魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
恐怖心ゆえか、激しさを増す胸の鼓動。
脱退記者会見の時よりかは幾分かマシだけれども……それでも、恐ろしいものは恐ろしかった。
つーか、なんで毎度毎度ご丁寧にビビってんだよ、俺の心臓は。
相手はただのガキんちょじゃねェか。しっかりしやがれってんだ。
そう、俺が右胸を押さえながら歯を食いしばっていると、シャオメイが不思議そうに眉根を寄せた。
「気安く呼び捨てにすんじゃないわよって言いたいところだケド……。その前に、なんであたしの名前を知ってんのよ?」
「な、なんでって。そりゃあ、今朝のテレビでお前さんを観たからな」
「ああ、そういうことだったの。はっ、有名になったものねぇ……このあたしも」
左手を腰にあて、まるで他人事のように薄く笑うシャオメイ。
「有名になったもなにも、お前さんトップアイドルだったんだろ? たしか、えーと。ハッピーラピッドの赤をやってたんだっけか」
「さぁね、どうだったかしら。昔の話なんて更々興味無いのよね」
「昔って、辞めたの今朝じゃねーか」
「チッ、いちいち細かい男ねぇ……」
小さくそれだけ言うと、ばつの悪そうな顔をして目を逸らす。
前職の件については、あまり触れられたくないって感じだな。
まあ、それはともかくとして――こいつ、意外に話せるヤツじゃねぇか。
もしかして、俺が勝手にビビっていただけで、本当はそんなに悪いヤツじゃないのかも……。
言ってもまだ十歳にも満たない子どもだしな。そう思うと、ホッとしたのかすぐさま動悸が鎮まっていく。
安心したというのもあるが、腕を組んだまま上空を仰ぎ見ているといったそいつの無防備さ加減も相まって、俺は改めてやっこさんの格好を観察することにした。
やはり長いツインテールの赤髪が一番に目に付くが、次いで目立つモノはと言われたら、そりゃもう黒いマントしかないだろう。
それはシャオメイの体躯をすっぽり隠すほどのバカでかい代物で――というより、これ程までになるとマントではなくローブと言ったほうが正しいのかもしれねェな。
んでもって、そいつが動くたびにチラチラ見える中の服装――オレンジ色のフリルワンピースについてだが、これがまあ短いのなんのって。
ローブは丈長なのに、どうしてワンピースはこうも、
「おい、バカシラガッ!」
「うお!?」
急に耳元で怒鳴られたもんだからたまらない。
俺が目を白黒させていると、
「なにやってんだ、ボーっと見てる暇があったら逃げろって! ふざけるのも時と場合を考えてくれよな、死にたくなかったらダッシュを召喚しろ!」
これはこれは。クロエさん、すげぇキレてらっしゃるぞ……。
怒髪衝天とはまさにこのことだな。凄まじく毛が逆立っているぜ。
だがね、と。俺は眼前でまくしたてる黒猫の背中を一つ撫でながら、
「死にたくなかったらって、何を物騒なことを言ってやがるんでぇい。こいつもピースのババアに選ばれた魔法少女なんだろ? だったら俺たちの仲間じゃねーか。存外、悪いヤツじゃあなさそうだし……」
言った次の瞬間。
こみ上げてくる吐き気と共に、目の前がぐにゃりと歪む。
「か、かは……っ!」
なんだ、なんだよ、これ。一体なにが、起こってるんだ?
