魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
言うと、マントをひるがえし――スカートの中から長細い変なものを出しやがった。
それはまるで生きている蛇のような動きで俺たちを威嚇する。
「く、クロエさんよぉ。ありゃあ、一体どんな魔法なんでぇい」
股下からニュルリと伸びる、お世辞にも可愛いとは言えないソレについて訊いてみたのだが、いつの間にかクロエの姿が消えていた。
『さっき、あなな言った。大魔宝石いない。今、おまえさんと、二人だけ。ぽっ』
大魔宝石ってコロナのことだけかと思っていたが、その中にクロエも入っていたのか。
またあんにゃろう勝手に消えて……。ていうか、なんで頬を染めてやがんだ。
『とりあえず、あの尻尾、怖いから逃げる。自動走行の許可欲しい。望むならおまえさんの意思で走れるように、結晶調整する』
「なるほど、言われてみれば確かに尻尾に見えるな。あ、初めてなんで自動走行で頼むぜ」
『おっけ』
途端、爆音と共にホバー走行で急速後退する俺。
「どわわわっ、もうちょっと丁寧に……」
『無理。あの人の尻尾、思った以上の動き。あななのスピードについてくるなんて、よっぽど』
ダッシュの言う通り、どこまでも伸びて追っかけてくるあの触手――じゃなかった、尻尾はかなり厄介だ。
それだけならまだしも、シャドーの完全召喚もまだ生きているようで、俺が走り抜けたところにボコボコと穴が開いていく。
すんでのところでそれらを回避するが、チビ鮫の余裕を無くした表情を見るに、状況の深刻さが窺える。
かなりヤバイかもな……。
「あんまり、無理すんなよ。キツくなったらいつでも引っ込んでいいからな」
『へーき、よゆう。あなな、頑張る』
口ではああ言ってるけれども……。
さすがに、こいつだけ働かせて俺だけ見てるだけってワケにもいかねェって。
まだ数十分しか経っていないが、少しくらいだったら霊鳴も動くだろ。
ダッシュの負担を出来るだけ軽くしてやらなきゃな……。
そう考え、杖を呼ぼうと手を掲げたその時、小さな声が聞こえてきた。
「あ、あんだぁ?」
チビ鮫の声じゃないのは確かだ。なにを言ってるんだろう――と耳をすませてすぐに、
「ダッシュ、今すぐ指輪の中に戻れ!」
『えっ? だから、あなな、へーきだし。おまえさん、守るし』
俺は続けて叫ぶ。
「これは命令だ! ご主人様の言うことを聞け!」
『りょ、了解だし』
背後のダッシュが消えた直後、そいつがさっきまでいた空間――頭のあった場所に穴が開き、そしてシャオの尻尾が飛び出した。
鋭利な刃へと先を変えたそれを見上げて、俺は喉をゴクリと鳴らす。
もし、もしも一瞬でも戻すのが遅れていたら。今頃、ハチマキ娘は……。
「しゃっちゃん!」
不意に声を掛けられ、振り向くと、そこには杖に跨ったゆりなが浮かんでいた。
「おお、チビ助! って、その格好……お前さんいつの間に変身したんだァ?」
黄色いネクタイに、黒いドレスといった旧魔法少女のコスチューム。
ホバー戦以来の魔法使いモードだった。
改めてその姿を見て思ったが、相変わらずチビ助によく似合っているというか、なんとも可愛らしい格好だな。
いや、可愛いというよりカッコ可愛いというべきかね。この窮地な状況も重なってか、とても頼もしく見えるぜ。
そんなことを考えていると、カランという乾いた音が耳に入ってきた。
音のした方へと顔を向けてみると、黒い杖が地面へと落ち――
「うわあぁああんっ!」
いきなり飛びつかれ、また盛大に尻餅をついてしまう。
「いってってて。ど、どうしたんでェい?」
