魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記)   作:あきラビット

39 / 104
第三十八石:反撃の咆哮

 この現象、あのときのホバーとまったく一緒だ。

 ……いささかにマズイかもしれねーな。

 

「しゃっちゃん、ど、どうしよう」

「さぁて。どうしたモンだかねェ」

 

 お互いに顔を見合わせて、困っちゃいましたとばかりに眉を寄せる。

 そんな軽い問題でもないのだけれども。

 本当に――どうしたものだか。

 

「おそらくホバーみたいにムチャクチャな攻撃をしてくるだろうよ」

 

 対象の脳裏に『最期』の映像を叩きつける精神干渉波。

 魔力を吸い取るだけの攻撃だとはいえ、もうあんな不快な思いは二度とゴメンだ。

 こいつも同じ攻撃をするかどうか分からないが……用心するに越したことはない。

 

「でも、サメさんちょっちだけ苦しそうに見えるよ?」

「苦しそう、って」

 

 よく見てみると、高速回転していたハズの光輪が、錆びついた車輪のような鈍い動きになっていた。

 それに、紅く染まったモノアイも光をどんどんと失っている。

 

「ホントだ。こりゃあ、一体どうしちまったんだ?」

「ね。きっともう、戦う力が残って無いのかも」

 

 だから捕獲準備をしよう、そう言い出したゆりなに、

 

「いや。念には念を入れておいたほうがいい。もう少し弱らせておくぜ」

 

 言って、俺は杖を振りかざす。

 どうせ、気を抜いたところで背中を撃つか、はたまた逃げ出す魂胆だろうよ――そうはさせるかってぇの。

 

「ダストを使う。あぶねぇから、チビ助は下がってなァ」

「う、うん……」

 

 スィーっと、ゆりなが下がったところで、

 

「ぷ~ゆゆん、ぷゆん。ぷいぷい~」

 

 ぐっ。魔法を連発しすぎたせいか、頭に鋭い痛みが走る。

 しかしながら、それでも――!

 

「ぷぅっ!」

 

 俺しか。

 今まともに魔法を撃てるヤツは俺しかいないんだっての。

 

「てやんでぇいっ。こぉれで、どうだぁあ! すいすい、『エメラルドダスト』ッ!」

 

 霊鳴がピカッと光り、やがて幾つもの結晶がダッシュめがけて飛んでいく。

 自分で言うのもなんだが、やっぱスゲェ魔法だよなぁコレ。

 他とは雲泥の差。俺の中で一番の大魔法かも。発動に少しだけ時間がかかっちまうのが難点だけれども。

 

「へくちっ」

 

 見やると、ゆりなが手をこすり合わせてガタガタ震えていた。

 そんなにクシャミするほど寒いかねェ? って、俺と違って変身してないんだったな。

 生身でこの大魔法の近くは、いささかにキツイか。

 しゃあねぇ。なるべくそいつから離れようと羽を動かし始めたとき、

 

「痛ッ!」

 

 いってぇえ。さらに頭痛がヒドくなりやがった。

 魔法撃ちまくった上に、この大魔法――さすがに無理があったか。

 杖を振り上げたまま頭を押さえていると、ゆりながすっ飛んできた。

 そいつは、心配そうに俺の顔を覗き込んで、

 

「しゃっちゃん、だいじょう……ぶ、ぶ、ぶえぇっくしゅ!」

 

 フルパワーのクシャミをぶちかましやがった。

 

「こ、これはこれは。お前さんも水系の魔法が使えたとはねェ……知らなかったぜ」

 

 顔中ベトベトのまま言う俺に、

 

「きゃっ。ご、ごめんねっ」

 

 慌ててハンケチを取り出して拭うゆりな。

 ほぉ。こういうのちゃんと持ち歩いてるなんて、さすが現役小学生。エライエライ。

 そう感心していると、ピタリとそいつの手が止まった。

 

「迷惑かけっぱなしだね、ボク。変身出来ないし、しゃっちゃんに気を使わせちゃうし……」

 

 すかさずデコピン一つ。

 

「バーカ。そもそも、あのニャンちくしょうがどっか行っちまうからいけねーんだ。チビ助は悪くねぇっての」

「……えへへっ。しゃっちゃんって、やさし~よね」

 

 むっ。

 

「言っておくがなァ。俺は優しくねーし、別におめぇさんに気を使った覚えもねぇ! そこんところ間違えんなよっ」

「はーい、わかりましたんでっ」

 

 ったく。ケロッと元気になりやがってよォ。舌打ちをしつつ、杖を振って水切り。

 さてはて。やっこさんの様子は、と。

 あれまぁ……雪霧が濃すぎてよく見えねーな。ちと、大げさに撃ちすぎたか。

 つっても、エメラルドダストに限っては手加減のしようが無いからなぁ。どうしても魔力をたくさん使っちまう。

 ふぅむ。カテゴリ分けするなら、切り札ないしはトドメ枠ってところかね。

 

「しゃっちゃんの『エメラルドダスト』って、ちょー強くてキレイでカックいいよね! 

