魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記)   作:あきラビット

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第六十石:怒りに染まる瞳

 あまりにも非道な行動に、俺はとっさにシャオの胸倉を掴んで叫ぶ。

 

「てめぇ、なんてことを……! その薄汚ねぇ足を今すぐどけろよッ!」

「あーら、ご挨拶だこと。このあたしの美しい足が薄汚いだなんて、ファンのみんなが聞いたら暴動起こしちゃうわね」

 

 言いつつマントをめくり、白い太ももをチラリと覗かせるシャオメイ。

 

「ふふっ。ファンと言っても、猫憑きみたいな子は少数。大きいお友達ばかりだからさ。あんたみたいなチビ、瞬殺よ、瞬殺ぅ」

 

 俺を見下ろし、またもや嫌味な笑みを浮かべる。

 そんな人をバカにした態度の数々に――

 

「ざけんじゃねェよ……」

 

 積もりに積もった怒りが、俺の目の前を真っ赤に染める。

 

「いいから足をどけろっつってんだよ。チビ鮫のハチマキを返せ」

 

 胸倉を掴む手が薄緑色に淡く光り、そいつのマントを一瞬で凍らせた。

 

「え……?」

 

 突然の魔法に驚いたのだろうか、シャオの表情が一転する。

 魔法を放ったつもりはなかったが――そんなことは、どうでもよかった。

 俺は構わずそいつに詰め寄る。

 

「なにが気持ち悪いだ。なにが低ランクだ。なにがクズ石だ……」

「な、なんでこのタイミングで点灯すんのよ?」

「トップアイドルだかなんだか知らねェけれども、俺にとってダッシュはテメェみたいなクソヤロウより、何千倍も可愛いヤツだった……」

「しかも、赤い光ってことは――」

「俺はどう罵倒してもいい。だが、死んだ者の悪口を……一生懸命に俺を守ってくれたあいつを馬鹿にするのだけは、絶対に許さねェ」

「まさか、あんたのトリガーって猫憑きじゃなくて、」

 

 狼狽しているそいつの眼前に、もう片方の空いた手をゆらりと突き出す。

 瞬時にありったけの魔力が込められ、凄まじい冷気を帯びる右手。

 

「ごちゃごちゃとうるせぇなあ……。足どけろよ、コラ。じゃねェと、全身を凍らせるぞ」

「…………」

 

 無言で身をひいたそいつの足元からダッシュの赤いハチマキを拾い上げたとき、背後から殺気を感じた。

 振り返ると、そこにはコピーの姿があった。

 甲高い鳴き声をあげて俺を威嚇するカブト虫。

 

「まだいたのか。いい加減しつけぇんだよ、お前……。めんどくせぇから壊れちまえよ、もう」

 

 緩慢な動きでシャオからコピーの方へと右手を伸ばす。

 そして、一言だけ。

 

「フィンブル……」

 

 ボソっと呟いた次の瞬間、右手から竜巻が放たれた。

 虫らしく這って近づいてきたそいつを強制的に立ち上がらせるほどの暴風に、

 

「バカッ、変身も杖も霊獣も無しで、なんて魔法を出してんのよ! あんた、死ぬ気!?」

 

 背後のシャオが驚いたような声をあげるが、そんなこと知ったこっちゃねェ。

 

「死ぬ気じゃねぇよ、殺す気だっての。あいつが俺のダッシュをいたぶり殺したんだ。その礼はご主人様の俺がしなきゃな」

 

 言うと同時に、今度は大量の雪が舞い出した。

 それはあっという間にコピーの下半身を覆う。

 立ったままの状態で鳴き叫んだあと、しきりに脚を動かすが――そんなことじゃあ俺の雪は吹き飛ばせない。

 

「無駄だ。どう身をよじろうが、もうお前は逃げられない」

「あの巨体のほとんどを覆う雪を瞬時に……。さっきまで魔気が全然感じられなかったのに。どっから魔力をひねり出してんのよ、こいつ……」

「おい、シャオ。凍え死にたくなかったらノンキに観戦してねぇで、とっととシャドーを召喚して逃げなァ。さっきみたく尻尾を巻いて、さ」

「ハッ、おあいにく様。あたしは紗華夢 夜紅よ。あんたなんかの弱っちい魔法で死ぬわけないじゃん。むしろ涼しいくらいだわ。適温ってカンジね」

「ふぅん?」

「な、なによそのムカつく顔は……」

 

