魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記)   作:あきラビット

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第五十六石:失われていく輝き

 しっかし。ホバーのヤツ、やけに顔色が悪いな。俺様の持っているピチピチ肌なハチマキ娘と比べるとまったくもって違うぞ。

 ふうむ。いっちょ、コロ美に訊いてみるとするか。

 

「なあ、チビチビ。ホバーの顔がどうも青白いように思えるのだけれども。これって、やっぱし捕獲の仕方がマズかったからかねェ?」

 

 捕獲方法。

 それは、捕まえる対象の体力や魔力が残り少ない状態、もしくはそいつが魔法使いに服従を誓ったときに捕獲呪文を唱えることで成立する。

 ダッシュはダメージを与えての捕獲という形ではなく、俺の力になりたいと言ってきたから捕獲呪文を唱えた。

 対してホバーはといえば、圧倒的な魔力を持つゆりな――いや、『裏・集束状態の赤いゆりな』の放つ雷撃魔法によって一発で瞬殺され、そして捕獲となった。

 というよりも。あの惨状を見るに、捕獲ではなく捕食と言ったほうが正しいのだろう。

 今でもあのけったくそ悪い光景が頭に焼き付いているぜ……。

 つーか、よくよく考えてみたら、捕獲する前にホバーは死んでいたハズじゃないのか?

 顔色が悪いとはいえ、よく無事な姿で出てこられたな。

 

「いや――もしかしたら他にもおかしな点があるかもしれねェな」

 

 と。もう一度、人間の姿のホバーを観察してみる。二つに分けた三つ編みおさげを夜風になびかせている儚げな半透明少女。

 特徴的なところと言えばディープグリーンという髪色程度で、他はメガネくらいしかない。

 メガネつっても普通のどこにでもあるメガネだからなぁ、なんともそれ以上言うことが見つからん。

 てか、ゆりなと同じか少し上くらいに見える容姿のくせに、やけにキチンとした制服姿だな。

 着こなしの問題かもしれないが、どうも固っ苦しいねぇ。長すぎるスカート丈をちょいと短くするだけでだいぶ垢抜けて見えると思うのだけれども。

 

 俺の舐めるような視線に気付いたのか、ホバーはゆっくりとした動作でメガネをクイッとあげると、コチラへと顔を向けた。

 その表情たるや……。明らかにヘンタイを見る目つきだった。

 最大限の侮蔑を込めた冷ややかな琥珀色の双眸に耐え切れるハズもなく、すぐさま目を逸らし、

 

「コホン……」

 

 小さな咳払いを一回だけしておく。

 と、ともあれ。顔色以外のおかしな点は無さそうだな。

 だとすれば。ホバーはダッシュやシャドーのように通常の模魔として機能するということなのだろうか。 

 

「ふわぁ。なんだか難しいこといっぱい考えてるのです。パパさんって、テキトーさんな時とマジメさんな時の差が凄いんです。別人さんみたいなのですっ」

「おっとっと。それは褒め言葉として捉えて良いのかィ?」

「いささかに、なんです」

 

 おいおい。いささかにの使い方、ちと間違ってねーか。

 ま、俺も人のこと言えないケドさ。

 

「んで、それはともかくとして。恐縮だけれども、ホバーの顔色についてそろそろ回答のほどよろしく頼みますんで」

 

 言うと、そいつは腕の中から飛び出して俺の頭上へとよじ登った。

 

「た、高い高いしてくれたら答えてあげないこともないんです」

 

 突飛な発言に、少々面食らってしまう俺。

 

「……なんだァ? んなもんイヤに決まってんだろ。てめぇの羽があんだから、それでセルフ高い高いしろってんでェい」

「うーっ! 否定、否定っ! パパさんにしてもらいたいんですぅ!」

「おい、やめろって。人の触覚を引っ張んなっ」

 

 猫つかみの要領でコロナをひっぺがし、眼前に持ってくると、

 

「うー、パパさぁん……」

 

 涙目で懇願してきやがる。

 急にどうしたんだよ、こいつ。

 なんでこの場面でワガママを言い出すっつうか、甘えてくるんだ?

 別にすんなり答えてもいい質問だろうよ。

 

「うーうー言っても、やりたくねぇモンはやりたくねぇの」

「じゃあ、じゃあ。良い子良い子って撫でて欲しいのです」

「……チビチビィ、いい加減にしろよな。この状況わかってんのかぁ? こう着状態とはいえ、チビ助とコピーはまだ戦ってんだぞ。いくらなんでも緊張感無さ過ぎだって」

 

 戦ってる最中、いきなり俺がチビチビを高い高いし始めたらおかしいだろ……。

 シャオメイのヤツになんて言われるか。それにクロエにも文句言われそうだ。ゆりなとの合体中で俺たちのことが見えるのか知らんが。

 ま。一番の理由は、単純に面倒くせェからだけれども。

 

「肯定……なのです」

 

