魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記)   作:あきラビット

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第六十五石:過去と現在を紡いで、

 頭の中に流れ込んだ映像には、ハチマキ娘と俺が映っていた。

 俺たち二人の様々な場面がノイズごとに切り替わり、そして次々と脳裏に描かれていく。

 

 あるときは、海でコロ美と一緒にお城を作ってるダッシュ。

 あるときは、ゆりなのお姉さんと二人でクレープを焼く俺。

 あるときは、ゆりなとダッシュがかけっこ勝負をする様子。 

 あるときは、俺とハチマキ娘が一緒にクレープ屋の前で――クレープをほお張っていた。

 ニコニコ笑顔を咲かせるそいつに、財布の中身を見て肩を落とす俺。

 

「……どうして。こんなことやってないし、知らないのに。なのに――俺は全部を知っているような。懐かしい気持ちになっちまうのは、なんでだ……?」

 

 それは。

 脳裏に描かれていく、というよりも――絵画に被っていたホコリが徐々に取り払われていくかのような。

 そんな奇妙な感覚だった。

 

 拭ったハズの涙がまたも流れ出してくる。だがそれを俺は止めることが出来なかった。

 ぽろぽろと零れるがままの涙を、小さな指がスッと拭う。

 

「おまえさんって、意外に泣き虫だし……」

「え?」

 

 ふと見ると、そこにはダッシュが笑顔で座っていた。

 さっき頭の中に映し出されていたハチマキ娘と同じ笑顔。

 髪の長さは違えども。体操服にブルマという姿じゃないけれども。

 それでも――やっぱりこいつは俺の知ってるダッシュだった。

 んん? ていうか……。

 

「あれ? お、お前さん、俺様の姿が見えんの!?」

 

 涙もすぐさま引っ込み、驚愕の顔で指をさす俺に、

 

「……うん、見えるよ」

 

 と。女の子座りのまま、スカートに両手を押し当てて、そいつは恥ずかしそうに俯く。

 

「あっ、そう……」

 

 な、なんだろうか、この一気に襲ってくる気まずい空気は。

 とりあえずその場にあぐらをかいて、そっぽを向いておく。

 数十秒ほど沈黙が続いた後、やがて口を開いたのはハチマキ娘だった。

 

「えっとね。あななも、ずっと泣いてたの……」

「あー知ってるぜ。ずっと見てたからな。ごぢゅじんしゃまぁ~って、ピーピー泣いてたっけ。だからお前さんの方が泣き虫な」

 

 一応、主人の威厳は保っておかねーと。俺のほうが泣き虫だっつう烙印を押されたら部下に示しがつかねぇぜ。

 続けて、『意外に泣き虫』という発言の撤回を改めて申し立てしようとしたところで、そいつは頬を赤く染めて、

 

「あうぅ。あ……霊鳴が、あなな守ってくれたけど、もしかして動かしてたのって、やっぱり……」

 

 もじもじと両手の指先を絡めながら俺を見上げる。

 

「もしかしなくても俺しかいねーっての」

「そ、そっか。あの、守ってくれてありがと……だし」

 

 泣いて主人を呼んだはいいが、いざ現れたらどうしたらいいのか分からない。

 そんな様子で、ゆでダコのような顔のまま感謝の言葉を紡ぐそいつに、

 

「いささかに恐縮だけれども、礼を言うのはこっちだぜ。俺なんかのためにありがとうな、だし子」

 

 だし子――だしだし言うから俺がつけたあだ名。

 ハチマキの糸を通じてさっきみたあの映像から思い出した、こいつの呼び名。

 思い出したというか――あれが過去の記憶とやらなのか、デジャブとやらなのかは、イマイチよく分からねェ。

 

 まあ。俺のつけそうなあだ名だったんで、ちょいとばっかし拝借しよう。

 それにしても、これ程までにしっくりくるあだ名をつけるとはねェ。

 さすがハイカラなセンスをお持ちの俺様だぜ……うんうん、と心の中で満足気に頷いたときだ。

 一瞬、甘い香りが鼻腔をくすぐったかと思うと、

 

「……ご主人様っ!」

「な、なんだよ急に抱きついてきやがって」

 

 ほんとに急だったもんだから、尻餅をついてしまった。

 うっとうしいぞ、と突き放そうとしたのだが――失われたダッシュの色が徐々に取り戻されていくその光景にあっけに取られてしまった。

 キラキラとした光が現れては弾ける。その度に、スカートや胸のネクタイ、稲妻型のピアスに色が刻まれていく。

 すっかり、いつか見た黄色い旧魔法少女コスチュームと長い金髪という姿に戻ったダッシュは、俺の胸の中で、

 

