魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記)   作:あきラビット

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第七十三石:vs第弐番大魔宝石シロハ・ザ・チューズデイ編

「はふっ。……なんでぇい、この匂いは」

 

 むくりと上半身を起こして、俺は鼻をクンクン鳴らした。

 なんか花のようなフルーツのような。やけに甘い香りが漂っているな。

 親父のヤツ、まぁた金の無駄遣いをしやがったのか。余計なモンは買ってくるなつってんのによォ。

 そんなことを考えつつ、ボーっと背中をかいて周りを見渡してみたのだけれども。

 

「ここ……どこだァ?」

 

 はて。俺の寝床にしちゃあ、いささかにベッドがふかふかすぎるような。

 そもそもとして。俺ん家はこんな豪華なベッドじゃなくて、ボロボロのせんべい布団だったハズ……ダチん家に泊まりに来てたっけか?

 ううむ。頭がハッキリしねェ。おまけに視界もぼんやり霞んでやがるぜ。

 

「ふわぁ~あ」

 

 とりあえず大きく伸びをして、目をグシグシこすっておく。

 

「あっ、そうかここは……」

 

 薄暗い部屋の片隅でひときわ目立つ暖色の灯り。

 小さな学習机に伏せて眠っている一人の少女を見つけて、俺はようやく思い出す。

 

「チビ助の家、か」

 

 そうだった。

 俺は確かコンビニに買い物に行く途中に、このヘンテコな世界に飛ばされたんだ。

 誰に、どうやって飛ばされたか。そこらへんの記憶は曖昧だけれども……。

 

 いや。誰に、の部分は判明していたな。『ピース』とかいう婆さんだ。

 なんでも自称最強の魔女とやらで、滅多に人前に姿を現すことはなく、稀に現れたとしても変な仮面をかぶっているというおかしな婆さん。

 おかしいのは容姿だけじゃないようで、魔法使いは少女じゃないとダメだっつうトンデモな理由で、俺様を小学生のようなガキんちょ娘の姿に変えちまいやがった。

 

 今はこんな真っ白肌にぷにぷになお腹っつう、あられもない姿になっちまっているが、元は筋骨隆々の中学二年生の男だ。

 同学年どころか中三の奴らにもタメ張れるぐらい背が高い方だったのに……。今じゃそこで寝ている小学生のチビ助より背が低い有様だぜ。

 髪もやけに伸びちまったしさァ。今までと変わらないのは白髪だってことくらいか。

 トホホ、と肩を落としていると、

 

「……えへへ。しゃっちゃんの作ったホットケーキ美味しいよぉ」

 

 なんともお間抜けな寝言が聞こえてきたではないか。

 背後からそいつのツラを覗き込んでみる。

 

「あんれま。ヨダレ垂らしてやがる。にんまりと幸せそうな顔しちゃってらァ」

「今度はボクがしゃっちゃんに作ったげるね。むにゃむにゃ……」

 

 なんて、面白そうなイベント……もとい、寝言を勝手に終わらせようとしやがったので。

 

「ばーろォい。だぁれがお前さんの作ったホットケーキなんざ食うかってんでぇい。俺様が作ったやつのほうが百倍は美味いから、自分で作って食うぜ。一昨日きやがれってんだ」

 

 と。意地悪く耳元で囁いてやると、

 

「ううっ……ごめんなさぁい」

 

 笑顔から一転。悲しそうな顔で鼻をすするチビ助。

 

「いっひっひ。相変わらず、からかい甲斐のあるヤツだぜ」

 

 そういえば。こいつ、なんで机で寝てるんだろう。

 寝るならベッドで寝りゃあいいのに、俺をベッドで寝かせて自分は学習机で寝るって、さすがにドが付くほどに優しいチビ助でもおかしいような。

 そう首を傾げていたのだが、そいつが今まさに枕にしている分厚い漢字ドリルを見てピンと来た。

 ははーん、なるほどなるほど。宿題をやってる途中で寝ちまったってオチかィ。

 

「ベタだねぇ、まったく」

 

 その小学二年生の総復習漢字ドリルとやらをこっそり拝借してパラっとめくってみたのだけれども。

 

「うわっ、この世界の小学生ってこんな難しい漢字習ってんのかよ……」

 