立っていられるハズもなく、その場にうずくまっていると、
「……あたしの前でピース様を侮辱するだなんて、どこまでもバカな男」
内臓が体中をグルグル這いずり回っているかのような感覚。
そのたびに、胃酸混じりのヨダレが口からだらしなくたれ落ちる。
前からにじり寄って来るシャオメイの気配に、かろうじて動く頭を持ちあげようとしたのだが、驚くほどの間もなく後ろから踏みつけられてしまった。
また、こいつ妙な移動方法を……。瞬間移動の魔宝石でも持ってやがんのかよ。
「口は汚いクセに、白くて綺麗な髪をしてるわねぇ。純白ってヤツかしら――穢したくなるくらいに、ムカつく色ね」
そいつはそう呟くと、凄まじい力で俺の頭を何度も踏みつける。
「何も知らない、何も知ろうともしない。何も解らない、何も解ろうともしない」
「ぐはっ!」
何度も、何度も、何度も。
意味が分からないことを恨み言のように並べながら――狂ったようにシャオメイは続ける。
「そうやって、真っ白のままいつまでもいられると思ってんのかしら。自分だけは白いまま終われるとでも思ってんのかしら」
機械のような冷たい口調とは裏腹に、激しさを増す足の動き。
何も言えずに、ただやられるがままとなっている俺に飽きたのか、そいつはピタッと足を止めて、
「……あたしさァ、あんた達が模魔を捕まえるところ全部見てたのよね。十番石ネオン、六番石ホバー、八番石ダッシュ――この三つを捕まえるところを、全部ね」
俺のアゴをクイッと持ち上げる。
三つだって? ホバーとダッシュは知っているが、ネオンなんて石知らねェぞ。
そう言おうとしたのだが、口の中を切ってしまったらしく、上手く言葉が出ない。
「疑問だって顔をしているわね。それはネオンのことかしら、それとも全部見てたってところかしら」
口角を上げて、俺の頬を優しく撫でるシャオメイ。
「ネオンは、あんたがこの世界に来る直前に『猫憑き』が捕まえた石のことよ。ランクはたしかFだったかしら。あまりにクズ石過ぎてどーでもいいケド」
それからそいつは訊いてもいないのに、全部見ていたことについて話し始めた。
なんでも彼女は魔法少女の中でも、特別な存在らしい。ピースのヤロウの片腕と呼ばれる地位、紗華夢 夜紅(しゃげむ やこう)というふざけた名を持っているとのことだ。
チビ助のような旧魔法少女でもなければ、俺のような新魔法少女でもない、もっと格上の魔法使い。
『ヤコウ』の力を持ってすれば、どれだけ離れていようとも模魔や他の魔法少女の居場所を知ることが出来るし、頭の中にそいつらの映像を俯瞰視点で映すことも可能だとさ。
プライバシーもへったくれもねぇ話だね。
以前、クロエが強力な魔力を持つモノ同士は惹かれ合うし、遠くに居ようとも相手を感じることが出来るとか言っていたが、紗華夢の持つ能力はそれを軽く凌駕していた。
もっと言うならば、さっきみたいに瞬間移動よろしく闇の中から飛び出したり、魔力波を発しただけで相手を倒れさせたりも出来るってワケだろ?
シャゲムだかジュゲムだか知らんが、模魔の居場所が手に取るように分かるってだけで反則級なのによ。いくらなんでも優遇されすぎだって。
「ったく、俺も紗華夢のような瞬間移動能力が欲しかったぜ」
そう言い捨てたのを聞き逃さなかったようで、そのシャゲムヤコウさんとやらは俺のキャミをグイッと掴むと、
「はっ、バッカバカじゃん。いくら夜紅様でも、瞬間移動なんて出来ないわよ。あれは『第七番模造魔宝石シャドー・ザ・ライラエル』の能力っ!」
ふふんと自慢げに中指にはめた黒い指輪を見せつけながら、そいつは続けてこう言った。
「それも、あんた達のようなザコ共が持つクズ石とは違うの。このあたしのシャドーはランクAの凄い模魔なんだから!」
シャオが、まるで買ってもらったばかりのおもちゃを嬉しがる子どものように指輪――ライラへと恍惚の眼差しを向けたその時だ。
俺の前にヌッと巨大な影が現れたかと思うと、
「てめぇ、クソガキが。よくもシラガ娘を傷つけてくれたなァ……?」
「きゃあ!」
はるか後方へとぶっ飛ばされるシャオメイ。
どうやら巨大化したクロエが何かしらの魔法をあいつに当てたようだが(でかい背中が邪魔でよく見えなかったぜ)、それでもさすがは夜紅サマと言ったところか。そいつは器用にも空中で指輪に口づけをしやがった。
つまるところのシャドー召喚。
次の瞬間、背後、何も無い空間に裂け目が入り――そして、そこにすっぽり落ちると、何事もなかったかのように前方から闇を引き裂いて現れる。
もちろん無傷だ。普通ならばあの勢いで地面に叩きつけられたらかすり傷一つでは済まないだろう。
これがシャドーの能力。
これがランクAの模魔。
やられながらも一瞬の判断でシャドーを召喚したシャオメイにも恐れ入るが、この模魔の能力は素人目でも飛びぬけた能力だと分かる。
ここまでくると、もはや感嘆の言葉も尽きてしまうな。鬼に金棒なんてレベルじゃねェ。
「第一番大魔宝石、クロエ・ザ・マンデイ……! あんた、魔力空っぽのハズじゃ無かったの?」
不意をつかれたのが悔しかったのか、ギリッと唇を噛みながら睨みつけるシャオに対して、
「まぁな。ま、あんだけ『魔気』を垂れ流しにしてりゃあ、イヤでも腹が膨れるぜ。味は最悪だったけどな。にっしっし」
巨大な尻尾を一つ揺らして、余裕そうに返す。