魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記)   作:あきラビット

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第六十一石:時園に迷う二つの魂 ☆

 その声にビックリしてコピーのほうへと顔を向けたのだけれども。

 な、なんと。

 四つ脚を器用に動かして大量に積もったスノードロップの山々をかき分け始めているではないか。

 

「うげっ!? いくらなんでも、しぶと過ぎだっつーの!」

 

 こうなったら、そのうざってぇ脚もさっきみたいに全部凍らせてやるぜ。

 

「もっかい頼むぜ、飴ちゃんよ! スノォオ……ドロップぅ!」

 

 ピッと人差し指を向けたのだが、俺の指先から出たのは少量の水だけだった。

 

「あれ? さっきは詠唱なしでも出たハズなのに……」

 

 そうこうしている間に、どんどんと飴ちゃんが取り除かれ、今度は下半身を覆っている雪山を崩そうとしているコピー。

 ヤバイ。省略化なんて考えている場合じゃねぇ、ちゃんと順序を守って魔法を出さねーと!

 

「ぷ~ゆゆん、ぷゆん、ぷいぷいぷぅ! すいすい、スノードロッ――ぐわっ!」

 

 呪文を唱え終える寸前、すさまじい頭痛が俺を襲う。

 次に、眼が焼けるように熱くなっていく。

 

「うぐっ……! 眼、眼がッ」

 

 地面にヒザをつき、俺は両目を手で覆った。

 な、なんなんでェい、この痛みは。

 本当に――俺はゆりなのように裏束をしちまったっていうのか。

 シャオの言っていたことが正しかったとしたら、俺は大魔法『フィンブル』とやらをスッピンのまま撃ったということになる。

 この頭全体が焦げるような激痛は、その反動なのか……?

 

「ううぅ」

 

 ぴりぴりと手が痙攣を始め、目の前が二重にぼやけてしまう。

 そのぼやけた視界に映ったのは、雪山を完全に取り払い終えたコピーの姿だった。

 そいつは頭の中央に埋め込まれている桃色の宝石を眩く光らせながら、頭上の光輪を激しく回転させた。

 ホバーのときのような……攻撃の予兆。

 

 眼は全部破壊した。翅も二枚はバラバラに、もう二枚は氷漬けの状態だ。

 赤いゆりなに匹敵するハズの大魔法を喰らわせたってェのに、なんでこいつはここまで平然と動けるんだよ。

 これに加えて、脱皮とかいうのもオマケについてくるんだろ?

 ランクBだからって、いくらなんでもこいつの強さは異常だって。こんなの、こんなの絶対に勝てっこねーじゃん……。

 そして。

 赤黒い光の輪が、攻撃を繰り出す際の最終合図であろう閃光を――放った。

 

「い、いっひっひ。これはこれは。あっけねェのは俺様だってオチかィ」

 

 跳躍し、動けずにうずくまっている俺の前に降り立ったコピーは、やたらにデカい口を緩慢な動きで開ける。

 ゆりなのように瓦礫を投げつけるでもなく。

 ハチマキ娘のように脚でいたぶるでもなく。

 そいつは大魔法で傷つけられたプライドの仕返しだとでも言うかの如く――俺を頭から確実に、残酷に、喰い散らかして殺すつもりらしい。

 

 まさか。まさかな。シャオの言っていたとおりの展開になるなんて、よ。

 本当に身をもって確かめることになるなんざ、まったくもって笑えん話だぜ……。

 

「すまねぇなァ、チビ助……。最後まで、手伝ってやれなくて」

 

 喰われる寸前、コピーの口内に潜んであった不気味な『目玉』と目が合う。

 そこで――俺の意識は途絶えた。

 

+ + +

 

 鼻をかすめる花の香りに、ほのかに漂う蜜の香り。

 続いて鼻の穴に突撃するは一匹の蜂ちゃんで……。

 一匹の、蜂ちゃんで――

 