 いいなぁ。ボクもそういう魔法を使ってみたいよぅ。どがーんばごーんばりばり~っ、スペシャルライトニング! みたいなのっ」

「よく言うぜ。俺のダストより、もっとスゲー魔法使ってたじゃん。ほら、」

 

 と、言いかけて俺は口ごもる。

 もしかして、こいつ……ホバーを斃した時のこと覚えてなかったりして。

 別人のような赤いゆりな。クロエ曰く、『裏・集束』状態。

 その状態になっちまったことを覚えてないのだとしたら、軽はずみに言うのも――

 

「ふぇ。しゃっちゃん、もっと凄い魔法ってなぁに?」

「あー。いや、ちょっと勘違いしてたぜ。それより、そろそろ捕獲準備に入ってもらおうかね。おめぇさんが風邪ひかねェうちに、よ」

「残念でしたっ。ボク、バカだから風邪ひかないも~ん」

 

 にっこりブイサインを決めて、杖から飛び降りるチビ助。

 そして、そいつが屋上の端っこに立ち、捕獲呪文の詠唱を開始した瞬間――

 先ほどとは違うピリッとした頭痛と共に、モノクロの映像が俺の頭に入ってくる。

 

 これは。

 これは、なんだ?

 デパートの屋上。ドレスに身を包んだポニーテールの少女。その後ろに、ドレスの裾を掴んで震える長い髪の少女。

 それはまるで昔のサイレント映画のようだった。

 一体なんなのかと、訝しげにそれを観ていたが――

 次の映像が飛び込んできたと同時に、俺は無意識のうちに空を蹴っていた。

 

「避けろっ、ゆりな!!」

 

 叫んで、チビ助の襟首を強く引っ張る。

 

「えっ……きゃあ!」

 

 後方へとぶっ飛ばされたそいつを背に、俺はおそるおそる下を覗き込んだ。

 

「――なにも、起きない?」

 

 倒れたままピクリとも動かないダッシュ。

 それを確かめて、俺は安堵のため息をついた。

 

「な、なんでぇい。驚かせやがってよ……」

 

 ヘナヘナとその場に座り込んでいると、ぷんすこ怒ったゆりながやってきた。

 

「もーっ。しゃっちゃん、いきなり何するの! 変身したしゃっちゃんの力って、めっちゃんこ強いんだよっ」  

「ははっ、わりぃわりぃ。チビ助の背中見てたら、なんかムショーに引っ張ってみたくなってさァ。ま、気にしなさんなって」

「気にするもん! 今度、魔法中に引っ張りっこしたらカミナリチョップ百連発の刑っ」

 

 フツーに怖そうな刑だった。ていうか、引っ張っただけでその刑は重過ぎるだろ。

 ……まぁ、何も起こらなくて良かったぜ。

 もし、チビ助があの映像のようなことになっちまったらと思うと――

 ん? あの映像のようなことって、なんだっけ……。

 ありゃりゃ。さっぱり思い出せねぇぞ。こんなピチピチな若さでボケるハズがないと思うのだけれども。

 

『お考え中のところゴメンなのです。パパさん。ダッシュ、起きちゃったんです』

 

 顔を上げると、俺たちの目の前に巨大ザメが浮かんでいた。

 強面で俺を睨みつけるという、いつかと同じパターン。

 

「……あんれまぁ。寝起きサイアクって感じだねェ」

 

 ギョロギョロと左右行ったり来たりしている真紅の単眼。そして、激しく回転する光輪。

 あれだけエメラルドダストをぶちかましたというのに、こうもピンピンしているとは、ね。

 だが、と俺は発狂モードのダッシュに薄く笑う。

 

「ま。そう何度も、ビビってられるかってハナシ」

 

 また反撃出来ないくらいに、怒涛の連続魔法かましてやるぜ!

 杖をそいつの口の中に向けて、

 

「イライラしたときは、甘いお菓子ってね。ほぉれ、飴ちゃんでも喰いねェ! ぷ~ゆゆん、ぷゆんっ、ぷいぷいぷぅ。すいすい、『スノードロップ』!」 

 

 しかし、うんともすんとも言わない霊鳴。

 

「あ、あれ?」

 

 困惑していると、杖から大量の蒸気が噴きだした。

 

「試作型ちゃんよォ、どうしたんでィ? 恐縮だけれども、蒸気よりもスノードロップ出してもらえねぇかな」

 

 もしかして呪文を間違えたのかなと、もう一度魔法を唱えた直後。

 耳をつんざくような高音と共に、『error』やら『供給限界』、『充填希望』、『再起動迄残参拾秒』などの赤い文字が視界を埋め尽くした。

 ウソだろ。まさか、これって。

 慌てて柄先の宝石へ視線を移すと、中に入っていた水がキレイさっぱりと無くなっていた。

 

「れ、霊薬が切れた……!?」

 

 サーっと一瞬で血の気が引いていくのが分かる。

 やっちまった。

 なに調子に乗ってボコスカ魔法撃ちまくってんだよ、俺。

 チビ助が変身出来ない今、俺まで魔法使えなくなっちまったら、終わりだろうが。

 終わっちまうだろうが――

 

「ちくしょう……」

 

 唇を噛んでいると、突然、頭上から歪んだサイレンの音が鳴り響く。

 それは反撃を告げる咆哮だった。

 

「くっ!」

 

 ゆらりと近づき、口を大きく開けるダッシュ。

 まさかこいつ――俺を喰らう気か!?


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。