魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記)   作:あきラビット

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第四十石:弐式とダッシュ

 駅前のベンチ。

 そこに、買い物袋を置いて途方に暮れている儚げな美少女がいた――ていうか、ゆりなのお姉さんだった。

 彼女は柏と書かれた駅の看板を見上げて、

 

「どうしましょう……。お金、全部使っちゃいました。うう、またまた電車賃のこと忘れてましたぁ。これで三十八回目です……っ」

 

 泣きそうだった。いや、すでに泣いていた。

 どんよりと不幸オーラを放っているお姉さんを物陰からこっそり見ていたのだが――いよいよ忍びなくなってきたぞ。

 なので、

 

「さてはて、やっこさん泣いちまいましたが、どうするんでェい。いつまでもウジウジしてたら、日が暮れちまうぜ」

 

 俺の背中に隠れている鮫娘に言ってみるが、そいつは羽を掴んだまま石のように動かない。

 つーか、羽にも痛覚があるもんで……。そんなに強く握られると、いささかに痛いのだけれども。

 

「ダッシュちゃん、しんこきゅー、しんこきゅー。ひっひ、ふぅ」

「それ深呼吸じゃなくてラマーズ法だっての。大体、そんなコトしたって無駄なの。行くなら、さっさと行く! 鮫らしくねぇぞ。がぶっといけ、がぶっとよォ」

『うっ。さ、鮫は本当はそんなに凶暴じゃないし、誤解だし。人間の勝手な思い込みだし』

「あーそう。ほれ、だしだし言ってねーで、行った行った」

『あにゃっ!』

 

 ブルマをグイッと押すと、そいつは前につんのめって――

 

「わわ……っ!?」

 

 お姉さんの胸元へ激しいダイブをかました。

 きょとんと見つめ合う二人。

 そしてすぐに、

 

「お元気そうでなによりですっ!」

 

 ダッシュを抱きしめた。

 さっきまでのどんより雲はどこへやら、晴れやかないつものお姉さんに戻っていた。

 やれやれ……。どうにかこうにか、収まるところに収まったようで。

 

「もー。しゃっちゃん、乱暴は良くないよぅ」

「いっひっひ。優しいだけじゃあダメなの。ときには強引にでも背中を押してやらねーと」

 

 まあ、押したのはケツだけれども。

 

「ふわあ。なんだか、しゃっちゃんってお父さんみたい」

「失礼なことを言ってくれるぜ。俺ァ、まだ十四歳なのによォ」

「えっ、そうだったの!?」

「そうだったのって……。あれ。言ってなかったけか?

 見た目はこんなんだけれども、中身は中学二年生の男だぜ」

 

 おかしいな。前にちゃんと言ったような覚えがあるのだが――勘違いだったか。

 

「男の子で年上だっていうのは知ってたけど、そんなに離れてたなんてビックリ。えっと、ボクが九歳だから……い、五つも離れてる!」

「うん、そーなるな」

「じゃあ、しゃっちゃんさんって呼んだほうがいいかな……。あっ、じゃなかった。いいでしょうか?」

 

 すかさずデコピン、そしてチョップの追加攻撃。

 

「ふ、ふえぇえっ!?」

 

 二連続コンボの点数を稼いだ俺は、涙目で頭を押さえてるチビ助に向かって、

 

「今度、そんなめんどくせェ呼び方したらコオリビンタ百連発の刑な」

「フツーに怖そうな刑だよっ!」

 

 デジャヴ。しかも、かなり最近の。

 

「いいじゃん、カミナリチョップは俺の弱点属性なんだぞ。チビ助はどうせ氷の耐性もってるんだから喰らってもそんなに痛くないって」

「耐性もってないよっ、等倍ダメージだもん!」

 

 なかなかのツッコミだった。

 そんなお冠状態のゆりなに、俺はついつい笑ってしまう。

 

「そうそう。そんなカンジで今まで通り、一つよろしく頼むぜ」

 

 と、握手よろしく右手を差し出してみる。

 

