魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記)   作:あきラビット

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第三石:コロナ、シャクヤクと

 外に出るとゆりなが今にも泣き出しそうな顔で、

 

「ど、どうしよう、見失っちゃったよぉ」

 

 せわしなく足踏みをしながら言う。

 その足踏みに意味はあるのかと問いたくなるが、その前に黒猫のツッコミが入った。

 

「あんだと、先に追いかけてろって言ったじゃねーか!」 

「だってぇ、一人じゃ心細いんだもん……」

 

 にへへと照れながら、両人差し指の先端を合わせてモジモジ。

 なんともまぁ。

 現実にそんな仕草をするヤツ本当にいるんだな。

 

「かぁー、なっさけねぇ」

 

 やれやれと大げさに嘆くクロエ。

 

「いやはや、それでも天下のグレート魔法少女かィ?」

 

 続いて俺もからかい気味に言ってやる。

 

「はぅ。ボクは天下でもグレートでもないよ……。この前なったばっかだし、魔法だって全然知らないもん」

 

 そう、うな垂れるゆりなに俺は肩をすくめた。

 うーむ。マジメに返されてしまうと、なんとも。

 

「っつーか、ポニ子を責めてんじゃねぇ、おめぇがチンタラしていたからだろ!」

 

 突如、繰り出された猫パンチがみぞおちにクリーンヒットする。

 へそ丸出しルックの今の俺にそれは大ダメージなワケで。

 誰だよ、キャミソールなんて防御力皆無なもんを俺様に着させた奴はァ。

 

「イテテ、こんのバカ猫ぉ……自分だってガーガー言ってたクセに」

「いいんだよ、オレは。ポニ子をイジめていいのはオレだけだ、おめぇにはまだ早い。いささかにな」

 

 ふんぞり返って言う黒猫に、俺とゆりなは顔を見合わせた。

 なんだその、好きな幼馴染の女の子にちょっかいを出したヤツに怒り心頭のガキ大将が胸ぐらを掴みながら言いそうなセリフは。

 

「……よくそんな例え、瞬時に思いつくよな」

 

 それは賛辞として、受け止めておくことにしよう。

 

「あ、あのぅ……。クーちゃん、蝶々さん追っかけなくていいの?」

 

 と、ゆりなの発言にクロエはハッと思い出したかのように、

 

「おっと、そうだった。それじゃあここは二手に分かれて探そう。オレとポニ子は左へ行く、シラガ娘は右を頼むぜ」

「ほい、了解うけたまわりっ! しゃっちゃん、見つけたら知らせてねっ」

 

 そう言って、そそくさと二人で立ち去ってしまった。

 ポツーンと佇む俺の目はきっと点のようになっていたことだろう。

 おいおい、ちょっと待ってくれ。一つ疑問なんだけどもよォ。

 見つけたら知らせろってさァ、どういった手段で知らせりゃいいんだよ?

 心の中で嘆いた後、俺は一人寂しく右の道へと歩を進めることにした。

 

+  +  +

 

 口笛を吹きながら頭の後ろで手を組み、適当に歩き回ってはみるが――

 

「いねぇじゃんよ……」

 

 周りを見渡せど、それらしい蝶なんざ一匹たりとも見当たらない。

 トンボや天道虫なら山ほど見かけたけどさ。

 

「やってらんねぇ」

 

 俺は公園のベンチに腰を下ろして、空を見上げた。

 ゆっくりと流れる厚い雲、暖かい陽光。鳥のさえずりが眠気を誘う。

 

「なーにやってんだろ、俺ァ」

 

 知らん世界に飛ばされて、いきなり知らん道を歩かされて。

 魔法少女になれだの、霊獣とやらを捕まえろだの……よ。

 これがロボットに乗って世界を救えとかいう、熱い展開ならまだ気は乗らないでもねェが。

 

 ――ん?

 

 そもそも、何故俺はあいつの言うことをマジメにきいているんだ。

 黒猫の言葉を思い出してみる。

 たしかあいつは、俺が第二の魔法少女となり、あのチビ助と一緒に全ての宝石を集めない限り、元の姿および元の世界に戻れないと言ったな。

 

 もしも、それ以外に方法があるとするのならば。

 

 例えば、扉みたいなモノがあって、そこへ入ると現代に戻れるみたいなさ。

 そんなもんなくとも、何か情報が掴めるかもしれない。今はちょうど自由に行動出来るし。

 あいつらと仲良しごっこをして宝石を集めるなんざ、長ったらしくてやってられんし、それ以上に性に合わん。

 

「どうせだったら……脱出方法を探ってみるか?」

 

 そう一人呟いたつもりだった。

 しかし、その時。

 

「肯定です。探ってみましょうです」

 

 小さな返事が返ってきた。

 ゆるりと視線を下げると、目の前に少女が立っていた。

 俺だって今は少女の分類に入るかもしれねぇが、その声の主は更に幼かった。

 

 いいところ四、五才あたりか? 

