魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
「ああ、なるほどねェ」
ふむ。羽が出せないときは杖を使って飛ぶっつう選択肢もあるということか。
そういやチビ助も何度か霊冥にまたがって空を飛んでいたし……いささかに面白そうだ。
さっそくとばかりに俺は右手を突き出して、
「来やがれ、霊鳴!」
ピカっと光ったのち、すぐさま俺の胸の中へと飛来する霊鳴石をそのまま抱きしめ、
「弐式、起動する……っ。イグリネィション!」
と、封印解除呪文を唱える。
いつものように青い光が手元を包み込み、そして瞬く間に蒼杖モードへと変化するサファイア宝石。
よーし。いっちょあがりだぜ。
その様子を見たクロエは、感心顔で肉球をアゴに当てつつ、
「ほぉ。やる度に解除が早くなってるな。さっすが、期待の新星」
「へへっ。そーだろ、そーだろ。もっと褒めてくれてもいいんだぜ」
そう気持ちよくふんぞり返っている俺を尻目に、
「んじゃ、散歩行くか」
戸の隙間からさっさと外へ飛び出して行ってしまう黒猫。
おいおいおい! まだ杖の乗り方を教えてもらってねェぞ。
慌てて戸を開けると、そいつはベランダの手すりに器用に乗っかりながら、馬鹿デカいあくびを一つかました。
「ふわぁーあ。教えるもなにも、コロ助の羽であんだけ飛べてんだから、杖での飛翔なんざお茶の子さいさいだろ。ただ杖にまたがって飛ぶイメージをすりゃあいいだけ。羽だろうが杖だろうが、要領は同じさ」
言うと、しなやかに飛び降りてしまった。
「そ、そんな簡単に言ってくれるがよぉ……」
目を潤ませつつ不安げに見下ろしていたのだが、「へいへい。しゃくやっちゃん、ビビってるぅ?」「男なら根性見せてみやがれ。女の子だって言うなら可愛くお願いしてみな。オレが受け止めてやんよ、お姫様!」なんて小躍りしながら俺を煽るクロエ。
ぐぬぬっ。
あんのクソ猫め、好き放題言いやがってからに……。
「ば、ばっきゃーろィ! この俺様がビビるわけねェだろ。いいぜ、やってやんよっ」
ここまでバカにされて、引き下がっていられるほど出来た男じゃないんでね。
よっこらせっと手すりの上へとよじ登り、続けて蒼杖にまたがる。
と。ここまでは良かったのだけれども――
「ひぇええ。し、下はあまり見ない方が良さそうだな」
ゴクリと喉を湿らせ、目をつぶる。
やべぇぞ。今は変身してねェ生身の状態だし、ミスったら痛いどころじゃ済まないぜ……。
いや大丈夫なハズだって。そうさ、俺は選ばれた魔法使いなんだ。こんくらい出来てトーゼン!
「試作型ちゃんよォ。俺も頑張るが、おめぇさんも気張ってくれよ」
頼りなげな明滅で答える霊鳴。うぅ、不安の種は尽きないが、いつまでもこうしていられねェし。
「ええい、飛ぶぞ。飛んでやるっ!」
意を決して手すりを蹴ったのだが、これがなんともあっけなく飛べてしまったワケで。
な、なんでぇい。簡単じゃねーか。それに、乗り心地も言われるほど悪くねーし。
ちょっと股のところがムズムズと変な感じだけれども、乗り方さえ工夫すりゃあ、そこはなんとかなりそうだ。
「うっひょーい! おらおら、クロエさんよぉ。どうだいこの飛びっぷり。いささかにお上手だろ?」
スイーっと得意げに黒猫の上を飛び回ってやる。
ひゃあ、夜風がすげぇ気持ちいいぜ!
