魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
この現象、あのときのホバーとまったく一緒だ。
……いささかにマズイかもしれねーな。
「しゃっちゃん、ど、どうしよう」
「さぁて。どうしたモンだかねェ」
お互いに顔を見合わせて、困っちゃいましたとばかりに眉を寄せる。
そんな軽い問題でもないのだけれども。
本当に――どうしたものだか。
「おそらくホバーみたいにムチャクチャな攻撃をしてくるだろうよ」
対象の脳裏に『最期』の映像を叩きつける精神干渉波。
魔力を吸い取るだけの攻撃だとはいえ、もうあんな不快な思いは二度とゴメンだ。
こいつも同じ攻撃をするかどうか分からないが……用心するに越したことはない。
「でも、サメさんちょっちだけ苦しそうに見えるよ?」
「苦しそう、って」
よく見てみると、高速回転していたハズの光輪が、錆びついた車輪のような鈍い動きになっていた。
それに、紅く染まったモノアイも光をどんどんと失っている。
「ホントだ。こりゃあ、一体どうしちまったんだ?」
「ね。きっともう、戦う力が残って無いのかも」
だから捕獲準備をしよう、そう言い出したゆりなに、
「いや。念には念を入れておいたほうがいい。もう少し弱らせておくぜ」
言って、俺は杖を振りかざす。
どうせ、気を抜いたところで背中を撃つか、はたまた逃げ出す魂胆だろうよ――そうはさせるかってぇの。
「ダストを使う。あぶねぇから、チビ助は下がってなァ」
「う、うん……」
スィーっと、ゆりなが下がったところで、
「ぷ~ゆゆん、ぷゆん。ぷいぷい~」
ぐっ。魔法を連発しすぎたせいか、頭に鋭い痛みが走る。
しかしながら、それでも――!
「ぷぅっ!」
俺しか。
今まともに魔法を撃てるヤツは俺しかいないんだっての。
「てやんでぇいっ。こぉれで、どうだぁあ! すいすい、『エメラルドダスト』ッ!」
霊鳴がピカッと光り、やがて幾つもの結晶がダッシュめがけて飛んでいく。
自分で言うのもなんだが、やっぱスゲェ魔法だよなぁコレ。
他とは雲泥の差。俺の中で一番の大魔法かも。発動に少しだけ時間がかかっちまうのが難点だけれども。
「へくちっ」
見やると、ゆりなが手をこすり合わせてガタガタ震えていた。
そんなにクシャミするほど寒いかねェ? って、俺と違って変身してないんだったな。
生身でこの大魔法の近くは、いささかにキツイか。
しゃあねぇ。なるべくそいつから離れようと羽を動かし始めたとき、
「痛ッ!」
いってぇえ。さらに頭痛がヒドくなりやがった。
魔法撃ちまくった上に、この大魔法――さすがに無理があったか。
杖を振り上げたまま頭を押さえていると、ゆりながすっ飛んできた。
そいつは、心配そうに俺の顔を覗き込んで、
「しゃっちゃん、だいじょう……ぶ、ぶ、ぶえぇっくしゅ!」
フルパワーのクシャミをぶちかましやがった。
「こ、これはこれは。お前さんも水系の魔法が使えたとはねェ……知らなかったぜ」
顔中ベトベトのまま言う俺に、
「きゃっ。ご、ごめんねっ」
慌ててハンケチを取り出して拭うゆりな。
ほぉ。こういうのちゃんと持ち歩いてるなんて、さすが現役小学生。エライエライ。
そう感心していると、ピタリとそいつの手が止まった。
「迷惑かけっぱなしだね、ボク。変身出来ないし、しゃっちゃんに気を使わせちゃうし……」
すかさずデコピン一つ。
「バーカ。そもそも、あのニャンちくしょうがどっか行っちまうからいけねーんだ。チビ助は悪くねぇっての」
「……えへへっ。しゃっちゃんって、やさし~よね」
むっ。
「言っておくがなァ。俺は優しくねーし、別におめぇさんに気を使った覚えもねぇ! そこんところ間違えんなよっ」
「はーい、わかりましたんでっ」
ったく。ケロッと元気になりやがってよォ。舌打ちをしつつ、杖を振って水切り。
さてはて。やっこさんの様子は、と。
あれまぁ……雪霧が濃すぎてよく見えねーな。ちと、大げさに撃ちすぎたか。
つっても、エメラルドダストに限っては手加減のしようが無いからなぁ。どうしても魔力をたくさん使っちまう。
ふぅむ。カテゴリ分けするなら、切り札ないしはトドメ枠ってところかね。
「しゃっちゃんの『エメラルドダスト』って、ちょー強くてキレイでカックいいよね!