 よく言うぜ。クシャミをして慌ててマントを着なおしたくせによ。

 後ろで何をしようが、今の俺には全部『視えている』んだからな……。

 

「ま、忠告はしたからな」

 

 それよりも、と。

 すっかり身動きの取れなくなった虫を見上げて俺は薄く笑った。

 

「ざまぁねェな、ゴミ虫。ゆりなの到着を待つまでもない……俺がこのままブッ壊してやる。木っ端微塵にな」

 

 息を吸って右手に全魔力を注ぐ。

 やっと自分の置かれた立場に気付いたのか、四つの複眼をグルグルと回し、慌てふためいた様子でサイレン音を出すカブト虫。

 

「いささかに良い声で鳴くじゃねぇか。心地良いねぇ。実に心地良いよ、『キミ』さァ」

 

 悲鳴をつまみに、俺は目を見開いた。

 一瞬のノイズ。次に視界に赤いモヤがかかり、ヒビの入ったロックオンサイトが現れた。

 それは右往左往したのち、コピーの頭――いや、複眼を捉えた。

 そして、視界の隅にぼんやりと映っていた『射程圏外』という赤い文字が『射程圏内』へと切り変わった次の瞬間、俺は溜まっていた魔力を一気に放出した。

 風、雪に続く三段階目の大粒の雹が手のひらから勢いよく飛び出す。 

 

「ほらほら、コピーさぁん。その名は、飾りなんですかァ?」

 

 鋭い雹の弾幕に右上の複眼が瞬く間に破裂音をあげる。

 まだだ。 

 

「コピーさんなんですよねェ、コピーするんですよねェ?」

 

 次に左下の複眼が破壊される。潰れた眼からどろりと血が垂れ出し、そいつの足元に積もった雪を赤く染める。

 まだだ。こんなものじゃない。

 

「だったら、俺の魔法を……『フィンブル』をコピーしてみてくださいよォ?」

 

 必死に逃げ出そうと広げられた翅を、氷の刃が二枚同時に貫く。穴の開いた部分から凍結がジワジワと広がっていく様を見て、俺はさらに口角を上げた。

 まだだ。痛みは、こんなものじゃない。

 

「それとも、『脱皮』とやらをするんですかィ?」

 

 今度はもう二枚の翅を粉々に切り刻む。

 まだだ。痛みは――ダッシュの受けた痛みは、こんなものじゃない。

 

「さっさとしねーと、終わるぜぇ、終わっちまいますぜェ!?」

 

 そして。

 最後に残った二つの複眼を乱雑にすべてブチ破る。

 苦痛に蠢いていた四つ脚がだらんと垂れ下がったのを確認した俺は、魔法を止めて右手を一つ払った。

 

「チッ、あっけねェ」

 

 カランコロン、と。

 乾いた音を立てて地面に大量の氷の粒が落ちる。

 

「あらよっと」

 

 変な掛け声に、俺は前方を見たまま視界を後ろにぐるりと回すようイメージする。

 すると、赤く明滅する世界に、転がった氷の粒を拾い上げるシャオの姿が映った。

 

「……なにをしている」 

「別に、ちょっとした検査よ。そんな、おっかない声を出さなくてもいいじゃん。うーん……硬度、冷たさ、纏ってる魔気。全てにおいてちゃんとした『フィンブル』の氷だわ」

「フィン、ブル……?」

「再点火じゃない天然の裏・集束だとしても、杖も何も無い素の状態でこの大魔法を繰り出せるなんて、いくらなんでもありえないわねぇ。紗華夢ならまだしも、レベルⅡマイナー如きにこんな芸当が出来るハズないわ。でもピース様が嘘を言うわけないし……」

「ぶつぶつと。さっきから再点火だの裏集束だの、何を意味わかんねーこと言ってるんだよ、お前さん」

 

