魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
俺の後ろでガタガタブルブルと震えちまってらァ。
まあ、気持ちは分からんでもないけれども。それにしたってなぁ、とダッシュの姿を改めて見直す。
「そんな恐がるなって。今はお前さんのほうがデッカいんだからさ」
そう。変身前は俺と同じくらいの低身長だったのに、変身後はすっかり大きくなってしまったのだ。
とは言っても、小学五、六年あたりって感じだが。それでもシャオメイよりは背が高いだろう。
同学年組では多分、シャオが一番身長が高いのかもしれないな。次いでももは、その次にゆりな、そんでもって最後に俺って具合か。
くっ……元の姿にさえ戻れたら俺が一番背がたけェってのによォ。情けねー話だぜ。
んなことを心の中で嘆いてると、ふと視界の端に変な動きをしているダッシュが映った。
そいつは胸元のコスチュームをクイッと引っ張って、なにやら真剣な眼差しを自身の胸に向けている。
「お、お前さん、なにしてんの……」
半ば呆れ口調で訊ねる俺に、
「あなな、全然デッカくなってないよ? ちっこいまんまだし」
なかなか残念そうな困り顔でそう言ってのけたそいつの頭に、本日二回目のフロストチョップ。
「あうーっ! また、ぶったぁ。ちべたくて頭がキンキンするしっ」
「そこの話じゃねーよっ!」
と。ツッコみを入れてすぐに気まずい空気が流れた。
それまでネームレスを睨んでいたシャオがこちらを向いたのだ。
俺とダッシュが息を呑んだところで、
「こっちも相も変わらず。ふざけたヤツらねぇ」
「…………!」
シャオは緩慢な動きで眼帯娘のマントから手を離すと、これまた緩慢な歩みでこちらへとにじり寄ってくる。
そいつの顔は黒いバイザーで大半が覆われているのにも関わらず、怒りの表情が簡単に読み取れた。
「いつまで経っても眼を覚まさないからおかしいって思って『タイムガーデン』に来てみれば、ノンキにクソくだらない話をしている……」
う、動けねェぞ……。
なんだ、こいつのプレッシャーは。
まるで記者会見のときに受けたような強い金縛りに、俺たちが身動き取れずにいると、
「コロナ・ザ・ウェンズデイも、かわいそうねェ。あんたみたいなヤツをせっかく命がけで拾い上げたってぇのに、こんなところで無駄口を叩いてるんだから」
コロナの本名――いや、それよりも。
「どういうこった、お、俺を拾い上げたって」
「……あんたが喰われる寸前、元の姿に戻ったウェンズデイがあんたを助けたのよ。まさか、あんたここが地獄や天国だとでも思ってんの?」
「違うのか……?」
「はっ、バッカバカじゃん。ここは時を司る園よ。通称タイムガーデン。このバカメイドは時園なんてダサい呼び方をしてるケドね」
やがて俺たちの目の前まで来たそいつは、ダッシュのアゴをくいっと持ち上げて、
「こんな役にも立たないクズ石のために、七大霊獣と猫憑きを見殺しにするんだから。ホント、救えなぁい……」
一体、こいつは何を言ってるんだよ。
コロナやクロエ、そしてゆりなを俺が見殺しにしている――?
「察しの悪い男ねぇ。あんたはまだ生きてるってことよ。おそらく気を失った際に、ピース様があんたの魂だけサルベージしたんでしょう。綺麗なまま、次に再利用するつもりだったのかもしれないわ」
「……ピース様は、白の魔法少女を逃がすつもり。だから、魂をこちらへと引っ張った」
そう否定するネームレスに、シャオはさぞ面白おかしそうに、
「きゃはっ、あははははははは。そう、そうだったわね。そういうことだったっけぇ? まあ……そんなこと、どうでもいいわ。こんなふざけたヤツ、すぐに使い物にならなくなるだろうし」
まったく意味がわからないといった様子の俺に、シャオはさらに口角を歪めて笑った。
「ククク……。百聞は一見になんとやら。あんたに面白いものを見せてあげるわ。これが――あんたのふざけた選択による結果よ」
マントの中から飛び出した尻尾がウネリ、上空に浮かぶ無数の時計の一つ――手のひらサイズの懐中時計を掴んでくる。
それを俺の顔面に突き出したのだけれども……この何の変哲も無い時計が、一体なんだってんでぇい?