 今にも眠ってしまいそうなトロンとしたエメラルドグリーンの瞳に、

 ペリドットカラーのさらさらツーサイドアップ。

 やけに袖の長い園児服のようなものを身にまとった彼女は、一旦視線を彷徨わせたあと、

 

「肯定なんです」

 

 もう一度、俺をジッと見つめて言った。

 こりゃあ。どう見ても俺に向かっての発言だよなァ。

 次から次へと――今日は間違いなく厄日決定だ。

 

 さてはて。

 

「あー、外回りで疲れてるんだ。日本のお父さんは忙しくてなぁ。今日なんてまだ一台も契約が取れなくてさ。

 来週までに三台は取って来いなんてムチャ言うんだぜ、まったくもって、現場が見えてねェんだよなデスクワーカー共って奴ァ。

 とまぁ、詰まるところのあっちへ行って一人で遊んでくれると助かるのだよっつう事だ。しっし」

 

 手を振るジェスチャーを見ていないのか、そいつは眠そうな目をパチクリして、

 

「パパさんなんですか? ママさんに見えます」

「ママさんって……んな歳でもねぇよ。見てみそ、このピチピチの玉のような肌をよ」

「否定です。コロナのほうがピチピチなのです」

 

 そりゃまぁ、お前さんに比べたら敵わんて。

 

「ま、んなこたァどーでもいいワケで」

 

 俺は背後にある、カラフルな遊具を親指で指しながら、

 

「悪ィけれどもよ、チビチビ助。遊び相手なら、そこのジャングルジムさんにでも頼んでくれ」

 

 しかし、そいつは動かずにただひたすらと俺を見つめ続ける。

 

「あんだよ……。言いてぇ事あるんなら素直に言ったらどうなんでぇい」

「自分はコロナです。チビチビ助ではないのです」

 

 あーそう。

 

「そりゃあ、すまなんだ。じゃあチョココロネちゃん、そろそろおいちゃんはお暇させてもらうよ」

 

 言って立ち上がり、腰をポンポンと叩いていると、

 

「コロナです。チョコは入ってませんので、あしからず」

 

 ぼそっと呟き、俺のスカートを掴みやがる。

 なんなんだよ。何が目的なんだ、こいつは。

 

「わかったわかった」

 

 やや乱暴にチビチビ助の頭をグシグシと撫でて、

 

「あばよ、コロ美!」

 

 そう颯爽と立ち去ろうとするが、一向に前に進めん。

 振り返ると、コロナが未だに俺のスカートを掴んでいる。

 っつーか、何だこのパワー。ガキんちょの力じゃねぇぞ。

 

「だぁら、なんだってんだよ!?」

 

 俺が語気を荒げると、そいつは一瞬ビクっとしたあと、

 

「コ、コロナは……喉が渇いたのです」

 

 指をくわえながら、チラッと公園中央あたりの水飲み場を一瞥する。

 

「あぁ? するってぇと、おめぇさん俺にあそこへ連れて行ってもらいてぇのか?」

 

 眉をひそめる俺に、コロナはコクンと頷いた。

 まぁ、確かに水が出る場所はやや高い位置にあるな。

 このチビチビ助なら抱っこしてやらなければ届かないだろう。

 それくらいなら――そう考えていると、

 

「……やっぱ、いいのです。否定するです」

 

 急にそいつは首をぶんぶん振って、俺のスカートから手を離した。

 

「ごめんなさい、ママさん」

 

 探さないでください、と続けてトボトボと歩き去っていく。

 一体なんの心境の変化があったのか。

 ま、これで邪魔者は居なくなったな。

 

 邪魔者は――

 

 その時、俺の頭の中に嫌な思い出がよみがえった。

 久しく忘れていた、あの吐き気のするようなやり取りがリフレインする。

 

「……あー、マジ面倒くせェ」

 

 俺はスカートのポケットを探った。

 こちらの世界に召喚される前、確か俺はコンビニへと買い物に行くところだった。

 そこらへんの記憶が途絶えている為、多分その途中で俺はこちらに召喚させられたのだろう。

 だから、確信はあった。

 

「四百円と、ひぃふぅみぃ……三十円か。この世界の自動販売機、日本の金使えりゃいいけど」

 

 俺は小銭をもう一度ポケットに押し込み、

 

「この俺が、センシティブに」

 

 自分の柄にもない行動に嘲笑しつつ、あのチビチビ助を探すことにした。

 

+ + +

 

 程なくしてそいつは見つかった。

 そりゃあ、同じ公園内でブランコを一人で漕いでいたからな。

 探してくれるなと言う方が無理がある。

 

「おい、コロ美。行くぞ」

 

 声をかけるとそいつはビックリしたように顔を上げた。

 

「え?」

 

