魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記)   作:あきラビット

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第七十四石:この温もりを、いつまでも

「ふぅ……まっ、こんなところかね」

 

 ぱたむと漢字ドリルを閉じて俺は大きく伸びをした。

 いやはや、中々に良い頭の運動になったぜ。

 たまにはチビ助の勉強を手伝ってやるのも悪くねェかもな……ホントにたまになら、だけれども。

 

「それにしてもワケわかんねー漢字ばかり習いやがって。この世界のガキんちょどもはいささかに大変だねェ」

 

 言いながらデスクライトを消すと、すぐそばにある窓のカーテン越しに外の明かりがぼんやりと漏れているのに気がついた。

 

「んん……?」

 

 ふと、時計を見やると蛍光塗料の針は午前三時半あたりを指している。

 

「この明かりは街灯――じゃなくて隣の家だよな。こんな真夜中に何してんだァ?」

 

 ちょっとした好奇心ってやつで、カーテンをこっそりめくってみると、ゆりな家の屋根をはさんで隣家の部屋が見えた。

 今さっき俺が座っていた学習机とは似ても似つかないほど豪華な机に、無駄にオシャレなスタンドライト。

 どうやら明かりはそこから漏れていたようなのだけれども……。

 

「ええっ!?」

 

 そこに座っている人物を見て俺は思わず声をあげてしまった。

 窓を全開にして優雅にコーヒーをすする少女。桃色の眼鏡に手をかけ、つまらなそうに分厚いノートのようなものを眺めているそいつは――

 

「チ、チビ天じゃねーか! まさか隣に住んでいやがったとは……」

 

 チビ天――もとい、天使(あまつか)ももは。

 ゆりなの幼馴染で、たしかお姉さんの話では四才の頃から毎日のようにこの家に遊びに来ているとか。

 いやはや、なるほどねェ。隣に住んでいるんならすぐに来れるもんな。

 最初にあいつと出会ったとき、軽快な足音とともに窓から侵入してきたっけ。よくよく考えてみれば、あの音は自分の部屋から屋根をつたって来た音だったんだな。

 

「にしても、相変わらず特徴満載なヤツだぜ」

 

 ミディアムストレートの桃色の髪もさることながら、花の模様が刻まれているエメラルドグリーンの瞳も非常に目を引く特徴だ。

 そして桃色フレームの眼鏡も印象的――ではあるのだけれども。

 

「やっぱり眼鏡かけてると雰囲気が全然違うよなぁ……」

 

 俺は再び椅子に座り直すと、頬杖をついてももはの横顔を眺めた。

 最初んときは派手なピンク色のワンピースに、白い羽のついたナップサックを背負っているっつう奇抜な格好だったし、喋り方も訛りまくりのおかしなヤツって感じだったんだが。

 次に会ったときは上品な制服姿だし、髪型もツインテールじゃなくなってたし、眼鏡はかけてるし、標準語になってるしで……ガラッと百八十度キャラが変わっていやがった。

 

 なんか取り巻きのような奴らに、トーカさんだとか委員長だとか呼ばれていたっけ。

 トーカだか、ももはだか、どっちが本当のあいつなのか知らねーけれども、俺は今の凛としたお嬢様チックなあいつはあまり好きじゃなかった。

 ……俺のことを『このような不躾な人知りません』つって、無視しやがった恨みは今でも忘れちゃいねぇかんな。

 

 そう、むくれつつジーッと見ていると、そいつは不意に眼鏡を外して目頭を押さえた。

 

「なんかすげェ疲れてそうだな……。もしかして今までずっと勉強していたのかねェ」

 

 なんてことを呟いたそのとき。

 急にももはがパッと顔を上げ――

 

「あっ……」

 

 やべェ、目が合っちまった!

 絡み合う俺たちの視線の間に沈黙の三点リーダが飛び交ったのも束の間、

 

「しゃくっちーっ!」

 

 ガタンと椅子を倒して勢い良く立ち上がると、ぶんぶんと両手を振るももは。

 ぴょんこぴょんこと飛び跳ねながら俺に満面の笑顔を向けるそいつは、最初に出会ったときのヘンテコ娘――『ももは』そのものだった。

 

「…………」

 

 違和感っつうか。

 クールな振る舞いのトーカさんモードからいきなりヘンテコももはモードに切り替わったそいつに、どう反応したらいいものか戸惑っていると、

 

「っ!」

 

 突然ビクッと身を震わせ、後ろを振り向くももは。

 そしてすぐさま窓を閉めると、矢継ぎ早にカーテンも閉めてしまったではないか。

 

「ありゃりゃ、一体全体どうしちまったんでしょ?」

 

 なにやら尋常じゃないほど焦っていたように思えたのだけれども。

 お父さんかお母さんにでも怒られたのかねェ。まあ、こんな夜中にアホみたいに叫んでたらそりゃ怒られるか。

 俺もカーテンを閉め、もう一度眠りにつこうかなと大きなあくびをしたところで、

 

「ふえぇっ……」

 

 今度はゆりなの泣き声が聞こえてきたではないか。

 あー。でも、この泣き方にはいささかに覚えがあるぜ。昨日も似たようことあったもんな。

 ぺらりと布団をめくると何かを求めるように手をグーパーと動かしているチビ助。

 

