魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
「……や、やっちまったぜ」
ジャババーッと、水を流すトイレの音をバックに、
「はあ、なにやってんだか」
俺は後ろ手でドアを閉めて大きくため息をついた。
ううっ。頬が火照ってしょうがねぇ。きっと今の俺の顔はイチゴよろしく真っ赤っかになっちまってることだろうよ。
だって、まさかあんなに盛大にぶちまけるとは思いもしなかったもんで。
眠すぎてあくびをしながらパンツを下ろしたところまでは覚えてるんだけれども……その後はあまり記憶にない。
気付いたらトイレの床がびっちょびっちょって有様だったぜ。
女の体だっつうことを忘れて男のノリでやった結果がコレだ。
というか、立ったまんま出来ないとかさァ。いささかにありえねーだろ……。
「つくづく面倒クセェ体だぜ、ったくよォ」
言いつつ改めて自分の格好を見てみる。
羽のマークがついた白のキャミソールに、丈の短い水色のプリーツスカート。
そんな一張羅に加えて、コロナから特別に出してもらった白緑縞のオーバーニーソックスと似た感じの薄緑の縞パンツ。
どちらも変身したときのコスチュームなんだけれども――
「あれ?」
ニーソックスは暖かいからという理由だったけど、なんでパンツまで変身後のままなんだ?
たしか変身前は普通の白い綿パンツだったような。もしかしてコロ美のヤツ、また間違えたのかねェ。
まあ、無いよりはマシだけどよ……。
と、ダッシュ戦のときのアレをちょこっと思い出して、再び頬が熱くなる。
「はやく石を全部集めて男の体に戻りてェぜ……」
んなことをトイレの前で突っ立ちながらボヤいていると、
「……パパさん。ちゃんとキレイキレイしたですか?」
「げげっ、チビチビ!?」
いつの間にか、寝ぼけまなこのコロナが目の前に立っていた。
ただでさえ眠そうな目をしているそいつだが、もっとトロントロンの眼で、
「コロナもおトイレ入るんです。汚いまんまだと、ヤなんです」
ぽけーっと俺を見上げて言う。
「も、もしかして俺様の心の中を読みました?」
頬を引きつらせながら訊いてみると、
「……肯定」
小さくコクリと頷くコロ美。
そうなんだよなァ。何故かこいつに限って俺の心の中を少しだけ読むことが出来るらしい。
「パパさん?」
「あ、いや……。そりゃ掃除したに決まってるだろ。俺の水魔法でちょちょいのちょいだったぜ」
そう。俺の使える魔法は『氷』と『水』だから掃除自体は案外楽チンだった。
指をちょこっとクルクル回すだけで、水分をひとまとめに出来るからな。そいつを便器の中に入れて流せばそれでサクっとお終いだ。
もしパンツが濡れちまっていたらもっと大変だったろうケド。そこはなんとか奇跡的に無事だったようで……。
不幸中の幸いとはまさにこのことだな。
にしても。思いのまま水を操れる能力――やっぱりこれってかなり便利だよなァ。
漫画やゲームの主人公だと火とか雷っつうのが主流だし、俺もガキんちょの頃は魔法が使えるなら絶対に火とか雷みたいなカッコイイのがいいぜ、なんて思っていたのだけれども。
いやはや。実際に魔法を使う側になってみるとそこら辺の考え方がガラっと変わるな。
別にド派手で大迫力な魔法をブッ放したところで観客が沸くってワケでもねーし。
俺たち魔法使い以外の目に映らないんじゃあ、見栄えうんぬんにこだわったところで空しいだけだ。
だったら地味な魔法だけど水道代が浮いたり、いちいち冷蔵庫で氷を作らなくて済む『水と氷』使いで良かったなという結論に――
「……つーか、お前さんいつまでそこにいるんだ? トイレに入らねーのかィ」
いつまで経っても俺の前で棒立ち状態のコロ美。
まさかこのままずっと俺の心の中を読み続けるつもりじゃねーよな……。
そう眉をひそめていると、
「えっと。その……パパさん、コロナのおトイレが終わるまでそこで待ってて欲しいんです」
もじもじと長い袖をこすり合わせて恥ずかしそうに言うチビチビ助に、俺はニヤリと笑った。
ははーん。なるほどなるほど。
俺たちが寝ていたゆりなの部屋は二階だが、このトイレは一階にある。
それもかなり奥のほうにあるから、リビングの豆電球程度ではこちらまで明かりが届かないのだ。
俺は真っ暗でどんよりとした空気の廊下に目をやりながら、
「あー。お化けってこういうところが好きそうだよなァ」
と。試しに言ってみると、
「ひ、否定っ!」
ぶるぶると震えながら俺の足を両袖でギュッと掴むチビチビ。
予想以上のビビりっぷりだった。
というか……自分だってお化けと似たようなモンじゃねーか。
むしろお化けのほうが逃げ出すくらいのスペックをお持ちのクセによォ。
つーワケで。
「恐縮だけれども、冷えないうちにもう一度寝なおすつもりなんで。もしお化けさんが出ても大丈夫さ。バケモン同士仲良くなれるハズだって」
なんてヒラヒラと手を振って立ち去ろうとしたのだが、
「ぐすん。コロナはバケモンじゃないのです……ひどいんです」
目に涙をためて俺を見上げるコロ美。
「……うっ。じょ、冗談だって」
そんな悲しそうなツラで言われちゃあ仕方があるめぇ。
俺は舌打ち混じりにチビチビを抱っこし、
「ちょっとだけ待っててやんよ。でもちょっとだけだかんな。早く出てこねーと上に行って寝ちまうんで。ほれ、よーいドンっ」
便座にちょこんと乗っけてそのままドアを閉めた。
閉めた――のだけれども。
「……おっせェ」
入ってから十分は経ってるぞ。
大か中か小か知らないけれども、いつまでやってるつもりなんだ。
いい加減に待ちくたびれたぜ……。
「おーい、コロ美。まだかよぉ」
「…………」
「コロ美さんやーい」
「…………」
んん? いささかに様子がおかしいな。
不思議に思った俺はドアに耳をくっつけて中の様子を窺ってみた。
すると、中からグースカピースカとなんとも幸せそうな寝息が聞こえてきたではないか。