「ご主人様、あなな、いっぱい強くなったからっ……! もうコピー様には負けないから、今度こそ絶対にご主人様を守ってみせるからぁ、うええぇん……!」

「わ、わかったって」

 

 まーた泣き出しやがった。

 やっぱ俺より泣き虫だな。つーか、ゆりなとタメ張れるぜ、こりゃあ。

 よしよしと嘆息しながらそいつの長い髪を撫でていると、俺の指輪が光っているのに気付いた。

 赤い糸の繋がった指輪――よくよく見るとヒビが薄くなっているような気がするぞ。

 

「それは過去のダッシュの意識がハチマキを……糸を通じて指輪に宿ったから。だから、石が少しだけ回復した」

 

 ひょっこり顔を覗かせたネームレスは、泣きついているダッシュの小指を指差して、

 

「その意識はアナナエルのほうの指輪に強く宿っている」

「アナナエルの指輪って……あれれっ!」

 

 なんてこった、ダッシュも俺と同じ金色の指輪を小指につけてやがった。

 

「おい、だし子! お前さん、いつの間に魔法少女になったんでぇい」

 

 ガシガシと肩を振って言うと、そいつは涙目のまま首を傾げた。

 

「あうっ? あなな、模魔だし。魔法少女はご主人様のほうだし……あれれっ!」

 

 まったく俺と同じリアクションで自分の指輪に驚くハチマキ娘。

 

「こ、これ何だし!?」

「知らねーよ。つーか、さっき霊鳴ぶん回してたし、その格好も格好で……フツーに魔法使いやってますよね、お前さん」

「ええっ!? あ、ホントだし! このひらひらの服、どーなってるの!」

 

 よほど戸惑っているのだろう。立ち上がってぴょんぴょんとその場で回り出したダッシュに、眼帯娘が淡々とこう呟いた。

 

「貴女は今、姿は過去、意識は現在という、どっちつかずのままの不安定な状態になっている。アナナエル、自分の指輪に口づけをして、改めて過去の自分と融合してみて」

「へ? ご主人様、この人だーれ?」

 

 疑問符がまた増えたとばかりに指をくわえて俺のほうを向く。

 なんと答えたらいいのか……。

 というか、俺もそいつのことよく分かっていないのだけれども。

 

「……私のことなんてどうでもいい。影たちがまた動き出す。ちょうど力を試す良い機会。融合呪文は指輪を通して過去の貴女が教えてくれるハズ」

「で、でも……」

 

 まあ。知らない人にいきなりそう言われてもな。

 そりゃ、ためらっちまうだろうよ。

 しかしながら――ネームレスの言うように、確かに影たちが集いつつあるのも確かだ。

 

「白の魔法少女。貴女からも言って。せっかく治ったダッシュの宝石、無駄にするべきではない。そう、私は判断する」

 

 俺は立ち上がり、首をコキコキと鳴らした。

 

「オーケイ、わかりましたんで。その判断には俺も賛成しとくぜ。ってなわけで、だし子!」

「ふぁ、ふぁいっ!」

「さっそくだけれども。この残虐な影たちから、ご主人である俺様を守ってもらうぜ。この影どもは俺を殺そうと必死だから、気を抜けばすぐに俺は死ぬぜ。そりゃもう、あっという間になっ!」

「あう、ご主人様強いのに……あっという間って」

「コロ美もいねェから変身出来ねーし、霊鳴も霊薬がほとんど残ってない。それに俺の魔力も空っぽのままなんだぜ。だから、いま頼れるのはお前さんだけだ」

 

 なーんて、さっき見た感じだと霊鳴の霊薬も三割くらいまで何故か回復してたし、俺自身の魔力も結構残っていたがな。

 それに、別にこの影どももハナから俺を狙う気は無いようだが――まあ、嘘も方便ってね。

 さっきは忠告を無視したが、時園を脱出するにはネームレスの指示に従っていたほうがいささかに無難だろう。

 もしダッシュが傷つきそうなら……そのときは俺の霊鳴ですぐさま影をぶっ飛ばしてやる。

 

 だから――気兼ねなく、こいつには力を解放してもらいたい。

 つーか、単純に見てみてェじゃねーか。俺の可愛い下僕の大活躍を、さ。

 

「ご主人様を守る……あなな、頑張るし!」

 

 むふーっと鼻息を荒くして目を爛々と輝かせているそいつに、俺は腕を組みながら叫んだ。

 

「よーし命令だ、融合変身しろ、ダッシュ・ザ・アナナエル!」 


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