魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記)   作:あきラビット

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第三十九石:追いかけてアナナエル

「ま、待て待て。見てみろ、俺なんて骨と皮だけだぜ? 喰ってもウマくねぇって」

『…………』

「聞く耳持たず、ってヤツかィ」

 

 ダメだ。逃げようにも、こ、腰があがらねぇ。

 こうなったら、一か八かだ。

 

「弐式! 頼む、あと一回だけでいいから魔法を出してくれ……っ」

 

 そう霊鳴を握り締めてみるが、『霊薬残量無』『再起動不可能』『強制終了』と再び赤い警告画面が視界を覆う。

 そして、悲しげな終了音と共にただの石ころへと戻ってしまう霊鳴石。

 何度、起動を試みようとも光は失われたまま――完全に魔力が尽きた証拠だった。

 

「も、もう終わりだ……」

 

 観念するしかない、と。石を抱きしめてうな垂れた時、

 

「ううん、終わらせないよ」

 

 優しい声。

 力無く顔をあげると、俺の前にゆりなが立っていた。

 杖を両手持ちにしたそいつは、気丈にダッシュを睨みつけている。

 

「ダッシュちゃん。これ以上しゃっちゃんを恐がらせちゃ、メッだよ」

 

 一陣の風が、ゆりなの長い黒髪をふわりと舞い上げる。

 その後ろ姿を見上げ、俺は昨日のホバー戦を思い出していた。

 浮かび上がる髪。赤く発光する髪。

 そして、熱く燃ゆる髪へと段階を踏んだ後に繰り出されるは、あの残酷な魔法……。

 

 また、こいつに。

 また、あいつに。

 ……『赤いゆりな』に頼らないといけないのか。

 俺が不安げな視線を送っていると、不意にゆりながこちらを向いた。

 そしてニコっと微笑むと、再びダッシュへ向き直り、

 

「お腹が空いたんなら、しゃっちゃんの代わりにボクを食べて。でも、ボクを食べたらしゃっちゃんは見逃してあげてね」

「バ、バカヤロウッ、なんてこと言いやがるチビ助!」

 

 しかし、更にそいつは続ける。

 

「にはは。その前に、ちょっちだけ。ちょっちだけキミとお話ししたいなぁ、なーんちて」

 

 テヘヘと頭をかいて笑うゆりなに、激しく喉を鳴らすダッシュ。

 ハチマキ娘状態ならばまだしも、相手は本来の姿――それも発狂モードになっちまってんだ。

 もはや、話しをしたいなんてそんな悠長な事を言ってられる状況じゃねェって。

 いや、もしかしたら油断したところで全力の魔法をぶちかますって思惑かもしれないが……。

 

「あ、ごめんね。この杖、恐いよね」

 

 言って霊冥を足元に置くチビ助。

 おいおい。まさか、マジで説得するつもりなのか?

 

「ほら。これでもう恐くないよっ」

 

 手をパタパタ振って、笑顔満開。 

 対するダッシュは、好機だとばかりにニヤリと口角を上げ、ゆりなの頭を喰らおうと巨大な口を開ける。

 

「ひっ!」

 

 も、もう見てられねェ……!

 目を背けようとした次の瞬間、

 

「大丈夫――恐くないよ。もう、大丈夫。キミを傷つける人はココにいないよ」

 

 その声にハッと動きを止める巨大ザメ。

 真紅へと染まりきっていた単眼が明滅を始め、頭上の光輪もそれに伴い回転速度を落としていく。

 やや身を退いたダッシュに、ゆりなは笑顔のまま両手を差し出した。

 

「不思議に思ってたんだ。どうしてキミはボク達に攻撃をしないんだろうって。いつでも攻撃できるチャンスがあったのに、キミは威嚇だけで何もしてこなかった……」

 

 その言葉に俺は驚いた。

 こいつが攻撃をしなかったって、そんなバカな。

 俺は何度も殺されかけたぞ……いや、待てよ。

 そういえばと、ダッシュの行動を思い出してみる。

 

