魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
「パパさん……」
そいつは、不安そうな表情で目を逸らしたが、すぐにこちらに向き直って、
「肯定。コロナはパパさんの言うこと聞くんです……っ!」
「いっひっひ、良い子良い子。そんじゃま、いっちょ変身と行きますんで。ガツンとぶちかましてやろうぜ、コロ美!」
「肯定! ガツンとぶちかましてやるんですっ!」
グッと握りこぶしをあげ、小さな蝶へ、そして宝石へと姿を変えたそいつを掴んで、
「試作型霊鳴石弐式、起動……イグリネィション! 続けざまに、いっちまうぜぇ? アイシクルパワー、チェインジエメラルド……ビースト、インッ!!」
やがて変身を終えた俺は、矢継ぎ早にダッシュの背中に飛び乗った。
「だし子、ゆりなのもとまで駆けてくれ! あいつには、もう無理をさせねェ……!」
甲高いサイレンのような鳴き声とともに、空を翔ける黄金鮫。
いやぁ、快適快適。欲を言えば、もっと余裕のあるときに乗りたかったな。
俺の周りに漂う雪も相まってか、夜風がひんやりと気持ち良いぜ。
なんて。深呼吸をしてシャークドライブを楽しんでいると、
『パ、パパさん、ど、どうしてダッシュが生きてるんです!?』
「えっ。何をいまさら……って、そうかチビチビは知らなかったんだもんな」
とりあえず時間もねぇし、これまでの経緯をかいつまんで説明すると、そいつは『時園』というワードが出た時点で何かを察したように口数を減らした。
まあ。なにを察したか分からないから、とりあえず最後まで説明しといたけれども。
『そうだったですか……。ダッシュ・ザ・アナナエルが融合しただなんて――コロナにはとても理解が出来ない模魔なんです』
「模魔、か。チビチビは模魔をあまり快く思ってないみたいだけれども、でもダッシュのヤツはお前さんが死んだ姿を見てボロ泣きしてたぜ」
『…………』
「俺だってコピーは心底ムカつくし、ホバーも苦手だ。だが、少なくとも、ダッシュだけは違うと思う。コピーや、ホバーも話せないだけで、口を開けばまた印象が違うのかもしれないし」
と言うと、そいつは複雑そうな声色で、
『パパさんまで、あの人と似たようなことを言うんですね……。ピース様は、だからパパさんを……』
「ん? あの人って――あ、チビ助だ!」
あの人とやらについて訊ねようとしたのだが、ゆりなを見つけたので俺は会話を中断してダッシュから飛び降りた。
電柱に手をかけ、よろめくチビ助。そいつが倒れそうになったところで、
「よっとと……、大丈夫かィ?」
「あ、ありがとうございま……って、しゃっちゃん!?」
突然現れた俺にビックリといった感じで人差し指を向けるゆりな。
俺はその指をそっと下げて、
「これこれ。人様を指差しちゃあいけませんぜ、旦那ァ」
「あっ、ごめんなさい」
ありゃりゃ、それっきり顔を赤くして俯いてしまった。
ぎゅっと黒いドレススカートを掴んで、地面に視線を落とすゆりな。
まるで、俺が怒ってる先生みてーじゃねーか。
気まずいぜ、と鼻をかいてると、
「しゃっちゃん、ひっぐ、しゃ、っちゃん……」
「げげっ、お前さんまで泣くのかよォ」
「だって、だってぇ、しゃっちゃんが、来てくれたぁ……来てくれたんだもん」
「…………」
大粒の涙を流して俺の名前を呼ぶそいつの姿に、
「ゆりなっ!」
俺はたまらず抱きしめた。
体が勝手に動いたとは――こんな時のためにある言葉なんだろう。
何か、テキトーにからかってやろうかとも思ったのだけれども、それでもあの映像を見てしまったあとだ。
俺には、耐えられなかった――
「しゃ、っちゃん?」
まさか俺に抱きつかれるとは思ってもなかったのか、涙目のままキョトンと俺を見つめるそいつに、
「……もうあんな恐い目には合わせねェから。俺がずっとそばにいて、お前を最後の最後まで守ってやる」
スカートを掴んでる手に両手をそっと重ねて言う俺に、ゆりなはますます顔を赤くした。
「……えっ! それって、えっと、えっと……ふぇええ!?」
プシューッと汽車のような湯気が頭から出てきたけど、それをアイスブレスで吹き飛ばして、さらに続ける。
というか。こ、こんな恥ずかしいセリフ、勢いのまま言っちまわないと一生言えねーし……。
「つ、つまりだな。チビ助が命がけで俺を守ってくれたように、これから俺もお前を命がけで守るっ。帰る帰らないで俺はもう悩まない。乗りかかった舟だ、宝石集めを最後まで手伝わせてもらうぜ」
「あっ、あのあの。クーちゃんがね、この舟、泥舟かもしれないよ、だって……」
「おっと。それはそれは、いささかに恐ろしいこって」
しかしながらと。俺はゆりなの涙を中指の腹で拭って笑う。
「恐縮だけれども、俺様を誰だと心得るんでぇい。俺は水と氷の魔法使いだぜ? 泥舟だろうが砂舟だろうが――」
言って、指先を濡らす一滴の涙を一粒の雹へと変化させて、
「全部、ブッ凍らせてやるっ……!」
親指で弾丸よろしく弾き、はるか彼方で俺達を睥睨と見下ろしていたコピーの顔面にぶち当てる。
