魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記)   作:あきラビット

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第八十石:仲良しさん記念日

「ふわぁ~あ」

 

 うららかな春の日差しが差し込む部屋の中で、俺は大きなあくびをブッ放した。

 

「パパさん、今ので十八回目のあくびなんですっ」

「あー……違う違う。だから今のはあくびじゃねーって。ただの深呼吸でェい」

 

 言って、ぺらりとマンガのページをめくると、

 

「む~っ、さっきから誤魔化してばっかなんです! あと二回あくびしたらコロナと遊んでくれる約束なのですぅ!」

 

 チビ助のベッドの上――うつ伏せ状態で漫画を読みふけってる俺の背中で地団駄を踏むチビチビ。

 その心地良いマッサージを受けながら、

 

「てやんでェい、今いいところなんだよォ。やっと黒幕が判明するところなんだぜ」

 

 ゆりなのお姉さんから頂いたチョコチップスコーンをほお張りつつ、ハラハラドキドキと俺はさらにページをめくる。

 

「……パパさんがそういうの好きだなんて、ちょっと意外なんです」

「そういうのって?」

「だって、もっと不良さんが出てくるマンガとかスポーツをしてるマンガとかが好きそうなイメージだったのに……」

 

 チラリと枕の横にうず高く積まれたマンガを見るチビチビ。

 朝から昼までの間に読破したそれには、不良だとかスポーツなどを題材にしたマンガは一つも無かった。

 あるのはギャグものだったり、変身ヒーローや勇者が敵をなぎ倒すファンタジーものくらいだ。

 というか、ほとんどギャグマンガばかりだったような気がするぜ。

 

「そりゃあ、そっちのほうが好きだけれどもよォ。チビ助がそんなマンガ持ってるワケねーじゃん」

「旧魔法少女さんはスポーツとかあまり好きじゃないんですかね? 運動神経バツグンそうなのです」

「たしかに運動神経は良いだろうが、それと好きなマンガはあまり関係ないと思うぞ」

 

 むしろ、あいつの本棚に野球だとかプロレスのマンガがビッシリ入ってたらそれはそれでいささかに恐ろしいぜ。

 

「ま、なんつーか少女マンガが新鮮だからねェ。だから中身がギャグだろうがなんだろうが別に俺は楽しく読んでるけどな」

「今読んでるのもギャグ系なんです?」

 

 俺の背中に跨ったまま覗き込んでくるコロ美に、

 

「いや、一応恋愛ものなんだけれども……」

 

 と。マンガを手渡すと、

 

「ひ、否定。これはなんか違う気が、す、するんです……っ」

 

 見開きいっぱいに鬼の形相をした長い髪の女性が出てきたり、数ページにも渡って何も無いまな板の上で包丁をトントンしてる女性が出てきたり、と。

 なんともまあ、恋愛とはほど遠い内容になっていた。

 

「いっひっひ。もはやホラーの領域だよなァ、これ」

「旧魔法少女さん、こんなマンガを読んでるだなんて、こ、怖いんです……」

「まあまあ、これでも食いねェ」

 

 すっかり威勢をなくしてしまったチビチビの口に、半分にしたスコーンをひょいっと放り込んだそのときだ。

 

「……なあに、ボクのこと呼んだ?」

 

 後ろを振り向くと、ニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべるチビ助の姿があった。

 それを見た途端、

 

「むぐぐっ!!」

 

 驚きのあまりスコーンを喉に詰まらせたのか、目を白黒させて飛び上がるコロ美。

 

「わわっ、コロちゃんごめんね! これ飲んでっ」

 

 きっとお姉さんから渡されたのだろうオレンジジュースの入ったコップを手渡すと、チビチビはそれを一気に飲み干し、

 

「びっくりしたんですーっ!」

 

 俺の背中に強烈なタックルをかましてきやがった。

 

「あ、あのなあ。なんでびっくりしたからって俺を攻撃するんでェい」

「うう。パパさぁん……」

 