「ぶえっくし! てやんでぇい、べらぼうめィ!」

 

 親父直伝のクシャミをかまし、俺は鼻の穴に侵入しようとした蜂をすんでで追い出した。

 あぶねーあぶねー。刺されたらいささかにヤバかったぜ。

 確か二回目はアナなんちゃらショックで死ぬかもしれないんだっけ。小学生のころに一回刺されてからは気をつけるようにって親父に口をすっぱくして言われたからな。

 

 さすがに寝てる間に襲われちゃあ、どうしようもないって話だけれども。ま、なんとか死なずに済んで良かったぜ。

 と、安堵のため息をついていたら、逆上した蜂が猛然と俺を襲ってくるではないか。

 しかも大量の仲間を従えて。

 

「くっ、蜂ちゃんごときが。氷と水の魔法使い様に勝てますかってんでぇい。ぷーゆゆんぷゆん、ぷいぷいぷう! すいすい、口から吹雪ってなもんで! 『アイスブレス』っとくりゃあ!」

 

 ぷーっと吐き出された氷の吐息で見る見るうちに凍り、墜落していく蜂の大群。

 

「いっひっひ。恐縮だけれども、どうやら相手が悪かったようだぜ、チミたちぃ」

 

 氷漬けになった蜂たちを、

 

「てやっ。ていていっ、どーでぇい参ったか」

 

 と、おはじきよろしく指で弾いて遊ぶこと数十秒。

 俺はハッと気付いて、周りを見渡した。

 

「って、なんなんでィ、ここはっ!?」

 

【挿絵表示】

 

 一面に広がる花畑。

 地面は色とりどりの花たちが美しく生い茂っているという幻想的な風景なんだけれども、空が……なんつーか凄まじく奇妙だった。

 

「なんでこんなに時計がたくさんあるんだァ?」

 

 暗い空にぎっしりと敷き詰められているのは大量の時計だ。

 それもベルの付いたシンプルな目覚まし時計から始まって、懐中時計、壁時計、腕時計、柱時計など様々な種類の時計が所狭しと飾られていやがる。

 その光景を見れば誰だって『凄まじく奇妙』としか言いようがないだろうさ。

 

「うーん、ここが天国とやらなのかねェ……」

 

 一応、ふらっと歩き回ってはみたものの、延々と花畑が続くだけだったので、小一時間もしないうちに飽きた俺は大の字に寝転がっていた。

 花の香りをたらふく吸いつつ俺は独り呟く。

 

「たしか、俺はあの時コピーに頭から喰われて死んだハズ。するってぇとつまり、ここが死後の世界となるわけで。にしても、天使も閻魔もいねーのはいささかに不思議なもんだぜ」

 

 もしかして三途の川みたいな場所なのだろうか。そういや、川の向こうに花畑が見えて、そこに行っちまうと死んでしまうんだっけか。

 川を渡った記憶は無いが、花畑の中にいるってことは――もうダメだな、こりゃ。

 

「すでに死んでるっつーのに、蜂なんかで死ぬだなんだ騒いでバッカみてェ」

 

 それにしても綺麗な夜空だねぇ。

 時計は邪魔くさいが、その隙間から見える星の数々に俺はガラにも無く見惚れていた。

 たまに吹く風が俺の頬を撫で、遠い花の香りを鼻先へと運んでくる。

 先ほどの戦いが嘘のような静けさだった。

 

「ふわぁ~あ」

 

 さっきからやたらに眠い。このまま眠ったら、今度こそ天国かね。それとも地獄か。

 ま、どっちでもいいや。めんどくせーからとっとと連れて行ってもらいたいもんだぜ。

 そう、大きく伸びをしたとき、いっせいに時計たちが騒ぎ出した。

 目覚ましのベルやら、柱時計の時報の音やらがごっちゃ混ぜになった不協和音が俺の耳に飛び込んでくる。

 

