魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
「ここから……ここから先へは行かせないんだからっ!」
キッと表情を変えて振り返ると、コピーの顔面に向かって右手を突き出し、
「ぽぉよよんぽよん、ぽいぽいー、ぽんっ!」
呪文を唱え終えるよりも前に、お馴染みの雷撃魔法『ライトニング』を放つチビ助。
しかしながら、杖無し状態で唱えたため、普段よりも細い雷撃となって放出されている。
「手のひらからライトニングって。どうして杖を使わないんだ?」
「わからないんです……」
依然として鎖鎌状態のままドームを鷲掴みにしている霊冥。
杖に戻してから撃ったほうが良さそうだけれども、なんて思っていると、上からバチバチッと音を立てて分銅――黒い宝石が落ちてきた。
完全に霊冥を手放しただと?
続々と沸いて出てくる疑問符をかきわけて空を見上げてみたのだが。そこでさらに巨大な疑問符と出くわしてしまった。
「行かせない、行かせない、行かせない……ッ!」
なぜなら、ゆりなの体全体を巡るように流動している藍色のオーラが時折赤く光っていたからだ。
それと共に、黒い稲光も徐々に赤く染まり出していく。
「どういうこった。チビ助の集束は切れる寸前じゃなかったのか?」
さっきの様子から察するに、集束状態が解けていっているのかとばかり思っていたのだが。
この現象は、どうみても――
「パパさんの考えてるとおりなのです。旧魔法少女さんがまた集束を発動したんです」
冷めた目で事も無げに言うチビチビ。
「またって、おいおい。チビ助はあのモードに自由自在になれるってことなのか?」
いつの間にそんな修行を積んだのやら……。
そんな俺の問いにコロナがゆるりと首を振る。
「否定。旧魔法少女さんは、無意識の中『再点火』したんです」
「再点火って、もう一回火をつけるって意味のアレのこと?」
今度はこくりと頷いて、
「集束の光をもう一度灯す再点火……集束時間を強制的に延ばすって意味なのです」
灯す、ならば再点灯のほうが適切な気がするぞ。
そんなどうでもいいことを考えていると、またもや俺の心の中を読んだのか、
「否定、『火』のほうが適切なんです」
言って上空にいるゆりなへと視線を向けるチビチビ。
それに倣って俺も顔を上げようとした時、
「うわっちっち」
空から無数の火の粉が舞い降りてきた。
それとともに花火をした後のようなツンとした匂いが鼻腔をつく。
おかしいな。チビ助とコピーの戦いで、どうして火が出てくるんだ?
そう不思議に思っていたのだが――
「らいらいッ」
詠唱するゆりなの姿を見て、俺は再点火の方が適切だという意味を知ることになった。
「チビ助の髪が、燃えてやがる……」
赤く明滅し、火の粉を撒き散らしているゆりなの髪。
それは、かつてのホバー戦で見たあの姿と同じだった。
いや。まったくの一緒ではないな。
あの時よりも黒髪の部分が多くを占めているし、周りのオーラも赤より藍のほうが色濃く出ていた。
するってぇとつまり……。
「まだ裏になりきれてない状態なのです。再点火は完全に火が点くまで時間がかかるんです」
複雑な表情でチビチビが言った直後、
「デュアル・ライトニングゥウッ!!」
ゆりなの呪文が発動した。
自由になった左手を右手へとクロスさせるように重ねて放出する二重の雷撃魔法。
これがまた、デュアルどころのレベルじゃなく、普段ブッ放しているライトニングの数倍もデカい雷だった。
こんだけデカけりゃ、さすがのBランク様とはいえ、ひとたまりも無いだろう。
と、思ったのだけれども。
「げっ、アレを喰らって落ちねェのかよ……」
一瞬だけガクッとひるんだ後、すぐに体勢を立て直して飛行を続けるカブト虫。
直撃を受けたにもかかわらず、これとは――なんともはや。
「見た目は凄いですが、杖が無いとどの魔法もイマイチなんです。それにコピーの鎧はもともと雷に対する耐性が結構あるのです」
「電撃耐性とは。相性最悪ってことか……。そりゃ、集束しているゆりなでも苦戦するワケだ」
やっぱ、杖を引き寄せて素直にライトニング連打のごり押しをしたほうがいいような……って、ちょい待ち。
コピーがチビ助の横をさらりと無視して通り過ぎて行ったんだが。
行ったっつうか、確実に俺のほうへと向かって来ているような――
「肯定。かなり前からパパさんだけを狙ってるんです」
「ええっ!? 初耳だぞ!」
そう驚いている俺に、腕の中のコロナがぼそっと続ける。
「だから旧魔法少女さんが再点火しちゃうほどまで追い詰められたんです……」
