魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記)   作:あきラビット

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第七十六石:いかないで

「チッ、こいつめ」

 

 ゆりなのベッドにチビチビを押し込んで、俺はそいつの頬を軽くつねった。

 

「人を待たせておいて熟睡たァ、いい度胸してんな。こんにゃろ」

「こうひぇい……なんでひゅ」

 

 なぁにが肯定なんだか。

 まったくこいつのせいで眠気がすっかり飛んじまったぜ。

 まあ。半分は俺の立ちション事件のせいでもあるんだけれども。

 

「どーすっかなぁ……朝までどうやって時間つぶそう」

 

 ゆりなのアホな寝顔を見ながら、ベッドに腰掛けて足をぶらぶらさせること数分。

 ぴょんと飛び降りて、

 

「来やがれ、霊鳴」

 

 と、霊鳴を呼んだ。

 もちろんチビどもを起こさないように小声で。

 

「おっ、来た来た」

 

 そいつはすぐに飛んできて、窓をカチカチと鳴らしてノックする。

 少しだけ窓を開けると、俺の胸に軽い体当たりをかまし、周りをくるくると回りだした。

 犬みたいにじゃれてくるこの蒼い宝石には、試作型霊鳴石『弐式』なんていう大層な名前がついていたりする。

 コロ美から渡された手紙を読んだら、いきなり海の中から飛来してきた宝石。

 見た目はサファイア宝石そのまんまだし、売ればかなりの金になりそうだが――いやはや、その正体を知ると金に換えちまうのはもったいないと誰しもが思うことだろう。

 

「弐式……起動する、イグリネィション!」

 

 起動呪文を唱えると、たちまち蒼い杖へと変化する霊鳴。

 普段でも指から一応魔法を出せるっちゃあ出せるのだけれども、実際に戦闘となると強力な魔法が必要になってくる。

 その際には、やはり杖による魔力増幅が無いとどうにもこうにも魔法が弱すぎるのだ。

 

「試作型って頭についてるワリには弐式って普通に凄い子ちゃんだよな」

 

 しげしげと杖を見ながら言うと、そいつは柄先のサファイアから蒸気をプシューと吐き出した。

 まるでエッヘンと胸を張っているかのような反応。

 

「ゆりなの霊冥との違いがイマイチわからねーぜ」

 

 ゆりなも俺と同じような宝石を持っているのだが、実はよく解っていなかったりする。

 黒い宝石という色違いなところもそうなんだけれども、起動呪文も違うわ、杖になった姿も違うわで、名前は似ているがまったくの別物って感じだ。というよりも類似品か。

 たしか、シャオが言ってた名前は――霊冥石『零式』だったハズ。

 試作型じゃないのか、単にシャオが言い忘れたのか知らないが、どっちにしろ名前的に俺の弐式より優れていそうな感じがする。

 

「待てよ。零と弐なら、もしかして間に『壱』もあるんじゃないのか? つーか、霊鳴シリーズって何個あるんだろう」

 

 その問いにピカピカと光って答えようとする霊鳴。

 つっても、光ってるだけじゃあ何が言いたいのか分からないんだけどな。

 通訳システムが欲しいもんだぜ。

 

「ま、いいや。そんじゃまっと」

 

 言いながら杖に跨ると、ふわりと少しだけ浮きあがった。

 むむ。ケツがちょっとムズムズするぜ。

 一回立ち上がり、スカートを間に挟んでもう一度跨ってみる。

 

「あー、こっちのほうが乗り心地良いな」

 

 杖を呼んだのは他でもない。ちょっくら空の散歩に出かけてみようかなと、ふと思い立ったワケだ。

 こんな真夜中なら、飛んでる姿を誰かに見られることもないだろうし。

 気分転換がてら、思う存分空を爆走しまくろうってな。

 きっとバイクよりも(乗ったことねーけど)気持ちいいんだろうなァ、と内心ニヤけていたのだが。

 さっそく飛ぼうとしたところで前につんのめってしまった。

 

「な、なんだぁ?」 

 

