魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
「わーい、飛行機のおもちゃが付いてるんです!」
運ばれてきた洋風お子様ランチを前にして、コロナが目を輝かせて言った。
「パパさん、ほらほらっ」
よっぽど嬉しいのか、隣に座ってる俺に体当たりをぶちかましながら飛行機を見せつけてくるそいつに、
「わーった、わーったって。ったく……他のお客さんの迷惑になるだろうがよォ」
ペコンと一発デコピンをかましておく。
もちろん、周りにゆりなのお姉さんや他の客がいるため、今回ばかりは氷魔法は付与されていない普通のデコピンだ。
……一般人に俺たちが魔法使いってバレるわけにはいかねーからな。
「えへへ。よかったね、コロちゃん! いいな~、ボクもおんなじお子様ランチにすればよかったかも」
「あらあら、まあ。なんて可愛らしいのでしょう。ゆっちゃんと、しゃっちゃんちゃんところこっちゃんとお外でも一緒にこうしてご飯を食べられるだなんて。愉快適悦なのです……っ!」
どうやらチビチビをたしなめるのは俺だけのようで、目の前に座っている久樹上姉妹はニコニコ笑顔で俺たちのことを見ているだけだった。
相も変わらずというか、なんというか……。
俺は山菜ご飯と松前漬けを一緒に口の中へ放り込みながら、お姉さんをチラっと見た。
ゆりなよりもいささかに短い黒髪に、パッチリとした大きな瞳。
いつもは後ろで縛っているのだが、今日はお出かけ用の格好の為か、髪を下ろしている。
といっても、ただそのまま下ろしてるだけじゃなく、青い鳥の羽のようなヘアピンで髪を留めていた。
そういえば縛っているときも似たようなヘアアクセを付けてたっけか。
にしても……この人は普通に髪を下ろしてたほうが可愛い気がするぜ。
後ろで縛っていると、どうも高校生というよりも若妻チックな感じがして――いや、待てよ。
と。俺は黒豆をつまむ手を止めて一つ思う。
考えてみりゃあ、セーラー服を着ていたから高校生なのだろうだと勝手に決め付けていたが、本当は違うのかもしれねェぞ。
実は二十歳過ぎていて、アレはただの趣味だという可能性も……。
なんて、いささかに失礼なことを考えていると、
「はれっ? しゃっちゃんちゃん、お口に合いませんでしたか?」
楽しげに今まで俺たちの食事を見ていたお姉さんが不思議そうに首を傾げた。
ううむ。この際だから、色々と訊いておいたほうがいいのかねェ。
これから同じ屋根の下で暮らす仲だってェのに、名前もまだ知らないってのはさすがにどうかと思うし。
つっても、どう訊ねたらいいものやら……。家族の長に向かってあまりズケズケと質問するのも――
「パパさんが、ママお姉ちゃまのことを知りたがってるんです」
「えっ!?」
コロ美の突拍子も無い発言に、俺とお姉さんが同時に声を上げて驚いた。
こ、こいつ、まァた俺の心の中を勝手に読みやがったな。
ジトっと睨むと、そいつはオムライスの旗を引っこ抜きながら、
「んーと。名前なんていうんだろうとか、歳はいくつだろうとか、きっと二十歳くらいかなーとか、だったらセーラー服は趣味なのかなーとか。いっぱい訊きたいことがあるみたいなんです」
お、おいおい!
「こるァ! 失礼だろうがっ、このバカチビ!」
慌ててコロ美の口を塞いだのだが、そいつは俺の腕からスルッと器用に抜け出して、
「むーっ。パパさんが訊きにくそうだからコロナが代わりに訊いてあげたんです」
と、頬を膨らませて反論しやがった。
「あ、あのなぁ。訊き方ってモンがあるだろうよォ……」
「……ころこっちゃん」
ぼそりと呟き、いきなりスクッと立ち上がるお姉さん。
げげっ。こりゃあ、いささかにヤバイ雰囲気だぞ……。
こういう穏やかな人って、怒らせると凄まじく怖いイメージがあるんだが――
「もう一度、おっしゃって頂けますか……?」
ひえぇ。恐怖に思わずゴクリと喉が鳴ってしまったところで、
「ママお姉ちゃまって、も、もう一度言ってください……っ!」
両手をギュッと握って全身からハートを振りまくお姉さんに、ずっこけそうになる俺とコロ美。
な、なんでェい。びびって損したぜ……。
「だってさ、コロちゃん。言ってあげなよぅ」
ナポリタンをもぐもぐしながら、のほほんと言うチビ助。
何がなんだか分からないといった様子のコロナだったが、お姉さんの期待の眼差しに押されるがまま、
「こ、肯定……。えっと、ママお姉ちゃま?」
そう言った途端、
「はうぅっ!!」
へなへなとその場に座り込むお姉さん。
骨抜きとはまさにこのことだろうな……。
「嗚呼。なんて、なんて可愛らしい響きなのでしょう……っ」
ぽへ~っと幸せいっぱいの顔で、運ばれてきたチーズドリアにタバスコをドバドバかけつつ、
「あ、しゃっちゃんちゃん。私の名前はですね、風蘭といいます。正真正銘、十七歳の高校生なのですよー」
そういえばチビ天のやつ、お姉さんのこと『ふう姉ちゃん』とか言ってたっけか。
ふうらんだから、ふうねーちゃん――か。なるほどねェ。
胸につっかえていたものが取れたようで、なんかスッキリしたぜ。
「ね、ね。しゃっちゃんちゃんは私のことをなんて呼んでくれるのですか?」
「へ?」
なんて呼ぶも何も、フツーにお姉さんって呼ぶつもりなのだけれども……。
先程よりもさらに勢いを増したハート乱舞に戸惑っていると、
「うふふ。ママって、呼んでもいいのですよっ」
「い、いやいや! 今まで通りで勘弁してくだせェ」
こればかりは、さすがに即答してしまった。
いくらなんでも三つだけ年上の人に向かってママは無いぜ。
赤面しつつ、ご飯をガツガツ食べてると、
「あらあら、まあまあ。照れちゃって、可愛らしいのです……っ。あ、お弁当がついてますよっ」
ひょいっと俺の頬からご飯つぶを取って、そのまま自分の口に運ぶお姉さんに、ますます顔が熱くなってしまう。
ううっ、この人には一生勝てる気がしねェぜ……。
と。そのときだった。
「……くっ!」
ピリッとした痛みがこめかみに走る。
なんだァ? と思っていると、隣のコロ美が俺のスカートを引っ張って真剣な顔で頷いた。
前を見ると、ゆりなも同じく眉根を寄せて俺に目配せをしている。
テレビの中のシャオと目が合ったときのような、奇妙な感覚。
さすがにあそこまで気分が悪くなったりはしないが……それでも、鳥肌が立つ程度の寒気はあった。
未だに笑顔でタバスコを一心不乱にかけてるお姉さんには悟られないように、そっと後ろを振り向こうとしたところで、
「あっ、なずなずだ!」
突然、そんなことを言って両手をぶんぶん振るゆりな。
その先には、今まさに来店したばかりといった様子の少年が居た。
なにか店員と話してるみたいだが、この盛況ぶりを見るに、おそらく満席だから少々お待ちくださいとでも言われてるんだろう。
しょんぼりとした様子のその子に、
「なずなず、こっちこっち!」
「なずっちゃーん、よろしければこちらでご一緒しませんかっ」
姉妹揃って親しそうな口調で呼びかけた。