魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
パキッ。
音のした場所へ顔を向けると、ゆりなが驚いた表情で立っていた。
俺の視線に気付いたのか、そいつは慌てて樹の陰に隠れると、
「つ、つくつくほーし。みーんみーん。ほーほーほっほーっ」
また旧式なとぼけ方を。
つーか最後のそれはセミじゃないだろ。朝によく鳴いてるアレだ、アレ。
「にゃ、にゃははは。バレちゃった」
「ったく。そんなところでコソコソとよォ」
「わ、ごめんなさい。ついビックリして隠れちゃった。すっごい光が見えたから走ってきたんだけど……。
あのー。しゃっちゃん、もしかしてそれって、杖――だったり?」
おずおずと訊くゆりなに、
「ま、魔法少女……なっちゃいました」
気の抜けたVサインをしつつ、春なのでと付け足して言ってみる。
何故、春だから魔法少女になるのか我ながらよくわからんが。
「ふ、ふぇええええ! しゃっちゃん、本気なの!?」
本気もなにも。驚きたいのは俺のほうだっての。
積もり積もった愚痴をぶちまけたいのは山々なんだけれども、その前にちょっと肩を貸してくれ。
こ、腰が抜けちまってさァ。
「う、うん。――きゃっ!」
トテトテと走り寄ってきたゆりなが悲鳴をあげて盛大にズッコケた。
「おーい、大丈夫か?」
「だいじょばなぁい……。しゃっちゃん、足がちべたくて動かないよぉ」
涙目で訴えかけるゆりなの足元を見ると、何やら黄緑色の石が足を固めていた。
「それ、コロナの魔法です。つめた~い、氷なんです」
いやいやいや。
なんです、じゃあないだろ。
「どーいうつもりなんでィ、コロ美。悪ふざけだかなんだか知らねぇが、今すぐ魔法を解いてやれって!」
すると、
「否定。コロナは、今からそこの旧魔法少女さんに宣戦布告します。魔法少女はパパさん一人で十分なんです」
言いながら浮かび上がるコロナに、蝶のような光り輝く羽が生まれる。
おい、マジかよ。もしかしなくても、これって戦闘体勢ってヤツじゃないのか。
「な、なんでそうなるのーっ!?」
俺とゆりなが同時に声を張り上げるが、そいつはあっけらかんと、
「なんでって、何となくです。なんか貴女を見ているとモヤモヤするのです。とにかく魔法少女はパパさんだけで十分だと判断しました」
ど、どこをどう見て、そういう判断に至ったんだお前は。
俺はただ腰を抜かしているだけだぜ、なんとも情けない話だけれども。
「ま。そゆことなので。さっさと死んじゃってください」
言った直後、
「待てぇええい! こんの、バカコロナ!!」
凄まじいスピードで飛んできたクロエがチビチビ助の腹へと突進をかます。
不意の一撃にコロナの羽は消え、そのまま地面へと叩きつけられた。
しっかしながら。
止めるためとはいえ、少しやりすぎじゃあないのか。相手は子供だぜ。
「バーロー。姿かたちはどうであれ、オレたち霊獣は、そうやすやすと傷つかないってーの」
「えっ、待て待て。オレたちって事は……。もしかして、お前もあのチビチビ助も霊獣ってヤツなのか?」
俺に続いてゆりなも、
「じゃあ、あの子って朝の蝶々さんなの!?」
顔を見合わせる俺たちの間に黒猫がふよふよと入って、ため息まじりにこう言った。
「い、今更、気付いたのかよ……。あいつは三番石であるエメラルドに封印されていた緑蝶コロナだ。
能力は、『水』と『氷』――見た目はチビガキだが、七大魔宝石のうちの一つだからな。油断は出来ねぇぜ」
そんな情報を一気に詰め込まれても。なんだよ、七大なんたらって。
「どうやら説明している時間は無いみたいだぜ」
クイっと肉球が指す方向にはむくれっ面のコロナがあひる座りで、
