魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
「さ、さっき、コピーがパパさんを爪で狙って……でも、それを、ダッシュがとっさに庇って……」
先ほどの何かを砕くような鈍い音を思い出す。
あれは、あの音は。
なんの音、だった?
理解を――したくなかった。
口の端から血を流し、苦痛に顔を歪めているハチマキ娘を、俺はどんな顔で見ていたのだろう。
『お前さん、無事、か?』
「どうして、どうして俺を……」
『簡単。あなな、お前さんを守る。契約、した。だから守った、それだけ』
俺が、手動を選択したから?
俺が、操縦を誤ったから?
俺が、不運だったから?
ああ――そうだ。今日はとことんツイてない日なんだ。
だから、こんなことに。
だから。
『いつまでもふざけてんじゃないわよ』
先ほどのシャオメイの言葉が頭を過ぎる。
違う。
運が悪かっただの、ただの言い訳だ。
そんなもの、都合のいい言い訳に過ぎない。
「ごめん、ごめんな……。俺がもっとマジメに逃げていれば、お前をこんな目にあわせることもなかったのに……」
『なぜ、謝る? 別にお前さん悪くないし。コピー様が相手なのに、手動か自動か、変なこと訊いたあななのミス』
「違う! 俺が、」
言いかけて、俺は息を呑んだ。
チビ鮫の向こう側に降り立つコピーを見たからだ。
あいつ、やっぱり俺たちに気付いて……!
『そんな顔しないでも、へーき、よゆう。自動走行の調整、あと少しで完了。それまで、まだ守れるから……多分。きっと』
そう微笑み、もう一度俺を抱きしめるダッシュ。
「や、やめろ。もういいから……」
『あななの血、お前さんの服を汚しちゃうけど、すぐに綺麗に乾くから、心配しないで欲しいし』
「そんな心配をしてるんじゃねぇ! 俺はお前に……うわっ!?」
全身に響く振動に、驚いて目を閉じてしまう。
『うぐっ……!』
苦しそうなうめき声に慌てて目を開けたときにはすでに――コピーの前脚がチビ鮫の背中へと深く突き刺さっていた。
次の瞬間、鳴き声とも笑い声ともつかない不気味な声をあげて翅を広げるコピー。
やっと獲物にありつけた。そんな喜びを歌うかのように奇声を発し、鋭い前脚で小さな体を何度も抉る。
一心不乱に。
何度も。何度も。何度も――
「放せ、俺を放すんだっ。いくら模魔が丈夫だって言っても相手が悪すぎる! ご主人様の命令だ、いいから指輪に戻れ、戻ってくれ!」
強引に引き剥がそうとしているのに、そいつは強い力で抵抗して俺を抱きしめ続ける。
そんな中、俺の小指にはめている指輪が一瞬だけフラッシュした。
「ダッシュの指輪に、亀裂が……」
切り裂かれる度に次々と亀裂が増えていく黄金の宝石。
ついさっきまで、あんなに綺麗な宝石だったのに……。
一瞬で、こんな――
『乱用すると少しずつヒビが入ってきて――最後には消滅しちゃうんです』
コロナの言葉を思い出したと同時に、俺の頬を涙がつたった。
『泣くなんて……おまえさんらしく、ないし』
呆けてる俺にそっと手を差し伸べるダッシュ。
そいつは、とめどなく流れる俺の涙を優しく指先で拭いながら、
『あななは、おまえさんに、涙は似合わないと……そう、思うの』
そして。
さらに、こう呟いた。
『ほんの、本当に、ほんのちょっとの間だったけど、おまえさんと契約して、良かったし……』
今も背中を抉られ続けているというのに、笑顔のままで最期の言葉を紡ぐそいつに、
「おいっ、縁起でもねェ言い方すんなよ! これっぽちの傷で消滅なんざしねェよな!?」
涙声で叫ぶが、
『……調整完了』
俺の問いには答えず、ギュっと俺の全身を強く抱きしめるダッシュ。
次の瞬間、ガリガリと何かが削れる音と共に、俺の体が少し浮き上がる。
これは……なんなんだ、この音は。
まさかと思い、ダッシュの背中を見ると、コピーの両脚が深く突き刺さっていた。
こ、このまま急速後退しちまったら、こいつの体は――
「ま、待て!」
勝手に走り出そうとする足を引っぱたき、なんとか踏みとどまろうとするが、自動走行モードに入ったためか、一つも言うことを聞きやがらねぇ。
くそっ、こうなったら力ずくしかあるめぇ。
「バカ! 待てって、今走り出したら、お前は本当に壊れちまうんだぞ! それでもいいのかよっ」
チビ鮫の小さい肩を両手で掴んで、押し戻しつつ言う俺に、
『そんなの、へーき、よゆう……。あななは、大魔宝石じゃない、ただの模造魔宝石だし……。それに、コピー様やシャドーみたいな強い宝石でもないし。だから、だからね。別に壊れても、へーきだし。あななは、使い捨てで、おっけ』
「お前、なにを言って……」