「えっ、あ。うん……。こ、こちらこそ」

 

 すかさず握り返してきた。

 しかも、なぜか両手で。

 

『おまえさんたち、なにしてる?』

 

 ひょこっと現れたのはダッシュだった。

 不思議そうに俺たちの手元を見ている。

 

「なにって見りゃあ分かるだろ」

「えへへーっ。見れば分かるよねっ」

「お手のしつけだよ。このペット、どうも覚えが悪くて困る」

「がーん!! ボク、いつの間にペットになったの!?」

『……?』

 

 まあ、チビ助で遊ぶのはこれくらいにして。

 とりあえず、クエスチョンマークを出しているそいつに訊いてみることにした。

 

「んで、ちゃんと財布は返してきたのかィ?」

『うんっ。それでね、これもらったの。良い子さんのあななに、プレゼントって』

 

 ブルマの中から自慢げに取り出したのは、新品のメモ帳だった。

 

「あ、ダッシュちゃんのメモ帳無くなったんだもんね」

「ス、スゲー分厚いメモ帳だな、オイ」

 

 しかも、所々金箔が貼ってあるし。こりゃあ結構な値段しただろうな。

 いやはや、まったく。こんなもん買うから電車賃が無くなるんだっつうのに……。

 あの人は本当に――

 

『暖かい、人……』

 

 メモ帳を宝物のようにギュッと抱きしめて涙を浮かべるダッシュ。

 俺とゆりなは顔を見合わせ、

 

「そうだよね」

 

 と同時に表情を緩める。

 そして。

 

『あななは……』

 

 ハチマキ娘は呟いて、俺たちを見上げた。

 ……意を決した眼差しで。

 

『あななは、もう逃げない。捕まえて』

「本当に、それでいいの? もう自由にお空を飛べないかもしれないよ?」

 

 ゆりなの問いに、首肯するダッシュ。

 

『あなな、へーき、よゆう。今日、いっぱい運動会した。それに、」

 

 ふわりと金髪を風になびかせて、俺の方へ向くと、

 

『おまえさんの、チカラ、なりたいから』

 

 言った。

 俺に向かって言った。確実に。

 

「にはは。フラれちった」

 

 まいったまいったと頭をかくゆりな。

 

「ええぇっ!? チビ助じゃなくて、俺んところに来んの?」

『イヤか……?』

「い、イヤじゃないけれども! なんでまた、ゆりなじゃなくて俺なんだ。散々ヒデェ目にあわせたっつうのによォ」

 

 しかし、そいつは無言のまま俺の前にひざまずく。

 さっさとしろと言いたげに地面を指でトントン叩きながら。

 

「どういうこったァ……?」

 

 うーむ。

 どうも腑に落ちないが、とりあえず目を閉じて――俺は意識を集中させた。

 

「えっと。それで、捕獲呪文ってどーすりゃあいいんだ?」

「あ、そっか。初めてなんだっけ。アイスウォーターちゃんと契約したときの呪文って覚えてる?」

「なんとなく覚えてるよーな」

「それとおんなじだよ。模魔ちゃんの体力や魔力が残り少ないときか、

 模魔ちゃんがこの魔法使いさんだったら仕えてもいいって判断すると、捕獲呪文が成立するの」

 

 ということは、この場合、ダッシュが俺に仕えてもいいって判断したから捕獲が成立する、と。

 なるほどね。ま、とにもかくにも。

 俺は喉を湿らせると、呪文を唱えた。

 

「――我は命ずる。我に忠誠を誓い、真の力を全て我に宿せ」

 

 コロ美のときと同じく、足元に緑色の魔法陣が出現する。

 胸の中が熱くなり始めたところで、

 

『――我は誓う。主に我の全てを捧げんことを。その力、『疾駆』を与えん』

 

 ダッシュが俺の手の甲に口付けをすると、魔法陣から冷たい風が流れ出した。

 そして胸の熱さが足へと移動し、魔法陣がゆっくりと消滅していく。

 

「ん。これで捕獲は終わりかィ」

 