 ぎゅっと両手で俺のキャミソールを掴むもんだから、立とうにも立ち上がることが出来ねェ。

 仕方なく、うつ伏せのままベッドの脇に立っているチビ助を見上げて、

 

「よっ、おかえり。結構早い帰りだったんだな」

 

 そう言うと、そいつはベッドに腰掛けながら、

 

「うん。今日は始業式だけだったから……コロちゃん、ほんとにごめんなさい」

 

 とてもすまなそうにコロ美の髪を撫でる。

 

「別に謝るこたァねえって。スコーンを食わせたのは俺のほうなんだしさ。ほれほれ、めんどくせェことでイチイチ機嫌悪くすんなってコロ美さんよォ」

 

 ケツをぺしぺし叩くとそいつはムクっと顔をあげて、

 

「……旧魔法少女さん、あのマンガに出てくる人みたいで凄い怖かったんです」

「ふぇ? あのマンガって?」

 

 首を傾げるチビ助に、さっきのホラーマンガを見せると、

 

「にゃはは、これのことかぁ」

 

 なんともあっけらかんと笑うチビ助。

 

「否定っ。にゃはは、じゃないんです! 優しい旧魔法少女さんがこんな怖いマンガを読んでるだなんて……意外なんですっ、もう何も信じられないんですっ」

 

 おいおい。いくらなんでも言い過ぎじゃねーのか?

 別に誰がどんなマンガ読もうが関係ねェじゃんかよ。

 勝手に人の本棚あさって勝手に幻滅してって……ダメだろうよ、それは。

 いささかに叱ってやるべきだなと思っていると、

 

「でへへー。それね、ボクのお友達の妹さんが貸してくれたんだよぅ」

 

 何故かニヤけながらチビチビの髪を撫で続けるゆりな。

 妹さんとやらも気になるが、その前になんでそんな締まりの無いツラになってるんだァ?

 やはりコロナも不思議に思ったようで、

 

「ど、どうしてそんな顔でコロナのことを見るですか?」

「だってだって、コロちゃんがボクのことを優しい、って言ってくれたんだもん。なんだかとっても嬉しくて……えへへ」

「……あ」

 

 ああ、そういうことか――

 最初は魔法少女はパパさんだけで十分だとか言ってゆりなに宣戦布告してたっけ。

 その後もモヤモヤするだとか、本気の魔力を確かめたら倒すとかなんとか言ってたな。

 

 でも、本当のところもうそんな気は微塵もないんだろう。

 その気持ちが不意に口をついて出てしまった……それを恥じるように耳を真っ赤にして俺の背中に顔を埋めるチビチビに、俺はフッと笑う。

 

「ゆりな、さっきチビチビさお前の机をせっせと片してたんだぜ。そんときなんて言ってたと思う?」

「パ、パパさん言っちゃメッなんです!」

 

 俺の口を塞ごうとしたのか、慌てて羽を広げて飛んで来たそいつを両手でキャッチして、

 

「はやく旧魔法少女さん帰ってこないかなって。学校行ってるとつまらないんですって、さ」

「うぅ……」

 

 さらに耳を赤くして俯くチビチビを差し出すと、ゆりなは本当に――本当に嬉しそうに抱きしめた。

 

「よかったぁ。ずっと嫌われてるのかなーって思ってたんだよぉ。そっか、そうだったんだ……にはは、今日はボクとコロちゃんの仲良しさん記念日にしよーねっ」

 

 しゃっちゃん感謝デーに続いてまたよくわからん記念日が増えちまったな……。

 このままではいずれ三百六十五日、毎日が記念日になっちまうぞ。

 なんて思っていると、

 

「記念日にするのは構わないんですけど……嫌いじゃないだけで、べ、別にコロナは旧魔法少女さんのことが好きになったわけじゃないんです。フツーなのですっ」

 

 ゆりなに抱きしめられたまま、ぷいっとそっぽを向くチビチビ。

 

「素直になれよなァ、めんどくせーヤツ」

 

 頬をプニプ二突きながら言うと、ゆりなはコロ美を高い高いをするように持ち上げて、

 

