魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記)   作:あきラビット

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第八十八石:おそらく、もう二度と

「お、お姉さんっ!」

「あらあら、まあまあ! しゃっちゃんちゃん、ゆっちゃんのパジャマとても似合ってますですよーっ」

 

 わざわざお姉ちゃんに見せに来てくれたのですか、と何故か鼻を押さえてるお姉さんに、

 

「あのっ、東福森ってどこですか?」

「あら? それならさっき行ったファミレスのすぐ近くですよ。何かご用なんですか?」

「ええ、ちょっと今からどうしても行かないと……」

 

 それなら、と。お姉さんが簡単な地図を書いてくれた。

 いやー。なんとも分かりやすい地図だねェ。これなら俺でも分かるぜ。

 

「うふふ。しゃっちゃんちゃん、今日はシチューの日ですからね。五時までにはちゃんと帰ってくるのですよーっ」

「は、はい」

 

 五時までにちゃんと、か。

 帰ってきたいのは山々なんだけれども。いかんせん、相手が相手だからなァ。

 

「……そうそう、まだ肌寒い季節ですからね、しゃっちゃんちゃんに私のコートとマフラーを貸しますですっ!」

 

 パタパタと走っていったかと思うと、すぐさま帰ってきて俺に黒いコートとピンクのマフラーを着せた。

 その早業に、目をパチクリさせていると、

 

「まあっ! な、な、な、なんてチャーミングなんでしょうっ! はわわっ、円満具足……ですぅ!」

 

 たらりと鼻血を出して倒れてしまった。

 さっき鼻を押さえてた理由がやっと分かったぜ……。

 

「はえうぅー……」

「だ、大丈夫ですか?」

「私のことはお構いなくですぅ~。むしろ、あまり近づかれるとシチューからボルシチへとメニューが変わってしまいます……っ」

 

 それだけはご勘弁願いたいところなので、サクッと介抱すると、俺はそのまま二階にあがって寝ているコロ美のケツを叩いた。

 

「お昼寝しているところ申し訳ないのだけれども、いささかに仕事の時間だぜ」

「……うゅ~、否定なんですぅ」

「ほらっ。ぐずってねーで起きなって大将」

「否定。たいしょーさんじゃないので、あしからずぅ……むにゅむにゅ」

「ああ、もう面倒くせェ!」

 

 半分眠っているそいつを抱っこして玄関へ向かうと、いつの間にかお姉さんが立っていた。

 

「ころこっちゃんも連れて行くのですか?」

 

 その顔はさっきまでのおふざけモードではなく、まるで俺たちの母親のような優しい顔つきだった。

 

「え、ええ。ちょっとチビチビにも来てもらいたいんで」

「そう、ですか」

 

 もしかしたら。

 なにか感づかれたのかもしれない。

 さっき五時までに帰れるかなァと思ったのが顔に出ちまったのかねェ。

 

「……しゃっちゃんちゃんところこっちゃんは、とても不思議で可愛らしいです」

 

 と、突然どうしたんだろう。

 とりあえず黙って聞いてるしかないワケで。

 

「二人とも、何やら深い事情があって家を出てらっしゃるんですよね」

「…………」

 

 何も答えられずにいると、

 

「いいのです。それはきっと、私が知ってもどうしようもないことなのかもしれませんから……」

 

 ギュッとエプロンの裾を掴んで、お姉さんは言葉を続ける。

 

「でも、でもですね。たった数日だけでも、私はお二人のことがとっても大好きになりました。このままずっと一緒に家族として過ごせたら、お二人を知ることが出来たら、もっと好きになれたのかなって……心から思います。もしお二人が私に遠慮なく、気兼ねなく接してくださる日が来たのなら、とっても嬉しいなって……」

「なんで――なんで、そんなに優しいんスか?」

 

 たまらず俺は言ってしまった。

 一度口をついて出た言葉は止まらず、

 

