人でも十分だと思ってね。それと自分の力試しも兼ねてさァ。まあ、ジュゲムなんたらさんだけなら余裕だったんだが、まさか大霊獣サマまで出てくるとは思わなかったもんで。……ん?」
テキトーなことを言っていたとき、不意にスカートが引っ張られた。
見てみると、コロナが足踏みをしながら何かを言いたそうにしている。
「なんでぇい? おしっこでもしたいのかィ?」
訊くと、ぶんぶんとツーサイドアップの髪を振って、
「ひ、否定。パパさんたち、お話は後なんですっ! あの人が向かった先に、少しだけお兄ちゃまの魔気を感じるのです!」
森の奥へと指差すチビチビに、
「いや、違うぜ。これはシロツキの魔気じゃねぇな……チビの方に完全に力が移ったか。なんであれツン子とくっつけちまうのはマズイな。こっちだ、ついてきなっ!」
ぴょんと、ゆりなの頭から降りて駆け出していく黒猫。それに続いてコロ美も羽を広げてすっ飛んでいく。
そんな二人の後ろ姿に、俺とゆりなは目を見合わせ、そして同時に頷いた。
+ + +
行き着いた先には洞穴があった。
とはいえ。それはとても小さい穴で、入口から見て全体が見渡せる程だったのだけれども……。
「あっ、クーちゃんとシャオちゃんだ! ありゃりゃ……二人ともどうしたんだろう?」
ゆりなが首を傾げるのも当然だ。
なんせ先に着いていた二人が洞穴の中心で一緒に固まっちまっているんだからな。
二人とも何かを見ているみたいだが――
「とりあえず俺たちも行ってみようぜ」
「う、うんっ。でも、しゃっちゃん大丈夫……?」
「おう。おかげさまで歩ける程度には回復したみたいだ。さんきゅーなチビ助」
ゆりなの肩から腕を下ろし、さっそくあいつらの居る洞穴へと向かおうとしたのだが、
「ダメだもんっ、しゃっちゃんすぐ無理しちゃうんだから」
と言って、ギュッと俺の手を握ってくるチビ助。
俺に魔力を分けてくれているのか、じんわりと温かさを増していくゆりなの手。
柔らかくて小さいそれに、俺は思わず歩みを止めてしまった。
「……えへへ。しゃっちゃんのお手て、相変わらずひんやりしてて気持ち良いねっ。さすが氷と水の魔法使いさんだよぉ」
「…………」
「あれ? も、もしかして、まだどっか痛いのかな……?」
「い、いや、そうじゃないんだが。なんつーか、こんなこと前にもあったような……って」
「ふぇ?」
なんてゆりながポニーテールを揺らして疑問符を掲げたとき、いきなり洞穴の中からとてつもない閃光が放たれた。
「な、なんでぇい!?」
「しゃっちゃん、行ってみようっ!」
手を引かれて洞穴に入った瞬間、再び青い光が視界を覆った。
やけに眩しいそれが落ち着いていくと同時に、頭に何かが乗っかる感触がした。
「ひゃー、まいったぜ。まさか目の前で引き継ぎが始まるとはな……多分、シラガ娘とポニ子にもチャンスはあると思うんだけどなぁ」
俺の頭上で意味不明なことを言うヤツは一匹しかいないワケで。
「引き継ぎ? チャンス? 一体なんのことを言ってやがるんでぇい」
そう訊くと、クロエの代わりに隣に立っていたシャオメイが口を開いた。
「……引き継ぎはおそらく『チューズデイ』のこと。そしてチャンスはこのガキんちょ――新しいチューズデイが誰を選ぶかってこと。そうよね、マンデイ?」
苦々しい顔で黒猫に視線を飛ばすシャオ。
「にっしっし。ご明察のとおりってね」
「ええっ!? まさか、この子が七大魔宝石のうちの一つ……大霊獣さんなの?」
「そうさ。この狐っ子は第弐番大魔宝石シロハ・ザ・チューズデイ。前任のシロツキが完全に消滅した、たった今この瞬間から、あいつの妹であるシロハが弐番石の厄災を引き継ぐことになる……」
「コロナが感じたお兄ちゃまの魔気はこの妹さんから出てたんですか……でも、見た目は全然似てないのです。不思議なんです」
なにやら皆さん盛り上がっていらっしゃるようで。
閃光からやっとこさ目が慣れてきた俺は、改めてみんなが取り囲んでいる洞穴の中心――切り株へと首を伸ばした。
「げげっ!?」
そのデカい切り株の上には話題の渦中にあるシロハとやらが確かに居たのだけれども……。
グシグシと目を擦ってもう一度見てみる。
「おいおい。なんつー格好で寝てやがんだ……」
そこには素っ裸のまま、すやすやと気持ち良さそうに眠っている女の子が居た。
見た目的にはおそらく六、七才くらいだろうか。
雪のような白い肌に、淡い桜色のほっぺた。背中まで伸びているさらさらストレートのウォーターブルーの髪、と。
ここまででも相当インパクトのデカい少女なんだが……もっと大きな特徴がある。
「わーいっ! ふわふわ耳、もふもふ尻尾、めっちゃんこ可愛いよぅっ!」
そう。思わずゆりなも手を出して触ってしまう程の可愛らしい狐耳と太い尻尾がそいつに生えていた。
それらは髪と同じく青い色をしていたんだが――
「……へっくしゅ!」
うおっと。いきなりシロハがクシャミをして寝返りを打ちやがった。自分の大きな尻尾を抱き枕代わりにして寝苦しそうに二回、三回と寝返りを繰り返す。
そんなシロハの動きにみんなで顔を見合わせていると、チビ狐の耳がピクピクと動き出したではないか。
「!?」
突如として俺たちの周りに緊張が走る。
「ふみゅ~っ」
人の姿をしているのに、ぐいーっと猫の伸びのような格好をするシロハ。
しばらくこちらに桃のようなケツを向けたまま尻尾をふりふり振っていたのだが、ようやく異変に気付いたのか俺たちの方へと身体を向ける。
おそるおそるといった感じに。
「…………?」
これまたおそるおそる、ゆっくりと顔を上げたチビ狐だったが……あるところを見てふと止まった。
透き通るような青い瞳。ちょっとだけ垂れ目のそいつの視線の先には――赤い髪のツインテール娘が居た。
「な、なによ……」
ジーッと、一分くらいは見つめていた気がするぜ。
さすがのシャオも困ったように視線を逸らした次の瞬間、
「……マ、マ?」
シロハがシャオを見上げたまま小さく呟いた。
――沈黙。
ゴクリと誰かが生唾を飲む音が聞こえる。
ま、まさか俺の聞き間違いじゃないよな……。そう思っていると、隣のゆりなが俺に目配せをして、そっと指をさした。
その方向には今まで見たこともないような驚愕顔のシャオメイ。
そして、
「ママぁ!」
と。驚愕顔のまま石のように固まったそいつに抱きつく嬉しそうなシロハの姿があった。