「う、うるせー! 寝られねーじゃねぇか」

 

 文句を言いつつ、耳を塞いで空を見上げたのだが。

 そこで俺は絶句することになった。

 なぜなら、大量にあったはずの時計がいつの間にか姿を消しており――その代わりに、巨大な目が星空の中に現れていたからだ。

 目玉じゃなくて、目だ。まぶたもあり、まつ毛もある。

 まるで誰かに覗き込まれているかのようなおぞましさ。

 

「なんじゃありゃ。うえー。気持ちわりィぜ……」

 

 よく見ると、その目の中には時計のような長針と短針と秒針があった。

 その瞳の中の時間によると、今は零時らしい。夜のようだから午前か。秒針は三十秒を過ぎている。

 つまるところの、あの騒ぎは零時を知らせる時報だということなのか?

 

 なんでこんな世界に時報なんかがあるのかねぇと首を傾げたときだ。

 静寂を取り戻した花畑に、かすかに足音が聞こえた。

 ザッ、ザッと草花を踏みしめるような音。

 

「だ、誰かいるのか?」

 

 ビクッと身を震わせて喉を湿らし、その音のする方へと足を向ける。

 もしかしたら俺のあとに死んでしまったヤツがいるのかもしれない。

 ふと脳裏を過ぎるのはゆりなの無邪気な笑顔だった。

 あいつ、まさか……。

 

「チビ助……。もし、こんなところに来やがったら、力ずくで追い返してやる」

 

 ゆりなじゃないことを祈りつつ歩を進めると、やがてその足音の主の後ろ姿が目に入ってきた。

 風にたなびく長い髪に、見慣れたチビ助の旧魔法少女コスチューム。

 一瞬、ゆりなかと思ったのだけれども。なんとなく違うような……。

 それよりも前に、おかしな点が一つある。

 

「なんだ? あいつだけ色が無いぞ……」

 

 空も花も、俺だって色はあるというのに、そいつだけ塗り忘れたかのように色が抜け落ちているのだ。

 眉を寄せつつ、モノクロ少女の後ろ姿を訝しげに見ていると、突然……黒い影たちがそいつの周りに現れ始めた。

 

「ば、化けモノ!?」

 

 その影たちは、もぞもぞ蠢きながら動物の姿へと形を変えていく。

 あるモノは猫。あるモノは犬。あるモノは狐。あるモノは二羽の鳥。あるモノは二匹の蝶へと。

 暗いモヤモヤとした影の中に、発光する眼のようなものを携えたそいつらは、少女の周りをいっせいに取り囲んだ。

 

 まさに一触即発。ただならぬ雰囲気に、俺はゴクリと唾を飲む。

 こ、こりゃあ、魔法で助けたほうがいいのかねェ。でも、すでに死んでいる相手に助けるも何もあったもんじゃないとは思うけれども。

 どうしようかと迷っていると、やにわにそいつは呟いた。

 

「ごめんなさい。もう一度だけ、私に力を貸して……。助けたい人がいるの。だから、お願い霊鳴」

「え……」

 

 霊鳴を呼んだことよりも、俺はそいつの声に驚愕していた。

 俺の耳がおかしくなっていなければ――

 

「来てくれてありがとう、弐式……。また一緒に戦ってくれるの? そう……あなたも同じ気持ちなのね」

 

 天から舞い降りた蒼い宝石――俺の霊鳴石弐式にそっとキスをして、

 

「弐式、起動……。イグリネィション」

 

 瞬く間に杖へと変化させるモノクロ少女。

 こ、この声はやっぱり……。

 ふと、スカートのポッケに押し込められた赤いハチマキを取り出す。

 

「間違いない、あいつは……」

 

 それをグッと握り締め、俺は目の前のモノクロ魔法少女を――いや、『ダッシュ・ザ・アナナエル』と呼ばれていたハズの少女を見つめた。


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