 コロナの前に腰を下ろす。その時、一瞬彼女が目をつぶったように見えた。

 多分、恐がっているのかもしれない。いや、絶対だな。

 そりゃあ前の世界では散々恐がられてはきたが……なんだろうな、この胸の痛みは。

 ただの成長痛だと思いたいところだがね。

 

「あぁ、そうか。こうだな」

 

 くるりと回転し、背中を見せる。

 

「もしかして、おんぶですか?」

「肯定するぞ」

「で、でも」

「乗らねぇなら、今日の営業は終わりだ。さっき無線で、空いてるようなら三丁目の山川さんを乗せてくれって頼まれたもんでさァ」

 

 テキトーに言うと、

 

「の、乗るですっ!」

 

 そう背中にダイブを決め込むコロナ。

 

「軽い軽い」

 

 よっこいせとおんぶし直して、立ち上がる。

 さぁて、自販機はどこかね。

 

+ + +

 

 その後、なんとか自販機でジュースを買えた俺たちは、先ほどの公園のベンチへと舞い戻っていた。

 

「うめぇーか?」

 

 ついでにと自分の分に買ってきた八十円で二個入りの乳酸菌飲料を呷った後、訊いてみる。

 コロナは両手でペットボトルを掴みながら、

 

「肯定、ガボガボ。美味しい、ガボガボ。れす」

「いや、無理に声を出さんでもいい。こんな公園のど真ん中で溺れ死んでもらっても困る」

 

 しかしまぁ、どんだけ喉が渇いてたのやら。

 みるみるうちにボトル内のはちみつレモンジュースが無くなっていく。

 

 やがて、

 

「けぷ」

 

 と小さなゲップをすると、ペットボトルを下げて、同時に頭も下げる。

 

「ありがとうです、ママさん。完膚無きまでに幸せでした」

「いささかに間違えているような気も否めないが、まぁ喜んでもらえて何より。

 あと俺はまだママって歳でもなけりゃあ、性別でもねぇから。そこんところ宜しくってなもんで一つ」

 

 さて、いい加減に時間を食いすぎたな。あのバカ猫にどやされるのもシャクだし。

 そろそろ、ガキのお守りはこれくらいでいいだろ。

 

「んじゃあ、今度こそあばよチビチビ助」

 

 頭をポンポンと優しく撫で、

 

「……悪かったな。さっきは恐がらせちまって」

 

 一応言っておく。別に本心ではないからな。

 親父に女子供を泣かせるなって言われたからさ、ただそれだけの話だ。

 今度こそすんなり帰してくれるだろうと踏んでいた俺だったが、

 

「ママ、ううん。パパさん」

 

 再びスカートを掴まれ、前につんのめってしまう。

 

「次はなんだァ? ションベンに連れてってなんざぬかしやがったら――」

 

 やれやれと振り向くと、

 

「目、目がピカってる!?」

 

 俺はギョっとして半歩さがった。

 なぜならコロナの緑眼がライトのように光っていたからだ。

 比喩などの表現ではなく、マジで明滅しているワケで……軽くホラーの領域入ってるぞ、こりゃあ。

 

「……来てください。渡したいモノがあるのです」

 

 度肝を抜かしている俺をコロナがさらりと促す。

 来てください、と言われてもなァ。

 

「そう仰られましても。親父に、知らない子どもについて行ったり、物を貰ったりしたらダメと言われているもんでさァ。

 いやはや、色々な意味でね。今のご時世」

 

 と。

 

 おどけて言ってみるが、

 

「パパさんには無くてはならない、とっても大切なモノです。お願いです、コロナを信じてみちゃってください。はちみつレモンのお礼なんです」

「そらまたご丁寧に。……どうしてもって、ワケかい?」

 

 首肯を一つ。

 

「わぁーったよ、そんなに遠くないなら行ってみるさ」

 

 だって。そう言うしかねぇじゃん。

 あんな、どこを見ているのかわからないような瞳で、口を真一文字に結んじゃってさ。

 逆らったら何をされるか。なんていうのか、アレを感じるぜ。ええとアレは――

 

「ぷれっしゃあ」

「そうそう、プレッシャーだ! って、ちょい待ち。ひょっとしておめぇさん人の心が読めるのか?」

 

 嘘だろ、おい。エスパー少女って奴か?

 いや待てよ、もし読めるとしたら。

 

 ふむ。

 

 こいつをさらって一儲けできるかも……いや、その前に帰れないんだっつーの。

 

「否定しますです。パパさんだから読めるのかもです」

 

 なんじゃそりゃ。俺の心だから読めるって、どういう意味だよ。

 俺が首をかしげていると、そいつは無言のまま踵を返してスタスタと歩いて行ってしまった。

 

「お、おい! 待てってば、コロ美!」

 

 慌ててついて行こうとする俺に、チビチビ助が振り返って、

 

「あと、コロナのことをお金儲けに使おうなんて考えちゃ、めっです」

 

 そう釘を刺されてしまった。

 飛んで喋る猫とエスパー少女、中々良い金になると思ったのだが。

 これはこれは。


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