魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記)   作:あきラビット

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第八十七石:せめて、今日くらいは

 

 そういえば。と、俺は手紙の存在をふと思い出した。

 

「こいつが目を覚ますまで暇だしな……」

 

 風呂マットに寝かせたチビ助を見下ろして一人呟く。

 ウチワで扇ぐみたいに、弱いアイスブレスでゆりなの顔を冷やしているのだが、中々目を覚まさない。

 まあ。時折すっとんきょうな寝言を言っているから大した事は無いと思うのだけれども。

 

 とりあえず俺は氷の吐息はそのままに、そばに転がっていたおもちゃ――マジックハンドとやらに目をつけた。

 ボタンを押せばロボットみたいな手がビョーンと伸びて遠くの物を掴むといったおもちゃ。

 

「よォし、これを真似てみるかねェ。ぷ~ゆゆん、ぷゆん。ぷいぷいぷぅ……すいすい、『フロストハンド』っ」

 

 人差し指から伸びた小さな氷の手が、風呂の窓辺に置かれた手紙を器用に掴む。

 そんでもって、こっちへ来いと念じながらクイクイッと指を曲げると、雪を振りまきながらこちらへ戻ってくる。

 

「いっひっひ。初めてのおつかい良く出来ました、っと。いやあ、こりゃあ便利な魔法だぜ」

 

 ハンドを一つ撫でて、魔法を解いたところで、

 

「にゃはん。褒められちったぁ……」

 

 ころんと寝返りをうちながら新たな寝言をかますチビ助。

 ったく、お前さんじゃないっつーの。気持ち良さそうに寝やがってからに。

 額に一発デコピンをぶちかましておく。

 

「ふ、ふぇええっ」

 

 いつもの鳴き声をバックに、俺は手紙をベリベリと乱暴に開けて中身を取り出した。

 さてさて。何が書いてあるのやら。どうせ罵倒文だろうけれども。

 えーっと、なになに……。

 

『拝啓。これを読んでるのはどっちかしら。猫憑きかしら、それともバカてふの方かしら。ま、どっちでもいっか。今朝、東福森の中で霊鳴石を発見したわ。緑色の宝石だからアレはおそらく壱式ね。夕方の四時ぐらいに改めて取りに行く予定よ。もし、欲しければ力尽くであたしから奪ってみることね。まっ、時間過ぎてからコレを読んじゃった場合は、ごしゅーしょー様って感じだケド。そんじゃま、かしこ』

 

 チッ、ぬわぁにがご愁傷様でぇい。ふざけやがって。

 俺は手紙を丸めてぶん投げると、一旦ブレスを止めて風呂に入りなおした。

 

「……三本目の霊鳴シリーズ。俺の弐式ちゃんよりも先輩な壱式さんねェ」

 

 イチシキと読むのか、イッシキだか分からねェが。

 どちらにしろ、霊鳴がシャオの手に渡るのはどう考えてもマズイだろうよ。

 ランクAのシャドーにジュゲムなんたらの力、そんでもって霊鳴とくりゃあ、いささかに二人でも勝てる気がしねェぜ。

 まだ霊獣と契約していないだけマシだけれども……。

 

「ふあっ。あれ、ここどこ……?」

 

 むくりと起き上がってキョロキョロ周りを見るチビ助。

 はあ。やっと気がついたか。

 

「見りゃあ分かるだろ、風呂だよ風呂」

「ふえ? なんでボクお風呂で寝てたの?」

 

 と、きょとん顔で首を傾げる。

 うーむ……。正直に言わないほうがお互いの為だよなァ。

 とりあえずテキトーな理由を言ってみると、「にゃるほどぉ」と言ってすぐさま笑顔で髪を洗い出した。

 わしゃわしゃと長い黒髪を楽しそうに洗うゆりなの背中を見ながら、俺はさっきの手紙を心の中で反芻する。

 

 夕方の四時に東福森、か。

 今はおそらく三時半あたりだから、風呂から上がったらすぐに行かないと間に合わないだろうな。

 

 というか、何のためにこんな手紙を書いたのかよく分からないぜ。

 発見したならしたでその場で封印を解けばいいのによォ。わざわざ俺たちに知らせるたァ、どういう了見でぇい。

 何か考えがあるのか、はたまた単なる思い付きか。

 

 そんなことを考えながら、浴槽に浮かんでいるアヒル隊長のガー太くん(名付けたのはもちろんゆりなだ)のネジを巻く。

 お尻を振りながら元気良くガー太くんが泳ぎ出したところで、

 

「ねーねー。しゃっちゃん」

 

 浴槽にちょこんと両手をかけて、ゆりなが覗き込んできた。

 

「んー?」

「あのね。シャンプー終わったよ」

 

 いや、終わったよと言われましても。

 

「んじゃあ、次はリンスだな」

 

 そう言うと、チビ助はちょっとだけ迷うような表情を浮かべて、

 