「だと思ったぜ。やっぱし、ぬいぐるみが無いからぐずってやがったのか」

 

 クロエ曰く、何かを抱いてないと熟睡出来ないっつう面倒極まりない性質なようで。

 まあ。とりあえず、そこらへんに転がってるテキトーなものを抱かせておけばすぐに泣き止むだろ。

 

「ええっと。なんかねーかなァ……」

 

 暗闇の中、ベッドの周辺で抱かせるものを手探りで探していると、何か温かくて柔らかいものが手に触れた。

 

「んん? な、なんだこりゃ」

 

 ギョッとしてデスクライトを点け、もう一度それを見てみると、

 

「パパさん、そんなことしちゃメッなんです……」

 

 お尻を高く上げてうつ伏せで眠る園児がそこにいた。

 

「チビチビのヤロウ、なんつー寝相の悪さでぇい」

 

 そいつは、やけに袖の長い園児服に身を包んだ四、五才くらいの子どもで、さらさらペリドットカラーの長い髪をオレンジ色のリボンでくくってツーサイドアップにしているっつう――

 

「って、おい待て。寝てるときはこんな髪型ダメだってーの」

 

 ぱぱっとリボンを解いて、緩めに髪を結んでやる。こうすりゃ摩擦で髪が痛むことはねーからな。

 まっ、こんな眠り方で摩擦うんぬんもないとは思うけれども。

 

「よーし、出来た出来た」

 

 と。突き出したケツをペンペン叩くと、

 

「うーっ。否定……なんですぅ」

 

 尻を振りながらのそりのそりと少しずつ前進していくチビチビ助。

 

「いっひっひ、イモムシみてぇなヤツだぜ。いや、ていうか……元は蝶々だったか。そりゃイモムシっぽい動きするわな」

 

 名前はコロ美――じゃなくてコロナ。

 シャオメイが呼んでいた名前が本当なら、コロナ・ザ・ウェンズデイとかいう長ったらしいのが本名らしい。

 なんかよくわからねーが、すげぇヤバイと言われてる七大魔宝石のうちの一つで……えっと、確か参番石のエメラルドに封印されていた『水』と『氷』の霊獣だったハズ。

 

 一メートルにも満たない小さい体だから俺はチビチビ助と呼んでいるが、元の姿は凄まじくデカイ蝶のバケモンで、初めてその姿を見たときはかなりビビったもんだぜ。

 

「……それがこんなにちっこくなるんだもんなァ。しかも、人間のガキんちょ姿になっちまうし。こいつらの体の構造は未だによくわからねーな。つか、一生理解出来る気がしねェ」

 

 俺はそう肩をすくめると、指を咥えて丸くなっているチビチビをひょいっと抱っこして、

 

「ま。ちょうどいいや。こいつを抱かせておこっと」

 

 両手を彷徨わせているゆりなに押し付けた。

 その途端、

 

「ふわぁ……」

 

 と、安心した様子の表情を浮かべるチビ助。

 そんでもってそれとは対照的に、

 

「む、むぐぅ」

 

 と、苦しそうな表情を浮かべるチビチビ助。

 

「えへへ。いいこいいこさんにしてなきゃダメだよぉ……むにゃむにゃ」

 

 チビチビをぬいぐるみと勘違いしているのか、サバ折りよろしく強烈な抱きしめで頬ずりをするゆりな。

 しばらく小さなうめき声をあげていたコロ美だったが、こちらだって負けてはいない。

 一瞬の隙をつき、スルッと抜け出すと、寝相の悪さを活かした回し蹴りをゆりなの腰へと華麗にぶちかます。

 

「う、うぅ~ん……」

 

 数秒ほど痛そうな顔をしていたが、すぐにケロッとした様子で再びコロ美を抱きしめるチビ助。

 

 そんなこんなで何回くらい同じ事を繰り返していたんだろうか。

 どっちもどっちな二人のエンドレス睡眠バトルを見て、ついついプッとふき出してしまう。

 

「まーったく、見ていて飽きねェヤツらだぜ」

 

 そして同時に、二人が助かって本当に良かったという安堵の念が心の底からこみ上がってくる。

 

「コロ美……」

 

 布団をかけ直し、俺はコロナの背中にそっと手を置いた。

 あったかく、呼吸の度に上下する背中。

 

「ちゃんと動いてる、よな……」

 

 次に、ゆりなのほっぺたに手の甲を当てる。

 

「……キレイな顔のままでよかったぜ。女の子、だもんな。こんな小さいうちから傷ついちまったらお姉さんに申し訳が立たねェ」

 

 片腕をグチャグチャに潰され、顔面の半分をコピーに喰われたあの惨たらしい映像をイヤでも思い出してしまう。

 忘れたくても忘れられねェ。クソッタレな未来――

 目を閉じ、もう一度だけゆりなの温かい頬に手を乗せ、

 

「人生、楽しいことはこれからいっぱいあるんだ。くれぐれも死に急ぐんじゃねェぞ、チビ助ども」

 

 俺は唇を強く噛みしめた。


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