首を傾げていると、いきなり時計の針が急速に戻り出したではないか。それとともに、文字盤の中心に波紋のようなものが広がり、何か映像が――
「こ、これは……!?」
そりゃ、こんなのただ驚くしかない。
なぜなら、その文字盤に映し出されたものが、ついさっきの俺とクロエの散歩模様だったのだから。
俯瞰視点というべきか、見下ろすような形で、俺たちのやりとりが再生されている。
コマ送りのような飛び飛びの映像だが、その後にシャオが現れるところや、巨大化したクロエがそいつを吹き飛ばす場面、そしてコピーが空から現れる場面が次々に映し出されていく。
「ん……?」
俺はその再生されている文字盤の映像で一つ違和感を覚えた。
ゆりなに向かって俺がシャオから得た情報……『脱皮』のことをチビ助に伝えようとする、少し前のところだ。
何故か、ゆりながコチラを見上げて何かを呟いているように思えたのだ。
空を見上げる形だから、コピーを見ているのかとも思ったのだが、そいつはすでに屋根の上に降り立っているし、ビルの屋上へ退避したシャオを見ているワケでもない。
確実に――見下ろしている今の俺と目が合ったと言ってしまってもいいだろう。
どこを見ているのか分からない集束の瞳だったが、悲しそうに眉根を寄せていた。
ブツブツと呟いているのは、クロエと何かを喋っているのか?
それから少しして、俺が脱皮を伝える瞬前、ふと空から視線を外し、コピーの方へと無表情を向けるチビ助。
「…………」
いや、なんかの気のせいだって。
あいつが時園を知ってるワケねェし……。
「あっ、コピー様がこっち見てるし」
ダッシュの声に、文字盤の中のカブト虫を見てみると確かに四つの複眼がこちらを向いていた。
「あれって、だし子と俺を叩き落としたときだよな。そういえば、しばらくあいつ動かなかったっけか……」
あのときは俺たちが真下にいることに気付いてなかったのかと思っていたのだけれども――もしかして、こいつもゆりなのように俺を見ているというのか?
なにがなにやら……。
理解がおっつかずにいる俺に、
「面白いのはこれからよ。よく見ておきなさい……目を逸らすことは、絶対に許されないわ」
髪を乱暴に掴んで、文字盤に無理やり顔を近づけさせるシャオメイ。
「ぐっ……!」
文字盤には、コピーが大きな口を開けた瞬間、フッと気を失う俺の姿が映っていた。
その後、すぐさま体当たりをぶちかます巨大化したコロ美。
そいつは倒れた俺を器用に脚で掴むと、屋根の上へと避難させて、再度コピーへ向かっていく。
「ご主人様、ゆりな様が……!」
その声に、コピーのいる場所よりも少し遠いところにいるチビ助のほうへと視線を向けると、そいつが胸を押さえながらうずくまっている姿が見えた。
立ち上がろうとするが、フラついてすぐにその場に倒れこむ。それを何度か繰り返したとき、
「あーあ、かわいそうな猫憑き。あんたの為に、集束どころか再点火までしちゃってさ。そりゃそうよね。いくら才能があろうとも、成り立ての魔法少女よ……あんな無理ばっかりしてたらすぐに限界が来ちゃうって」
「……っ!」
何度目だろうか、なんとか立ち上がり、よろよろと壁に手をかけながら歩いていくゆりな。
赤く燃え上がっていた髪が黒髪へと徐々に戻っていき、赤く明滅する瞳もどんどんと色を失っていく。
「それなのに、なぁに。あんたはそそくさと逃げるだけだったわよねぇ。一体、なにを考えていたのかしら?」
「お、俺は……」
あのとき。俺は。
ゆりなに再点火の裏集束を完全発動させて、コピーを一瞬で倒してもらおう――それまでは、ひたすら逃げるしかない。
そう軽く考え、ただただ――逃げていた。
「猫憑きのことは一つも振り返らないで。クズ石が傷つけられたときだけ、怒って集束ぅ?」
「…………」
なにも言えずにうなだれる俺の髪をグイッと再び掴んで、
「……あの子はあんたのために、ボロボロになりながら、無い魔力をしぼり出したってぇのに、こんなクズ石にかまけて! あまつさえ、タイムガーデンに入ってもいつまでもダラダラケラケラとやってるから……っ!」
そう言ってシャオは時計の中に指を突っ込んで強引に針を進めた。
やがて映し出された映像は――とても悲惨なものだった。