「だってそうじゃねーか! どこの馬の骨ともわからないガキがふらっと来て、理由も言わねェでただの居候を決め込むなんざ、どう考えてもありえねーって! 普通だったら怖くてぜってェ警察に通報するぜ!」

「……それが普通だというのなら、私は普通じゃなくていいです」

「え……?」

 

 お姉さんはニコっと微笑んで、

 

「やっと、ゆっちゃんとお話しているときのようなしゃっちゃんちゃんになってくれましたね」

「あっ! す、すみません」

「どうして謝るのですか?」

「だって……」

 

 だって。年上だし、他人だから。

 他人、だから――

 

「私は、お二人のことを家族だと思っています。可愛らしい妹が二人も増えて、幸せいっぱいです。しゃっちゃんちゃん達が帰りたくないというのなら、いつまででも居て欲しいくらいです」

 

 そう言うと、お姉さんは少し寂しそうな表情に変えて、

 

「いつか。いつか本当のお家に帰ってしまう日が、帰らないといけない日が来てしまうときは、必ず私に教えてください。豪勢なパーティをしますです……っ! でも、そのときまでは――」

 

 ふわっと俺を抱きしめた。

 柔らかくて甘い香りのするお姉さんに、ただただ緊張していると、

 

「……お二人の家族でいさせてください。たとえウソでも――家族ごっこだと思って下さっても、構いません」

「は、はい。わかりましたんで」

 

 真っ赤な顔で頷く俺に、

 

「よかった、です……っ」

 

 ぽんぽんと子どもをあやすように、背中を優しく叩いて答えるお姉さん。

 

「そのコートとマフラーはお貸しします。五時までに、ちゃんと返しに来てくださいますよね? 返して頂かないと、寒くて明日学校に行けなくなっちゃいます」

「あっ、もしかしてそのつもりで……」

 

 訊くと、お姉さんはうふふっと耳元で笑った。

 

「ごめんなさい。悪知恵、働かせちゃいました。ずるいですよね、私」

 

 俺から離れて、ウィンク一つ。

 その可愛らしい仕草に、俺は慌ててそっぽを向いた。

 

「ず、ずるくないっス。とても優しいと思います……」

 

 そう言うと、

 

「あらまあ……! しゃっちゃんちゃんも、ですよーっ」

 

 よしよしと頭を撫でられてしまった。

 

「うう……っ」

 

 た、確かにコロ美の言うように、撫でられるのって悪い気分じゃねーな……。だし子もフロストナックルも喜んでた理由が分かった気がするぜ。

 って、なにをアホなことを考えてるんだ俺は!

 

 とにもかくにも、時間がヤバイぜ。

 俺は頭を勢い良く下げ、そそくさと玄関から飛び出した。

 扉が閉まる間際、

 

「行ってらっしゃいですーっ!」

 

 とのお姉さんの声が聞こえたのだけれども。

 振り返ると、すでに閉じられてしまっていた。

 

 ……なぜか、急に物悲しい気分になってしまう。

 そのとき、一陣の冷たい風が俺の肌に突き刺さった。

 

「肌寒い季節とはよく言ったもんだぜ。いやはや、お姉さんの仰るとおりだな」

 

 コートのボタンを留めようとしたところで、

 

「ふわぁーあ……ですぅ」

 

 大きなあくびをして、コロナが起きた。

 目をゴシゴシ擦ってるそいつを下ろし、

 

「行って、きます」

 

 俺は玄関の扉に向かって深々とお辞儀をした。

 

 寒さで震えているのか。

 恐怖で震えているのか。

 少しでも紛らわそうと、マフラーをギュッと握り締めるが、一向に震えが止まらない。

 

「…………」

 

 薄々と――気付いていた。気付いて、しまっていた。

 おそらく、もう二度と俺は……。

 

「――パパさん?」

 

 不思議そうな顔で見上げるそいつの頭を一つ撫でて、俺は地図を広げた。

 

「待ってろよ……シャオ」


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