魔法少女は俺がやるっ!(TS・絶望魔法戦記) 作:あきラビット
「クソッ! なんて、すばしっこいヤツだ」
デパートの屋上に降り立つと、俺は霊鳴を強く握りしめた。
何度も、何度も逃げられやがって。なにが選ばれし魔法使いだ。情けねぇ――
こんなことなら食い終わるまでノンキに待ってねェで、とっとと魔法を撃っておけば良かったぜ。
そんな焦燥に駆られている俺に、
『……さすがはダッシュの看板背負ってるだけあるんです。あのスピードに対抗するにはコロナの羽だと力不足なのです。パパさんは悪くないんです』
「…………」
コロナの気遣いが胸に刺さる。
確かにハチマキ娘の足の速さはとんでもないかもしれないが、それでも追いつけないほどではない。
むしろ、追い越すくらいの力をチビチビ助の羽は持っている。
実際、さっき一度だけ接近することに成功したからな。だけれども、また徐々に引き離されていった。
その理由は――カーブ。
直線速度ならば俺の方がおそらく、いや確実に速い。
だがあいつはそれを知ってか知らでか、直線を嫌ってとにかく曲がりまくる。
やっと飴ちゃんの射程距離内に入ったかと思えば、くるりと方向転換をして俺のスピードを殺しにかかる、といった具合だ。
まあ、カーブの弱さについては今後の課題だな。今は飛びの練習してる時間もねぇし。
『あれ? そういえば旧魔法少女さんが居ないんです』
チビチビの声に俺はちらりと振り返る。
晴れ渡った青い空に、せっせと春の日差しとやらを生み出している太陽。
チビ助どころか鳥の一匹すら飛んでいないという、なんともスッキリした風景だった。
「ま、あんだけ飛ばしたらついて来れねぇだろ。羽に魔力ぶち込みまくったしよォ。つーか、ついて来られたらいささかにショックだぜ」
『そでした。パパさんの羽と旧魔法少女さんの杖とでは、出るスピードが違ったんです』
確かに羽と杖の差が一番デカイのかもしれねぇが……。
あのフラフラした飛びっぷりを見るに、杖で飛ぶこと自体にあまり慣れていないように思える。
とはいえ。あいつも魔法使いになったばかりらしいし、仕方ないっちゃ仕方ないか。
しかしながら、このどピーカンな天気――悪くねぇな。こんな時じゃなければ、ゆっくり日向ぼっことシャレ込みたいところだけれども。
『肯定。気持ち良さそうなのです。パパさんと一緒に日向ぼっこしたいんです。旧魔法少女さんを待つあいだ、少しだけしちゃうのです』
「否定。また今度な」
『ぶぅ~っ』
「ブーたれてもダメなもんはダメだっつうの。ゆりなが来るまでに、ダッシュを見つけて少しでもダメージを与えておかねぇとよォ」
そう。
今のあいつは変身をしていない素の状態。
攻撃力については俺がカバーするから別にいいとして、問題は防御力だ。
体中を纏うオーラで防いでいるのかコスチューム自体で防いでるのかよく分からんが、どっちにしろ、それらの無い生身で攻撃を食らったらひとたまりもないだろう。
たとえランクEのダッシュだとしても、だ。
護れるなら護ってやりたいところだけれども――正直、その自信が無い。俺だって成り立てだし。
……出来ることなら、なるべく戦闘に参加させたくねぇ。
理想としては俺が先に瀕死までおいやって、最後に到着したチビ助に捕獲を任せるって流れだな。
「コロ美、恐縮だけれども気配察知をしてみてくれ。大体で構わねェぜ」
『肯定。えっと……なんとなくダッシュの気配を感じるんです。きっとまだこの街に居ると思うのです』
「オーケイ。そんじゃ、もう一回アレをやってみっか」
新魔法使い専用の捜索術。
しんどいからあまりやりたくないんだけれども、そうも言ってられねぇ。
目を閉じ、ダッシュのツラを思い出す。
…………。
現れたのは、顔いっぱいにクリームをつけて美味しそうにクレープをほおばるハチマキ娘――
違う。
違うって。
あのチビガキは仮の姿であって、本当の姿じゃねぇんだよ。
俺はブンブンと頭を振って、サメ状態のダッシュを思い出した。
凶暴そうなツラに、不揃いに並ぶ歪なキバ。そして、鋭く冷たいウォーターブルーの目ん玉。
まっ、こんなところだろ。そんじゃ意識集中っと。
うーむ……。
どうやら、前方には居ないようだな。するってぇと、こっちか?
目を閉じたまま首を回してみると、暗闇の中に黄金色のモヤが出てきた。
コレだ。
いっひっひ。見つけたぜぇ、サメちゃんよォ。そして、このモヤのデカさ――かなり近くにいやがるな。
今度こそ不意打ちをぶちかまして、
「……んんっ?」
『どうしたんですか?』
「いや、なんか、どんどんモヤがデカくなっていってるんだけれども……」
不思議に思い、目を開けてみると、目の前が金ピカ一色に染まっているではないか。
「ま、まさか」
おそるおそる見上げた先には――俺を静かに睨みつけている金色のサメ、ダッシュ!
「うおわっ!?」
俺はすぐさま羽に魔力を注ぐと、後方へと羽ばたいた。
ビ、ビビらせやがってよォ。
速まる鼓動を落ち着かせるために、大きく深呼吸。続けて杖を持ち直す。
水付与は――よし、まだ効いてるな。
それにしても、と俺は微動だにしないダッシュへ目を向ける。
なんで、あいつの方からやって来やがったんだ?
逃げるのに飽きたのか、はたまた逆に不意打ちをかまそうとしたのか。
いや、んなことゴチャゴチャ考えてたらまた逃げられちまうってェの。
これはチャンスだ。四の五の言わずに攻撃あるのみってなモンで!
「恐縮だけれども、いかせてもらうぜっ! ぷ~ゆゆんぷゆん、ぷいぷぃい~ぷぅ!」
一発目といったら、やっぱコレっきゃねぇ。
「すいすい、『スノードロップ』っ」
杖からポコポコ飛び出す、無数の氷弾。
よーし、当たってる当たってる。
俺は飴マシンガンを出したまま、羽を広げて飛び上がり、
「いっひっひ。こいつもくらいなァ! 追加攻撃だっ、ぷゆゆんぷゆん、ぷいぷいー……」
空いている左手をダッシュに向けて突き出す。
ゆりながやっていたように、杖を持っていない手のほうでも魔法が出せるハズだ。
俺だって。
俺だって、やってみせる。
「ぷぅ!」
前半の呪文を唱えた直後、俺のコブシ周りに流れていた緑色のオーラが、いっそう分厚くなる。
いいねェ、実にいい。
ニヤリと笑い、俺は力いっぱいコブシを握った。
ますます分厚いオーラを宿した左手を、グンッと引いて、
「飛び出せぇええ、すいすい、『フリーズナックル』っ!!」
後半の呪文と同時に正拳突きを繰り出す。
すると、俺のコブシと同じ形をしたゼリー状の塊がプルンと現れた。
そしてそれは瞬く間にダッシュへと突っ込んで……いかない!?