魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
しばらくの間、くつろいだ後、
「あ、そーだ。今日はお姉ちゃんがご飯の当番だから出来上がるのに少し時間かかるかも。その前にお風呂入っちゃわない?」
ゆりなの提案に否定するものなどおらず、みんな一様に首を縦に振る。
「へへっ、今日は飛びまくって汗だくだからなぁ。とっとと、さっぱりしてぇーぜ」
「肯定。コロナも汗かいちゃったのです。ベトベトなんです」
俺も二匹の霊獣に続いて、
「お、いいねェ。風呂は命の洗濯って言うしな。俺も入らせてもらうとするよ、慎ましくさ」
さて、そこで問題になるのは誰が一番風呂を獲得するのか、であろう。
まぁ。ここはやはり、主であるゆりなで決まりだろうな。
となると、二番手は誰が入るのかという話になるのだが――。
「お風呂だお風呂だ、わーい! みんなで一緒にお風呂だ、わーいっ!」
ん?
ベッドの上でぴょんぴょん跳ねるゆりなを見上げて、
「ちょい待ち。みんなで一緒って、どういうこった。銭湯にでも赴くってことかィ?」
そんな俺の質問に、
「んーん。ボクとクーちゃんとしゃっちゃんとアイスウォーターちゃんの四人でウチのお風呂入るの」
あっけらかんと答えるチビ助。
「いやいやいや、忘れてくれるなよ。俺は男だぜ!
姿はこんなチンチクリンになっちまったけど、中身は超が付くほど男なんだってーの」
「ふぇ? 知ってるけど、それがどーしたの?」
そ、それがどうしたのときたもんだ……。
こいつはァ、手ごわい。
「え、えーとだな。つまるところの……そうだ、俺は他人と一緒に風呂入るのが苦手なんだよ! なんつーか、こっぱずかしくてよォ」
「ふーん? ボクは全然恥ずかしくないけどなぁ」
まだ小学生だとはいえ、ちったぁ恥ずかしがってくれよ。
それに四人でなんて窮屈だろう、ゆっくり疲れもとれないぜと付け足すと、
「それもそーだね、ボクん家のお風呂あんまり広くないし。にゃははは!」
いやぁ、まいったまいったと笑うゆりな。
どうやら何とか説得できたみたいだな。やれやれ。
ホッと息をついてる俺に、
「それじゃあ、もう沸いてると思うからしゃっちゃんから入ってきていいよ」
「え、俺からでいいのか?」
「うん、だって今日はしゃっちゃん感謝デーだもん!」
なんだよその、うさんくさいデーは。
クスっと笑った俺に、
「えへへ。気にしないでいいよ、ボクとクーちゃんは後から入るから。観たいテレビあるし……ねー、クーちゃん?」
そう頭上の黒猫に確認をとるゆりな。
黒猫は、あくびをしつつ気だるげに、
「……ああ、そうそう。オレ達は観たいテレビがあるからよ。ゆっくり入ってきな」
なんとなくだが、クロエは反対すると思ったんだけどな。そんなに面白い番組をやってるのか?
この世界のテレビ……どんなものなのか、いささかに観てみたい気もするが、いやはや。
ここは有難く一番風呂をいただかせてもらうことにしよう。
「んじゃ、お言葉に甘えてさっそく入ってくるぜ」
「うんっ! お風呂は階段を下りてすぐ左だよ。わかんなかったらお姉ちゃんに訊いてね。
バスタオルとお着替えはちょっとしてからボクが持っていくからっ」
何から何までわりぃなと言うと、ゆりなはニッコリ笑顔でVサインを繰り出した。
+ + +
脱衣所に着いた俺は、服を脱ぎつつ、
「ちっ、使いづれぇ体だぜ、まったくもってよォ」
改めて自分の変わりすぎた姿に嘆息した。
筋肉皆無な白く細い足はフラフラするし、手は言うことをイマイチきいてくれない。
イマイチってどんな感じかって?
グーとパーを繰り返し出してみるが、頭に描くスピードと反応が大きく違う。
気持ちだけが先に行って、体が追いついてこないって感じかねぇ。
そういやコロ美のヤツも似たようなこと言ってたっけか。
ぽこっと出た腹をベシベシ叩きながら、
「あーあ、俺様の美しく割れた腹筋が跡形も無い……。こんな体、とっととオサラバしてーぜ。だりぃったらありゃしねェ」
風呂の引き戸を開くと、けっこう大きめな浴槽が目に入った。
「ほー。こりゃ、また中々に。俺ん家の風呂よりデカくてキレイだな」
とりあえずサクっと体を洗って湯船につかる。
「こりゃあ、イイ湯だぜェ……」
最初は他人の風呂を使うなんて、と気が引けたが、入ってしまえば遠慮よりも快楽が勝っていた。
「しみじみ飲めば~っと、くりゃあ」
そう俺が気持ちよく歌い出したときだ、
「それ以上は歌っちゃ、『メッ』なのです」
ジーッと風呂の戸から顔だけ出して言い放つオリーブグリーンのツーサイドアップ。
「なーにしてんだァ? そんなところで」
「…………」
無言。
その瞳からなんだかキラキラな星が飛んできたりもしていたが、そいつを全て鼻息で打ち落とし、
「あいわかった。歌わないから、早く出て行っておくれ」
「…………」
それでも無言のまま意味ありげな視線を送ってくる。
「ほれほれ。もう用は済んだんだろ? あっち行った、しっし」
俺がからかい気味に言うと、そいつはあからさまに肩を落とした。
「……肯定です」
戸が閉まった。
が、うっすらとガラス戸を通してコロナの影が見える。
しょんぼりと座っちまって、まぁ。
こりゃまた、まったく。わかりやすいチビチビ助だ。
「おーい、コロ美。一緒に入りてーなら、素直にそう言ったらどうなんでぇい」
俺が呼びかけると、待ってましたといわんばかりに戸が開いて、
「やっぱり、パパさんは優しいのです。コロナはもうすでに準備開始してました。ほどきほどき」
髪を解きながら、クール面の園児が現れた。
へぇへぇ、そりゃどーも。
苦笑しつつ俺が頭に乗せたタオルを絞っていると、そいつが浴槽に入ってこようとした。
「おいおい、おめぇさん。ちゃんと体を洗ってから浴槽につかりなァ」
よじ登ってくるコロナの頭を押さえつけながら言うと、そいつはぶーっと頬を膨らませて、
「はやく一緒に入りたいのです。体は後から洗うです」
「それは否定、ってやつだ。浴槽は家族みんなで使うもんだからな。なるべくキレイな状態で次の人に回してやらなきゃいけねぇ。
ま、親父の受け売りだけど。それに、こちとら風呂を借りてる身だし、尚更だろうよ」
びっくりしたように俺を見るコロナに言葉を続ける。
「それがイヤなら、一緒に入るのはナシだ。さてはて、どうする?」
意地悪くニヤリと笑ってやる。
すると、そいつはぶんぶんと首を横に振って、
「……やだ、パパさんと一緒に入るです。ソッコーで洗うんですっ」
「いっひっひ。良い子だ」
せかせかと夢中で洗う小さな背中を見ながら俺は思う。
こんな子どもが『霊獣』だなんて厳かな名前を担いで。
まだまだ甘えたい盛りのただのガキんちょに見えるが……。
そして――
湯船に映る見慣れない少女の顔に、
「おめぇさんは魔法使いだって、さ」
小さく呟いて、俺は水面を指で弾いた。