「ほら、案ずるより産むが易しってな。ところで、シラガ娘。言い忘れてたんだけどさ」
「ん~?」
「霊薬が切れたら、落っこちるからな」
そいつが言った直後だ。
霊鳴から実はもう限界来ちゃってるんですとでも言いたげな蒸気が勢い良く噴きだす。
そうだった。残り少ないっつーか、確か霊薬はダッシュ戦でとっくに切れていたような……。
ゆっくりと首を後ろに曲げ、ケツ先の宝石を見てみる。
か、限りなくゼロに近い霊薬液。ていうか、ゼロだった。
「テメェ、だからそういうことは早く、」
怒鳴ってる途中で、股に挟んでいた杖の感触がフッと無くなる。
「うわぁあっ!」
真っ逆さまの急転直下だった。
これは……骨折くらいは覚悟しておくべきか。
「ちきしょー、南無三!」
そう衝撃に備えて目をつぶったとき、「ひぁっ!」という、か細い声とともに、柔らかなクッションが俺の体を包み込んだ。
ムギュと、さらに柔らかい二つの桃のようなモノに頭を突っ込んだまま、うーんと唸っていると、
「は、早く、どいてくださいぃ!」
「んあ。桃が喋った!?」
飛び起き、俺は改めて二つの桃を揉みしだく。
な、なんでこんなところに桃が落ちてやがんだ――それにしても熟れているのかやけに柔いな。
むにもに。
いや、ここまでくるともはや腐っているような。
「ほわわっ、や、やめひぇくだひゃいぃい」
いちいち変な声を出しやがって。なんとも気色の悪い桃だぜ……って、アレ?
そこで、ぼんやりとしていた視界が徐々にハッキリとしていく。
え、えーっと。
桃だと思っていたそれは、スカートのめくれあがった尻で。そしてそれを鷲掴みにしているのは俺で。
そんでもって手の中にいる子犬ちゃん柄のパンツが俺を睨んでいるという具合で。あの、その……。
「もう、いい加減に、どいてくださいぃ!」
「あ。すまねぇ!」
状況説明している場合じゃなかったぜ。慌てて飛び退くと、クッションになった少女と目が合った。
その子は、桃色のミディアムストレートといった髪型で、ピンクフレームのメガネを頭にかけている。
そんな特徴的なメガネよりも、もっと特徴的なのは瞳だった。
エメラルドグリーンの大きな瞳で、なんと奥には星型の模様が――いやいや、ちょい待て!
ついこの間も似たようなヤツと出会った記憶があるぞ。
そいつは語尾に「ちゃっちゃっ」つけるなど、凄まじくうるさいヤツなんだけれども。
試しに顔を近づけてニオいを嗅いでみると、強い桃の香りがした。
げげっ、間違いない、こいつは……。
「あのっ、私のメガネ知りませんか? ぶつかっちゃったときに外れてしまったようで……」
「それなら頭の上に乗っかってるぞ」
軽口を叩きつつ、クイッと下ろしてやる。
「あ、すみません。ありがとうございます」
「いやなに。てっきりファッションでやってるのかと思ってたぜ」
そいつはメガネを掛け直すと、苦笑混じりに俺を見上げて、
「いえいえ、そのような奇抜なファッションなどしようものなら、お父様に何と言われ、」
セリフの途中で石のように固まった。
「髪型違うけど、やっぱ同じ顔だ。ももは、だよな? お前さん、こんなところで何してんだァ。それに、そんなアニメチックなメガネなんてかけて――近くでコスプレ祭りでも開催してんの?」
「え、あの、ももはさんって。ど、どなたのことを言っているのか私にはさっぱり……」
と、視線を逸らされる。
だがしかし。俺はダッシュから貰った『疾駆』の脚力で、すかさずに眼前へと回り込む。
「おい、コラ! さっきの衝撃で頭でも打ったのか。俺だよ、俺俺。シャクヤクだって」
「し、知りません、しゃくっちなんて知りませんから。大体、オレオレ詐欺なんて今どき流行りませんよっ」
いやいや。俺をしゃくっちって呼ぶのはチビ天だけだろ。
なんでそんなバレバレのウソをつくんだ、こいつは。