「ひっぐ、無事で、しゃっちゃん、無事でよかったよぅ……。クーちゃんが、恐い敵さん来たって。少しでも遅れたらしゃっちゃん死んじゃうかもって、だから、だからっ」
泣きじゃくるチビ助に抱きつかれたまま、ただひたすらと困惑する俺。
ていうか、困惑どころじゃないぞ。
すげぇ力で押さえつけられるわ、ぼさぼさの長い黒髪が鼻やら目やら、至るところの穴に入ってくるわで、むしろ苦しいぜ。
チビ助め、変身後の力はムチャクチャになるのを忘れてやがるな……。
このままじゃ無事とは言えない体になっちまうので、
「ばーろぉィ、俺様はそう簡単に死なないっつーの。どこぞの虫さんよろしく素早いのと、しぶといのが取り柄なんでさァ」
言って、全力でチビ助の肩を押し戻す。
ぐおっ。なんて力だ。お、重すぎるぜ……。
顔を真っ赤にして踏ん張っていると、
「ふえっ。どこぞの虫さんって、チョウチョさんのこと?」
と、急に体を起こしたもんだから勢い余って、
「きゃっ!」
「わっぷ!」
今度は俺がゆりなを押し倒す形になってしまった。
わりィわりィと言いつつ、顔を上げたのだけれども――倒れたまま俺を見つめるそいつの潤んだ瞳を見て、胸に痛みが走るのを感じた。
チクっとする痛み。初めて会ったときの、あの苦手な瞳。
慣れたハズだと思っていたのに……。どういうこった、こりゃあ。
「しゃ、しゃっちゃん?」
「…………」
時が止まったかのような一瞬。
「はーあ、やだやだ。人前でイチャついてくれちゃってさ。この紗華夢様がいるってぇーのに、危機感ってものが無いのかしら」
背後から聞こえるシャオの呆れた声に、慌てて飛び退く俺たち。
そうだった、こいつが居たんだ。
胸の痛みの正体なんざ、今はどうでもいい。とにかく、シャオメイを――ジュゲムなんたらをどうにかして撃退しねェと。
「あの子、もしかしてシャオちゃん……?」
隣のゆりなが自分のネクタイを握りしめつつ言う。
「ああ。顔色こそ悪いが、あいつは間違いなく本物のシャオメイだ。お前さんの好きだったハッピーラピッドのリーダーさんだぜ」
「そっか……」
と、辛そうに俯くチビ助。
ううむ。そりゃあ、そうだよなぁ。
自分の憧れだったアイドルが急に『敵』として現れたんだ。
普通は混乱するだろうし、ましてや戦うなんざ絶対に無理な話だろうよ。
いやはや、どうしたもんだか。そう腕を組もうとしたところで――
「すっごい!」
そいつは、バッと顔を上げたかと思うと、
「すごいよっ! 本物のシャオちゃんだっ、わーい、わーい! 芸能人さん初めて見たよっ」
ぴょんこぴょんことその場でジャンプし始めたではないか。
まさかの反応にズッコけそうになる俺。
「あ、あのなァ……」
「にゃはは。やっぱり近くで見るとめっちゃんこ可愛いなぁ、お肌もちもちつやつやだし、髪もさらさらふわふわで綺麗だし。ねっねっ、しゃっちゃんもそう思うでしょ!」
そう思うでしょって言われましてもねェ。
だが、そいつの爛々と輝く眼に気圧された俺は、
「えっ、いや。い、言われてみれば可愛いかもな……」
と言う他なかった。
実際、性格はアレだけれども、見た目だけは飛び抜けてるからな。まあ、目の下のクマは相変わらず酷いが。
「いやあ、ももちゃん居ないの残念だよぉ。そうだっ、ももちゃん用にサイン書いて貰っちゃおうかな。ついでにボクの分も――あっ、サインペンないや……。ど、どうしよう。もうこんなグーゼン、二度と無いかもなのにぃ」
喜色満面の体ではしゃいだかと思うと、急に落ち込んだり……。
手の付けられない興奮状態のチビ助に、俺はやれやれとこめかみに人差し指をあて、嘆息した。