「いっひっひ。どうでェい、ゆりなの涙は痛かったかィ?」
屈辱だとばかりに脚を蠢かして憤怒するカブト虫。
おーおー。頭上の光輪がピカピカと光って、まぁ。
そんなお冠状態のそいつに向き直ると、俺は羽を広げて闇夜へと舞い上がる。
そして、杖を大きく振りあげ、
「俺は、俺たちは……もっと痛かったんだぜ、こんちくしょうぉおおがあッ!」
コピーにケリをつけるべく、飛翔した。
+ + +
やっこさんの懐にサクッと近づいてアクアサーベルをブッ刺したいところだけれども……とりあえずその前に遠距離魔法で牽制といくかねェ。
とくりゃあ、やっぱりあの魔法の出番ってなワケで。
「コロナが魂よ、我に翡翠の水を宿せ! こいつを喰らいやがりなァ……ぷ~ゆゆんぷゆん、ぷいぷいぷぅ! すいすい、『スノードロップ』ッ」
口早に水付与を施し、杖から氷マシンガンをぶっ放す。
もちろん、この魔法じゃあ傷一つつけることさえ出来ないのは百も承知だ。
俺は続けざまに左拳を引いて、
「ぶっ飛べ! すいすい『フリーズナックル』!」
勢い良く突き出す。
ぷにょんと出てきたマスカットゼリーに吐息を吹きかけ、氷の鉄拳にしようとしたところで――
『わわっ。パパさん、コピーが瓦礫を投げてきたのです、高度を下げるんです!』
焦った様子のコロ美の声が頭に響く。
やけに前脚がダランとしてて無防備だなと思ったら、後脚でコッソリ瓦礫を掴んでやがったのか……小賢しいヤツめ。
「くそっ、もう少しでナックルが完成したっつうのに。ちったぁ待ちやがれってんでェい」
そう言って、羽に魔力を注ごうとした時。
突然、目の前に巨大な影が現れたかと思うと、俺の視界を全部覆ってしまった。
なんだなんだと目を丸くしていると、眩いフラッシュと共にその影が金髪の少女へと姿を変えて――というか、だし子だった。
「お前さんよォ、いきなり飛び出してくるたぁどういう了見でィ」
驚かせやがってとブーたれようとしたのだが、そいつは後ろ姿のまま、
「ご主人様、そこを動かないで。あななの盾で、コピー様の攻撃を防ぐから!」
「た、盾ぇ?」
なんのこっちゃ。
そう眉をひそめていると、なにかが盛大に破裂する音が聞こえた。
「今の音って、もしかして……」
おそるおそるハチマキ娘の後ろから顔だけ覗かせてみると、なんと、そいつの両手から金色の巨大な盾が飛び出しているではないか。
それは、ひし形の金枠に半透明のオーロラフィルムが張られているかのような形状だった。
盾にしてはいささかに頼りないようだが、それでも瓦礫を完全防御したということは、かなりの強度があるみたいだな。
『まさか、GFシールド!? 盾を出せるなんて、本当にダッシュは過去の自分と融合したんですね……』
俺とはベクトルの違う驚きを見せるコロナ。
つーか、なんでこの盾の名称を知ってるんだろう。盾を出せるイコール、融合した証明になるのもよく分からねェ。
まあ、どうでもいいことだけれども。
「いやあ、それにしてもだし子ってば凄いんだな。ランクEとは思えない働きっぷりだぜ。さっすが俺様の一番模魔」
なんて感心してると、そいつは振り返ってニヤリと笑った。
「むふーっ。おまえさん、融合したあななはもっと凄いの! こんなもんじゃないしっ」
と。長い髪をかきあげて、くるんと一回転。金色の石へと姿を変えてしまった。
ふよふよ浮いてるその宝石を何気なく掴むと、
『そっか、その手があったんですっ!』
なにやらコロ美が興奮して俺にこう言った。
『パパさん、コスチュームの胸のところに宝石があるですよね?』
「は、はい。あるですけれども……」
確かに胸のところにハートマークのエメラルド宝石が埋め込まれている。
中々に大きいそれをペタペタ触ってると、
『その中にダッシュの宝石――ゴールデンベリルを入れるんです。呪文は、えっとたしか……』
「えっ、なんで入れるんだ? 呪文ってどういうこと?」
と、アホ毛を疑問符のようにひん曲げている俺の耳に、直接過去のダッシュの声が響いてきた。
その内容はどうやら呪文とやらについてなのだけれども……って、おいおい、マジかよ。
『一か八か、やってみるんです! このままの魔法では、どっちみちコピーを倒すことが出来ないんですっ』
「ううっ。わ、わかりましたんで」
いささかに恥ずかしいが、過去のだし子が言っていたようにやるしかないワケで。
俺はダッシュの石を空に向かって掲げると、
「行くぜ……シャイニングパワー! トランス・ザ・ゴールデン!」
呪文を唱えて、
「ビースト……イン!」
力強く胸の宝石へと押し込む。
その途端、目の前に変身した状態のダッシュが現れた。
『ご主人様、お手て出して』
「あ、ああ……こうか?」
言われるがままに手を出すと、そいつは俺の指に自分の指を絡めて、
『雪と光の融合、私の力を全てご主人様に捧げます……』
そう呟き、俺の胸に顔をうずめる。
『その名は――』
「……スノウシャイン」
呼応するかのように俺がその名を呼んだ次の瞬間、ダッシュが光の輪へと姿を変え、俺を頭から包み込んだ。