言いかけたところで、俺の両かかとに黄金の結晶がこびりついているのに気付いた。
「こ、これはなんでェい?」
『ごめん、なさい。もう立ち上がる力が、残ってないかも。だからこのままの体勢で後退するし』
「えっ、このままの体勢って……うわわっ!?」
途端。爆音を立てて、後退する俺たち。
まるでジェットコースターのような猛スピードに、ギュッと目をつぶっていると、
『へへへ。恐がってるお前さん、ちょっと可愛いかも』
ダッシュが意地悪そうな顔で俺の頬をつついてきやがった。
そのニヤケ面にさっきまでの涙なんて吹き飛んじまって、ついついいつもの調子で、
「べ、別に恐がってなんかねーよ!」
『強がるな、強がるな。恐かったらあななにもっとピッタリくっつくといいし』
「だから別にこんなの全然恐くなんかねぇっての!」
『そっか。じゃあ、もうちょっと速度あげるし』
「う、嘘っス、すんません、お願いだからこれ以上速度あげないでくれィ!」
『へへー。最初から、素直にそう言えば良かったし』
な、なんだよ、こいつ。
急に調子を戻しやがってからに。
まったくもって『へーき、よゆう』って感じじゃねーか。
相変わらず口端から血を流してはいるけれども、先ほどの辛そうな様子なんざ微塵も感じられねーぞ。
「もしかして、今までの全部演技だったとか、そんなオチねーよな……」
『だったりして』
言いも言ったり。
テヘっと片目をつぶって舌を出したハチマキ娘に、俺の手がとっさに動く。
「こ、こんのチビ鮫がぁ!」
頬を両手でギュウーっとつねってやる。
もちろん爆走ホバー後退しながら、だ。今はスピードの恐怖よりも、こいつへの怒りが勝っていた。
「ちきしょう、俺様の涙を耳をそろえて返しやがれっ!」
『いひゃいいひゃい、あなな、壊れひゃうしっ』
「てやんでぇい、お前さんなんざ壊れちまえってんでェい!」
なんてバカなことを走りながらやっていたからだろうか、カーブを曲がりきったところでバランスを崩し、盛大にずっこけてしまった。
「いってて……」
すぐさま上体を起こして俺は投げ出されたダッシュのもとへと駆け寄った。
うつ伏せになったままピクリとも動かないそいつに、一つため息をついて、ペシペシと尻を叩いておく。
「おい、チビ鮫。今度は死んだフリかぁ? 二度とその手は食わねーっての。ほれ、コピーの鎧の音が聞こえるだろ。あのヤロウが来るまえに、とっとと起きてくれィ」
すると、そいつは顔を上げることなく、ぼそっと呟いた。
『へへへ。やっと、おまえさん、らしくなったし……。あななは、あななはご主人様と、最期まで一緒に走れて……』
「はあ? 何、ワケわかんねーことブツブツ言ってやがんだァ。いいから、行くぜ」
と。
そう言って、右腕を掴んで持ち上げたとき――そいつの腕がポロっと俺の手の中から抜け落ちた。
「え?」
音も無くアスファルトに落ちるハチマキ娘の腕に唖然としていると、瞬く間に金色の粒子となって空へと消えてしまった。
空へと。消えて、しまった……?
ツバを飲み込んで、一歩下がり、今起きたことを頭の中で必死に反芻する。
俺がチビ鮫の腕を、持ち上げようとしたら、その腕が落ちて、地面に落ちて、落ちて消えて、光になって消えて――
「嘘、だろ……」
口の端から垂れた血はすでに跡形もなく消えているのに。
体操服も出会ったときのように真っ白に戻っているのに。
なのに。
もう動くこともなく。喋ることもなく。笑うこともなく。
空っぽに、なってしまっていた。
ただの、道端に転がる――石のように。
「…………」
左腕、右足、左足と、次々に空へと消えていくその様に、為す術もなく呆然と見下ろしていると、乾いた風がダッシュのやわらかい金髪を僅かに揺らした。
乱れた髪からのぞく安らかな顔に、俺はようやく――そいつの死を悟ることになった。
「ほ、本当に……壊れちまうバカがいるかよ……」
「あーらら。このクズ石を捕まえたのって確か今日の夕方くらいだったわよねぇ。それがなぁに、まだ半日も経ってないのにもう消滅ぅ? さっすが低ランク。あっけないものねぇ」
「!?」
驚いて、振り向くとそこにはいつの間に地上に降りてきたのだろうか、シャオメイが立っていた。
そいつは仁王立ちのまま、けらけらと面白そうに笑い、
「はっ、とーんだお笑いぐさだこと。ご主人様の選択を間違えるからこうなるのよねぇ。猫憑きと契約すれば、ちったぁ長生き出来たかもしれないのにさ。まっ、ただの石っころに生きるも死ぬもない、か。むしろ壊れてよかったのかもしれないわ。だって、喋る模魔だなんて気持ち悪いし。居ないほうがマシだもの」
そう言い終えるや否や、消えることなく残っていたダッシュのハチマキを――強く踏みにじった。