 土だらけになった膝をぽんぽん叩いているハチマキ娘に訊いてみると、

 

『おわり。これであななのチカラおまえさんの足に宿った。いつでも足、速くなる。あなな呼べば、もっと速くなる』

 

 答えた直後、小さな鮫へ変身、そして一回転。

 黄金の宝石が埋め込まれた指輪へと姿を変えるダッシュ。

 光り輝くそれをアホ面で見つめていると、隣に立っているゆりなが説明を始めた。

 

「その指輪をはめていれば模魔ちゃんの力の一部がもらえるんだよ。でも、それだけだとあんまりパワーが無いの。もっと模魔ちゃんの力――ダッシュちゃんだったら『疾駆』だっけ。その力を百パーセント使いたかったら召喚するんだよっ」

 

 ほー。なかなか面白いシステムじゃねぇか。

 

「んで、召喚のやり方ってどうやるんだ? 長い呪文が必要なら、帰ってから聞くけれども」

「んーん。かんたん、かんたん。呼び出したい模魔ちゃんの名前を呼んで、その指輪にキスするの」

「接吻、ね……」

 

 これまた恥ずかしい召喚方法なこって。

 ま、人間状態じゃなくて宝石に接吻するなら、そんなに抵抗は無いが。

 物は試しだ。さっそくやってみるとするかねェ。

 俺は目の前に浮かんでいるそれを掴んで、右手の小指にはめた。

 そんでもって、

 

「出て来やがれっ、ダッシュ・ザ・アナナエル!!」

 

 強くキスをする。

 

「!?」

 

 途端、目の前が真っ暗になり、また妙な映像が流れ込んできた。

 それはモノクロじゃなく、カラーだったのだけれども……。

 現れた人物に、俺は驚いた。

 

「こいつ、もしかしてハチマキ娘……なのか?」

 

 暗い迷宮のような空間をひたすら走っているダッシュが映し出されていた。

 髪はかなり長いが、水色の目といい、顔のつくりといい、間違いない……こいつはダッシュだ。

 まぁ、ダッシュの石なんだし、こいつが出てくるのはそれはそれで当然なのかもしれない。

 もしかしたら、召喚するのに一々映像を見なきゃいけない、なんてヘンテコなオチもありうる。

 しかし。

 しかしながら、これは――

 

「なんだ、こりゃ。どうして、ダッシュがゆりなと同じコスチュームを着ているんだ……?」

 

 そう。

 そいつは変身したゆりなとまったく同じドレスを着ていたのだ。

 いや、まったく同じとは言えないか。ゆりなは黒を基調としたドレスだが、ダッシュの場合、黄を基調としている。

 だが、違うのはそれだけだった。ネクタイも、スカートに描かれてる模様も、稲妻型のイヤリングも全てゆりなと一緒……。

 ダッシュの手元を見て、俺はさらに喫驚する。

 なぜなら、蒼杖が握られていたからだ。それは、どう見ても俺の霊鳴石――弐式だった。

 

「っちゃん……。しゃっちゃん!」

「んあっ?」

 

 呼び起こされてボーっと顔をあげる。

 心配そうに俺を覗き込むゆりな。

 そして、同じく心配そうな……ダッシュ。

 しばらく額を押さえて頭の中を整理した後、俺はそいつのツラをしげしげと眺めた。

 

「やっぱり、同じ顔だ」

『おまえさん、なんの話、してる?』

「いや、別になんでもねぇ……」

 

 言って立ち上がったその時、イタズラな風が俺のスカートをめくりあげた。

 ひらり。

 ボンッと大きな音を立てて顔を真っ赤にするゆりな。

 

「きゃっ! しゃ、しゃっちゃんてばっ」 

「ん? どうしたんでェい」

 

 そう小首を傾げていると、これまた顔を真っ赤にしたダッシュが新しいメモ帳にさらさらと書いた。

 

『ぱんつはけ』

 

 と。

 そう一言だけ。

 

+ + +

 

 vs第八番模造魔宝石ダッシュ・ザ・アナナエル編――完


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