いいなぁ。ボクもそういう魔法を使ってみたいよぅ。どがーんばごーんばりばり~っ、スペシャルライトニング! みたいなのっ」
「よく言うぜ。俺のダストより、もっとスゲー魔法使ってたじゃん。ほら、」
と、言いかけて俺は口ごもる。
もしかして、こいつ……ホバーを斃した時のこと覚えてなかったりして。
別人のような赤いゆりな。クロエ曰く、『裏・集束』状態。
その状態になっちまったことを覚えてないのだとしたら、軽はずみに言うのも――
「ふぇ。しゃっちゃん、もっと凄い魔法ってなぁに?」
「あー。いや、ちょっと勘違いしてたぜ。それより、そろそろ捕獲準備に入ってもらおうかね。おめぇさんが風邪ひかねェうちに、よ」
「残念でしたっ。ボク、バカだから風邪ひかないも~ん」
にっこりブイサインを決めて、杖から飛び降りるチビ助。
そして、そいつが屋上の端っこに立ち、捕獲呪文の詠唱を開始した瞬間――
先ほどとは違うピリッとした頭痛と共に、モノクロの映像が俺の頭に入ってくる。
これは。
これは、なんだ?
デパートの屋上。ドレスに身を包んだポニーテールの少女。その後ろに、ドレスの裾を掴んで震える長い髪の少女。
それはまるで昔のサイレント映画のようだった。
一体なんなのかと、訝しげにそれを観ていたが――
次の映像が飛び込んできたと同時に、俺は無意識のうちに空を蹴っていた。
「避けろっ、ゆりな!!」
叫んで、チビ助の襟首を強く引っ張る。
「えっ……きゃあ!」
後方へとぶっ飛ばされたそいつを背に、俺はおそるおそる下を覗き込んだ。
「――なにも、起きない?」
倒れたままピクリとも動かないダッシュ。
それを確かめて、俺は安堵のため息をついた。
「な、なんでぇい。驚かせやがってよ……」
ヘナヘナとその場に座り込んでいると、ぷんすこ怒ったゆりながやってきた。
「もーっ。しゃっちゃん、いきなり何するの! 変身したしゃっちゃんの力って、めっちゃんこ強いんだよっ」
「ははっ、わりぃわりぃ。チビ助の背中見てたら、なんかムショーに引っ張ってみたくなってさァ。ま、気にしなさんなって」
「気にするもん! 今度、魔法中に引っ張りっこしたらカミナリチョップ百連発の刑っ」
フツーに怖そうな刑だった。ていうか、引っ張っただけでその刑は重過ぎるだろ。
……まぁ、何も起こらなくて良かったぜ。
もし、チビ助があの映像のようなことになっちまったらと思うと――
ん? あの映像のようなことって、なんだっけ……。
ありゃりゃ。さっぱり思い出せねぇぞ。こんなピチピチな若さでボケるハズがないと思うのだけれども。
『お考え中のところゴメンなのです。パパさん。ダッシュ、起きちゃったんです』
顔を上げると、俺たちの目の前に巨大ザメが浮かんでいた。
強面で俺を睨みつけるという、いつかと同じパターン。
「……あんれまぁ。寝起きサイアクって感じだねェ」
ギョロギョロと左右行ったり来たりしている真紅の単眼。そして、激しく回転する光輪。
あれだけエメラルドダストをぶちかましたというのに、こうもピンピンしているとは、ね。
だが、と俺は発狂モードのダッシュに薄く笑う。
「ま。そう何度も、ビビってられるかってハナシ」
また反撃出来ないくらいに、怒涛の連続魔法かましてやるぜ!
杖をそいつの口の中に向けて、
「イライラしたときは、甘いお菓子ってね。ほぉれ、飴ちゃんでも喰いねェ! ぷ~ゆゆん、ぷゆんっ、ぷいぷいぷぅ。すいすい、『スノードロップ』!」
しかし、うんともすんとも言わない霊鳴。
「あ、あれ?」
困惑していると、杖から大量の蒸気が噴きだした。
「試作型ちゃんよォ、どうしたんでィ? 恐縮だけれども、蒸気よりもスノードロップ出してもらえねぇかな」
もしかして呪文を間違えたのかなと、もう一度魔法を唱えた直後。
耳をつんざくような高音と共に、『error』やら『供給限界』、『充填希望』、『再起動迄残参拾秒』などの赤い文字が視界を埋め尽くした。
ウソだろ。まさか、これって。
慌てて柄先の宝石へ視線を移すと、中に入っていた水がキレイさっぱりと無くなっていた。
「れ、霊薬が切れた……!?」
サーっと一瞬で血の気が引いていくのが分かる。
やっちまった。
なに調子に乗ってボコスカ魔法撃ちまくってんだよ、俺。
チビ助が変身出来ない今、俺まで魔法使えなくなっちまったら、終わりだろうが。
終わっちまうだろうが――
「ちくしょう……」
唇を噛んでいると、突然、頭上から歪んだサイレンの音が鳴り響く。
それは反撃を告げる咆哮だった。
「くっ!」
ゆらりと近づき、口を大きく開けるダッシュ。
まさかこいつ――俺を喰らう気か!?