 頑なに拒否する俺に、コロ美は諦めたようにため息をついて口を開いた。

 

「さっきパパさんが言っていた捕獲の仕方が問題じゃないんです。旧魔法少女さんがホバーを完全に『破壊』したのが問題なんです」

「んん。破壊ってのは、ホバーが死んだことを言ってるんだよな」

「うーん、まぁそういうことなのです」

 

 奥歯に物が挟まったような言い方だな。

 

「模魔は丈夫に造られているので強い魔法を受けてもそうそう壊れないんです。それにホバーはランクもCと高いほうですし、自己治癒能力もあったハズなのです。でも、あの魔法はその治癒が発動する間もなく一瞬でホバーを……」

 

 あの魔法――ヴォルティック・エンドのことか。

 赤い満月のような巨大な雷球。

 確かに、あんなバカげた魔法ではホバーと言えどひとたまりもないだろうな。

 

「あそこまで破壊してから捕獲しちゃうと、ちょっと困ったことになるんです。多分、それが顔色の悪さに繋がると思うのです」

「ちょっと困ったことって?」

 

 コロナは少しだけ考える素振りを見せてから、

 

「模魔の召喚は、変身や、杖が無くても呪文を唱えて宝石にキスをするだけでいつでも発動出来るのが強みなんです。さらに言えば、パパさんの魔力がすっからかんでも、召喚可能なのです」

「ああー。ダッシュを召喚したとき、やけに気前がいい話だなって感心したっけか。俺の魔力が無くても出せるなんざ、本当に便利な指輪だねェ」

「どんなピンチも切り抜けることの出来る、さいきょーの切り札! と、言いたいところなんですが……指輪による召喚には弱点があるんです」

 

 まあ。

 そりゃあ、なんのデメリットも無しに使い放題ってぇのは、さすがに出来すぎた話だよな……。

 

「オーケイ。んで、その弱点っつーのは一体なんなんでィ」

「……乱用すると少しずつヒビが入ってきて、最後には消滅しちゃうんです」

「消滅だぁ!?」

 

 思いがけない言葉に、俺はすぐさまダッシュリングへと視線を落とした。

 

「さ、さっき、チビ鮫にちょっとだけムチャさせちまったような……。大丈夫なのか?」

 

 色んな角度から見てみるが、どうやらヒビどころか傷ひとつない新品状態だったようで。

 

「あっぶねぇ。やっぱ引っ込めておいて正解だったみてーだな」

 

 ふぅっと、安堵の息をつきながら指輪を眺めていると、遊泳しているダッシュと目が合った。

 俺に気付いたそいつは、一生懸命にバシャバシャ泳いでこちらへと向かってくる。

 

「これはこれは。元気そうで何よりってね」

 

 なにげなしに鮫状態のそいつを指先でつついてみる。すると、俺の指に合わせるようにぴたりとヒレをくっつけてきた。

 試しに指をひょいひょいっと動かしてみると、そのたびに様々な泳ぎ方でついてくるじゃねーか。

 ははっ、おもしれぇヤツだなコイツ。なんか水族館の調教師にでもなった気分だぜ。

 これを見世物にすりゃあ、いささかに金が稼げるかもな……なんて内心ニヤついてると、

 

「むーっ! パパさん、ダッシュと遊んでる場合じゃないんです。説明してる途中なのですっ」

 

 むくれっつらのコロ美がヌッと顔を出してきたではないか。

 

「あ、ああ。わりィわりィ」

 

 つーか、遊んでる場合じゃないって。高い高いしてくれとかダダをこねてたヤツの言うセリフじゃないような……。

 

「ともかくですね、破壊しての契約だとヒビが急激に入っちゃうんです。つまり、ホバーはいつ消滅してもおかしくないボロボロな状態になっちゃったんです。きっと顔色の悪さはそれかと。まあ、フツーに弱らせてから捕獲すれば、ヒビがあまり入ってない指輪になるのですが」

「つぅことは、捕獲するだけなら大ダメージ与えたほうがいいけれども、それだと契約してもあまり召喚出来なくなる――だから、なるべくダッシュのように円満解決しろってこと?」

「肯定なんです」

「肯定ですよね」

 

 言うは易し、行うはなんとやら……。

 こちとら死に物狂いなんだ、円満解決を試みている間に頭からザックリとやられちまうっての。

 大体、成功例のダッシュについても、なんで俺を認めてくれたのか未だによくわかんねーし。

 ともあれ、これでようやっと顔色について納得がいったぜ。

 

「いやはや。こう言っちゃあなんだけれども、死んだのにケロッと出てくるわ青ざめた顔をしてるわで、まるでホラー映画のゾンビみたいで気味がわりィよなあ。おまけに半透明だし、幽霊も混ざってらァ」

 

 と。ケラケラ笑いながら冗談を言う俺に、

 

「そう、ですよね……。あの姿を見たら普通の人は気味が悪いと思うです。それが当然なのです。当たり前の反応なんです。わかって、いるのです……」

 