 なにやらスカートを引っ張られてるような気が……。

 後ろを振り向いてみると、そこには俺のスカートの裾をギュッと掴んでるゆりなの姿があった。

 

「…………」

 

 今にも泣きそうな顔で。

 とても不安そうな顔で。

 俺を、ジッと見つめている。

 

「あんれま。もしかして起こしちまったかィ?」

 

 杖から降りて訊いてみるが、ゆりなは何も答えず、ただただ小さな唇を震わせている。

 

「なんでぇい……怖い夢でも見ちまったってか」

 

 そう言って、ボサボサになってしまっているそいつの髪を撫で付けようと頭に手を置いたところで、

 

「……いかないで」

 

 ぽつりと。

 それだけ呟いて、俺の胸の中に飛び込んでくるチビ助。

 

「……!?」

 

 な、なんだ、この感覚は。

 突然、ぐわんぐわんと目の前が歪んでいく。

 立ちくらみのようなフラつきと共に、頭の中に妙な映像が流れ込んできやがった。

 

 こいつは。この麦わら帽子をかぶった子どもは誰だ……?

 ぽろぽろと涙を零しながら、隣にいる少年の短パンを掴むモノクロ少女。

 だ、誰だよ。こんなヤツら知らねェぞ……一体なんなんだこりゃ。

 そう戸惑っていると、映像の中の少年が、麦わら少女を力強く突き飛ばした。

 

 それはまるで。

 振り払う、というよりも。

 拒絶する、というような。

 

 音無しの白黒映像だったのに、突き飛ばす音だけはやけにハッキリと聞こえた。

 草むらに投げ出された少女は、泥で汚れた両手で涙をグシグシと拭い――走り去っていく少年に向かって、こう叫んだ。

 

『お兄ちゃん、いかないで』

 

 と。

 その途端、ぼやけていた視界が徐々に現実を映し出していく。

 

「どったの? しゃっちゃん……とっても、苦しそうだよ」

 

 やがて一番に目に映ったのは、心配そうなゆりなの顔だった。

 俺に抱きついたままのそいつを――腰まで伸びている長い黒髪を見て、俺はあの麦わら少女を思い出していた。

 

「似てる……」

「ふえ? 似てるってなあに?」

「あ。い、いや何でもねェぜ。てか、行かないでってどういうこっちゃ」

 

 そう訊ねると、そいつはまたまた泣きそうな顔になって、

 

「あ、あのね……。夢の中でしゃっちゃんがね、時計がたくさんあるお花畑でね、杖に乗ってね、バイバイって言ってね、お空へ飛んで行って消えちゃったの」

 

 言葉をつまらせながら言うそいつに、俺は眉を寄せた。

 おかしい。どうして、ゆりなが時園のことを知ってるんだ。

 そういえば時園にいる俺と目が合ったような……あの時、クロエからあの奇妙な花畑について教えてもらったのか?

 

「それで、それでね。びっくりして起きたらね、しゃっちゃんが杖に乗ってたからね、飛んでいっちゃうって。いなくなっちゃうって。だから、だからボク……」

 

 言いつつ、俺の腰にまわした手を震わせるゆりな。

 ……なるほどねェ。怖い夢っつうのは、あながち間違いじゃなかったワケね。

 しかしながら、と。俺はチビ助の背中をぽんぽん叩いて、 

 

「言ったじゃんか。最後まで宝石集めを手伝うって。もう忘れちまったのかィ?」

「ううん。忘れてないもん。だって……しゃっちゃんがボクのことを最後の最後まで守るって言ってくれたとき、すっごく嬉しかったんだもん。絶対に忘れるわけないよ……」

 

 鼻をすすりながらギュッと力を込めて抱きしめてくるチビ助に、俺は肩をすくめた。

 

「だったら少しは信じてくれないかねェ。散歩へ行こうとするたんびに掴まれちゃあ、いささかにしんどいぜ」

「ふえぇ!? お、お散歩に行こうとしてたの?」

 