 最初追いかけたとき、俺を直接攻撃せずに、わざわざカーブミラーを壊してビビらせていたような。

 その次のヒレ攻撃もコロ美に助けられはしたが、もしかしたら初めから外すつもりでいたのかもしれない。

 そして、模魔を探す捜索術をしていた際になぜか近づいてきたダッシュだ。

 あいつは俺を睨みつけるだけで微動だにせず、繰り出される魔法をただひたすらに防御するだけだった。

 反撃をしないで、ジッと俺の魔法を耐えるダッシュ――

 

「……さっき、ダッシュちゃんが怒ったとき、さ。苦しそうにしてたよね」

 

 動揺しているのだろうか、明滅するモノアイが右へとスライドする。

 

「きっと。それってきっと、もしかしてボク達を傷つけたくないのかなって。怒っちゃうのを我慢していたのかなって。

 えへへっ、都合が良い事を言っちゃってるのかもしれないけど、全然違うのかもしれないけど、」

 

 でもね、とゆりなは笑顔のまま。

 

「模魔ちゃんとでもお話しが出来るのなら、言葉が通じるのなら。可能性が、少しでもあるのなら……」

 

 ゆっくりと――

 

「ボクはキミを信じたいから。キミの優しさをムダにしたくないから」

 

 その時だった。

 ダッシュの赤黒い光輪が一瞬にして青白く染まっていく。

 明滅していた瞳も、元の色へと戻り、そして――

 

『ごめん、なさい。あなな、あななは……』

 

 ハチマキ娘へと姿を変えたダッシュがそこに立っていた。

 ぽろぽろと大粒の涙を流して、体操服の裾をギュッと握っている。

 

「うん、大丈夫。解ってるよ」

 

 言ってアナナエルを抱きしめるゆりな。

 よしよしと、ボサボサになった金髪を撫でて、

 

「にゃははっ。ダッシュちゃんの声、めっちゃんこプリチーじゃんっ! もったいないよぅ、喋らないなんて。ね、しゃっちゃんもそう思うでしょ?」

 

 えっ!

 いや、そんな急に振られましても。

 目の前の展開についていくのがやっとだった俺は、つい慌てて、

 

「お、おう。つーか、声が出せるんなら最初から出せばよかったじゃねーか。メモ帳なんて面倒なモン使わないでさァ」

 

 刺激するような事を言ってしまった。

 な、なに言ってんだ俺は。またブチ切れたらどうすんだよ……。今度こそ本当に喰われちまうかもしれねェってのに。

 だが、俺のそんな心配をよそに、

 

『はじめて、こえ、でたの』

 

 ハチマキ娘はビクビクと答えた。

 

「そ、そうだったのか」

 

 言った直後、すぐさまゆりなの腕の中へと顔をうずめるダッシュ。

 

「……どうしたんでェい。あんなに小生意気だったのに、しおらしくなっちまってさァ。お前さんらしくないぞ」

『ごめん、なさい』

「いや、別に謝ることじゃあないんだけれども。むしろそっちのほうが良い、みたいな」

『…………』

「…………」

 

 気まずい沈黙がお互いの間に流れる。

 ううっ。なにやら、どうも。これは何と言ったらいいものか。

 アレだな。俺、スゲェ嫌われちまったみたいだな。

 

 それにしても。

 さっきまでビクビクしていたのはこっちの方だったのに、いつの間に形勢逆転しちまったんだか。

 いや――形勢逆転も何も、最初からこいつは俺たちとやりあう気がなかったんだよな。

 こいつは、ただ単純に俺から逃げていただけ……。

 ん?

 

「そういえば、あの時どうして俺に近づいてきたんだ?」

 

 ふと気になった俺は訊ねてみる。

 たしか、捜索術を試みたあの時だけは、逃げずに俺のもとへ近づいてきたような。

 攻撃をする為ではないとすれば、一体なんのために?

