魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記)   作:あきラビット

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第六十三石:一番幸せな最期

 そう。ボリボリ頭を搔こうとしたとき、握りしめているハチマキの存在に気付いた。

 

「あ。そうだ、これどうしよう……」

「なに?」

「いや。このハチマキ、ダッシュがつけていたヤツなんだけれども」

 

 歩みを止めて戻ってきたネームレスに赤いハチマキを見せると、

 

「そう。そういうこと……」

 

 無表情ヅラが少しだけ崩れた。

 なにかを考えるように視線を巡らせたのち、俺をジッと見上げる。

 

「端的に言う。彼女がああなったのは、それのせい。そう、私は判断する」

「へ?」

「そのハチマキには貴女との永い思い出がとても色濃く染み付いている」

「なげぇ思い出って言われましてもよぉ、俺はあいつと契約して一日も経ってなかったハズだぜ?」

 

 言った直後、不意にシャオの言葉が頭に響いてくる。

 

『――たった数時間従えただけの模魔に、どうしてそこまで怒れたのかしら』

 

 そうだ。あのとき俺はダッシュを馬鹿にされて、目の前が真っ赤に染まった。

 それが怒りによる裏集束の光だというのならば――俺はなんであそこまでムカついたんだ?

 シャオの言うとおり、たった数時間の付き合いの模魔だ。あんなに自分が分からなくなるまでキレるほどの大事な存在とは……いささかに思えない。

 

「それなのに、なんで俺はあいつを……」

 

 今も必死に影と戦っているダッシュ。そいつの小さい背中を見ながら俺は戸惑った。

 戸惑うしか、なかった。

 ダッシュが苦しい表情を見せるたび、胸がズキッと痛む。

 この痛みは――なんなんだ?

 

「戸惑い。それは、アナナエルも同じ気持ちだった」

「同じ、気持ち?」 

「私には理解不能だった。アナナエルが貴女を選んだ理由が。自分を助けた黒の魔法少女じゃなく、自分を傷つけた白の魔法少女を選んだ理由が。でも……」

 

 それだけ呟くと、目を閉じてしまった。何かを考え込んでいるのか、ピクリとも動かない紫髪少女。

 

「…………」

 

 ううむ。

 どうしたらいいものか。声をかけようにもなんとなく声をかけにくいオーラが――

 

「きゃあっ!」

「うおっ!?」

 

 出し抜けに、ダッシュが俺の目の前に降ってきた。

 

「あいたた……」

 

 腰をさすりつつ立ち上がり、またも果敢に影へと向かっていこうとするが、何故かペタンとその場に座り込んでしまうハチマキ娘。

 

「お、おい! 大丈夫か、ダッシュ! どっかイタいイタいしたのかっ」

 

 なんて、とっさに駆け寄ったはいいが、たしか俺の声が届かないんだっけか。

 過去と現在の意識が混ざり合ってる、まがいもののダッシュとやらだからか知らねーけれども、話せないのはいささかに厄介だな。

 もしかして触ることも出来ないのかねぇ。

 と、そいつの肩に手を乗せようとしたとき、

 

「……ひっぐ、ううっ」

 

 急に肩を震わせて泣き出したもんだからたまらない。

 

「あ、いや! 待て待て、俺だよ俺だってば。断じてヘンタイさんなんかじゃねーぞ……って、ガキんちょ相手になに言ってんだ、俺ァ」

「ご、ご主人様ぁ……」

 

 お。なーんだ、俺の声がちゃんと聞こえてるじゃねーか。

 

「おう。俺様はここだぜっ」

 

 泣きじゃくっているダッシュの前に意気揚々と回り込んだのだが。

 そいつの泣き顔を――大粒の涙を流し、それをグシグシと手で拭うそいつの姿を見て、俺は途端に固まってしまった。

 まるで心臓を鷲掴みにされたかのような息苦しさ。

 

「こ、怖いよ……寂しいよ……っ。ご主人様ぁ、ひっぐ。ご主人様、どこにいるの……。あななを置いてかないでぇ……」

「ハチマキ娘……」

 

 ただただ困惑していると、ダッシュの後ろに立っているネームレスがゆっくりと目を開けた。

 

「……さっきは、過去の力強いアナナエルの意識が勝っていた。でも、今の彼女は現在の――死んだばかりのアナナエルの意識が強く出ている」

「死んだばかりのって、俺を守ってくれたダッシュのことか……?」

「そう。彼女の魔力が影との戦闘で磨耗し、残り少なくなってる。だから、不安定なアナナエルの意識が表に出てきた」

「…………」

「どちらも意識は違えど、貴女のことを想い続けている。だから戦えた。影を振り払って貴女のもとへと戻り、もう一度守ろうと――救おうとしている」

 

 こんなボロボロな姿になってまで俺のことを?