「いいよ、フツーでも嬉しいもん。今度はフツーから好きって言ってもらえるように、ボク頑張るからねっ」

「……そんなこと頑張られても困るんです」

 

 わーいわーい、と満面の笑みで高い高いしてるところ申し訳ないのだけれども、俺はさっきから……いや、結構前から引っかかっているコトがある。

 それは――

 

「えーっと、あのさァ。恐縮なんだけれども、チビ助って、いつからコロ美のこと『コロちゃん』って呼ぶようになったんだ?」

 

 前はアイスウォーターちゃんだとかなんとか長ったらしいあだ名で呼んでいたような気がするんだが。

 そんな疑問に、ゆりなは何とも照れくさそうな表情で、

 

「だ、だって。そっちのほうが仲良しさんって感じだから。呼んじゃダメって言われたら直そっかなーって思ってたんだけど、コロちゃんから何も言われないし、こっそりこのままでいいかなって……」

「だとよ、さてはてコロ美さんはどう出る?」

「……えっ」

 

 そんなことまったく気にしてなかったかのように、きょとん顔でゆりなを見るチビチビ。

 しばらく口をモゴモゴしたのち、やがて小さくこう呟いた。

 

「肯定……そのままでいいんです。でも、それじゃ不公平なんです」

 

 その言葉に顔を見合わせる俺とゆりな。

 

「するってぇと……つまり、どういうこってェい?」

「コ、コロナも旧魔法少女さん、だなんて長い呼び方にはもうウンザリガニさんなんです……。だから、その、もっと違う呼び方をしたいのです」

 

 違う呼び方ねェ。

 俺的にはチビチビがゆりなのことを旧魔法少女さんって呼ぶのは結構気に入ってたんだケドな。

 なんつーか、しっくりきてたし。 

 でも……そうだな。せっかくだし、なんか良いあだ名を考えた方がいいかもな。

 と。いくつか候補をあげようかなと思ったところで、目をキラキラさせたゆりながズィッと身を乗り出してきた。

 

「しゃっちゃんが『パパさん』なら、ボクは『ママさん』がいいっ!」

「え……」

 

 そいつが身を乗り出した分、いや――その倍は身を引いた俺に、

 

「だってだって、パパさんって呼び方、めちゃんこ可愛いんだもん。ボクずっといいなーって思ってたんだもんっ」

 

 両手を胸のところでグーにして力説するチビ助には悪いが、さすがにそれは色々と誤解を生んでしまいそうなのだけれども……。

 もし俺とコロ美とゆりなが三人一緒にスーパーに買い物に行ったとして、そこでチビチビが俺を『パパさん』って呼んで、その隣のゆりなにも『ママさん』って呼んでたら――

 い、いささかにマズいだろ、コレ。

 どう見てもワケありな三人組みに見られること必至だって。

 そう青ざめる俺を尻目に、

 

「肯定。それだったら呼びやすいんです。じゃあこれから旧魔法少女さんのことはママさんって呼ぶのです」

「わーいっ、ママさんだぁ。かっちょいー!」

「でもフツーから嫌いになったら、すぐに旧魔法少女さんに戻すんです。コロナの好感度ゲージは気まぐれなのです」

「ふええぇ、好感度ゲージってなに!?」

「あ、今のでゲージがちょっと下がってしまいました、旧ママさん」

「ふえぇん! なんかすっごく引っかかる呼び方になっちゃったよぉ」

「気にしないでください。深い意味は無いんです、旧魔ママさん」

「またゲージが下がった!」

「どうかしたんですか? 旧魔魔ママさん」

「ママママ!?」

 

 勝手に話を進めてる二人。

 とりあえずこれ以上『マ』が増える前に、と。

 俺はキャッキャッと楽しそうにチビ助をからかっているコロナを抱っこして、

 

「ほれほれ。今日のお昼ご飯はみんなでファミレスですよー! って、お姉さん言ってたぜ。はやく着替えておくれ」

 

 ランドセルに制服姿のまんまのゆりなに言った。

 もちろん、ため息混じりに。


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