 なぜだか寂しそうに呟くコロナ。

 予想だにしない反応に首を傾げていたのも束の間。

 そいつが泣く前兆――鼻をすすり始めたところで、

 

「ダメ! お願い、戻って……プラズマドームッ!」

 

 ゆりなの声がしたかと思うと、裏返っていたままのプラズマドームが爆音とともに俺たちを覆っていく。

 

「…………?」

 

 再び防御壁モードとなったドームを驚くままに見上げていたのだが――耳をつんざくような凄まじい破裂音に、ハッと気付いた。

 そうだった、チビ助とコピーはまだ戦ってる最中だってーのに。いつまでもノンキに道のど真ん中で喋ってる場合じゃねぇだろ!

 舞っていた砂ぼこりが晴れていくと、その先には分厚い鎧をガチャガチャと鳴らすカブト虫――コピーの姿があった。

 あれだけリフレクションの雷撃を喰らったにも関わらず、四つの黒い瞳の輝きは一つも失われていない。

 

 そいつは、すっかりハゲてしまった家から三軒ほど離れた家に飛び移ると、またぞろ瓦を投げてきやがった。

 しかし、ゆりなもそれを見逃すことはなく、もう一度リフレクションを唱える。

 そんな応酬の中、

 

「しゃっちゃん。ボクの声が聞こえるかな?」

 

 不意に耳に入ってきたチビ助の声に、

 

「あぁ、聞こえるぜ! すまねぇ、逃げなきゃいけなかったのにボーっとしちまってて……」

 

 慌てて俺は謝った。

 せっかく攻撃から守ったというのにいつまでも無防備なまま突っ立ってるんだ、怒られてもしょうがない。

 つーか、俺だったら絶対キレてるぜ……。

 だが、ゆりなは一言も俺たちを責めることなく、

 

「あのね。せーのでドームを持ち上げるから、その隙にしゃっちゃんはコロちゃんを抱いて安全な場所まで逃げてほしいの。にゃはは。ちょっち、守りきれる自信がないかもだから……」

「チ、チビ助……」

「ごめんね、しゃっちゃん」

 

 どうして。

 どうして、そこでお前が謝るんだよ――謝らなきゃいけないのは俺のほうなのに。

 足手まといの俺が謝らなきゃいけねーのに……。

 悔しさでこみ上げてくる涙をどうにか押し戻しつつ、俺はゆりなに向かって叫んだ。

 

「オーケイ。いつでも準備出来てるぜ!」

「ほいっ」

 

 次の瞬間、チビ助の手に暗い光が集まっていく。

 藍色のオーラじゃないってことは、これは霊冥の放つ光か?

 

「ぽ~よよん、ぽいぽいー、ぽんっ! らいらい、サンダーシックル!」

 

 三枚刃の鎌へと姿を変えた霊冥をプラズマドームへと投げつけて、

 

「掴んで、シックル!」

 

 言うが早いか、三枚の刃が器用にも雷の網をガッチリ捕らえていた。

 てか、掴んだはいいのだが、霊冥を丸ごと投げつけちまってどうするんだ?

 

「パパさん、霊冥と旧魔法少女さんの間に雷の鎖が見えるんですっ」

 

 コロナの指差す方向には、確かにキラキラと光る鎖のようなものがあった。

 鎌とチビ助を繋ぐ雷鎖――

 

「これってもしかして、鎖鎌ってヤツか?」

 

 しかし、感心してる暇もなく、

 

「しゃっちゃん、いくよ! せーの!」

 

 掛け声とともに分銅(ここからではよく見えんが、おそらく霊冥の宝石部分だろう)を引っ張って、ドームを持ち上げていく。

 

「おおっ」

 

 コスチュームの力だろうけど、すげぇパワーだな……。あのドームを軽々と持ち上げてしまうだなんて。

 

「わっ。パパさん、はやくはやく!」

 

 やべぇ、だから感心してる暇はないんだっての。

 上がったドームの隙間からコロ美を抱いて無事脱出。

 ふーっ。あとはチビ助の邪魔にならないところまで逃げるだけだな。

 そうだ、その前に礼のひとつでも言っておかねーと。

 

「さんきゅうなっ、チビ助」

 

 浮かびながら肩で息をしているそいつに呼びかけたのだが――俺はそこで気付いてしまった。

 

 ホバーの出す光の粒子の量が減っていることを。

 魔法の詠唱が省略化されていないことを。

 いつもの口調に戻っていることを。

 

「ゆ、ゆりな? おまえ、まさか……」

 

 ゆっくりと顔をあげたその瞳からは輝きが失われつつあった。

 切れかかった電球のような激しい点滅。

 つまり、それは――

 

「ごめんね。しゃっちゃん……逃げ、て」

 

 辛そうな笑顔でもう一度俺に謝ったゆりなの背後に、けたたましい翅音が迫っていた。


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