 あくびをしながらゆるりと後ろを向いた俺に、そいつは怪訝そうな表情で、

 

「あんた、もしかして自分が今何をしたのか分かってないの?」

 

 と……言われましても。

 何をしたのかって。

 そんなの。そんなの、決まっているじゃねーか。

 

「スノードロップを、飴ちゃんを杖から出してコピーを倒したんだろ?」

「ス、スノードロップぅ?」

「いやー、それにしても、あんなに強いとは思わなかったぜ。軽い牽制魔法かと思っていたんだが、いやはや。認識を改めなきゃいけねーな。まったくもって飴ちゃんを甘く見ていたってハナシでさァ。いやこれが、ほんとの飴ちゃんだけに……なんつって!」

 

 ドッと腹をかかえて笑う俺に、シャオは「あーらら……」と残念そうに眉根を寄せる。

 

「記憶の混乱、欠如。そして自己防衛による改ざん。典型的な怒りによる裏束ね。まさかとは思っていたケド、たった数時間従えただけの模魔に、どうしてそこまで怒れたのかしら。猫憑きのときは発動する素振りも見せなかったのに」

 

 欠如はまあなんとなくわかるが。改ざんって何だ、初めて聞いた単語だぞ。

 

「ハァ? んな、難しいことをベラベラ言われてもよ。俺の頭でも理解できる言語で喋ってくれ。恐縮だけれども、いささかにあくびが出るぜ」

 

 そう、あくびを放ちつつポリポリと頭をかくと、ちょうど俺のアホ毛が綺麗なハテナマークの形になった。

 

「バーカ、いつまでも寝ぼけてんじゃないわよっ!」

 

 アホ毛をピシッとデコピンよろしく中指で弾いて、

 

「あんた、手から水を出して自分の顔を見てみなさいよ。切れかかってるとはいえ、それを見れば少しはあたしの言っていた意味がわかると思うわ」

「えっ。あ、はい。わかりましたんで……」

 

 言われたままに、両手で水をすくうような動きをしてみる。

 すると、ゴボゴボ音を立てて手のひらいっぱいに水が現れた。

 それをボーっと覗いてみたのだが……、そこには瞳全体が赤く明滅している悪鬼のような顔が映っていた。

 

「え!?」

 

 驚いて目をこすり、もう一度水を出して覗いてみると、普段の色――鳶色の瞳をぱちくりしている幼い少女が映っているだけだった。

 

「お、おい。さっきの世にも恐ろしい顔はなんなんでぇい!」

「バッカバカじゃん。あんたの顔に決まってるでしょ。あんたはクズ石……っていうか、八番石ダッシュの死によって裏集束が発動したの。六番石ホバーからあんたを庇おうとした猫憑きのようにね」

 

 ワケが分からん。

 俺が、あの赤いゆりなのように眼がピカったって……そんなバカな。

 

「でもよぉ。全然覚えてねーぞ。スノードロップをがむしゃらに撃った覚えしかねぇし。裏集束しただなんて、そんなことを言われてもよぅ……」

 

 そう困惑して呟く俺に、シャオが呆れた様子で腕時計へと視線を落とした。

 

「チッ。完全に裏の光が消えてるわね。あと十五分以内での再発動率は天文学的数字。もしかしたらって思ったケド――やっぱり、ここまでか……」

 

 言って、マントの中からカラフルな棒付きキャンディを取り出すシャオメイ。

 それを美味しそうに咥えると、髪をふわりとかきあげて、跳躍。

 

「ふふんっ」

 

 そいつは街灯の上に音も無く綺麗に着地すると、

 

「ま、あんたにしちゃあ頑張ったほうね。面白いものが観れて楽しかったわ。じゃ、さよなら。バカてふ」

「バ、バカてふってなんでぇい?」

「おバカな蝶々さん、って意味よ」

 

 べーっと舌を出して、そのまま闇の中へと消えてしまった。

 

「…………」

 

 手のひらの水面に映った困り顔の少女をジッと見つめていると、

 

『パパさん! コピーはまだ生きてるんです!』

 

 突然、空から大声が降ってきた。


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