 慌てて手を離したそいつの頭に弐式の先端をポコッと当てて、

 

「ったりめーだろォ。いまさら帰れるかってんでぇい。はぁ……俺様ってば信用が無いんだねェ。いやはや悲しいぜ、まったくもって」

 

 なんて盛大にため息をついてみたりして。

 

「あわわわ。ち、違うもん! ボク、しゃっちゃんのこと信じてるもんっ。ホントだよっ!」

 

 と。

 顔を真っ赤にして意気込んでいるところ悪いのだけれども……。

 

「あのさァ。信じてるんなら、スカートから手を離してくれない?」

 

 片手どころか今度は両手で俺のスカートを掴んでいるゆりな。

 よっぽど力が入ってるのか、半分くらいずり落ちてしまっている。

 

「うぅーっ」

「うぅーって唸られましても……」

「だ、だってだってぇ……!」

 

 いくら寒さに耐性のある水の魔法使いとはいえ、さすがにパンツ丸出しで飛ぶのはどうかと思うし。

 つーか、寒さに強かろうが弱かろうが、フツーにそれは恥ずかしい事この上ないので、

 

「いい加減にしてくれよォ。あんまりワガ……」

 

 言いかけて、ハッと俺は口をつぐんだ。

 あ、あぶねぇあぶねぇ。チビ助にとって『ワガママ』というワードは禁句だったんだ。

 何故かは分からないが、言っちまったら最後。発作というか、過呼吸になっちまうようで――さすがにおいそれとは口に出せない。

 あの黒猫だけはその理由を知っているようだが……。

 

 そういえば――さっき『いかないで』って言われた俺も似たような状態になったな。

 トラウマなんて面倒なモンは今まで生きてきて一つも無かったハズなんだけれども……。

 うーむ。あの息苦しさと手の震えは、トラウマじゃないというのなら一体なんだったんだろう。

 

「しゃっちゃん? 何を言いかけたの?」

「……えっ? あー。そ、それはだなァ」

 

 きょとん顔で訊いてくるそいつに、俺はとっさにこう言ってしまった。

 

「あんまりワガハイを困らせるでない、と言いたかったんだ」

「…………」

 

 口をぽっかり開けるといったハニワ状態で停止するチビ助。

 ま、まあ。さすがに我輩は無いよな……なんていささかに後悔していると、

 

「ぷぷっ! しゃっちゃんがワガハイって言うの、めっちゃんこ似合ってるっ。漫画に出てくる魔王さんみたいで、かっくいー!」

 

 いやいやいや……似合ってねーよ。

 ていうか、似合ってたまるかってんでぇい。

 

「冗談に決まってんだろ! ったく、『ワガハイ』なんて実際に言うヤツいねぇっての」

「……えっ。でも、しゃっちゃんってたまに『オレサマ』とか言ってなかったっけ。さっきも言ってたよーな」

 

 うぐっ。また痛いところをピンポイントで突いてきやがって……。

 

「お、『オレサマ』は俺の居た世界じゃあ当たり前に使われてたからいいんだよ」

「えーっ、そうなの?」

「そうなのっ!」

 

 唇を尖らせて首を傾げるといった、未だに納得がいってない様子のゆりなだったが、このままグダグダ言い合ってたら朝になっちまうぜ。

 なので。そいつがスカートから手を離した今の隙に、と。

 俺は霊鳴に跨って窓を勢い良く開けた。

 

「んじゃ、俺様は空の散歩に行きますんで。チビ助は明日の学校に備えてちゃんと寝とくよーにっ。寝坊しちまっても起こしてやんねーからな」

 

 そう言うと、そいつは意外にスッキリとした笑顔で、

 

「えへへー。ボク、お寝坊したこと一回も無いから大丈夫だもん。心配してくれてありがとねっ、しゃっちゃん。行ってらっしゃい、だよ!」

 

 と。あっさり手を振ってくれたもんだから、ついつい、

 

「……い、行って来ますんで」

 

 俺もちっちゃくバイバイを返して空へ舞った。


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