「えっと。たまにお姉ちゃんとお風呂入るんだけど、そんときいつもボクの髪を洗ってくれるの」

「ふーん」

「でねでね、すっごく気持ちよくて、ふわぁ~って幸せな気持ちになるの」

「そりゃあ羨ましいこって。……んで、何が言いたいんでぇい?」

 

 あくび混じりに言うと、そいつはぷるぷる首を振った。

 

「にゃはは……そんだけ!」

 

 と。再び子ども用お風呂椅子へ座るチビ助。

 なんとも寂しそうな背中を見つつ、俺は苦笑した。

 まったく……本当に分かりやすいヤツだぜ。

 どっこいせと浴槽から出て、

 

「ほら、リンス貸してみそ」

「ふえっ?」

 

 びっくりしているゆりなの手からボトルを奪って髪を洗ってやる。

 つってもリンスだから、馴染ませるように揉み込んでやるだけだが。

 

「……えへへ。気持ち良いよぅ、しゃっちゃん」

「いっひっひ、あったりめぇだろ。なんてったって、俺はいつも――」

 

 いつも。

 いつも――なんだっけか?

 

「しゃっちゃん……?」

「あ、ああ。いや、なんでもねぇぜ。ほら、あと一分ぐらい置いたら自分で流しなァ」

「はーい! ありがとねっ」

 

 ニコニコと俺を見上げるチビ助だが、俺はそいつの手を見て驚いた。

 盗まれるから付けてろと言った指輪がまた外されているのだ。

 

 こいつ……やっぱり、まだシャオメイのことを信じてやがるのか。

 あんだけ酷い目にあったっつうのに、どーしてあんなヤツのことを……。

 いくら好きな人でも、あそこまでされたら普通はキライになるハズなのに――

 

「あっ、今のうちにシャンプーの詰め替えしとこっと」

 

 と。ゆりなが風呂場から出て、洗面台の下にある詰め替えを探し始めた隙に、俺は丸めた手紙を慌てて回収した。

 

「あったあった! あれ、しゃっちゃん後ろに何持ってるの?」

「え? 何も持ってないぞ。ただ、腰が凝ったから叩いてただけだぜ」

「にゃはは、しゃっちゃんったらお年寄りさんみたいっ」

 

 赤ちゃん扱いされたかと思ったら、今度は年寄り扱いってか。

 

「うるへー。余計なお世話だってぇの。いいからさっさと流しやがれ」

「ほい、了解うけたまわりっ!」

 

 ピシッと敬礼するそいつのアホ面を見ながら、俺は後ろ手に持った手紙を強く握り締めた。

 ……もし、こいつがこの手紙の内容を知ったら、シャオを説得しにすぐにでも飛んで行ってしまうだろう。

 シャオから――好きな人から霊鳴を奪うなんて、絶対に無理な話だ。

 罵声を浴び、拒絶されて……また傷つくだけに決まっている。

 

 そうだ。別にチビ助の力を借りなくてもやれるさ。俺にはコロ美がいるし、だし子だっている。

 ――ゆりなが傷つく必要なんてない。傷つくのなんて、俺一人でいい。

 俺だけで、十分だ……。

 

「しゃっちゃん、ぼーっとして、どったの?」

「え? あっ、お前さんが流し終わるまで待ってたんでぇい……」

「もー。とっくに流しちゃったよ。さっきから出ようって言ってるのに、ずっと難しいお顔してるんだもん」

 

 俺の顔真似のつもりなのか、眉間にシワを寄せるといった『難しいお顔』で俺を見つめるゆりな。

 

「元気そうで何よりってね。もう泣き止んだようだな」

「それこそ、とっくのとう、だもんね。しゃっちゃんといっぱいお風呂で遊べたから悲しいことぶっ飛んじった! 明日も入ろっ、入ろっ!!」

「おいおい。危ないっつーの」

 

 ぴょんこぴょんこと風呂場で飛び跳ねるチビ助に、俺は呆れと安堵が入り混じった溜め息をついた。

 まったくもって涙とはおさらばしちまったようで。

 まあ。バカっぽく笑ってる方がこいつらしくていいや。

 

「むっ。しゃっちゃん、今ボクのことバカにしたでしょ?」

「おっと、いささかにお察しのとおりで。よく分かったねェ」

「もーっ! すぐに分かるもんっ!」

 

 ぷんすこ怒るそいつに思わず笑ってしまう。

 そのとき、フッと昨日のゆりなの呟きが俺の頭をかすめた。

 

『明日はいっぱい笑えるといいなぁ……』

 

 ……そうだよな。昨日さんざん泣いたんだ。せめて、今日くらいは楽しく過ごして欲しいぜ。

 チビ助に気付かれる前に森へ向かって、とっとと壱式を奪ってこよう――

 そう心に決めた俺は、ささっと着替えを済ませ、台所にいるお姉さんのもとまで走った。


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