「追い詰められた? なんのこってぇい」
言った意味がよく分からず訊ねてみたのだが、そいつは俺の胸にムギュッと顔をうずめるだけで何も答えようとしない。
「まぁいいや。とりあえずコピーから逃げねーと。ダッシュを呼ぶから、しっかりつかまっとけよコロ美ッ!」
「ぐすっ。肯定なんです」
コロナを抱っこし直して、俺は指輪を勢いよく目の前へと持ってくる。
「バカンス中のところ悪いけれども、もう一度頼むぜ、サメちゃんよ」
準備万端だし、と言わんばかりにキラリと光って応える黄金の宝石に、
「我は欲す。汝が纏う忌むべき力を! 来やがれぇッ、ダッシュ・ザ・アナナエル!」
呪文を唱えての口づけ。
少しだけ甘いクリームの香りが口の中に広がった後、俺の背後に腕を組んだチビ鮫が登場する。
いいねいいねェ。つつがなく召喚出来たぜ。
この召喚の流れもなかなか板についてきたじゃねーか。
「さァてさて、コピーさんよぉ、追いつけるものなら……」
相も変わらずヘタクソな飛び方でこちらへとにじり寄ってくるコピーに、
「追いついてみやがれってなモンで、一つ!」
ビシッと指をさしておく。
あんなノロマな動きで、俺様のダッシュちゃんに敵うわきゃねェっての。
啖呵を切った勢いそのままに、走り出そうとしたところで、
『え、えっと、その前に自動走行か手動走行、どちらか選んで欲しい』
「へ?」
なんとも気まずそうな顔でポリポリと紅潮した頬をかいているチビ鮫。
そいつの様子を見て、俺まで恥ずかしさのあまり体温が上昇していくのが分かる。
うう。すっかり勢いが削がれちまったぜ……。
「あ、ああ。選ばなきゃいけないのか。ていうか、それ毎回訊いてくんの?」
『自動、手動、どちらも一長一短。時と場合で、使い分けが肝心。だからお前さんに、ちゃんと訊ねたほうがいいかなって。あななは思ってるの』
言いつつ、食い込んだ赤ブルマを直しているハチマキ娘。
うーむ、結構マジメな奴なんだな。
「そうかい、あななが思ってるのなら仕方ねーな。それじゃあ、今回はどうしようかねェ」
自動、もしくは手動のどちらか。つまり、車で言うところのオートマかマニュアルかみたいな選択だろ?
車の免許はマニュアルを取るつもりだし、ここは試しに手動走行とやらにチャレンジしてみっかな。
あのカブト虫もトロいし、練習がてら丁度良いだろうよ。
「パパさん、それあんまり関係ない気がするんです。ダッシュの手動モードと車さんとでは全然違うのです」
「まーた、人の心を勝手に。いいんだよ、俺が似たようなもんだつったら似たようなもんなの。いいからチビチビは黙って俺様につかまってなァ」
「こ、肯定」
もう一度、俺の胸に顔を押し付けるコロナをため息混じりに見下ろし、そしてすぐさま後方のダッシュへと目を移す。
「んじゃ、そういうこって。今回はマニュアルモードをやってみることにするぜ」
『…………』
ん……? なんだか、ダッシュの様子がおかしいぞ。
先ほどとは打って変わって、不機嫌そうなツラで俺を見ている。
「どうしたんだ、ハチマキ娘? んな、怒った顔して」
『別に……。なんでもないし』
腕を組んでぷいっとそっぽを向いてしまった。
何が何やら分からねーが、確実にコピーもこちらへと迫ってきているワケで。
そろそろ巻きで行かねーとな。
「いささかに恐縮だけれども、マニュアル走行のほどよろしく頼みますんでっ」
少しばかり焦った口調の俺に、チビ鮫は普段の調子を取り戻して、
『了解だし。手動走行へ結晶調整するから、それまでお前さんは、自分の足で後退して欲しい』
「えっ、さっきみたいにすぐに発動してくれねーの?」
シャオの伸びる尻尾から逃げる際、『おっけ』の一言ですぐさま疾駆の能力が発動したような覚えがあるのだけれども。
『あれは自動走行だけ。あなながそのままお前さんの足に力を込めて全力で走ったの。でも、手動はちょっと準備に時間がかかるの。だから、とりあえず走って』
「じ、時間がかかるって……。そういうことは、もっと早めに、」
言いかけたところで、前方からけたたましいサイレンが鳴り響く。
「ぐっ……!」
耳を塞ぎながら見上げると、そこにはフラフラと夜空を不気味に飛翔する巨大なカブト虫が――俺の眼前へと迫っていた。
「い、いつの間に、こいつ!?」
驚愕よりも前に、俺の足は勝手に動き出していた。
もちろんダッシュの能力ではなく、恐怖によって反射的に動いている。
マズイ、マズイぞ。いささかにどころのハナシではない。本気でヤバイ状況だ。
いくらコピーが遅いとはいえ、さすがに『疾駆』無しの足ではすぐに追いつかれてしまう……!