 ツギハギの意識体になってまで――どうして。

 

「でも、もう彼女自身限界を悟っている。だから……」

 

 草むらに転がっている霊鳴石弐式を指さして、ネームレスは言う。

 

「影がアナナエルを分解する前に、貴女が弐式を使って彼女の意識を破壊して」

「じょ、冗談だろ? 俺に……ハチマキ娘を殺せと言うのか?」

 

 狼狽する俺とは対照的に、そいつはいつもの無感情な口調なまま、

 

「それが――彼女にとって一番幸せな最期になる。そう、私は判断する」

 

 淡々と、続けた。

 

+ + +

 

「そんな。そんなことを言われてもよ……」

 

 当然のごとく戸惑う俺だったが、さらにネームレスは容赦することなく、

 

「弐式の形状は鉈が最良。一振りで首を落とせば、彼女は苦しまずに死ぬことができる」

 

 く、首を落とせって……。

 無表情なそいつから視線を落とし、まがいものと言われたダッシュを見る。

 涙で顔をべちょべちょに濡らし、未だに俺のことを呼び求める少女。

 こいつは、まがいもの。つまり――偽者。

 

「このハチマキ娘は、まがいものだとかさっき言ってたよな」

「そう。模造魔宝石が朽ちた際、普通は光となって時園に――ピース様のもとへとまっすぐ還っていく。だけど、このアナナエルは壊れて光の意識体となってもまだ貴女のことを心配していた」

「…………」

「もし自分がランクの高い石だったら。もし自分が『疾駆』という補助型の石ではなく、強い力を持った攻撃型の石だったら――そう考えていたところに、同じく時園の近くで彷徨っていたアナナエルの光と出会った。その光はとても強い力を持っていたがすでに消えかかっていた。片方は強いけど消滅寸前の古い意識、もう片方は弱いけど新鮮な意識……彼女たちは迷うことなく融合した。貴女を守る力を得るために。それが禁忌の行為と知りながらも」

 

 待て待て。

 同じく彷徨っていたって、どういうこった。ダッシュは一人なんだろ?

 過去の意識とか現在の意識だとか言っていたけれども、もしかしてそれが関係してるのか。

 あと、それがどうして禁忌の行為になるんだ。

 そんな疑問をぶつけてみたのだが、そいつは、まばたきもせずに、

 

「……その説明は、とても複雑。時間も権限も今は無い。だから省く。そう、私は判断する」

 

 なんでぇい。無口そうなわりに説明好きなヤツだなと思ったのに、そこは言わねーのな。

 いや。権限の言葉から察するに、言わない、というよりも言えないのか。

 口元に手をあてながらそんなことを考えていると、

 

「ひっ!」

 

 ダッシュが声にならない悲鳴をあげて頭を抱えた。

 どうやら、蝶の形をした影が放った氷のつぶてに驚いたらしい。

 蝶だけじゃない。他の影たちもジワリジワリとダッシュの周りを囲み始めていた。

 

「チビ鮫が魔法を撃てなくなったことにあの影どもが気付いたら、こいつは四肢をもがれて凄まじい苦しみを受けることになる。そうなんだよな……」

 

 ギラギラ光る眼でこちらの様子をうかがっている狐と蝶。

 そいつらを睨みながら言うと、

 

「そう。だからその前に早く決断して欲しい。ちょうど首を落としやすい体勢になってる。やるなら今」

 

 眼帯娘は小さく頷いた。

 確かにのんびり説明を聞いてる暇はねぇな……。

 俺が介錯してやらなきゃ。主人である俺しか出来ねーんだ。

 やるしか、ない――

 

「来やがれっ、霊鳴!」

 

 だがしかし。

 霊鳴は一瞬光っただけで、うんともすんとも言わない。

 普通はすぐにでも飛んでくるのだが、心なしか後ずさっているようにも見える。

 

「おい、なにしてやがんだっ」

 

 まさか、俺が今やる事をこいつは察しているのか?

 

「チッ!」

 

 飛んで逃げられる前にと、荒々しく弐式を掴むと、俺は鉈を強くイメージした。

 だが、やはりと言うべきかひとつも形状を変える気配のない霊鳴。

 

「言うことを聞け、今の契約者は俺だぞ、弐式! ダッシュはもう限界なんだ。俺が――こいつの主人である俺が介錯してやらねーと、こいつはもっと苦しむことになるんだよっ、解れよ!」

 

 怒鳴ると、弐式は切れかかった電球よろしく弱々しい明滅で答えた。

 理解してはいる。でも、それでも殺したくはない。そういった想い――俺とおんなじ気持ちなんだろうよ。

 

「よくわからねーけど、ダッシュはお前の主人だったんだろ? だったらお前も主人の為に出来ることを考えるんだっ」

 

 その言葉にやっと観念したのか、巨大な鉈へと変化する弐式。

 太く無骨な氷の刃を両手で振り上げ、俺はハチマキ娘を見下ろした。

 

「これで、これでいいんだよな……」

「それが――彼女の幸せ。そう、私は判断する」


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