 

『こ、これ』

 

 そう言ってハチマキ娘が差し出したのは財布だった。

 

「あっ」

 

 すっかり忘れてた。そういや、財布を盗まれたから追いかけてたんだっけか。

 と。そんなことをぼんやりと思ってから、気付いた。

 俺がしたことを。してしまったことを。

 

「……もしかして、あの時俺に近づいてきたのは、この財布を返すためだったのか?」

 

 コクリ、と小さく頷くダッシュ。

 

「しゃっちゃん……」

 

 ゆりなの俺を呼ぶ声。

 いつもと同じトーンのハズなのに、どうしてだろうか俺を責めているように聞こえる。

 違う。責めているのはゆりなじゃない、俺自身だ。

 だから、そう聞こえたんだ――

 

「すまねぇ!」

 

 俺はダッシュに頭を下げた。

 

「そうとは知らずに、魔法撃ちまくってすまんっ! 痛い思いさせてすまんっ!」

 

 ひたすら謝った。

 あの時すでにダッシュは心を入れ替えていたというのに。

 気付いてやれなかったなんて――情けねェ。

 数分前の調子こいてた自分を殴ってやりたい気分だ……。

 

『……おまえさん、らしくないし』

 

 ポンッと頭に手を置かれる。

 見上げると、ハチマキ娘の顔が目の前にあった。

 俺と目が合うと、そいつは顔を真っ赤にして、

 

『悪いの、あなな、だし。おまえさん、悪くないし』

 

 でも、ちょっと痛かったかも……だけど、と付け加えてそっぽを向く。

 

「へへっ、ちょっととは言ってくれるじゃん」

『じゃあ、へーき、よゆう。蚊に刺されたてーど』

「そ、そこまで言うかァ!?」

『ふんっ』

 

 腕を組んでもう一度そっぽを向きやがった。

 こいつ、また生意気になりやがって!

 しかも今度は口が利けるようになったからか、生意気レベルが数段上がってる気がするぜ。

 こんにゃろう……。

 俺がコブシをわなわなと震わせていると、

 

『だから、気にしないで、いいし』

 

 言ってさらに顔を赤らめる。

 気のせいか、そいつの頭から汗が飛びまくってるように見えるのだけれども。 

 

「…………」

『…………』

 

 再び飛び交う三点リーダ。

 だが先ほどとは違い、気まずい沈黙ではなかった。

 気まずいというより、気恥ずかしい。略して気はずいというような。

 そんな沈黙をひとしきり飛ばしあった後、俺たちはお互い笑った。はにかむように。

 

「でへへー。二人とも、可愛いにゃあ」

「!?」

 

 出し抜けに声をかけられ、慌てて視線を逸らす俺たち。

 

「むふふ。顔まっかっか。つんつんつーん」

 

 とろけるような顔をして、俺とダッシュの頬を交互に突きはじめるチビ助。

 

「か、からかうんじゃねェ」

『あうぅ』

 

 やがて突くのに満足したのか、そいつはふと真面目な口調で、

 

「でもさ、ダッシュちゃん。本当にそれでいいのかな?」

 

 と言った。

 

『え……?』

 

 振り向いたハチマキ娘を、まっすぐに見つめて、

 

「たしかに、ボクらにお財布を返せばお姉ちゃんに届くのかもしれないけど。それで、いいと思う?」

『…………』

「キミの手から直接返した方がお姉ちゃん喜ぶと思うなぁ」

『…………』

 

 うつむいたまま黙ってしまう金髪娘に、ゆりなは少し寂しそうに、

 

「困らせるようなこと言っちゃってごめんね。にはは。だいじょーぶだよっ。ボクらが、ちゃんとお姉ちゃんに返すから、」

 

 言い掛けて、止まる。

 ダッシュがチビ助のスカートを引っ張ったからだ。

 そして、ハチマキ娘は言った。

 

『あななが返す。あなな、あの人にもう一度会いたいから。会って謝りたいから……』

 

 そう、ハッキリとした口調で。


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