魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記)   作:あきラビット

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第五十二石:藍色の光

「おいおい。チビ助、頼むぜェ。サインが欲しいだなんて、んな悠長なこと言ってる場合かぁ?」

「あら。サインぐらい何枚でも書いてあげるわよ。ペンも、こんな時のために持ち歩いてるし」

 

 あっさり了承したかと思うと、マントの中に手を突っ込んでペンを取り出すシャオメイ。

 用意が良いっつーか、それよりも意外な反応に驚いたぜ。

 てっきり、『バッカバカじゃん』とか言って一蹴するものとばかり思っていたのだが。

 

「わ、わ。シャオちゃん、本当に書いてくれるの!?」

「だから書くって言ってるじゃん。なんだったら、このペンもあげよっか?」

 

 ひらひら振られたペンに引き寄せられるように、シャオのもとへと走っていくチビ助。

 

「そ、そのペンってハピラピが結成したときに記念で作った、すっごーく大事なペンじゃ……」

「へぇー。よく知ってるわね。この世に七つしかない特別なペンで、それぞれメンバーの誕生石が埋め込まれてるのよ」

「確かシャオちゃんは十二月だから、ラピスラズリだっけ?」

「うげっ。本当によく知ってんのね……」

「ボク、シャオちゃんの大大、だーいファンだもん! シャオちゃんが写ってるポスターとかフロクいっぱい持ってるよっ。でも、そんな大事なのボクなんかが貰っちゃっていいのかな……」

「大事なんかじゃないわよ、こんなの。どーせ今日で捨てようと思ってたし、あたしのファンに使ってもらえるんなら、こいつも喜ぶと思うわ。別に使わないで売ってもいいケドね。五十万くらいで売れるんじゃない?」

「う、売らないよ! 一生の宝物にするもんっ」

 

 そんな二人のやり取りに、俺はうーんと唸る。

 なんなんだ、こいつは。俺にはスゲェ態度悪いクセに、ゆりなにはやけに優しいじゃねぇか。

 怪しすぎるぜ……。一体なにが目的なんだか。

 そう、訝しげな目で見ていたのがバレたのか、そいつは赤毛ツインの左側をふわっと払って、

 

「なによ、なんか文句でもあるワケ?」

 

 まるで虫けらを見るような目つきとは、よく言ったものだ。

 現実にこんな顔をするヤツがいるとはね……。

 俺が「別に」と言って、顔を背けると、

 

「ねぇ、猫憑き」

 

 ゆりなへと視線を戻すシャオメイ。

 

「ふえっ。ネコツキってボクのこと?」

 

 おそらく猫型の霊獣であるクロエと契約してるからそう呼んでるんだろうな。

 そいつは戸惑うチビ助に構わず、

 

「サイン書いてもいいケドさ。一つだけ、あたしからもお願いしていいかしら」

 

 薄く笑い、スカートの中から尻尾を伸ばすシャオメイ。

 それを見たチビ助は、ギョッと目を丸くして一歩退いた。

 

「お、お願いってなぁに?」

「簡単なことよ……。あたしと戦って欲しいの」

「戦うって――シャオちゃんが何を言ってるのか、わかんないよ」

 

 ジリジリと。

 恐ろしい形相でにじり寄るシャオに、青ざめた顔で後ずさるゆりな。

 もしかしてクロエのヤツ、『恐い敵さん』がシャオメイだってこと言ってねーのか?

 

「頭の悪い、女ねェ……。ピース様が選んだ、あたしとあんた。どっちがよりピース様に相応しいか、決めようって言ってんのよ!」

「ひゃっ!?」

 

 ムチよろしく振り下ろされた尻尾を紙一重で避け、俺のもとまで走って逃げるチビ助。

 かわいそうに、すっかり怯えきったそいつの震える肩を抱いて俺はシャオを睨み付けた。

 

「へっ。そんなこったろうと思ったぜ。油断させておいて殺そうとするなんざ、いささかにスマートじゃないねェ。紗華夢サマともあろうお方が、そんな汚い手使っていいワケ?」

「うるさい男ね。たかだか、こんな牽制如きで死ぬようならそれまでってことよ。まあ、猫憑きはあんたみたいなザコ虫と違って、それなりにあたしを楽しませてくれると思うケド」

 

 口を開けばこいつは……。

 こっちからも何か嫌味の一つでも言ってやろうかと眉をピクつかせたとき、

 

「ど、どうして。なんでシャオちゃんが、ピースのおばあちゃんのことを知ってるの? もしかして、ボクが魔法使いだってこともバレてるのかな……」

 

 腕の中のチビ助が不安げに俺を見上げる。

 って、いやいや。ちょい待ってくれよ。

 

「んな格好して空飛んでんだ、そりゃバレバレだって……。つーか、それ以前によォ。今朝の記者会見を観たとき、あいつの目を見て金縛りになったじゃん? チビ天は平気っつう、俺たち限定の奇妙な金縛りのコトさ。あんな芸当が出来るヤツとくりゃあ、だいたい見当がつくだろうよ」

「…………」

 

 ボーっと俺を見つめるチビ助。

 表情から察するに、やっとこさあいつの正体に気付いたのだろう。

 

「そう、あいつは俺たちと同じ――魔法少女だ。三番目のな。何故かは分からんが、俺たちを殺そうとしている」

 

 というより俺を、だろうな――

 ゆりなに対しては、どちらが強いか決めようとしているだけで殺そうとまでは考えていないと思う。

 なんとなくという言葉はあまり使いたくないけれども。

 ま、なんとなく。

 

 そのままに、あいつが旧や新を超えた魔法使い――紗華夢夜紅であるということまで説明しておく。

 無論、大雑把にだけど。

 

「というワケだ。だから、あいつは敵なの。やらなきゃやられるってなモンで、辛いだろうが解ってくれ」

「…………」

 

 説明は終わったっつうのに、未だに俺の顔を見ているチビ助。

 気が抜けたようなそいつのツラに慌てた俺は、ゆっくりと近づいてくるシャオを横目で見つつ、

 

「お、おい。何をボケっとしてやがんでぇい? お前さんがしっかりしてくれねーと、あいつにやられちまうんだぞ!?」

 

 情けない話だけれども、魔力が残っているチビ助に頼らざるを得ないんだよ……。

 だから、と肩を揺すっていると、不意にゆりなが口を開いた。

 

「しゃっちゃん、その髪どうしたの? 土で汚れちゃってるよ」

 

 って。今更、俺の有様に気付いたのかい。

 なんて思ったが、正気を取り戻したゆりなに安堵した俺は苦笑混じりに、

 

「え? あ、ああ。これね。あの赤毛に踏まれちまってさァ」

 

 別に痛くも痒くもねーけど、そう続けようとしたのだが、

 

「しゃっちゃん、その顔どうしたの? 血で汚れちゃってるよ」

 

 俺の言葉を待たずしてボソッと機械的に呟くチビ助。

 おかしい。

 なにやらどうも――様子がおかしい。

 よく見ると、そいつの目の焦点が合っていないことに気付いた。

 

「ゆ、ゆりな?」

 

 背筋が凍るような感覚に襲われる。

 

「しゃっちゃん。シャオちゃんに、イジメられた、の?」

 

 やけに冷えた口調で言ったかと思うと、眼だけをギョロリと動かして俺を見るゆりな。

 光を失った暗い瞳の奥に、チカチカと藍色の光が明滅しだす。

 その異様な姿に、俺はホバー戦のゆりなを思い出していた。

 これって、まさか……。


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