魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
「なあ、機嫌直せってば。オレが悪かったって」
そう言って自販機から缶コーヒーを取り出すクロエ。
あったかいそれを俺の頬にそっと当てて、
「ま。ま。これでもグイっと飲んでイヤな事はすっぱり忘れようぜ」
八重歯を見せて笑うそいつに、俺はフゥっと息をついた。
「……ったく、しょうがねーな」
喫煙所の近くにある鉄製のひんやりとしたベンチに腰かけ、俺たちは二人一緒にコーヒーを呷った。
甘いミルクの味が一瞬のうちに口の中に広がり、それと共にじんわりと体が温まっていく。
普段は缶コーヒーなんてもんは邪道だ、家で沸かしたほうが安いし美味いに決まってると親父に口うるさく言っていた俺だったが……。
「こりゃあ格別だぜェ」
寒空の下で飲むそれは、素直に美味いと思えた。
あのコピーを倒せたこともあいまってか、甘くほろ苦いコーヒーが喉を通るたびに、言いようのない達成感が込みあがってくる。
……そういや、『一仕事を終えたあとに飲む缶コーシーの美味さをお前さんは知らねェだろう』と毎回親父に言い返されてたっけ。
さっき見た新聞配達のあんちゃんも美味そうに飲んでたし……こりゃあ帰ったら親父に謝らないといけねーな。
まあ、それはともかくとして。
「あのよォ。お前さんにちょいとばっかし訊きたいことがあるのだけれども」
見上げていた夜空から視線を外して、俺は隣でブラックコーヒーの香りを楽しんでいる黒猫に話しかけた。
「おー。なんだい子猫ちゃん。今、お姉さんはとっても良い気分だから、なんでも答えてあげちゃうぜ」
すっとんきょうな声で返すそいつに、
「時園のことについて何か知らねェか?」
魂を引っこ抜かれた際に迷い込んだ花畑。
時計が無数に浮かんでいる不気味な世界。
そこにはシャオとネムという似た格好の、しかし、似ても似つかぬ二人の少女が居た。
二人の話しぶりから察するに、その時園こそがピースの住んでいる世界みたいなのだけれども――
「へえ……そんなことがあったのか。あいにくだが、ネームレスなんてヤツも時園ってのも知らねぇな」
時園で体験した出来事を話すと、そいつはそうぶっきらぼうに言い放ち、もう一度タバコに火をつけた。
煙を吐き出したその冷たい横顔に――先ほどの飄々とした気の良いお姉さんとは真逆のそいつに、俺は違和感を覚える。
積もり積もった違和感。
ところどころでこいつは言葉を濁したり、妙なことを呟いたりしているような……。
黒猫クロエ。正確には猫じゃなくて虎みたいだが、仮の姿だとどう見ても猫にしか見えないから俺は猫ということにしてる。
ま。元の姿に戻ったら完全に黒虎さんだけれども。
シャオ曰く、こいつにもコロナと同じように『クロエ・ザ・マンデイ』という長ったらしい名前があるようで。
もちろん、これまたコロナと同じく、七大魔宝石の一つだったりする。
藍色の宝石――壱番石であるラピスラズリに封印されていた『雷』の厄災を司る霊獣。
どういった経緯があったか知らないが、俺がこの世界に来たときにはとっくにゆりなとコンビを組んでいた黒猫。
逃げ出した霊獣の一匹ではあるが、石の捕獲について色々と助言をくれたり、入って間もない俺に魔法使いの仕組みについて教えてくれたりと、かなり友好的な霊獣だ。
しかしながら、と。俺は心の中で首を傾げる。
どうも、こいつの言動にはいささかに不明瞭な点が多すぎる。
時園のことだってピースが住んでるところなんだし、こいつがその存在自体知らないのはさすがにおかしい。
コロ美ならともかく、ピースにとって『特別』な存在であるクロエが知らないハズがない――
「ホントかィ? お前さんが知らないとは、いささかに思えないのだけれども」
なおも食い下がる俺に、
「だぁら知らねーって。ほら、死の間際に変な景色みるって言うじゃん。臨死体験っての? アレだろ、アレ」
と。冷たい表情のまま、タバコの灰を空いたコーヒー缶の中へ落としたところで、
「じゃあ、別の質問だ。コピーを倒したあと、俺の目の前にシャオと一緒に現れたよな。……なんで、あいつの肩に乗ってたんだよ?」
そう。
時園について知らないならそれでもいいし、言いたくないってんなら別にいい。
だが、俺が眠りに落ちる瞬前に現れたシャオに――そいつの肩に乗っていた理由はどうしても知りたかった。
なんとも言えない、複雑そうな表情で俺を見下ろしていた黒猫――
他はいいとしても、これだけは看過することが出来ない。
どうしても……答えてもらわねェと。
すっかり冷めてしまったコーヒーを両手で握りしめながら、俺は真剣な眼差しをそいつに向ける。
すると、そいつはピクッと猫耳を動かしたか思うと、とても驚いた表情で、
「……なに、言ってんだぁ?」
と、俺の目を見返した。
クロエは、長く伸ばしてる方の髪の毛を指先で弄るなどして少しだけ考える素振りを見せたのち、フッと自分の影に視線を落として、
「おい、ツン子。おめぇはどう思うよ」
言って、何故か影に向かってタバコの煙を吹きかけるクロ。
するとどうだろう、
「けほっ、けほっ! な、なにすんのよ……っ!」
なんと。シャオが影の中から咽ながら、ひょっこりと頭だけ覗かせたではないか。
こいつ、まさかシャドーを使ってずっとクロエの影ん中に潜んでやがったのか?
いや。待てよ……もしかしてこいつら、裏で手を組んでいたってオチじゃないだろうな。
「…………」
そう、怪訝なツラでクロエを睨むと、そいつはバツが悪そうに肩を一つすくませて、
「ううっ。そんなに怒った顔しないでくれよぉ……。ほれっ。ツン子、早く出て来て誤解を解いてくれっ」
と。未だにケホケホと咽ているシャオを引っ張り出した。