 自販機に俺が居た世界の金が使えたり、駅名が聞いたことある名前だったりと。

 異世界とはいえ、いささかに俺の世界と似ているなと思っていたが……なんともまぁ。

 この漢字ドリルの難しさったらねーな。

 そりゃ、勉強は一切してなかったケドよ。それでも小学二年生程度の問題なら余裕のよっちゃんなハズなんだが――

 

「……くしゅんっ!」

「うおっと」

 

 突然のクシャミに、思わずドリルを落としてしまう。

 あぶねぇ、頭に落ちなくて良かったぜと安堵の息をついていると、不意にドリルの表紙――名前欄に目が行った。

 

「小学二年生、久樹上ゆりな……か」

 

 窓の外で咲いてる夜桜や、掛けられている四月のカレンダーを見るに、これはおそらく春休みの宿題だろう。

 んでもって、二年の総復習をやってるってことは、明日の学校は始業式。つまるところ、ゆりなは明日で三年生になるっぽいな。

 

「ん?」

 

 そういえばチビ助って、九才じゃなかったっけ。二年から三年だと八才くらいだったような……この世界じゃそこらへん微妙に違うのか?

 まあどーでもいいか。

 ドリルを机に置いた俺の目に、今度は花の図鑑が飛び込んで来る。

 

「あー。そういや、これでシャクヤクって名前に決めたんだっけ」

 

 つい数日前のことだが、なんとも懐かしく感じられるぜ。

 本名を明かすまでも無い、と。テキトーに決めた名前にも関わらず、『しゃっちゃん』と可愛らしいあだ名で呼ぶゆりな。

 ……ホント、良い子過ぎるっつうか、人を疑うことを知らないヤツだぜ。

 肩をすくめていると、

 

「へっくしゅっ」

 

 本日二度目のクシャミをぶっ放すゆりな。

 机にある怪獣さん置時計を見てみると、針が午前二時半過ぎを指していた。

 春とは言え、こんな夜中じゃまだまだ肌寒いハズだ。

 俺は氷と水の魔法使いだから寒さにはめっぽう強いケド、こいつにとっちゃいささかにキツイだろう。

 こんな薄っぺらいパジャマ姿だし、なおさらにな。

 

「ほれっ。風邪ひいちゃうぞ、っと」

 

 言いながらゆりなをお姫様抱っこしてベッドへ運ぶ。

 やっぱ変身しなくとも軽く持てるな。

 つーか、結構な大食いのクセに、細っちいよなァこいつ。

 

「ふぁっ、宿題やらにゃいと……」

 

 ふわふわの羽毛布団をかけたところで、薄っすら目を開けるチビ助。

 

「いいから。寝てろって。俺がやっといてやっから」

 

 安心させるようにポムポムと等間隔のリズムで肩を叩くと、

 

「……うにゅ」

 

 すぐにまた眠りの世界へと落ちていってしまった。

 

「いっひっひ。どうでぇい、俺の寝かしつけテクは。いささかにチョロいもんだぜ」

 

 おっと。宿題に取り掛かる前に、ゆりなの顔にかかっている長い黒髪をどうにかしねーと。

 このままじゃ、髪が鼻に入ってまたクシャミをぶっ放しちまうぜ。

 

「……それにしてもスゲェ長い髪だな。ちったぁ切ればいいのに。まあ、俺の髪も長いし、人のことは言えねェか」

 

 んなことを呟きながら指で髪を払っていると、またまた悲しそうな表情になるチビ助。

 

「うー……」

「なあに。今度はどうしたんでぇい?」

「しゃっちゃん、ホットケーキ……ぐすっ」

 

 ああー。はいはい、さっきの夢の続きを見ているワケね。

 あれっぽっちの意地悪でここまで悲しそうな表情をするとはね。なんとも面倒くせぇヤツ。

 まあ。とりあえずテキトーに囁いておくか。

 

「めんごめんご。やっぱ腹減ったから作っとくれ」

「……ほい、了解うけたまわりぃ」

 

 にへへーとすぐに笑顔を取り戻すチビ助。予想通り過ぎる反応に、ぽへっとチョップを額にかまして一言。

 

「こぉの、単純おバカめ」

 

 しかし寝言は続かず、気が済んだのかそのままスヤスヤと眠ってしまった。


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