「むー、ぽんぽん痛いのです。はちみつレモンが出ちゃいそうです」
こっちを睨みつけていた。と言っても、あの眠そうな目だから迫力は皆無に等しい。
それより、もったいないから出すなよ。百五十円もしたんだぞ、根性で飲み込め。そしてお前の血となり肉となる。
「肯定です。パパさん。園児のド根性みせます」
なんてお腹をさすりながら口をモゴモゴ動かしているコロナを背に、
「今のうちだ、杖を呼んで戦うぞ。やれるな、ポニ子。足かせの氷魔法はもう解けているハズだ」
ズッコケたままの姿勢でポカーンとしていたゆりなが、ゆっくりと自分を指差して、
「ふえっ。ぼ、ボクがやるの?」
「あったりめーの酢漬けイカ! このバカシラガは杖はあれども魔宝石を持ってねぇんだ、今やれるのはポニ子しかいねぇ!」
「……はぅ」
いやはや、面目ねェ。
しかし、まぁ。ここは一つ、先輩のお手並み拝見ってことで。
腰を抜かしながらゆるりと観戦させてもらうことにするさね。
「ポニ子の動きをよぉく見ておけよ、シラガ娘。おめぇも遅かれ早かれやってもらうんだからな」
へぇへぇ。わかりましたんで。
「はうぅ、なんか緊張するよぅ。しゃっちゃん、あんまりジーっと見ないで~」
顔を真っ赤に染めて、ぽりぽりと頬をかくゆりなに、
「あの。巻きでお願いします」
指をくるくる回しながらコロナが言う。
どこで覚えたんだ、そんな業界用語。
「ふぁ、ごめんなさい。も、もしかして待ってくれてるの?」
「肯定。一応、フェアでやらないと楽しくないですから。
あと、コロナは霊獣なので手加減なんてしないでください。本気で来ても大丈夫です。どんとこーい」
それを聞いてホッとしたのか、
「えへへ。そっか、じゃあ全力で頑張るねっ!」
ゆりなはそう言うと、手を高らかに掲げて、
「おいでっ、霊冥!」
数秒も経たないうちに、黒い宝石が空から飛んでくる。
呼べば飛んで来るって……今時の魔法少女は進んでるんだな。
そして、それを掴むと同時にゆりなはこう叫んだ。
「イグティレェト!」
黒い光がゆりなの手元を包み込む。
ほほう。これは、また。俺のときと呪文が少し違うようだ。
慣れたもんで、宝石をさっさと黒杖へ変化させると流れのままに、
「クーちゃん、お願いっ」
「あいよっ!」
くるんと空中で黒猫が一回転すると、藍色の宝石へと姿が変わった。
ん――宝石?
さっきこの猫は自分を霊獣と言っていたよな。こいつも七大なんとやらだったりするのか?
するってぇと、七匹の霊獣のうち二匹はこの場に居るってことで……なんだか案外すぐ集まりそうだな。
そんなことを考えていると、
「せーのっ」
ゆりなが杖を両手で持ち上げ、宝石へと勢い良く振り下ろした。
その瞬間、割れた宝石の中から黒い大蛇のような稲妻が発生し、ゆりなを頭から喰らう。
なんて、迫力だ。予想以上に派手っつーか、コレ大丈夫なのかよ。
クロエが変身した宝石は割れちまうし、ゆりなは雷に喰われるしで。
唖然としていると、ゆりなの全身を覆っていた稲妻が徐々に小さくなっていく。
「お、おお……」
稲妻が完全に消えると、そこには黒いドレスに身を包んだゆりなの姿があった。
さっきまではパジャマにどてら姿だったのに、いつの間にそんな豪華な衣装に着替えたんだ。
藍色に煌めくオーラがゆりなの体を彩り、時たま黒い稲光がバチバチと周りに発生している。
こりゃあ、嘆声をもらしてしまうのも無理はないって。
なるほどな。これが魔法少女、ってヤツ……ね。
「――お待たせ」
さっきまでの調子はどこへやら。
急に凛々しい顔つきになったゆりなは、杖をブンブンと振り回して、
「行くよ」
息をつく間もなく、跳躍した。